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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ  作者: 織田雪村
第六章

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日本復活⑤ 日の丸半導体の現状と展望

1999年(平成11年)7月中旬


五條の仮設ヘリポートに、新たな機体が降り立った。

機内から降りてきたのは、眼鏡の奥に鋭い光を宿した男。Microsoftのビルだった。

彼は今、人生最大の壁に阻まれているが、息抜きの意味で私が招待したのだ。


建設に着手した本社予定地。山を削る重機の轟音。立ち上る土煙。奈良の盆地とは思えない規模の工事を前に、彼はしばらく言葉を失っていた。


「キノシタ……君は何を作ろうとしている?」


「ただの拠点だよ。騒がしい都市から離れた、思考のための場所だ」


私は笑って答えたが、彼は笑わなかった。彼の反応は予想通りだったから気にせず私は続けた。


「今の日本は大変な不況に加えて、公共事業が止まったままだ。だからこそ、大手建設会社はすべて参加してくれているし、今は一番安く建設できる好機だからな。安いとはいっても、子供の玩具を買うわけじゃないから、それなりに費用は必要になるが」


「そうだろうな。詮索するつもりはないが、必要となる費用が気になるところではある」


「このリニアを終点の鹿児島まで繋げると、用地取得と建設費合計で12兆円程度になるだろうな」


私がそう言うと、彼は呆れたような表情をした。


「その資金はどこから出ているんだ?傘下の企業に出させているのか?」


「そうじゃない。『株式会社ヤタガラス』という、この地域を開発することを目的とした会社を設立して運営している」


私がそう言うと、彼の表情が引き締まった。莫大な先行投資を必要とするし、最初から利益を出すことなど期待できないことはすぐに理解できただろう。当面は赤字を垂れ流すだけの会社。彼は私と同じくらいの資産家だが、そのような資金の使い道というのを初めて知ったのだろう。


「収益モデルが見えない会社だ」


そうポツリと漏らした。


私は、重機が唸りを上げる土砂の向こうを見据えた。


「これは投資じゃないんだ。私の『道楽』だと言われるだろう。だが、それでいいと思っている。何事も勝ち過ぎると抵抗が生まれる。それを防ぐためには必要なことだとは思わないか?」


「……私にはできなかった判断だ。だが、それが原因で今の状態になっているのだろうな。正直に言って君が羨ましい。ところで、この鉄道はいつ完成予定なんだ?」


「名古屋〜和歌山間、五條〜関空間のリニアは、2010年に先行開業させたいと考えている」


そこから先が問題だが。紀淡海峡は何とかなるとしても、豊予海峡は技術的に難題だ。


彼は机の上に置いていた五條市の完成図面に目を落として言った。


「それにしてはずいぶん大がかりだな?」


「ああ。市内と近郊を結ぶ地下鉄を3路線。そして和歌山県の新宮という場所まで伸びる高規格道路と、この街を守るための排水路を同時に作っている」


「国土が狭く、規制のうるさい日本で、よく押し通したな。政治家に賄賂でも渡したのか?」


「まさか……そんなものは通用しないし、君だって商務省に賄賂を渡して告発を逃れようとは考えていないだろう?同じだよ。鉄道会社と優秀な人たちに全部任せているんだ」


彼を仮設テントの中へと案内し、簡素な机の上に、一台のアルミ製の小さな塊を置いた。手のひらサイズと表現していい大きさだった。


「これはなんだ?」


「これは新しい時代にふさわしいプロジェクトだ。PCじゃないし、単純なOSでもない」


私は三つの円の書かれた資料を彼に見せた。


ハードウェア。

ソフトウェア。

ネットワーク。


三つが重なり合う図が描かれていた。それを指し示しながら私はビルに言った。


「コードネームは“八咫烏(やたがらす)”というんだ」


将来、これはiPhoneと呼ばれるようになるだろう。

ビルの眉が僅かに動いた。


「ヤタガラス。さっき君が言った企業名だな?」


「そうだ。この名は、ここから南に行った場所にある神社のシンボルでもあるし、日本サッカーのマークにもなっている、日本神話に登場する三本足の導きの鳥だ。だが、これは宗教ではない。三つの層を同時に最適化するという意味だ」


彼は腕を組んだ。


「Windowsは既にその三層を支配しているつもりだが?」


「そうだな。支配しているかもな。だが、統合はしていないんじゃないのか?」


沈黙が支配した。遠くで杭打ち機の音が響く。


「君はMicrosoftを倒したいのか?私へのチャレンジャーになろうというのか?『Apple Office』でそうしたように?」


彼が発した言葉は、最近のスティーブの動きに対する牽制だった。彼も脅威に感じているらしい。実際に世界的な評価はAppleへの賛辞が増えてきている。


「いいや。そうじゃないんだ」


私は即答した。


「倒すことなど考えてはない。逆に今の君への援護射撃になっている。そうじゃないか?」


彼の視線が鋭くなる。


「確かにMicrosoftの独占状態が崩れたから、司法の追及に対しても言い訳ができそうだ。……つまりは、それが望みなのか?」


「そうだな。ある種の均衡だな。棲み分けと言ってもいいかもしれない」


ここからが今日の本題だ。


「PCはビル。君の領域だ。だが次の波は、持ち運べる小さな計算機だ。その時、君のOSは重すぎると思う」


ビルはすぐに理解したらしかった。


「インターネットが端末に宿る時代か」


「そうだ。ブラウザの戦争は前哨戦に過ぎない」


彼はゆっくりと椅子に深く腰掛けた。


「それはMicrosoftの領域じゃないな。私に何を求めている?」


「特に何も求めてはいない。今はな。企業が国家規模になれば、それは政治と同じになる。君は今、まさにそれで苦しんでいるのだろう?」


私はさらに続けた。


「もし君が独禁法で追い詰められたとしても、私は救済しない。だが攻撃もしない」


「冷たいじゃないか」


「そうじゃない。私と君は対等だからだ」


……ここまで、ビルに対しては未来知識を用いたヒントを与え、私たちの将来的なリスクを軽減するために誘導しているつもりだが、ビルは私の思いを感じ取ってくれていない。

今日の会談は失敗だったらしい。だがまあ、しょうがないな。


しばらくして、彼は立ち上がった。

外に出ると、梅雨前の湿気を含んだ風が吹いていた。


「面白い。だが私はまだ王だ。そして山奥で君と思想を共有するほど追い詰められてはいない」


そのようにビルは言った。やっぱり私の真意は伝わっていないらしい。


「そうだろうな」と私は応じるしかなかったが、ビルは私に向き直り、少しだけ引き締まった表情で言った。


「だが覚えておく。もし私が次の時代を作るなら、その三本足の鳥を思い出すかもしれない」


それだけ言うと、彼はヘリへ向かった。

エンジン音が盆地に反響する。私は立ち尽くしながら思った。

あの男はまだ、こちらに来る段階ではない。だが今日、五條という場所は彼の脳裏に刻まれた。

現時点ではそれでいいと思っている。ビルとは交流を継続する。いつしか協力し合えるその日まで。



1999年(平成11年)8月1日 西吉野村 自宅


私と寧音はここに住むようになった。家の改装工事はまだ終わっていないから、あちこちに工事の道具が置かれたままになっている。


「結局、何も起きなかったわね。ちょっとだけ期待してたんだけど」


寧音はそう言いながら、静かにアイスコーヒーを飲んでいるが、何を期待していたのかと少し気になった。

ノストラダムスの大予言は外れた。結局、空から恐怖の大王は降ってこなかったのだ。


「当然だよ。計算の合わない予言なんて、俺にとってはノイズにすらならない。俺の夢予言のほうが正確だっただろう?もっとも……最近はあまり当たらなくなってきたけどね」


何を期待していたのかには触れずに返答しつつ新聞に目を通した。事実、最近では夢予言の話をすることは減ってきた。私の存在と活動によって、世の中が少しずつ変化しているからだ。


狂乱の「7の月」を過ぎた途端、世間は憑き物が落ちたように通常運転へと回帰している。昨日まで空を仰いで震えていたことなど、最初からなかったことにしたいらしい。

この凄まじいまでの「忘却力」こそが、日本人の強靭さであり、救いようのない脆さでもある。だが、それを言っても仕方ない。


思い出したように寧音が言った。


「藤一郎。あなたは日本の半導体産業の未来は暗いと思っているんでしょ?ここまでは海外の企業を一生懸命買っているけど、これから先はどうするの?」


前世では、日本は高品質なメモリ(DRAM)の汎用化に乗り遅れ、垂直統合型(IDM)モデルに固執したことで敗れたが、私の描くこの世界では「規格」と、「プラットフォーム」による支配へ戦略を転換したい。


「ジェンスンを部下とし、NVIDIAという製造装置を得たから、国内の半導体産業を再編成するつもりでいるんだ。日本の半導体は10年前には世界シェアの半分を占めていたんだけど、日米半導体協定の影響もあってシェアが落ち続けている」


最近ではDRAMの価格暴落と、韓国勢の猛攻に遭っている。日本の半導体産業の凋落を象徴するのが、今から10年以上先の2012年に破綻した「エルピーダメモリ」社だろう。

私は遠回しの表現を心掛けて寧音に言った。


「通産省が主導して新しい会社を作ろうとしているはずだ。だけど、官僚が考える理想なんて絵に描いた餅そのもので、成功するはずがない」


今年の終わりごろに設立されるだろう、エルピーダメモリのDRAMシェアは、設立から2年で17%から4%まで下落する。2007年からはDRAM価格が下落し、2008年1月には「DRAM1ドル時代」が到来した。シェアは拡大するも売上高は減少し、リーマン・ショックの影響などもあって2008年度は1500憶円近い営業赤字を計上した。結果として破綻してしまった。

このように、日本企業は令和において、最先端の汎用メモリ市場からはほぼ撤退していた。


「バブルの後遺症の影響も大きいね。不良債権処理に追われた日本企業は次世代への大規模な設備投資に出遅れている。その隙に、韓国や台湾の企業が巨額投資を行い、一気にシェアを奪われてしまうだろう」


これに拍車を掛けたのが携帯電話で、日本独自の進化を遂げすぎた結果、世界基準から孤立、いわゆるガラパゴス化してしまった。しかも、2007年のiPhone登場以降はスマートフォンへの転換が遅れ、国内メーカーの多くが撤退・統合していった。

この世界でもそうなるだろう。iPhoneはビルに見せた『八咫烏』のことだが、あれの登場は早まるのではなかろうか。


「このままだと日本の半導体産業は生き残れない。辛うじて高性能な部品や材料、製造装置といった裏方でしか活路がなくなるんじゃないかな」


実際に表舞台からは追い出されたが、縁の下の力持ちとして何とか命脈を保っていたのだ。


「じゃあどうするつもりなの?」


ここまで私が手に入れた企業群のパワーを使えば対抗は可能だ。それだけでなく、中途半端に離合集散の憂き目を見る半導体産業を救うことも可能だ。

ただし、その大前提となるのが政府主導、と言えば聞こえはいいが、実態は無責任な官僚主導をやらせないことだ。


「彼ら官僚は責任を取るという発想を最初から持っていない。しかも定期的な異動によって人事が変わるから、腰を落ち着けた方針など立てようがなくなる」


これは個人や民族の問題ではなく、組織編成の問題で、私は前世での官僚生活を通じて痛いほど実感させられたのだった。


「だから政府の介入を許さず、俺が仕掛け人となって積極的に業界再編を図るつもりだ。

今みたいに各社がモノづくりの上流から下流まで、全てを自前で完結するという体制では生き残れない。各社が知恵と技術を出し合って補完し合う必要があると思う」


「知恵と技術を出し合う?」


「そう。どんな会社でも強みと弱みが存在しているから、強い部分をもっと強くして、代わりに弱い部分は思い切って切り捨てるんだ。A社は設計のみ、B社は汎用品に特化、C社は高付加価帯に注力、といった具合にね。すでに秘かに各社へ探りを入れているんだ」


表向きは「将来の協業可能性の検討」。裏では「どこまで血を流す覚悟があるか」の踏み絵とも言える内容だったが。


最初に接触したのは、NECだった。

1998年当時、同社はDRAMを中核事業として抱えながらも、価格下落と設備投資負担に苦しみ、事業の先行きに確信を持てずにいた。

私は遠回しな表現を一切捨て、最初の席でこう切り出した。


「DRAMは切り離しましょう。NECは設計とロジックに集中すべきだ」


一瞬、会議室の空気が凍りついた。

DRAMは赤字とはいえ、NECにとっては半導体メーカーであることの象徴でもあったからだ。


私は続けた。


「代わりに、設計資産と人材は全て保持する。DRAM製造部門のみを、私が主導する新会社へ移管します」


条件はこうだ。


DRAM製造設備・人員を現物出資する。

取締役は1名選出するが、技術ロードマップへの発言権はなし。


その代わりに、設計はNECに残し、NEC設計品向けメモリは最優先供給。

価格は市況連動ではなく長期契約価格とする。

彼らは即答できなかったが、拒否もしなかった。



次に私が接触したのが、日立製作所だったが、ここはNECよりもさらに重かった。

縦割り、稟議、合議。まさに日本的官僚制を体現した企業だ。

だから私は故意に条件をより冷酷にした。


DRAM事業は完全分社化。経営へ日立側が関与することは一切不可。


その代わり、日立製ロジック向けのカスタムDRAM開発、車載・産業用途での長期安定供給に加えて、研究所人材の受け皿を用意した。彼らが最も恐れていたのは、「DRAMを手放した後、供給を止められること」だったからだ。


私はそこを突いた。


「今のままでは、あなた方は5年後に自前供給すらできなくなりますよ」


その一言で、会議は現実に戻った。


三社目は、三菱電機だった。


ここは最初から話が早かった。

三菱はDRAMに見切りをつけかけており、むしろ退却する出口を探していた。

そんな彼らに私はこう提示した。


設備・人員を現物出資し、DRAMは諦める代わりに、電源・アナログ・車載半導体に集中させる。

三菱側からの条件は一つだけだった。


「雇用は守ってほしい」


私は即座に頷いた。


「必ずそれは守ります。ただし場所はお約束できません。国内工場に固執しないこと、海外生産も辞さないこと。これは覚悟していただきたい」


それで合意した。ここまでで私は確信していた。

彼らはやる気がないのではなく、やる覚悟を決める権限がないだけだと。


だから私は、最後の一手を打った。

出資比率だ。


新会社の名前はエルピーダメモリ……のはずはない。あの社名はギリシャ語由来で、「希望」や「期待」を表していたと思ったが、名前だけで終わってしまった。


私が作る新しい会社の名前は…『ネクサス』。

正式には『ネクサス・セミコンダクタ・マニュファクチュアリング・カンパニー(Nexus Semiconductor Manufacturing Company.)頭文字を取るとNSMCとなる。


令和で有名だった台湾の巨大半導体受託企業、TSMCとほとんど同じ社名で、やることも同じだ。

まあいろいろとややこしいから、これからは単に『ネクサス』と表記しよう。


私がそう告げると、寧音はカップを置き、その響きを確かめるように繰り返した。


「ネクサス……『結びつき』とか『連鎖』っていう意味ね」


「そうだ。単なる寄り合い所帯の連合体じゃない。各社の技術を、豊臣という(くさび)で繋ぎ合わせ、一つの強固なシステムとして機能させる。希望や期待なんて不確かなものに縋るつもりはない。必要なのは、論理的な結合と冷徹なまでの最適化だ」


私は手元の新聞を閉じ、縁側の外に広がる西吉野村の山並みに視線を向けた。 1999年、世紀末。世界が実体のない予言に怯えていた間に、私は現実的な支配の網を広げていた。


「NEC、日立、三菱……。それぞれが抱えていた『重荷』としてのDRAM事業を切り離し、ネクサスという一つの器に集約する。各社は身軽になり、得意分野にリソースを集中できる。そして、その『器』を動かすのは官僚ではなく、俺だ」


「でも、それだと結局は規模を大きくしただけにならない?」


寧音の指摘は鋭い。だが、その先がある。


「いや、ネクサスは単にメモリを作る会社じゃない。NVIDIAが提供する計算能力と、日本が誇る精密な製造技術、そして材料工学。これらを垂直統合ではなく、プラットフォームとして提供する。世界中の企業が、うちの規格を通さなければ次世代の製品を作れない……そんな『ネクサス(中心地)』にするんだ」


史実におけるエルピーダの失敗は、自前主義の延長線上で、資金とスピードにおいてサムスンやSKハイニックスとの消耗戦に敗北したことにある。 だが、ネクサスは違う。最初から世界標準のプラットフォームとしての地位を狙い、過剰な自尊心を削ぎ落とした「勝つための組織」として設計されている。


「予言は外れて、恐怖の大王は降ってこなかった。だが……」


私は寧音を見て笑った。


「日本の半導体業界にとっての『破壊と創造の王』は、たった今、ここで産声を上げたんだよ」


新会社への出資比率は圧倒的だった。


豊臣側(木下個人+豊臣グループ)出資比率40%、NEC:20%、日立:10%、三菱電機:10%、NVIDIA:11%、ストックオプション(経営陣・技術者):9%。


これでわかるように、政府・通産省なんて一切入れないし、補助金も受けない。

その代わり、NVIDIAを技術同盟者として引き込む。

NVIDIAは豊臣の傘下であることも忘れてはいけない。つまり、豊臣+NVIDIAで51%を占めるのだ。


私は関係者の集まる会議の場ではっきりと言った。


「これは日本企業連合ではない。世界の計算基盤を握る会社だ」と。


将来、価格破壊を起こしてしまうDRAMを作る会社ではない。

もっと儲かるGPUとSoCに最適化されたプラットフォームメモリを作る会社で、最終的には半導体受託企業として世界に覇を唱える。


そして以前も触れたように、これは「日本型」の統合ではない点が重要だ。

彼らに任せてしまうと最初に人事で揉める。誰を社長にするか。誰が誰の下になるのか。誰がどこの大学を出ているのか。年齢はどっちが上だと、実に下らない争いを始める。

そして次に方針で揉める。


だからこそ司令官を日本人にはできない。してはいけない。

そこで指名したのが豊臣グループの上席顧問たるNVIDIAのジェンスン。彼は日本とアメリカを往復しつつ、大車輪の活躍をすることになるだろう。

汎用的なものはネクサスが、高付加価値品はNVIDIAという棲み分けを同時に行う。


1999年の夏。

ノストラダムスの予言が外れたその裏で、日本の半導体産業は、静かに別の未来へ舵を切り始めていた。


豊臣グループ 新たな傘下企業一覧


①株式会社ヤタガラス。

紀伊半島の開発を目的に設立された新会社。各種工事の発注・人材活用・電源開発・森林保全・特産物栽培など、地域全体の活性化を目指す。


②ネクサス・セミコンダクタ・マニュファクチュアリング・カンパニー(NSMC)通称はネクサス。

NEC・日立・三菱の半導体部門が合併し、NVIDIAが主導する半導体企業。TSMCの上位互換が目標。


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― 新着の感想 ―
地元の日立が出てきてビクっとなりました。 >次に私が接触したのが、日立製作所だったが、ここはNECよりもさらに重かった。 縦割り、稟議、合議。まさに日本的官僚制を体現した企業だ。 はい……
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