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我慢の限界で、封鎖を踏み潰した


白閃牙のエース前衛を務める、八代玲臣はもう待てなくなっていた。


親分が北へ出た。

クロたち主力がごっそり動いた。

本家は今、薄い。


周辺を見張らせていた白閃牙には、それだけは見えていた。

なのでそこまでは、伝わっていた。


正確に何が起きているのかまでは分からない。

骸骨公領とどうなったのかも、まだ全部は見えていない。


だが、八代玲臣にはそれで十分だった。


机を蹴る。


「今だろ」


止める声はあった。


「まだ堂前さんに通してません」

「市属の封鎖が生きています」

「今動けば、監察局とも揉めます」


八代は全部を怒鳴って遮った。


「だから今なんだよ!」


もう一度、机を蹴る。


「どいつもこいつも、親分だの本家だの好き勝手言いやがって、あの追放野郎が、何で今さら"家"だの何だのって顔してんだよ」


今度は、机を叩く。


「こっちはずっと黙って見てきたんだよ!黒犬が前を歩いて、魔物どもが道を空けて、あいつが真ん中で親分面してんのを!」


誰も口を挟めない。


八代は止まらなかった。


「監察局がどうした!封鎖がどうした!待てだの様子見だの、もう飽きたんだよ!」


八代は顔を真っ赤にして言った。


「今日は潰す!今が一番手薄だ。ここで踏み込まなきゃ、いつまで経ってもあいつらの顔を見続けるだけだろうが!」


腹が立っていた。

ずっと。


あの日、置いていったはずの男が、今や親分みたいな顔をしている。

それを見ているだけで、我慢の限界だった。


「行くぞ」


と八代は言った。


「もう待たねえ」


---


封鎖入口には、警備がいた。


市属の立入規制札。

簡易柵。

入口前の見張り三人。

最近は本家周辺の監視も強くなっている。


だが、白閃牙は正面から来た。


先頭に八代。

後ろに回収役。

拘束鎖。捕獲網。

白い装具がぞろぞろ続く。


見張りの一人が慌てて前へ出た。


「待ってください! 今は立入禁止です!」


「どけ」


と八代。


「許可証を――」


最後まで言わせなかった。


八代が肩でぶつかった。


見張りが簡易柵ごと横へ飛ぶ。

もう一人が止めようとして、白閃牙の後列に押しのけられる。

三人目が札を守ろうとして、足元ごと踏み潰された。


「やめろ!」

「封鎖中だぞ!」

「おい!」


やめない。


白閃牙はそのまま踏み込んだ。

簡易柵を蹴り倒し、札を踏み割り、封鎖線を無理やり越える。


後ろの一人が少し青い顔で言う。


「これ、あとでまずいですよ」


「あとで考えろ」


と八代。


「今はあそこだ。冥門組だ。そうだ、最初からこれでよかったんだ」


---


本家の門前は、珍しく静かだった。


親分もクロもいない。

イシコたちもみんないない

大きい戦力がごそっと抜けたあとの静けさだ。


その代わり、門前には人がいた。


国枝市蔵。

三船ロー。

そして、鉄顎のゴルム。


ローは最初に音で気づいた。


「……誰か来た?」


「ええ」


と国枝。


「だいぶ嫌な感じがしますね」


ローは記録石を懐から出していた。

刻みはもう始めている。


「これ、回しといた方がいいよな」


とローは撮影を開始した。


門前に現れた八代は、本家を見て嫌そうに笑った。


何度も来ても腹が立つ。


鍋。

札。

仕切り。

寝床。

家みたいな顔。


それが前より増えている。


「ほんとに根を張りやがったな」


国枝が一歩前へ出る。


「八代さん」


「やめた方がいいですよ」


八代は鼻で笑う。


「お前、ほんとにそっち側なんだな」


「ええ」


と国枝。


「今の白閃牙よりは、だいぶましですから」


その返しに、八代の顔が変わる。


「国枝、お前、白閃牙の荷も回してたよな」


「ええ」


「金ももらってた」


「ええ」


「それが今は魔物の門番か」


国枝は笑わなかった。


「門番ではありません」


「取引させていただいているだけです」


「取引?」


と八代。


「こんな連中とか?」


「そうです」


と国枝。


「親分さんも若頭も留守です。だから、今日は帰りなさい。今なら、まだ話で済みます」


八代は一歩前へ出た。


「ふざけるな!待ちに待って、ようやく薄くなったんだぞ! 帰るわけねえだろ!」


ローが小さく言う。


「うわ、卑怯」


国枝は最後に一度だけ言った。


「八代さん、本家に土足で入るのは、やめた方がいい」


「嫌だね」


と八代。


「今日は潰す! 今踏み潰す! それだけだ」


その言い方に、門前の空気が少しだけ冷えた。


ゴルムが前へ出た。


大きい。

鉄色の顎。

中層の縄張り持ちだった頃の重さが、そのまま立っている。


だが、八代は止まらない。

むしろ笑った。


「ちょうどいい、留守番はお前か」


ゴルムは短く言う。


「帰れ」


「帰らねえよ」


と八代。


「お前を倒して入る」


国枝は静かに目を閉じた。


「では、もう知りません」


---


最初に動いたのは、やはり八代だった。


速い。


A級前衛の踏み込みだ。

地面を蹴る音が違う。

ただの攻略者連中とは、最初の一歩から別格だった。


短槍が走る。


ゴルムが腕で受ける。

鈍い音。

だが、その一撃だけでゴルムの足が半歩ずれた。


ローが思わず漏らす。


「強っ」


「A級ですからね」


と国枝。


「嫌な話ですが、実力は本物です」


八代は二手目に入る。


突く。

引く。

返しで脇へ打つ。

さらに足を払う。


ゴルムが受ける。

だが、全部は受けきれない。

肩に入る。

脇腹をかすめる。

足が鈍る。


八代が笑う。


「ほらな」


ゴルムは唸って前へ出る。

拳を振るう。

当たれば終わる重さだ。


だが、八代は避ける。


潜る。

流す。

距離を取る。

また脚を打つ。


ゴルムは重い。

強い。

でも、八代の方が上手い。


「遅えんだよ」


と八代。


「縄張りボス気取りで、本家の門番やってんの似合ってねえぞ」


ゴルムの目が細くなる。


「引かんぞ」


「すぐ動けなくしてやるよ」


と八代が、後ろに合図をする。

白閃牙の回収役が入る。


拘束鎖。

捕獲網。

拘束札。


ゴルムが網を噛みちぎる。

鎖を引きちぎる。

一人を殴り飛ばす。


だが、多い。


そこへ、冥門組の若い衆も出てきた。


二十を超える。


門前の左右。

仕切りの奥。

鍋の裏。

札の下。

若い衆が、ばらばらに、でも一斉に出てくる。


槍。

棒。

投石。


正面から白閃牙に勝てる相手ではない。


だが、門前でやることは知っている。


「寄せるな!」

「門前まで通すな!」

「右、足取れ!」

「鍋の側に入れるな!」


前へ出て勝つのではない。

散らす。

止める。

転ばせる。

それだけでいい。


ニコが槍を構える。


ナナも出てきた。


一歩だけ前へ出て、刃を構える。

寄ったやつだけ切る位置だ。


その後ろで、ネムが寝床側の仕切りを閉めていた。


小さな毛布を抱え、奥へ逃げ遅れた小型種を一匹ずつ押し込んでいく。


「ネム、奥」


とナナ。


「やってる」


ネムは短く答えた。

声は小さいが、手は止まらない。


「寝床、閉める。小さいの、出さない。泣いたの、毛布」


白閃牙の一人が、寝床側へ目を向けた。


「奥にもいるぞ!」


その瞬間、ネムは仕切りの隙間からじっとそいつを見た。


「来るな」


短い声だった。

怖くはない。

でも、妙に通った。


すぐにナナが前へ出る。


「奥、見せない」


若い衆が二人、寝床側の前に入った。

ネムはその後ろで、最後の小型種に毛布をかけた。


白閃牙の一人が笑う。


「数だけだな!」


その足元で、ぷるが伸びていた。

門前に散った鎖と札をぺたりと呑み、白閃牙の足元だけをわざとぬるくする。

一人が踏んだ瞬間、滑った。


「うわっ何だこれ!?」


次の瞬間、そいつの足首にニコの槍が入った。


深くはない。

でも転ぶ。


若い衆の一人が石を投げる。

当たる。

白閃牙の膝が一瞬だけ止まる。


ナナが短く言う。


「右、寄せるな」

「左、抜かせるな」


若い衆が走る。


本家の門前を守る動きだけは、ちゃんと覚えている。


ローが記録石を握ったまま言う。


「これ撮れてる」


「いいですね」


と国枝。


「白閃牙が封鎖突破して、本家の門前で若い衆まで蹴散らしている。証拠になります」


八代はそれでも止まらない。


むしろ、余計に苛立った。


「うぜえな!雑魚が増えたくらいで何とかなると思ってんのか!」


短槍が、今度はゴルムの胸を狙う。


深い。


ゴルムが避けきれない。

食らう。

ぐらりと揺れる。


ローが思わず叫ぶ。


「ゴルム!」


国枝の表情が消えた。


「……まずいですね」


ゴルムはまだ立つ。

だが、もう一発来れば危ない。


ナナが一歩前へ出る。

若い衆も前へ寄る。

それでも、まだ足りない。


八代は短槍を構え直す。


「終わりだ」


その時、上から声が落ちた。


「やだ」


八代が顔を上げる。


ヒナがいた。


翼を広げ、すごく嫌そうな顔で見下ろしている。

その少し下、壁際の細い影にはイトも帰ってきていた。


帰り道で、ヒナが先に音を拾った。

「なんか変」と言って、イトと二人で先に飛んだ。

それだけのことだった。


八代が舌打ちした。


「戻ってきやがったか」


「戻るよ」


とヒナ。


「うちだもん」


イトの糸が飛んだ。


白閃牙の後列。

拘束札を投げようとしていた男の手首へ絡む。

引く。


札が逸れる。

味方の顔に貼りつく。


「うわっ!」


さらにもう一枚も味方の腕に当たって止まる。


「取れない! おい、取ってくれ!」

「知らねえよ自分の札だろ!」


ヒナが上から落ちるように入る。


顔を蹴る。

槍を払う。

回って、もう一人の頭を叩く。


「ゴルム!」


ゴルムが低く唸る。

前へ一歩。


その一歩で、足元の鎖が逆に白閃牙の脚へ跳ねた。

転ぶ。

そこへゴルムの拳が入る。


二人まとめて吹っ飛ぶ。


ヒナが叫ぶ。


「まだいける!」


「まだ立つ」


とゴルム。


だが、八代も止まらない。


「ちょうどいい! 戻ってきたなら、まとめて潰す!」


短槍が走る。

ゴルムの喉狙い。

ヒナが上から割り込む。

羽で逸らす。

だが、そのまま八代の肘がヒナの脇へ入る。


「っ!」


ヒナが吹っ飛ぶ。

壁の出っ張りにぶつかって止まる。


イトの糸が、即座に飛ぶ。

八代の足首へ。


だが、八代はそれすら切る。


「うぜえな」


今度はイトも眉を寄せた。


国枝が叫ぶ。


「ヒナ嬢!」


ヒナは息を吐く。


「……だいぶ痛い」


「下がりなさい!」


と国枝。


「嫌」


とヒナ。


「ここ、うちの門前だよ」


その言葉の直後、白閃牙がまた寄る。

ゴルムは揺れたまま。

ヒナも傷んでいる。

ナナと若い衆が踏ん張っている。

でも、まだ足りない。


八代が短槍を構え直す。


「今度こそ終わりだ」


その時、通路の奥から、重い足音が重なって来た。


多い。

聞いた瞬間に分かる足音。

本家の主力が、帰ってきた音だった。


八代が一瞬だけ止まる。


振り向く。


暗い路の向こうから、最初に見えたのは黒だった。


クロ。


三つの頭が低い。

右が唸っている。

左が鳴っている。

中央だけが、八代をまっすぐ見ていた。


その後ろに牧人。

さらにザガ、ミズハ、まめじい、ベロ、イシコ。


一番後ろから、豪志が顔を出した。


「あれ、何か始まってる!?」


「黙ってろ」


とベロ。


「はい」


素直だった。


全員が、門前の様子を一瞬で見た。


荒れた床。

傷の入ったゴルム。

壁に寄るヒナ。

壁際のイト。

踏ん張る若い衆。


寝床側では、ネムがまだ仕切りを押さえていた。

毛布を抱えたまま、奥の小型種を外へ出さないようにしている。


白閃牙の何人かも倒れていた。

そして、まだ突く気でいる八代。


ザガが鼻で笑った。


「何やってんだ、こいつら」


ヒナが息を吐く。


「……帰ってきた」


牧人は門前をゆっくり見渡した。


「……留守の間に増えたな」


「でも客じゃなさそう」


とベロ。


「……もめ事か」


「物騒な客ですぞ」


とまめじい。


クロが一歩、前へ出た。


三つの頭が同時に低くなる。


八代の顔から、初めて笑いが消えた。


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