覇王への道① Google買収
ここから新章で、10話続きます。
1998年(平成9年)1月
昨年末に北海道拓殖銀行や、山一証券の行き詰まりが表面化した。
それだけではなく、さらには徳陽シティ銀行や三洋証券の破綻というニュースも連続して報じられたこともあって、年が明けても陰鬱な空気が社会を支配しているが、私は休むことなく次のステージに向かっている。
豊臣グループを立ち上げ、持ち株会社という形を整えた上で、私は21世紀の覇権企業を先回りして手に入れるために動き出した。
最初の買収目標は、あの「Google」だった。
まさかと思われるだろうか?
だがそのまさかだ。
「Googleを買えるのか?」という問いへの答えは、「イエス。今なら拍子抜けするほど安値で、しかも確実に買える」なのだ。
記憶に基づくと、現時点におけるGoogleの正式名称はBackRubという研究プロジェクトに過ぎず、2020年代の姿からは想像もできないほど安売りされている。
ではいくらで買えるか?
100万ドル(約1億円)で手に入る。
当然だが「Youtube」も「Waymo」も「Gemini」も「Android」も存在していない。
創業者のラリー・パインとセルゲイ・プリンは、現時点ではスタンフォード大学の博士課程の学生に過ぎず、金策に追われる彼らは「研究を続けたいから、この検索エンジンを誰か買ってくれないか」と本気で考えている。
事実、彼らは100万ドルで買ってほしいと、アメリカ企業のYahoo!に持ちかけたが断られた。
それが昨年の話だったと記憶している。
当時のYahoo!は検索をビジネスの中心とは考えていなかった。
彼らにとって重要なのは、ニュースやメール、ショッピングを集めた「ポータル」だったからだ。
私はGoogleを買収するために再びアメリカへと飛んだ。
もちろん、寧音と小二郎も一緒だ。
カリフォルニアの空気は日本とは少し違うが、冬らしく乾いていて、刺すような冷たさを含んでいた。
サンフランシスコの南、サンノゼにほど近いスタンフォード大学の一角。 私たちは、後に「IT帝国の聖地」と呼ばれることになるコンピュータ科学部を訪れた。
目的の二人は、まだ正式なオフィスすら持てず、寮の部屋や大学の設備を借りて、ケーブルがのたうつようなサーバー群と格闘していた。
……あれが、後世の支配者たちか。
私は心の中で呟く。私の視線の先には、お世辞にも世界の覇者には見えない、冬だというのにヨレヨレのTシャツ姿の若者が二人いた。
ラリー・パインとセルゲイ・プリン。
彼らは今、自分たちが作り上げた「BackRub」というアルゴリズムを、どうにかして現金化できないかと頭を悩ませている真っ最中のはずなのだ。
私は彼らに近づき、単刀直入に切り出した。
「君たちのアルゴリズムを100万ドルで買いたい。……いや、訂正しよう。君たちの『才能』と、そのプロダクトを我が社の傘下に入れたいんだ。二人とも私の社に籍を置き、研究を続けてくれないか?」
二人は顔を見合わせた。
1997年の今、彼らはYahoo!に100万ドルでの買収を断られ、自分たちの技術が理解されないことに苛立っていた。
「……100万ドル? ジョークじゃないだろうね?あのYahoo! ですら『検索なんて儲からない』と言っているんだぞ」 セルゲイが疑り深い目で私を見る。
「彼らは検索を『出口』だと考えている。だが、私は『入り口』だと考えているんだ」
私は持参した資料を広げた。そこには、AppleとGoogleが結びついた、垂直統合型の知の統治構造が描かれていた。
「今すぐではないがAppleの端末を使い、君たちのエンジンで世界を検索する。これが完成したとき、世界中の情報の流れは、すべて私たちの掌の上に乗ることになる」
彼らを買収するにあたり、私は単なるスポンサーとして振る舞うつもりはなかった。私は統治者として彼らに新しいルールを伝えた。
「君たちには買収金額とは別に給料を出そう、もちろん君たちが望む研究の自由は保障する。しかし、インフラの構築とデータセンターの配置、そして収益化の判断は豊臣が行なう。それから近い将来、わが豊臣グループは新たな本拠地を見つけて移転するから、君たちも日本に来てほしい」
PageRankの特許は、即座に小二郎が率いる豊臣グループの法務部が世界中で固める。他社がリンクの重要性に気づいたときには、すでに手遅れの状態にしておくのだ。
スタンフォード大学との特許交渉もしておかねばならない。
そして、スティーブがこれから作るだろう、まだ見ぬ次世代のOSの中核に、検索窓ではなく思考の補助装置としてGoogleを埋め込む。
まあ当然これは私の胸の中にしまっておく話だが。
「さて、ラリー、セルゲイ。小切手は準備してある。君たちは研究を続けたいんだろう?
おめでとう。サーバーの電気代や、スタンフォードの学費支払いに怯える日々は、今日で終わりだ。
ああ、それからこの資金で法人化しよう。社名は君たちが登録している『Google』ってドメインをそのまま使うといいだろう」
二人は顔を見合わせてから私を見て言った。
「そのドメイン名を社名にしていいのかい?あれはスペルミスから生まれた名前で、本来はGoogol。つまり、1の後に0が100個付く単位にしたかったのだが」
「いや、だからこそ君たちらしいと思うぞ。意味のない言葉を使って世界を支配するなんて夢があるじゃないか?」
世界はまだ、この1億円の買い物と二人の雇用が、後の「全人類の記憶」へのアクセス権になることを知らない。
Googleを100万ドルで買い、天才二人を仲間に加える。
それは、令和の時代における数兆ドル規模の市場を、今のうちに確保しておくことを意味する。
かつて日本人がオリンピックで勝てばルールを変えられた。ならば、今回は最初からルールを生成するアルゴリズムそのものを手に入れる。
だがそれは私だけが知っている内容であって、寧音や小二郎にとっては想像すらできない展望だったろうから帰路に当然、問われた。
「兄さん。今まで兄さんのやり方に異議は唱えませんでしたけど、さっきのGoogleでしたっけ?あんな学生のベンチャーに対して100万ドルって……高すぎてちょっと僕には理解できないです」
小二郎はそう言ったし、寧音も続けた。
「そうね。私もそう思う。さすがに高すぎるんじゃない?買ったはいいけれどお荷物になりそう」
現時点ではそれが常識だろう。
ここは説明しても理解は得られないかな……そうだな。失敗したって感じで流そう。
「うん。俺にも自信がなくなってきたよ。あの二人も何だか頼りなかったしね。だがまあ、若い力に期待しようじゃないか?」
私たちがシリコンバレーで未来を買い叩いている頃、アメリカのテレビでも、日本の凋落を伝えるニュースで満ち溢れていた。
日本の強さの象徴とも言われた都市銀行。
その一角を占めていた北海道拓殖銀行の破綻や、四大証券の一つ、名門の山一證券社長による「私らが悪いんです」という、涙の会見が繰り返し放送されていたのだ。
日本人はあのシーンを象徴的なものとして強く覚えているだろうが、それは同時にアメリカでもセンセーショナルなニュースとして流されており、キャスターの論調は淡々とした中にも「ザマを見ろ」という感情を含んだものだと感じた。
寧音がそれを見ながら静かに言った。
「日本は今、過去のツケを払うのに必死ね」
「そうだね。だけど、みんなが見落としていることがある」
私はスタンフォードの夕焼けを眺めながら答える。
「過去を清算するのは政治家や銀行家の仕事だ。だが、俺たちの仕事は沈む船の横で、誰も見たことがない新しい大陸行きの船を組み上げることなんだよ」
ただし、気を付けねばならないことは、勝ちすぎてはいけないという点だ。
アメリカ政府の厳しい眼は、そろそろビル率いるMicrosoftに向けられている頃合いだろう。
彼は勝ちすぎた。市場占有率が高すぎて、「消費者の利益を害している」と判断される段階まで進んでしまった。
一般的にアメリカ司法省が動き出すラインは、市場シェアが半分を超えた辺りと言われている。
70%を超えたらもう危険ラインだ。
ただし、シェアよりも危険な判定基準は他にもある。
・「排他的契約」を行い、競合を締め出す。
・「ダンピング」を行い、たとえ自社が原価を割っても競合を潰す。
・優位な立場を利用して「抱き合わせ販売」を行なう。
・潜在的競合相手を先回りして「買収」する。
他にもいろいろあるが、強者の論理を振りかざす行為は一般的にNGだろう。
前世においてMicrosoftが引っ掛かった理由は、主に「抱き合わせ販売」によるものだった。
それはWindowsとブラウザの抱き合わせ販売で、少し前まではインターネット閲覧ソフト市場において、先行するNetscapeが大きなシェアを持っていた。
そこでMicrosoftは、自社のOSであるWindows 95/98に、自社ブラウザのInternet Explorerを標準で組み込み、さらに「アンインストールを困難にする」という手法を取って市場を奪おうとした。
これが刺される要因となった。Windowsという独占的OSを利用して、ブラウザ市場という別分野の競争を不当に阻害したとみなされたわけだ。
さらに、MicrosoftはPCメーカーに対し、Windowsのライセンスを供与する条件として、「Internet Explorerをデフォルトにすること」や、「Netscapeなどの競合ソフトをデスクトップに配置しないこと」を強要した。
結果として潜在的競合の芽を、製品の質ではなく独占力を使って摘み取った行為が、独占禁止法に抵触するとの判決を受けることになるのだ。
これがMicrosoftの最大のピンチで、一時は「会社分割」という極刑に近い命令まで出たが、最終的には和解に至る。
そんなこんなで、この裁判でMicrosoftが足踏みしている間に、GoogleやAmazonといった次世代の巨人が育つ隙間が生まれることになるのだ。
ただしそれは前世の記憶であって、この世界でAppleを傘下に持っている私がGoogleまで手に入れてしまうと、それはそれで違う問題が持ち上がるだろう。
それが最も顕著になるのがスマートフォンを発売する時だろうと予想するから、何か対策を考えておくべきだろう。
それはまだ遠い未来の話だから、今は気持ちを切り替えようか。
入り口となる検索で世界の情報を握る。
だが、それを処理する計算力を握らなければならない。
「ところで小二郎。次の買収目標はどこだったっけ?」
小二郎が私の書いたメモを読み上げたが、また変な会社を買うのかと言わんばかりの口調だった。
「え~っと。この会社は青い缶の保湿クリームでも作っているんですか?ニベ……いや違うな。なんて読むんだろう?NVI……Dが続くからニビデア?って、書いてますよ」と。
豊臣グループ傘下企業
『株式会社ピクセルジョイトロン』
『株式会社ワイドギャップテクノロジーズ』
『ミノルタカメラ株式会社』
『浜松ホトニクス株式会社』
『株式会社オハラ』
『日亜化学工業株式会社』
『Apple』
『Google』




