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赤牙連盟、ちゃんと並べ


荷が少ない。


朝、国枝市蔵の荷車を見た瞬間、守谷牧人はそう言った。


「減ってるな」


「減ってます」


国枝は即答した。


干し肉は半分。塩袋は一つ。布は来ているが、束が細い。


「途中で赤牙連盟という魔物の集団に止められました」


「赤牙?」


と牧人。


国枝が頷いた。


「南外輪の通路と解体場に顔が利く連中です。私は何度か荷を通していますが、今日は“本家向けは別だ”と止められました」


「厄介だね」


とヒナ。


「本家が立ったから、仕掛けてきたんでしょう」


牧人は荷を見た。


「支払いは」


「いつもの三本立てで結構です。魔石片、中層の甲殻、足りない分は掛けで。今夜ドルグのところの若い衆が持ってくる金具も回してください」


「分かった」


「ええ。あと」


国枝は咳払いした。


「たぶん今日、向こうから来ます」


「赤牙?」


「はい。止めるだけで終わる顔ではなかったので」


そこへ、門前でクロが鼻を鳴らした。


右の頭が外。中央も外。左だけがあくびした。


「来る」


「どっち」


とヒナ。


「前から。二匹」


「少ないね」


「少ない方が面倒な時もある」


とザガ。


---


そして、やっぱり来た。


灰色の魔狼系が一匹。帳面を抱えたコボルト系の雌が一匹。


どっちも赤い布を腕に巻いている。どっちも胸を張っている。どっちも、かなり臭かった。


門をくぐる前に、ミズハが言った。


「臭いわ」


二匹が止まる。


魔狼系が眉を吊り上げた。


「は?」


「血と煙と干し肉と、あと三日洗ってない毛の匂いね」


「通告に来たんだぞ!」


そこへ、ナナが来た。


「そのまま中に入られる方が困る」


「何だと!」


ナナが板を持って前に出る。


来客は受付から


「受付」


「いや通告だって言ってんだろ!」


「受付」


「会話しろ!」


「してる」


ニコが横から走ってくる。


「はいはい、並んでくださーい! 来客は一列! 割り込み禁止!」


「並ぶ!?」


と魔狼系。


「俺たちが!?」


「来た順です」


とナナ。


「うちはそういう家」


とベロ。


「家じゃねえ、拠点だろ!」


「本家です」


とナナが、その一言を強く言う。


結局、並んだ。


魔狼系が前。コボルト系の雌が後ろ。


その前には、礼だけ置きに来た小型種が二匹。さらにその前には、寝床相談の傷物が一匹。


「何だこの列」


と魔狼系。


「来客列」


とニコ。


「見れば分かる!」


「じゃあ並んで!」


ヒナが上から笑う。


「ちゃんと並んでる。えらい」


「うるせえ!」


やっと受付まで来たところで、ナナが聞いた。


「名乗り」


「赤牙連盟、若牙ジド!」


「用件」


「通告!」


「内容」


「南外輪三通路、今日から赤牙が管理する! 通るたびに、干し肉、塩、保存根、三割寄越せ!」


ニコが板を構える。


「長い! 要約!」


「その板はなんなんだよ!」


横のコボルト系の雌が、ため息をついた。


「赤牙連盟。帳場役のロッカ。通路使用料三割の通告」


「よし」


とナナ。


「なにが、よしだ!分かってるのか?!」


ジドが吠える。


その瞬間、ミズハが桶を持って来た。


「次は、お風呂ね」


「は?」


とジド。


「臭いから」


「まだ話してる途中だぞ!」


「そのまま長机座るの?」


ロッカが一瞬だけ考えた。


「……合理的だね」


「こら! 納得するな!」


「納得してない。風呂に入るだけ」


「入るな!」


「若牙」


とロッカ。


「自分の毛、嗅いでみな」


ジドは黙った。たぶん嗅いだ。たぶん臭かった。


ナナが別の板を出した。


風呂は一列


「何であるんだよ!」


風呂の列の最後尾に並ばせられた。


先頭は南根道の若い衆。次が旧保全路の荷運び。その後ろに、赤牙連盟の若牙ジドと帳場役ロッカ。


「俺たち敵だぞ」


とジド。


「順番だからね。大人しく並びなさいね」


とミズハ。


「………」


ヒナが上から実況する。


「赤牙連盟、整列よし。顔は不満。匂いは最悪」


「実況すんな!」


とジドが吠えたが、結局並んで順番通りに風呂に入った。


風呂から出てきた時、ジドの毛並みはちょっとだけふくらんでいた。耳の裏を後ろ脚で一回掻いて、すぐやめた。気にしていないふりをしているが、目が泳いでいる。


ロッカは耳の後ろまできっちり流していた。


ベロが真顔で言う。


「さっぱりしてるな」


「うるせえ!」


ザガも真顔だった。


「最初より話は聞けそうだ」


「誰のせいだと思ってんだ!」


「ミズハ姐さん」


とヒナ。


「ふふ、さっぱりしたでしょ」


そう言って、ミズハが次を指した。


「お腹すかない?」


「まだあるのかよ!」


「次は、ご飯よ」


「何でだよ!」


「空腹だと力がでないでしょ」


とミズハ。


「今の俺がそうだって言いてえのか!」


ロッカはもう飯の列に入っていた。


「……若牙。通告の効き目を見るなら、まず相手の飯を見た方が早い」


「お前、もう完全にこの家の空気に飲まれてるだろ!」


「飲まれてない。見てる」


「雑炊を?」


「いろいろ」


と言いつつ、ちゃんと飯の列の最後尾に並んだ。さっきの列より長かった。


小型種。若い衆。国枝。赤牙連盟。


「何で商人も並んでるんだ」


とジド。


国枝は平然と言った。


「飯時なので」


「お前!人間が魔物と一緒に並ぶなよ!」


「ここの親分さんも人間ですから」


ぷるがジドの後ろにぺたりと並ぶ。ジドが下を見る。


「何でスライムまで順番守ってんだよ」


「うちの子だから」


と牧人。


「その説明、何の説明にもなってねえ!」


雑炊がよそわれる。


今日は具が少ない。赤牙に削られた朝だからだ。だが量は多い。本家はこういう日に、逆に椀を大きくする。


ロッカが受け取って、一口すすった。


「……減らされてこの量か」


「うちは食わせるから」


と牧人。


ジドも食べた。一口目で黙った。二口目でさらに黙った。三口目で、かなり普通の顔になった。


ヒナが笑う。


「落ち着いてる」


「食ってるだけだ!」


「でも落ち着いてる」


「うるせえ!」


ぷるが机の下から、ジドの足元に落ちた根菜を回収した。


「何か取られた!」


「床がきれいになっただけだろ」


とザガ。


---


飯を食い終わった時、ジドは一瞬だけぼんやりした顔で天井を見た。


「はぁ、食った」


「なかなかうまかった」


ロッカが即答した。


「……あれ?俺たち何しに来たんだっけ」


ジドとロッカが顔を見合わせた。


「違う!」


ロッカが叫んだ。


「通告」


「あ、そうだ」


「風呂入って飯食って忘れたなあ、お前」


ベロが吹いた。


「うるせえ!」


「もう一回風呂入るか?」


「入らねえよ!」


ようやく長机に座った。


いや、座らされた。


ジドは机を叩いた。


「南外輪三通路、今日から赤牙が管理する! 通るたびに、干し肉、塩、保存根、三割寄越せ!」


「高いわね」


とミズハ。


「赤牙相場だ!」


「勝手ね」


ロッカが帳面を開く。


「通路を押さえれば、腹は細る。腹が細れば、勢いも細る。だから先に路を触る。赤牙はそういうやり方だよ」


まめじいが頷く。


「兵站ですな」


ロッカが横の袋を叩く。


「これは今朝、通行料として抜いた分だよ。次からはもっと減る」


袋の口が少し開いていて、中に干し肉が見えている。


その時、机の下からぷるが出てきた。


ぺた。

ぺた。

ぺた。


誰より迷いなく、赤牙の袋へ向かう。


「……あ」


とベロ。


「ぷる」


とヒナ。


「見つけたね」


ぷるは、袋の口へ体を突っ込んだ。


「おい!」


とジド。


一拍遅れて、ぷるが顔を上げる。体の端に、干し肉が半分埋まっている。


「何してくれてんだ!」


「食ってる」


とザガ。


「見りゃ分かるわ!」


ぷるはもう一枚いった。


ロッカが袋を引く。

ぷるが袋に貼りつく。

袋ごと机の下へ引かれる。


「待て待て待て!」


とベロ。


「綱引き始まった!」


ヒナが上から笑う。


「親父! 赤牙の通行料、いま本家の掃除担当に徴収されてる!」


「食うなよ!」


と牧人。


「ぷるに言って!」


遅い。


ぷるは三枚目を回収した。


ジドが机を叩く。


「それ、赤牙のだぞ!」


ミズハが真顔で言う。


「食べ物を床に置くからよ」


「置いてねえ! 持ってた!」


そこへ、梁の上から糸が一本落ちた。


ぴっ。


ロッカの帳面にくっつく。


糸の先には、赤牙の木杭の欠片。通路の入口に打ち込まれていたものの破片だ。


ロッカがそれを指先で摘んで、黙って見た。


「……この杭、南外輪の入口のだね」


まめじいが帳面をめくった。


「今朝の来客に南根道の荷運びが来ておりましたな。あの者の話では、赤牙の見張りは昼替わりの四組交代」


ロッカの目が細くなった。


「……三通路止めても、もうこっちの見張り交代まで掴んでる」


ジドが顔をしかめる。


「だから何だよ」


「今日は脅しが効いたかどうかも分からない」


ロッカは帳面を閉じた。


「この家、殴る前に測る必要がある。どこから入れて、どこで溜めて、何日回せるか。そこを見ないと、通告が通じてるか判断できない」


「面倒くせえ!」


「兵站はだいたい面倒ですな」


まめじいが言った。


ロッカが立ち上がる。天井の梁をちらりと見上げて、呟いた。


「……蜘蛛に帳場をやらせてるのか、ここは」


「帳場じゃねえ。報告係」


とベロ。


「どっちでも同じだよ。うちにはいない種類だ」


ロッカの声は静かだったが、帳面を持つ指に少しだけ力が入っていた。


「今日のところは伝えた。次はもっと嫌な減り方をさせる」


「嫌だなあ」


と牧人。


「うん。いい反応だ」


ジドも立つ。


だが立った瞬間、ヒナが言った。


「ちゃんと並んで帰ってね」


「帰りも並ぶのかよ!?」


ニコが板を持ってきた。


帰りも一列


「増やすな!」


「必要」


「必要じゃねえだろ!」


でも並んだ。


飯を食って、風呂に入って、干し肉を食われて、最後はちゃんと並んで帰った。


かなり変な通告だった。


その間、クロはずっと寝ていた。


---


二匹が帰ったあと、まめじいが帳面を開いた。


「親父殿」


「何だ」


「これは喧嘩ではありませんぞ」


「うん」


「補給抗争です」


「つまり」


「どっちが飢えさせないかの勝負ですな」


牧人は少し考えた。


「……買い物が、かなり面倒になるってことか」


「はい」


「嫌だなあ」


本気だった。


ヒナが笑う。


「親父、そこだけずっと一貫してるね」


「大事だろ」


「大事だけどさ」


牧人は、玄関に向かった。


扉の蝶番に手をかけ、ゆっくり押した。


き。……ぎ。


少し静かだった。


「よし」


「何がよしだ」


とヒナ。


梁の上で、かさ、と小さな音がした。


たぶんイトだ。たぶん笑っている。


そしてたぶん、明日は荷がもっと減る。


本家は今日も、変なやり方で戦っていた。


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