表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/55

旧保全路の親分は、二回死んでも風呂に入りたい


「親分、ゴルムが来た」


昼前、ベロがそう言った時、牧人は芋の葉を一枚ずつ見ていた。


「何しに」


「でかい顔しに」


「いつも通りだな」


そう言いながら顔を上げると、ほんとにいた。


門前に、鉄顎のゴルム。

その後ろに若い衆が二匹。

さらにその横に、妙に偉そうな顔をした一匹がいる。ゴルムのところの古株で、角が片方折れている。だから片角と呼ばれていた。偉そうなのは生まれつきだ。


ゴルムは本家の板を一通り見てから、短く鼻を鳴らした。


見物は静かに→

勝手に入るな→

記録するなら先に言え→

商売の話はまず名乗れ→


「また増えたな」


「増えた」


とザガ。


「最近は増える一方だ」


ゴルムは広場へ入る前に、まず牧人の方を向いた。


「親分、邪魔する」


「おう」


「ドルグが来てるらしいな。見舞いに来た。あと、少し報告がある」


「分かった。入れ」


ゴルムはそこで初めて広場へ足を踏み入れた。

前より馴染んでいる。

馴染んでいるのに、馴染んでいない顔をしている。

そういう親分だった。


「ドルグは」


「洗浄室」


とザガ。


「風呂だろ」


とゴルム。


「洗浄室だ」


とナナ。


「まだそれこだわるのか」


「こだわる」


ちょうどその時、洗浄室の奥からドルグの声が響いた。


「熱っ!」


「動かないで」


とミズハ。


「傷口が開くよ」


「熱いって言ってんだろ!」


「大きい声出さないで」


「出るわ!」


ゴルムが顔をしかめた。


「……何してんだあいつ」


「洗われてる」


とベロ。


「見れば分かる」


「そうじゃねえ。なんであいつが、あんな大人しく洗われてんだ」


「大人しくはないだろ」


と牧人。


「お前も洗うか?」


「誰が洗われに来たみてえな言い方してんだ」


「違うのか」


「違う」


だが、少し間があった。


ヒナが窓辺からにやにやしながら言う。


「でも入りたいんでしょ」


「入りたくねえ」


「じゃあ帰る?」


「……話が先だ」


そう言いながら、ゴルムの視線はしっかり洗浄室の方へ行っていた。


若い衆二匹も見ていた。


「お前ら、見るな」


とゴルム。


「でも親分」


「見るな」


「気持ちよさそう」


「見るな!」


まめじいが帳場から顔を出す。


「ゴルム殿」


「何だ」


「風呂待ちなら、あと二つですぞ」


「待ってねえ!」


その否定だけ、妙に大きかった。


---


やがて、洗浄室の布がめくれた。


ドルグが出てくる。


でかい。

帯巻き。

湯気つき。

妙にさっぱりしている。


傷口の周りだけまだ痛そうだが、顔色は昨日よりましだった。


ゴルムはそれを見て、短く言った。


「派手にやられたな」


「うるせえ」


ドルグはゴルムの前まで来ると、鼻を鳴らした。


「何しに来た」


「見舞いだ」


「嘘つけ」


「半分な」


「残り半分は」


「笑いに来た」


「帰れ」


その返しが早かったので、だいぶ元気なのは分かった。


ゴルムは満足そうに顎を鳴らした。


「それだけ喋れりゃ死なねえな」


「最近、死にかけた相手に言うな」


「だから来たんだよ」


ドルグが軽く肩を回した。


「若い衆に番を任せてきた。半日なら持つ」


「半日で帰る気か」


とザガ。


「傷見て、報告して、風呂入って帰る」


「結局入るんじゃねえか」


「洗浄室だ」


とナナ。


---


そこで、ゴルムの顔が少しだけ真面目になる。


ドルグも、少しだけ空気が変わった。


ミズハが濡れた布を絞りながら言う。


「区域境まで押し出して殺すやり方、手慣れてたわね」


ドルグが頷く。


「区域の仕組みを知ってる連中だった。復活の条件、境界の位置、全部分かってやってた」


「四人組で、押し出し専門の盾持ちまでいた」


とザガ。


「あの手口は初めてじゃない。他の区域でもやってるだろうね」


とミズハ。


ゴルムが顎を鳴らす。


「だから来た。親分に報告しておきたかった」


牧人が頷く。


「お前らも気をつけろ。旧保全路も狙われないとは限らない」


「分かってる」


とゴルム。


「うちのシマは昔から宝が少ねえ。魔石も薄い。だから冒険者はあんまり来ない。最近はもっと来なくなった」


「何でだ」


と牧人。


「本家だ」


とゴルム。


「外輪で噂が広まってる。災厄級がいる、人間の親分がいる、畑がある、風呂がある——冒険者の興味がそっちに向いてる」


「こっちか」


「こっちだ」


ドルグが帯の上から傷口を押さえながら言った。


「あの攻略班は、本家のことは知らなかった。増援が来た時も"群れか"としか言ってなかった」


「うん」


「だが、連携する魔物が出てきたのは分かった。次は調べてくる。増援が出る場所だと分かった以上、手を変えてくるだろう」


片角が横で咳払いした。


「ですが親分、いままで二回殺されてます」


広場が止まった。


ゴルムがゆっくり振り向いた。


「お前」


「事実です」


「今ここで言うか?」


「分かりやすいかと」


「分かりやすくなくていい!」


ベロが吹き出した。

ヒナはもう笑っている。

ミズハまで少し口元を隠した。


ドルグだけが、じわっと顔を上げた。


「二回?」


「……二回だ」


「区域内で?」


とザガ。


「区域内だ。だから二十四時間で戻れた」


「じゃあよかったじゃないか」


と牧人。


「よくねえんだよ!」


ゴルムが怒鳴る。


「一回目は、まだ俺が区域ボスになったばかりの頃だ!」


「なってすぐやられたのか」


とベロ。


「お前は黙れ」


「二回目は?」


とヒナ。


「外輪のボス狩り崩れが、調子乗って入ってきた時だ」


「へえ」


「で、殺された」


「さらっと言うなあ」


とザガ。


「言いたくて言ってるわけじゃねえ!」


ゴルムは不機嫌そうに顎を鳴らした。


「だが二回とも、うちのシマの中だったから戻れた」


「うん」


と牧人。


「でも二回殺されたのは残る」


とゴルム。


「若い衆には覚えられる。周りにも覚えられる。だから面倒なんだ」


若い衆二匹が、ちょっとだけ目を逸らした。


片角は真顔で頷く。


「一回目は知りませんが、二回目はだいぶ擦られました」


「お前ほんと黙れ」


「事実ですので」


「こいつ最近ほんと遠慮がねえな」


とベロ。


「親父の家に慣れたんだろ」


とザガ。


「厄介な慣れ方だ」


ドルグが鼻を鳴らした。


「偉そうに言ってるが、俺だって一回死んでる」


広場がまた止まった。


「お前も?」


とヒナ。


「中層ボスやってりゃ、一回くらいはある」


「区域内か」


とザガ。


「区域内だ。戻った」


「親分って狙われるから、大変だな」


とヒナ。


「今さらか」


とドルグ。


「中層ボスのくせにやられてんのかよ」


とゴルム。


「二回死んだやつに言われたくねえ」


「うるせえ!」


広場に笑いが広がった。


さっきまで少し重かった空気が、そこでようやく崩れた。


若い衆まで笑いを噛み殺していた。

片角だけは真顔だった。


「親分、五回目は避けましょう。そろそろ降格されます」


「だからお前は黙れ!いや、次は三回目だ。勝手に増やすな」


---


牧人はそんなやり取りを聞きながら、普通に言った。


「とにかく、来るなら来るで、こっちも見張ればいい」


「軽いなあ」


とザガ。


「その軽さでここまで来てんだよな」


とベロ。


「でも、そうね」


とミズハ。


「静かなうちに流れを整えるのは大事よ」


「それだ」


とゴルム。


「静かな時が一番厄介なんだ。来る時は、だいたい静かな後に来る」


ドルグも頷いた。


「次は、俺のとこだけじゃ済まねえだろうな」


「面倒だな」


と牧人。


「勘弁してほしいわ」


とミズハ。


「冗談じゃねえぞ」


とザガ。


「聞きたくないね」


とヒナ。


「やれやれですな」


とまめじい。


全員が少しずつ違う調子で言ったので、変に揃った。


ヒナが笑う。


「でも、そういうのが揃うの、ちょっと家っぽいね」


「それはそうかもな」


とベロ。


「家ってそういうもんか?」


と牧人。


「たぶんね」


とヒナ。


その時、ニコがまた板を持ってきた。


見物は静かに→

勝手に入るな→

記録するなら先に言え→

商売の話はまず名乗れ→

区域の親分は風呂の順番を守れ→


「増やすな!」


とザガ。


「必要だろ」


とニコ。


「必要ですな」


とまめじい。


「いらねえだろ」


とゴルム。


「いや、いる」


とドルグ。


「お前らまで板の側に寄るな!」


また笑いが起きた。


---


外では、監察が動いている。

配信は広がっている。

商人は値段をつけ始めている。

攻略班は因縁を持った。


面倒なことは、ちゃんと大きくなっていた。


でも本家では、その面倒の真ん中で、旧保全路の親分が風呂の順番を気にし、中層の親分が傷口を押さえ、うさぎが葉っぱを食っていた。


牧人はゴルムの古傷を見ながら言う。


「傷が多いな」


「でも、二回死んでる割に丈夫だろ」


「そこ自分で言うんだ」


「今はもう、言った方が早え」


「開き直ったな」


「親分はそういうの、嫌いじゃないだろ」


「嫌いじゃない」


それで少しだけ、ゴルムの顔が緩んだ。


「じゃあ、傷を洗うか」


「風呂だろ」


とヒナ。


「洗浄室だ」


とナナ。


「どっちでもいいだろ!」


とゴルム。


その怒鳴り声で、また少しだけ笑いが戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ