旧保全路の親分は、二回死んでも風呂に入りたい
「親分、ゴルムが来た」
昼前、ベロがそう言った時、牧人は芋の葉を一枚ずつ見ていた。
「何しに」
「でかい顔しに」
「いつも通りだな」
そう言いながら顔を上げると、ほんとにいた。
門前に、鉄顎のゴルム。
その後ろに若い衆が二匹。
さらにその横に、妙に偉そうな顔をした一匹がいる。ゴルムのところの古株で、角が片方折れている。だから片角と呼ばれていた。偉そうなのは生まれつきだ。
ゴルムは本家の板を一通り見てから、短く鼻を鳴らした。
見物は静かに→
勝手に入るな→
記録するなら先に言え→
商売の話はまず名乗れ→
「また増えたな」
「増えた」
とザガ。
「最近は増える一方だ」
ゴルムは広場へ入る前に、まず牧人の方を向いた。
「親分、邪魔する」
「おう」
「ドルグが来てるらしいな。見舞いに来た。あと、少し報告がある」
「分かった。入れ」
ゴルムはそこで初めて広場へ足を踏み入れた。
前より馴染んでいる。
馴染んでいるのに、馴染んでいない顔をしている。
そういう親分だった。
「ドルグは」
「洗浄室」
とザガ。
「風呂だろ」
とゴルム。
「洗浄室だ」
とナナ。
「まだそれこだわるのか」
「こだわる」
ちょうどその時、洗浄室の奥からドルグの声が響いた。
「熱っ!」
「動かないで」
とミズハ。
「傷口が開くよ」
「熱いって言ってんだろ!」
「大きい声出さないで」
「出るわ!」
ゴルムが顔をしかめた。
「……何してんだあいつ」
「洗われてる」
とベロ。
「見れば分かる」
「そうじゃねえ。なんであいつが、あんな大人しく洗われてんだ」
「大人しくはないだろ」
と牧人。
「お前も洗うか?」
「誰が洗われに来たみてえな言い方してんだ」
「違うのか」
「違う」
だが、少し間があった。
ヒナが窓辺からにやにやしながら言う。
「でも入りたいんでしょ」
「入りたくねえ」
「じゃあ帰る?」
「……話が先だ」
そう言いながら、ゴルムの視線はしっかり洗浄室の方へ行っていた。
若い衆二匹も見ていた。
「お前ら、見るな」
とゴルム。
「でも親分」
「見るな」
「気持ちよさそう」
「見るな!」
まめじいが帳場から顔を出す。
「ゴルム殿」
「何だ」
「風呂待ちなら、あと二つですぞ」
「待ってねえ!」
その否定だけ、妙に大きかった。
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やがて、洗浄室の布がめくれた。
ドルグが出てくる。
でかい。
帯巻き。
湯気つき。
妙にさっぱりしている。
傷口の周りだけまだ痛そうだが、顔色は昨日よりましだった。
ゴルムはそれを見て、短く言った。
「派手にやられたな」
「うるせえ」
ドルグはゴルムの前まで来ると、鼻を鳴らした。
「何しに来た」
「見舞いだ」
「嘘つけ」
「半分な」
「残り半分は」
「笑いに来た」
「帰れ」
その返しが早かったので、だいぶ元気なのは分かった。
ゴルムは満足そうに顎を鳴らした。
「それだけ喋れりゃ死なねえな」
「最近、死にかけた相手に言うな」
「だから来たんだよ」
ドルグが軽く肩を回した。
「若い衆に番を任せてきた。半日なら持つ」
「半日で帰る気か」
とザガ。
「傷見て、報告して、風呂入って帰る」
「結局入るんじゃねえか」
「洗浄室だ」
とナナ。
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そこで、ゴルムの顔が少しだけ真面目になる。
ドルグも、少しだけ空気が変わった。
ミズハが濡れた布を絞りながら言う。
「区域境まで押し出して殺すやり方、手慣れてたわね」
ドルグが頷く。
「区域の仕組みを知ってる連中だった。復活の条件、境界の位置、全部分かってやってた」
「四人組で、押し出し専門の盾持ちまでいた」
とザガ。
「あの手口は初めてじゃない。他の区域でもやってるだろうね」
とミズハ。
ゴルムが顎を鳴らす。
「だから来た。親分に報告しておきたかった」
牧人が頷く。
「お前らも気をつけろ。旧保全路も狙われないとは限らない」
「分かってる」
とゴルム。
「うちのシマは昔から宝が少ねえ。魔石も薄い。だから冒険者はあんまり来ない。最近はもっと来なくなった」
「何でだ」
と牧人。
「本家だ」
とゴルム。
「外輪で噂が広まってる。災厄級がいる、人間の親分がいる、畑がある、風呂がある——冒険者の興味がそっちに向いてる」
「こっちか」
「こっちだ」
ドルグが帯の上から傷口を押さえながら言った。
「あの攻略班は、本家のことは知らなかった。増援が来た時も"群れか"としか言ってなかった」
「うん」
「だが、連携する魔物が出てきたのは分かった。次は調べてくる。増援が出る場所だと分かった以上、手を変えてくるだろう」
片角が横で咳払いした。
「ですが親分、いままで二回殺されてます」
広場が止まった。
ゴルムがゆっくり振り向いた。
「お前」
「事実です」
「今ここで言うか?」
「分かりやすいかと」
「分かりやすくなくていい!」
ベロが吹き出した。
ヒナはもう笑っている。
ミズハまで少し口元を隠した。
ドルグだけが、じわっと顔を上げた。
「二回?」
「……二回だ」
「区域内で?」
とザガ。
「区域内だ。だから二十四時間で戻れた」
「じゃあよかったじゃないか」
と牧人。
「よくねえんだよ!」
ゴルムが怒鳴る。
「一回目は、まだ俺が区域ボスになったばかりの頃だ!」
「なってすぐやられたのか」
とベロ。
「お前は黙れ」
「二回目は?」
とヒナ。
「外輪のボス狩り崩れが、調子乗って入ってきた時だ」
「へえ」
「で、殺された」
「さらっと言うなあ」
とザガ。
「言いたくて言ってるわけじゃねえ!」
ゴルムは不機嫌そうに顎を鳴らした。
「だが二回とも、うちのシマの中だったから戻れた」
「うん」
と牧人。
「でも二回殺されたのは残る」
とゴルム。
「若い衆には覚えられる。周りにも覚えられる。だから面倒なんだ」
若い衆二匹が、ちょっとだけ目を逸らした。
片角は真顔で頷く。
「一回目は知りませんが、二回目はだいぶ擦られました」
「お前ほんと黙れ」
「事実ですので」
「こいつ最近ほんと遠慮がねえな」
とベロ。
「親父の家に慣れたんだろ」
とザガ。
「厄介な慣れ方だ」
ドルグが鼻を鳴らした。
「偉そうに言ってるが、俺だって一回死んでる」
広場がまた止まった。
「お前も?」
とヒナ。
「中層ボスやってりゃ、一回くらいはある」
「区域内か」
とザガ。
「区域内だ。戻った」
「親分って狙われるから、大変だな」
とヒナ。
「今さらか」
とドルグ。
「中層ボスのくせにやられてんのかよ」
とゴルム。
「二回死んだやつに言われたくねえ」
「うるせえ!」
広場に笑いが広がった。
さっきまで少し重かった空気が、そこでようやく崩れた。
若い衆まで笑いを噛み殺していた。
片角だけは真顔だった。
「親分、五回目は避けましょう。そろそろ降格されます」
「だからお前は黙れ!いや、次は三回目だ。勝手に増やすな」
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牧人はそんなやり取りを聞きながら、普通に言った。
「とにかく、来るなら来るで、こっちも見張ればいい」
「軽いなあ」
とザガ。
「その軽さでここまで来てんだよな」
とベロ。
「でも、そうね」
とミズハ。
「静かなうちに流れを整えるのは大事よ」
「それだ」
とゴルム。
「静かな時が一番厄介なんだ。来る時は、だいたい静かな後に来る」
ドルグも頷いた。
「次は、俺のとこだけじゃ済まねえだろうな」
「面倒だな」
と牧人。
「勘弁してほしいわ」
とミズハ。
「冗談じゃねえぞ」
とザガ。
「聞きたくないね」
とヒナ。
「やれやれですな」
とまめじい。
全員が少しずつ違う調子で言ったので、変に揃った。
ヒナが笑う。
「でも、そういうのが揃うの、ちょっと家っぽいね」
「それはそうかもな」
とベロ。
「家ってそういうもんか?」
と牧人。
「たぶんね」
とヒナ。
その時、ニコがまた板を持ってきた。
見物は静かに→
勝手に入るな→
記録するなら先に言え→
商売の話はまず名乗れ→
区域の親分は風呂の順番を守れ→
「増やすな!」
とザガ。
「必要だろ」
とニコ。
「必要ですな」
とまめじい。
「いらねえだろ」
とゴルム。
「いや、いる」
とドルグ。
「お前らまで板の側に寄るな!」
また笑いが起きた。
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外では、監察が動いている。
配信は広がっている。
商人は値段をつけ始めている。
攻略班は因縁を持った。
面倒なことは、ちゃんと大きくなっていた。
でも本家では、その面倒の真ん中で、旧保全路の親分が風呂の順番を気にし、中層の親分が傷口を押さえ、うさぎが葉っぱを食っていた。
牧人はゴルムの古傷を見ながら言う。
「傷が多いな」
「でも、二回死んでる割に丈夫だろ」
「そこ自分で言うんだ」
「今はもう、言った方が早え」
「開き直ったな」
「親分はそういうの、嫌いじゃないだろ」
「嫌いじゃない」
それで少しだけ、ゴルムの顔が緩んだ。
「じゃあ、傷を洗うか」
「風呂だろ」
とヒナ。
「洗浄室だ」
とナナ。
「どっちでもいいだろ!」
とゴルム。
その怒鳴り声で、また少しだけ笑いが戻った。




