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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第四章

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若き企業家⑳ 新ホールディングス誕生

1997年(平成9年)8月


最近の私たち夫婦の息抜きは映画を見ることだ。

面白い作品が多く、映画館へ行くのが楽しみになっている。

趣味らしい趣味のない私たちにとって、それは高校時代から続く数少ない習慣でもあった。

洋画だと少し前に観た「インディペンデンス・デイ」が迫力があって面白かった。


邦画でも良作は多かったのではないか。特に印象に残ったのが、カンヌ映画祭でカメラドールを受賞した作品で、急峻な斜面に張り付くように家々が点在する山奥の集落を舞台にした内容だった。薄暗い木立、細く曲がりくねった道、そこに暮らす老いた人びとの日常や、過疎化の波に抗えずバラバラになっていく家族の悲哀と愛情が克明に描かれていて、このような場所での生活など体験したことはないけれど、なぜか他人事とは思えなかった。


寧音も同じように感じたらしく、帰り道にお互いしばらく無言だったのを覚えている。ともかく、仕事ばかりではなく息抜きもたまには必要なことだと改めて感じた。


同時に……あのような景色を、以前どこかで見たような気がしていた。



1997年12月


戦後50年、日本経済を縛り続けてきた巨大な(かせ)が外れた。

それが独占禁止法改正による、純粋持株会社の解禁だ。

純粋持株会社。これを令和で聞きなれた言葉で表現すれば、『ホールディングス』と呼ぶ。


敗戦後、GHQの命令によって日本の財閥は解体されたが、それの復活を恐れて禁止されてきたこの仕組みが、バブル崩壊という未曾有の停滞を経てようやく見直されたのだ。

メディアは「経営の再編」や「リストラ」といった弱気な言葉で解禁の理由を語っていたが、私にとっての意味は全く違う。


ホールディングスとは何か。子供に教えるなら「株を持つのが本業の会社だよ」で済む。


だが私の理解は異なる。

工場を持たず、商品を作らず、店舗すら持たない「純粋な意志の総本山」ともいうべき存在。

現場の雑務から切り離され、子会社の経営陣を任命し、予算という名の弾薬を配分し、知財と財務という事業の基幹だけを統括する。巨大な企業群を動かす本拠地だ。


事業の失敗を即座に切り離すリスク分離。買収と売却を加速させる機動力。そして、私が最も執着する知財と資金をブラックボックスの中で集中管理する。

この仕組みこそが、世界を支配する最短ルートだった。

政府を頼らない、政治に利用されない。それが絶対条件だ。


肥大化を続ける私の企業群を()べるため、ホールディングス化の機は熟した。私は寧音に、その旗印となる名称をどうすべきか相談を持ち掛けた。


「アバンダント・アリージャンスを中核とした、新たな持ち株会社を作ろうと思ってる。だけど、その持ち株会社の名称をどうすべきか、少し悩んでいるんだ」


「名前?……そういえば藤一郎が作るものには、いつも明確な意図があるわよね」


寧音はこれまでの私の足跡を辿るように言葉を継いだ。


「ピクセルジョイトロンも、ワイドギャップテクノロジーズも明確な意味があったわよね。

でも、投資会社として作った『アバンダント・アリージャンス』については何も聞いていないわ。藤一郎はどういう動機で名付けたの?」


私は名付けた当時の気持ちを思い出しながら言った。


「アバンダント(Abundant)は豊かさ。アリージャンス(Allegiance)は忠誠と解釈した。だから俺はこの二つの概念を並べたつもりなんだ」


寧音は一瞬、その単語の響きを咀嚼するように黙り込んだ後で言った。


「Abundantは豊かさ。Allegiance……主君に対する忠誠、意味合いは従属、家来ってことになるわね」


「そうだね。強制された忠誠じゃないのが重要なんだよ」


私は言葉を重ねた。


「強制や貧しさから生まれる忠誠は、いつか必ず裏切りと恨みに変わる。だから俺は、最初から『豊かであること』を服属の前提条件にしたし、これまで買収した企業もそうやって仲間になったんだ」


新しいグループの設立動機はまさにそれだ。

資金も、技術も、知財も、すべてを中央で守り抜く。子会社はその庇護の下で、雑音に惑わされず事業に没頭できる。その代わり全体の進むべき方角だけは私が決める。

寧音は膝の上に手を置いて、何かを噛みしめるような表情で私を見ていたが、やがてふっと視線を落とした。


「……ねえ、藤一郎」


「何だい?」


「その英語を本来の意味とは少し違うかもだけど、意訳して並べてみたのよね。

『豊かな、家来たち』。あるいは『豊かな家臣』……」


彼女が顔を上げた。その瞳には困惑が混じっていた。


「それって……」


寧音は、まるで何か重大な秘密に気づいてしまったかのように、声を落とした。


「『豊臣』じゃない?」


一瞬、部屋の空気が止まったように感じた。

私は彼女の言葉の重みを噛みしめた。次に心の奥底から湧き上がる滑稽さと必然性に、思わず笑ってしまった。


「ははは!なるほど。確かに、意訳すればそうなるね」


私は、歴史というものが、時折こうして形を変えて繰り返すことを思い出していた。


狙っていたわけではない。

だが、偶然だと切り捨てるにはでき過ぎていた。戦国の世、血筋も武力も持たぬ者が、分配と制度、そして圧倒的な「利」によって人を束ね、天下を掠め取った。


「秀吉は最初から天下人だったわけじゃない。だが、自分に従う武士には土地を、商人には利権を与え、『この男についていけば豊かになる』という不可逆な構造を作り上げたんだ」


私は窓の外に広がる夜景を見据え、自らに言い聞かせるように続けた。


「俺が作ろうとしているのも、それだ。工場を持たず、実業に手を染めず、ただ資金と権限と知財を配分することで世界を統治する仕組み」


寧音は少し困ったように、だが私の覚悟を肯定するように笑った。


「……藤一郎。それ、世間が知ったら『平成の豊臣政権』って呼ぶわよ。世界を経済力で支配しようというのかという反発が起きるかもしれないわ」


「構わない」


私は即答した。かつての豊臣が朝廷からのくびきの意味を込めて命名されたのだとすれば、今回はそうではなく豊かさを世間へ拡げるための命名だ。


「何をしても批判はされるだろうし、評価なんて後から勝手についてくる。重要なのは、仕組みが完成していることなんだ」


もちろん成功すれば、という前提が付く話だが。

とにかく決まりだ。

英語名は Abundant Allegiance Holdings。

だが、その真の和名は豊かさを条件とした、臣の連合体。


  『豊臣グループ』


朝廷が最初に意図しただろう命名基準から見たら、少し意味合いがずれるだろうが、それこそが現代的な解釈として相応しいと言えるのではないか。


私は小二郎を呼んでこの件を相談した。彼は私の構想に賛成してくれたが、懸念点もあるらしかった。


「何か心配事でもあるのか?」


「いえ、心配というよりも、兄さんのこれからのプランを考えた時に、豊臣グループの拠点としての場所が欲しいなと思ったんですよ」


確かに現時点では研究拠点もバラバラだし、統一された意思決定も難しくなるかもしれない。そしてワイドギャップの仲村さんとの約束もまだ果たせてはいない。特に、私がこれから買い集めようとしている企業群は、21世紀の経済覇権を握ることが可能となるモンスターたちばかりだ。


それにスティーブを呼びたいと考えているから、統治するに相応しい場所が必要となるだろうな。


「そうだな。じゃあ小二郎。すまないが最適な土地を見つけておいてくれ。そんなに広大な場所は必要としない。最先端の研究拠点を作るだけの広がりと、意思決定を行う場所ができれば十分だろう」


「分かったよ兄さん。豊臣に相応しい土地を見つけてきます。その場合、スティーブさんはキーパーソンになるんでしょう?」


「そうだ。彼には日本に住んでほしいと考えている」


「そういう話なら、僕に少し考えがあるんだ。多分だけどスティーブさんも、仲村さんも喜んでくれるんじゃないかな」


小二郎はそう言って意味ありげに笑った。



1998年1月。


純粋持株会社の設立準備が、静かに、しかし力強く始まった。それは単なる企業再編ではない。

一つの経済的政体を立ち上げる宣戦布告だった。

財閥ではない。単なる企業連合でもない。これは、知財と制度によって統治される、現代の豊臣だ。


このグループが私一代で崩壊するのか、崩壊するとすれば、それは日本政府と対立した結果か、それとも何とか折り合いをつけて徳川幕府みたいに継続するのかは分からないが、悔いが残らないよう思いっきりやってみよう。まず最初の目標は、白色LEDが生み出す富を利用して、世界の覇権企業を手に入れることで、それは今しかない。


なぜ今なのか?理由は二つある。


一つは、今なら様々な企業を呆れるほど安く手に入れることが可能だからだ。

そしてもう一つは、私の進路を妨害することが可能な唯一の巨人、Microsoftのビルが間もなくその動きを止めるからだ。


『成長こそが未来を拓く』この言葉を胸に刻み、成長の階段を一気に駆け上がるとしようか。

豊臣グループとしての最初の買収目標は、令和の日本人なら絶対に知っている、いやそれどころか毎日お世話になっているあの企業だ。


正確に表現すれば、まだ企業として明確な形になってはいないが。


私は小二郎を呼んで買収目標となる企業名を書いたメモを渡した。

小二郎はそのメモを一瞥し、首を傾げながら言った。彼の予想とあまりにも違ったせいだろうが、口調には困惑が混じっていた。


「これが兄さんがアメリカで買おうとしている会社の一覧ですか?

最初の企業名は……なんて読むんだろう?ああ、10の100乗。1の後に0が100個並ぶ数ですね?でもこれって企業名なんですか?」


「いい線を突いている。だが、それでは一歩足りない」


「そうなんですか?」


私は正しい読み方、令和の日本で一般的に呼ばれている名前を告げた。


「スペルが違う。それはグーグルと読む」と。


豊臣グループ傘下企業


『株式会社ピクセルジョイトロン』

『株式会社ワイドギャップテクノロジーズ』

『ミノルタカメラ株式会社』

『浜松ホトニクス株式会社』

『株式会社オハラ』

『日亜化学工業株式会社』

『Apple』



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― 新着の感想 ―
デバイスとOSと握ったら早期に金融 QR決済とかも導入できそうですね
アップル手に入れられたら楽しいよなぁ。 でもジョブズに日本に住んでもらっては、偉大な発明は出来ないんじゃないかなぁ。 やっぱりアメリカの技術者の発想は必要だよ~。
出たーグーグル アマゾン ペイパル 楽天 も来るかー 少し先にツイッター、フェイスブック、ユーチューブ もあるぞー
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