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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第五章

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覇王への道③ ジャストシステム買収

1998年(平成10年)1月末


アメリカから帰国した私たちは自宅に戻らず、徳島県徳島市に来ていた。


この地にジャストシステムの本社があるのだ。令和の世においてはすでに廃れてしまっていた「一太郎」と「花子」。言うまでもなくMicrosoftに押され、いつしか淘汰されていった。


だが、この世界では私がそれを防いでみせる。


世界を席巻するMicrosoftに「穴」や「弱点」はまったくない。一見するとそのように思えるが、実のところ彼らは勝ちすぎて、アメリカ政府から目を付けられる存在にまでなっている。

そこが狙い目だ。


瀬戸内海を渡る風は冷たく、徳島の街も山一や拓銀の連鎖破綻がもたらした平成不況の重圧に沈んでいた。ジャストシステムの社屋もまた、かつての輝きを失いつつあるように見えた。


徳川和宣社長と幸子専務。

夫妻が心血を注いで育て上げた「一太郎」は、単なるワープロソフトではない。それは、日本人の思考様式そのものをデジタル化しようとした、知的野心の結晶だった。


だが、現実は残酷だ。MicrosoftがWindows95に「Word」を抱き合わせ、OSの支配力を武器に一太郎を市場の隅へと追い詰め始めていた。

私は、徳川夫妻の前に、一枚の戦略図を提示した。


「徳川さん。Microsoftは今、絶頂にいるように見えるでしょう。しかし、高く登りすぎた太陽はもう沈むしかありませんし、これは歴史が繰り返し証明してきた事実です」


私は、令和の記憶から導き出されたMicrosoftの受難ともいうべき、独占禁止法訴訟(反トラスト法違反)の行末を語った。


「ある筋からの情報では、アメリカ司法省がMicrosoftを本格的に提訴するとのことです。

彼らはOSとブラウザ、あるいはオフィスソフトの抱き合わせを巡って、身動きが取れなくなるのです」


徳川社長が、眼鏡の奥の鋭い視線を私に向けた。


「それは本当ですか?さすがは木下さんだ。情報に通じておられる」


いや。未来知識というイカサマですよとは言えないので続けた。


「彼らが法廷闘争という泥沼に足を取られている間に、私たちは日本語という聖域を超え、世界のフロントエンドを奪い取るのです。勝機は今しかありません」


「……一太郎を、世界に向けて公開すべきだとおしゃるのですね?」


「半分はその通りですが、OSから独立した『思考のプラットフォーム』に変えてしまうのが本題です」


徳川社長に語った私の構想はこうだ。


スタンフォードで手に入れたばかりのPageRank(Googleのアルゴリズム)を、一太郎の内部に組み込む。ユーザーが文書を書いているそばから、世界中の知見が「参照資料」として自動的に整理されるよう仕組みを作っておく。


その上でジャストシステムが持つ「ATOK」の変換・言語解析技術を、NVIDIAの並列計算処理能力で爆速化させる。リアルタイムの多言語翻訳機として一太郎を再定義しよう。


要するにGoogle+一太郎+NVIDIA=統合知性体として再構築し、遠い未来に訪れるだろう生成AIの時代に向けたプラットフォームを、あらかじめ用意しておく作戦だ。現時点でもAIの概念はある。家電で言うところのファジーとかニューロがそれだ。


そしてMicrosoftが司法省に追い詰められ、身動きが取れなくなった隙に、私はAppleのスティーブにこう指示する。


「Macの標準オフィススイートとして、Microsoft Officeではなく、この豊臣・ジャストシステムを採用せよ」と。これがスティーブに提案した『Apple Office』の全貌だ。


「私が提示できる金額は次の通りです」


寧音が差し出した書類を徳川夫妻に見せて説明した。


「まず、英語版・一太郎の開発費に30億円。次にNVIDIA連携の研究開発費として20億円。そしてPageRankと統合させる費用として10億円です」


夫妻の表情が徐々に驚きへと変わっていく。


ジャストシステムが、Microsoftのバイナリデータを完璧に解析し、Wordよりも美しく文書ファイルを再現・編集できる「超互換モード」を開発できたら世界を獲れる可能性がある。


「さらにマーケティング費用として30億円。予備費10億円。合計100億円ご用意します」


徳川夫妻は、私の提示した「100億円」という出資額と、世界戦略のあまりの巨大さに絶句していた。

1997年のジャストシステムにとって、それは緩慢な死へと向かう破綻の淵から一気に世界制覇へと駆け上がるための、悪魔の誘いにも似た黄金の梯子だった。


「一太郎」を、Wordの後追いにするのではない。 インターネット上の情報を整理し、思考を補助する「AIエージェントの先駆け」へと進化させる。


もしこの構想が間違っていれば、100億円はただの紙切れになってしまうが、今は未来の希望に賭けるしかない。私がこの徳島で、そしてシリコンバレーで打っている布石は、新しい帝国の建国宣言なのだと思い込むことにした。


「この新しい試みに必要な時間はどれ程でしょうか?」


そう私が問いかけると、徳川社長はしばしの沈黙の後に言った。


「そうですね……1年は欲しいところです」


その言葉を聞いて私は確信した。徳川さんは乗り気だと。であるならば、この人の気が変わらないうちに宣言すべきだろう。


「さて、徳川さん。いかがですか?日本が沈んでいく中で、私たちだけは、この『一太郎』を載せた宇宙船で、成層圏を突き抜けようじゃありませんか?」


徳川夫妻は顔を見合わせてしばし考え込んでいたが、社長が私に向き直り静かに言った。


「……賭けてみよう。日本語を守る最後の機会だろうからね」


隣では専務が頷き、涙ぐんでいた。彼らの決断の重みは痛いほど理解できた。

座して死を待つくらいなら……私のこの提案に乗り、Microsoftに一泡吹かせるという一発逆転に彼らは賭けたのだ。

彼らの決意を聞き、私は安堵すると同時に、初めて肩に重荷がのしかかる感覚も抱いていた。これは負けられない。負ければ彼らをも巻き込んでしまう。



ジャストシステム本社を出た私たちは、次にクルマで1時間ほどの距離にある、日亜化学の最新工場を訪れていた。ここでは本格的なLED電球の量産が急ピッチで進められており、施設内は喧騒に包まれていた。

この場所は、世間の陰鬱な空気に関わる暇などない。そう言わんばかりの熱気に包まれているのだ。


稲葉社長が笑顔で出迎えてくれた。


「欧州もアメリカも、わが社のLED電球が受け入れられています。しかも殆ど言い値で買ってくれていますから、業績もうなぎのぼりです。これはわが社単独では決して成し得なかったことでしょう。あなたに従って正解だったと、今では心底、感謝しています」


それは大変光栄だ。

現時点でわが豊臣グループ最大の稼ぎ頭がLEDだ。これから益々、業績は伸び続け、日亜化学単体の利益も株価も天井知らずとなっていくだろう。

しかもクルマのヘッドライトとして採用された際の需要は、全世界で年間9000万台分が見込まれる。



私は東京へ戻る飛行機の中で今後のプランを確認していた。

なんとかAT&Tに手を付けたいものだと。


それからあの人物にも接触し、仲間にしておこう。


「小二郎。東京に戻ったら、ある人物にアポを取ってくれ。彼を豊臣グループの中に入れることができれば最高だと考えているんだ」


そう言いながら久しぶりに新聞を広げて読んだ。

最近は特に忙しく、テレビはおろか新聞にすら目を通す時間がなかったのだ。

見たところで、どうせ相変わらずの金融不安のニュースばかりで、気が滅入るというのもあったのだが。


だが、今回は違った。一面に大きく出ていたのはあの事件についてだった。大蔵省接待汚職事件、別名「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」についての詳報だった。


そういえば忘れていたが今の時期だった。まあ私にはもう関係ない話だし、高みの見物をさせてもらおうじゃないか。そんなことよりも並行して半導体企業の合併案を作らねばならない。通産省が口を出して「エルピーダメモリ」を作る前に私が動く。


当然だが政府資金などというヒモ付きは却下で、豊臣主導で日本の半導体メモリを復活させねばならない。そう思いながら新聞を閉じ、思考を巡らせていると睡魔が襲ってきたので、しばし仮眠をとることにした。

あれもこれもと、やることが多すぎる。それが唯一の不満で、どこか静かな環境に身を置き、熟考する時間が欲しいと思った。


そんな私のささやかな希望は、意外にも早く叶うことになるのだったが。

ただし、それは私が希望した以上の静かすぎる環境ではあった。

豊臣グループ傘下企業


『株式会社ピクセルジョイトロン』

『株式会社ワイドギャップテクノロジーズ』

『ミノルタカメラ株式会社』

『浜松ホトニクス株式会社』

『株式会社オハラ』

『日亜化学工業株式会社』

『Apple』

『Google』

『NVIDIA』

『株式会社ジャストシステム』


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― 新着の感想 ―
ここで刑務所ダイエットだろうか……通産省に難癖付けられるのかな?
>1998年(平成10年)1月末 ああ、やっと一太郎を覚えたと思ったら、 部署異動して「アメリカとデータのやりとりしなきゃいけないから」と ワード、エクセル、パワポを覚えなきゃいけなくなった年だ
ホリエモン来るー??
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