地下は、思ったよりちゃんと家だった
第5話「地下は、思ったよりちゃんと家だった」
翌朝、牧人は地下への階段の前に立っていた。
暗い。冷たい。なのに、妙にちゃんとしている。
幅が広い。
角が丸い。
急いで下りても転びにくい作りだ。
「……親切な階段だな」
まめじいが頷く。
「避難路か保全路でしょうな」
その後ろで、ザガが腕を組んでいた。ベロもいる。ニコもいる。
「やっぱりお前らも来るのか」
「仕方なくだ」
とザガ。
「なにが仕方なくだ」
ザガは少し黙って、顔を逸らした。
「……興味はある」
「最初からそう言えよ」
牧人は階段を見下ろした。
「お前らは地上。客が来たら困る」
「客、もう来る前提なんだな」
とベロ。
「嫌だけどな」
ニコが板を持ち上げる。
「地下探索中→って書く?」
「書くな。とにかくお前らは待ってろ」
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結局、地下へ行くのは五人になった。
先頭がクロ。
その後ろに牧人。
足元にぷる。
続いてまめじい。
最後尾がイシコ。
「最後尾が一番でかいの、ちょっと不安なんだけど」
「詰まったら押し戻せる」
と、イシコ。
「押し戻す前提で来るな」
階段を下りる。
思ったより長い。
しかも下へ行くほど、壁の様子が変わった。
上はただの石壁だった。
でも途中から、継ぎ目が揃う。
削りも丁寧だ。
ところどころ古い金具や溝が残っている。
「やっぱり自然洞じゃないな」
まめじいが壁を撫でる。
「人の手ですな。だいぶ昔の」
少し進むと、半分壊れた扉があった。
その横に、擦れた文字が残っている。
牧人は顔を寄せた。
「……保全……休憩室?」
クロが先に入る。
低く鼻を鳴らす。
危険はないらしい。
中は、部屋だった。
長机。
壁際の棚。
壊れた食器。
ひっくり返った椅子。
隅には古びた寝台まである。
「……休憩室にしては、だいぶ住む気あるな」
まめじいが寝台を見た。
「避難と保全を兼ねた部屋でしょうな」
「部屋っていうか、もう半分家だろ」
牧人は部屋を見回した。
寝る場所がある。
食う場所がある。
腰を落ち着ける前提の作りだ。
「……普通に住めるな」
その時、ぷるが棚の下で止まった。
ぷるん。
ぷるるん。
「なんだ」
ぷるが泥を吸う。
ぺっと黒い塊を吐く。
その奥に、金属の箱が見えた。
「箱か」
両手で抱えられるくらいの大きさ。
でも、やたら重い。
牧人が持ち上げようとして、止まる。
「重っ」
まめじいが覗き込む。
「保守箱でしょうな」
イシコが前へ出た。
箱に触れる。
赤い目が一瞬だけ明るくなった。
「開封認証、一部生存。系統不全。開封不可」
牧人が振り向く。
「開かないのか」
「開かない」
箱は開かなかった。
「今は無理か」
「今は無理」
と、イシコ。
「系統が足りない」
まめじいが奥を見た。
「箱は後ですな。先を見ましょう」
部屋の奥に、さらに通路が続いている。
暗い。
でも風が来る。
「……まだあるな」
少し進む。
壁に細い溝が走っている。
昔、何かを通していた跡だった。
床の先に、薄い刻印が見えた。
まめじいがしゃがむ。
「親父殿。これを」
円。
その中に、家みたいな図。
そして擦れた古い文字。
牧人は目を細めた。
「……保護……帰還点?」
イシコが見た。
「旧保全帰還点。はぐれ、負傷、避難対象を一時保護する場所」
牧人は黙った。
怪我したやつを受け入れる。
寝かせる。
食わせる。
落ち着かせる。
地上で自分が勝手に始めたことが、そのまま地下に先にあった。
「……俺、変なこと始めたつもりだったんだけどな」
まめじいが静かに言う。
「元から、そういう場所だったのでしょうな」
その時だった。
通路の奥で、音がした。
カチ。
全員が止まる。
もう一度。
カチ。
箱ではない。
もっと奥だ。
クロの背が張る。
右が唸る。
左は完全に戦う顔だった。
イシコが短く言う。
「別系統、起動反応」
「何が起きた」
「不明。奥で何かが動いた」
暗い通路の先は見えない。
でも、確かに何かが起きた。
ぷるが牧人の足にぺたりと張りついた。
「……怖いか」
ぷるるん。
「俺もちょっと怖い」
クロが振り向いた。
「行くか」
牧人は少しだけ迷って、首を振った。
「今日はここまでだ」
「行かないのか」
と、クロ。
「灯りも足りない。道も分からない。ここで突っ込んで迷子になる方が嫌だ」
まめじいが深く頷く。
「賢明ですな」
「珍しくって言うなよ」
「まだ言っておりません」
イシコが保守箱を片手で持ち上げた。
「持って帰る」
「それ重くない?」
「守護個体」
「よく分からんけど、まあいいか」
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地上へ戻る前、牧人はもう一度だけ振り返った。
長机。
皿。
寝台。
保護帰還点の刻印。
開かない保守箱。
その奥で起きた、何か。
五日前まで寝床もなかったのに、今は地下に昔の“家”まで見つかっている。
「……ほんと、ただの廃墟じゃなかったな」
ぷるが小さく震えた。
ぷるん。
その時、暗い通路の奥で、もう一度だけ音が鳴った。
カチ。
続けて、壁の奥で何かが走るような、低い振動。
イシコが目を細める。
「明日、奥を確認する」
「仕事が増えたな」
「増えましたな」
と、まめじい。
「嬉しそうに言うな」
牧人はため息をついた。
「……早めに終わるといいんだけどな」
誰も、その保証はしなかった。




