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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第四章

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若き企業家① バブルでGO! 転

ここから新章で、20話構成です。

いよいよ、主人公の快進撃が始まります!

1987年(昭和62年)3月


東京大学の卒業式を迎えた。


怒涛の4年間だったが、その中で得た最大の成果は、石田三典という稀代のエンジニアを得たことだろう。彼は大手・極亜電子工業の内定を辞退し、私とともに茨の道とも言える、窒化ガリウム(GaN)による青色LEDの実現に挑む決断を下した。


私は彼の才能を最大限に活かす場として、新会社を設立した。


社名は『株式会社ワイドギャップテクノロジーズ』。


半導体エネルギーの広いバンドギャップに由来するこの社名は、業界人なら一目で我々がGaNの商用化を目指す専門集団であることを理解できる、不退転の決意の表れだ。


研究を加速させるには、若き才能を導く「羅針盤」が必要だった。


そこで、以前から交渉を続けていた青木昌治教授に、正式に入社を打診した。教授は現在、東京理科大学で教鞭を執る、日本の化合物半導体研究の先駆者なのだ。

私は十分な資金提供と、大学のラボでは導入不可能な最新鋭のMOCVD(有機金属気相成長)装置の導入を条件に、技術顧問としての招聘を申し出た。


青木教授の研究室を訪ねた際、私は抽象的な理想論を排し、具体的なロードマップを提示した。


「教授、今の日本はシリコンバレーに追いつけと躍起ですが、光デバイスの主導権を握るのは、既存の延長線上にあるセレン化亜鉛(ZnSe)ではありません。窒化ガリウムです」


「そうか。君たちは確信を持っているのだね?」


「はい。その通りです」


私は短く答え、日本企業があまり熱意を持って取り組んでいない分野に触れた。これからは研究者もここを真剣に考えないといけない時代なのだ。


「それだけでなく、我々には単結晶技術を護るための特許戦略と、その社会実装に必要な莫大な製造コストを支えるビジネスモデルがあります。教授の学術的知見を、机上の論文で終わらせるつもりはありません。この会社で、産業のパラダイムを塗り替えませんか」


教授は私の持参した事業計画書と特許戦略の明細にじっくり目を通した。老練な研究者らしい鋭い眼差しの奥に、どこか期待も滲んでいる。


「……木下君。君が用意した環境は、研究者にとって毒だ。言い訳ができないほど整いすぎている。だが、GaNの安定した結晶化という地獄の釜を共に覗く覚悟があるのなら、私の知見はすべて君の会社に提供しよう」


私は応じた。


「ありがとうございます。その『地獄』の先にある、21世紀を照らす特許と世界市場は、必ず独占してみせます」


こうして、最強の布陣が整った。

最後に石田が改まった表情で私のところへやってきた。


「木下くん。いや、木下社長。……この莫大な投資を無駄にしないよう、必ず結果を出します」


「ああ。石田が技術の壁を壊す間、資金面の壁は俺がすべて排除するから思い切り暴れてくれ」


違和感のあった「社長」という呼び名も、背負った巨額の資本と彼らの人生の重みを考えれば、当然の対価だった。


1987年の春。私たちは、人類に青い光を届けるための、極めて現実的で合理的な一歩を踏み出した。


ただ、青木教授について一つ気になることがあった。

東大関係者や研究者仲間に問い合わせ、本人とも面談を重ねた結果、間違いなく日本を代表する優秀な研究者だという結論に至った。それでも、どうして私はこの人の名前を知らなかったのかという疑問は、最後まで解消されなかったのだ。


2010年代に石田と交流を持った時や、LED関連の関係者と接触した際も、教授の名前は出てこなかったのだ。違和感は覚えたが、日常の忙しさに流され、すぐに忘れてしまった。



1987年(昭和62年)6月


結局、私は銀行から100億円の融資を受けることにした。 融資の実行は9月で、この設定には令和の記憶を持つ私なりの明確な狙いがあった。


ターゲットは10月に起きる「ブラックマンデー」だ。


現地時間10月12日か19日。

日付について記憶が定かでないのが残念だが、その中身についてはよく知っている。

ニューヨーク証券取引所を発端に、世界中の株価がドミノ倒しのように暴落するという大事件だった。


このブラックマンデーについて、令和の教科書には「一時的な調整に過ぎなかった」と書かれているが、それは結果であって、渦中にいる人間にとっては地獄の底が抜けるような恐怖だろう。一方で、私にとってはこれ以上ない買い場だ。


そういえば、全く関係がないが2020年代になって「ブラックフライデー」という言葉を耳にするようになった。意味合いは暴落とはまったく違うものの、世界恐慌時の「ブラックサーズデー」もあったから、聞くたびにドキリとしたものだ。


「……本当に、この条件でいいのね?」


応接室で契約書を確認しながら、寧音が最後のアドバイスというよりは、覚悟を問うような声で言った。 今回の100億円は、わが社が保有する株を担保にするだけではなく、「将来の版権収益」を評価に組み込ませた特製スキームだ。


「ああ。9月に入金されたら、即座にキャッシュとしてプールしておく。10月に『嵐』が来るという夢を見たんだ。おそらくだが、これは確実に起こる。その時、誰もが投げ出す資産を拾い集めるための弾薬だ」


「嵐? 経済予測のレポートには、どれも『日本経済は無敵の巡航速度に入った』と書いてあるわよ。本当にそんな夢を見たの?」


寧音は信じられないといった表情で首を振った。

無理もない。今の日本はバブルの予感に心を踊らせ、タクシーチケットを札束のように振り回す高揚感の中にいる。暴落を口にする者は、予言者か狂人扱いされる時代だ。


「寧音、覚えておいてくれ。

市場が『絶対』と言い始めた時が、一番危ないんだ」


日付が確定できていないので、絶対とは言えないのが苦しいところだが、自分の記憶を信じよう。



1987年10月20日(火)


もちろん日本時間の早朝。


その日は、朝から会社の電話が鳴り止まなかった。

ニューヨーク市場でダウ平均が22.6%という史上最大の暴落を記録したのだ。

60年近く前に発生し、世界経済のみならずナチスや共産主義の台頭に大きな影響を与えたと言われている、あの世界恐慌のパニックを超える暴落の情報に世界が震えた。


NHKの朝のニュースキャスターが、信じられないものを見るような目で原稿を読み上げている。

オフィスに入ると、平野泰永と糟屋憲武がテレビの前に釘付けになっていた。


「社長……ニューヨーク株式市場が大変です。これ、日本もタダじゃ済みませんよ」


平野の顔は土気色だ。

無理もない。彼は個人でも少しずつ株を買い始めていたはずだ。

私は彼らの動揺など見なかったというような態度で、落ち着いてコーヒーを一口飲んだ後、デスクの電話を取って証券会社の担当者に連絡した。


「山一証券さんですか。ええ木下です。……予定通りです。午前の取引が寄ったあと、パニック売りが出た銘柄から順に買い向かってください。先日お渡ししたリストに基づいて片っ端からよろしく」


財務体質が良く、今回の一件で過剰に売られると予測した優良株を狙って買い漁るのだ。こんなチャンスを見逃してはいけない。

だが、それを聞いていた糟屋が悲鳴にも似た声を上げた。


「正気ですか社長! まだ下がるかもしれないんですよ!」


受話器の向こうでも、山一証券の担当者が呻いているが、プロから見ても危険な判断なのだろう。

私は静かに担当者に告げた。


「いいですか。これは『死に至る病』じゃないのです。ただの『一時的な痙攣』です。

アメリカ中央銀行が動きますから、流動性はすぐに回復します」


そして……このショックを埋め合わせるために、日銀はさらに金利を下げる。そしてバブルはもっと加速する。後世から見た場合、日銀の悪手と断罪されるのだろう。


銀行から得た100億円。

これを恐怖が支配する市場に叩き込む。 令和の投資家が喉から手が出るほど欲しがる歴史的な絶好の買い場が、まさに今、私の目の前にある。


数日後。


暴落の余波で日本中が騒然とする中、あの銀行の支店長が血相を変えてやってきた。

融資した100億円が、この暴落で溶けてしまったのではないかと、気が気ではなかったのだろう。


「木下社長! 大丈夫ですか!? 資金の方は……」


私は優雅に、最新のポートフォリオを見せてやった。そこには、暴落の底値付近で仕込まれた大量の優良株と、早くも反転し始めた評価額が並んでいた。


「……買い向かった、というのですか? この地獄のような状況で?」


支店長は絶句した。

彼らにとって、融資は上がっている時に貸し、下がっている時に回収するものだ。 逆張りの真髄を令和の知識で実行した私を、支店長は化け物を見るような目で見ていた。


「支店長、世間と逆のことをやるのが株の醍醐味です。あの本間宗久も、『人の行く裏に道あり花の山』と言っていたではありませんか。私はそれを実行しただけですよ」


そう言いながら心の中で笑った。

このブラックマンデーでの静かなる逆張りによって、私の資産は一気に増えた。騒動が落ち着きを取り戻し、株価が再び上昇を始めた時には含み資産が3倍にまで増えたのだった。


1989年の歴史的天井に向けて、アバンダント・アリージャンスの進撃は加速するだろう。

支店長が帰った後で私はつぶやいた。


「さて、次は……さらに多額の融資を引き出して、金融や不動産系の株式に投下しようか」


バブルの狂乱を燃料にして、私はこの時代における時計の針を強引に進めてやるつもりだ。

以前からの計画通り、銀行から借りた資金で彼ら自身の銀行株を買い支え、その含み益でさらに融資枠を広げるという「無限増殖」のサイクルに入るのだ。


そんなアバンダント・アリージャンスに比べて、ピクセルジョイトロンの経営はまさに堅実と言えるだろう。秋にはRPG第二弾となる『バイナリー・エボリューションⅡ― 分岐するカオスと秩序 ―』

が発売予定だ。


前作で主人公は「成長の法則(シグモイド)」に目覚め、世界を支配していた停滞の均衡を打ち破った。だがその結果、世界は二つの未来に分裂し始める。


急激な成長を肯定する〈カオス側〉

制御された発展を重視する〈秩序側〉


主人公は「どちらが正しいか」を選ぶのではない。

どの成長曲線を世界に適用するかを選ばされる。


「急成長は幸福をもたらすのか、それとも崩壊を早めるのか?」


バブルを風刺し、時代に刺さるテーマとした。


このゲームシステムの革新点は「分岐型成長システム」にあり、ファミコンRPGとしては異例だが、成長が一本道ではない。

レベルアップ時に「即効型成長」か「遅効型成長」を選択するのだ。


即効型:後半で頭打ち。


遅効型:序盤は弱いが後半で爆発。


物語の後半では世界そのものに変化が起きる。敵の強さが急激に上昇し、武器価格が跳ね上がる。

一部の街が急成長する代わりに、別の街が衰退というイベントが発生。


竹中の仕込んだ「罠」はこれだけではない。画面には表示されないが、世界には「安定度値」が存在。

成長を急ぎすぎると安定度が低下。

低下すると敵が突然強化されダンジョン構造が変化するという、実際は仕様だがバグのような演出。

売れるんだろうか?やり過ぎている気がしないでもない。



1988年(昭和63年)1月


日本社会において、ブラックマンデーの傷跡は驚くべき速さで癒えていた。

それどころか、アメリカの景気後退を恐れた日銀による低金利政策の継続が、市場にさらなる過剰流動性を流し込んでいる。

年明けの日経平均は2万円台を悠々と回復し、もはや暴落の記憶は日本人の資産を増やすための単なるノイズに過ぎなかった。


アバンダント・アリージャンスの応接室には、世界ランキング1位を争う第一勧業銀行の支店長が、額に汗を浮かべて座っていた。令和では信じられないことだが、世界の銀行ランキングで1位から5位までは日本の金融機関が占めている。


「木下社長……弊行株を担保にした融資の件ですが、上層部からゴーサインが出ました。総額で300億円。これでいかがでしょうか」


私は手元の資料に目を落としながら内心で安堵した。

彼らは今、自分たちの銀行株を私が大量に買い支えていることに、恐怖と歓喜が入り混じった感情を抱いている。

私が売れば彼らの株価は下がり、持ち高を増やせば彼らの時価総額は上がって私への融資枠も広がる。

まさに、銀行そのものを「私の財布」の一部に組み込んだ瞬間だった。



1988年(昭和63年)4月


一方で、石田が進める『ワイドギャップテクノロジーズ』の研究所にも、私は頻繁に足を運んでいた。 マネーゲームで稼いだ天文学的な泡を、実体のある光へと変換する作業。これが私の真の目的だ。


青木教授が率いるチームは、窒化ガリウム(GaN)の結晶成長という難題に挑んでいた。石田は学生時代より数段良い機材と、潤沢すぎる予算に囲まれ、狂気すら感じる熱量で実験を繰り返している。


「社長、銀行の方は大丈夫なのですか?新聞じゃ連日、地価の高騰とマネーゲームの過熱が叩かれていますけど…」


顕微鏡から目を離した石田が、少し不安そうに聞いてくる。


「石田、君は100年後の教科書を創っているんだ。資金は気にするな。たとえ日本中の銀行が潰れても、ここの研究費だけは俺がスイスの口座に確保してある」


私は冗談めかして言ったが半分は本気だった。

バブルという名の巨大な焚き火。そこに銀行から引き出した札束をくべ続け、その熱を利用して本来なら20世紀末にようやく花開くはずの「青色」を、何とか早めに登場させたい。



1988年(昭和63年)12月末


大納会当日。日経平均は3万円の大台を突破した。

世間は「3万150円」という数字に酔いしれ、誰もが来年は4万、5万と上がると信じて疑わない。


本社オフィスでは寧音が私の横で、膨大な数の銀行株と不動産関連株のリストをチェックしていた。

彼女の目は2年前の学生時代よりもずっと鋭く、実務家としての風格を漂わせている。


「……藤一郎。アバンダント・アリージャンスの含み益だけで、もう計算が合わないレベルになってきているわ。ピクセルジョイトロンの最終利益が誤差に見えるくらいに」


「それでいいんだ、寧音。お祭り騒ぎはもうすぐ終わりそうだ。来年が祭りの絶頂になる。そんな夢を見てしまった」


私は窓の外、光り輝く東京の夜景を見下ろした。 誰もが浮かれシャンパンを開けているこの街が、もうすぐ「失われた30年」の入り口に立つことを、私以外の誰も知らない。


「来年の秋には、すべてのポジションを整理し始めよう。銀行との『無限増殖』もそこで終わりだ。出口戦略の準備をしておいてくれ」


「……本気なのね。これだけの利益を手放すというの?」


「手放すんじゃない。本当の意味で現金という実体に変えるんだよ」


私はデスクの上に置かれた、石田から送られてきたばかりの報告書を開いた。そこには、不完全ながらも光の兆しを見せ始めた青色の結晶のデータが記されていた。


バブルの崩壊と共に、日本の金融機関は死体となって転がるだろう。

だが、その時、私の手元には世界を制する半導体の覇権と、暴落した日本企業を買い叩くための圧倒的なキャッシュが残っているはずだ。


1989年、昭和が終わり平成が始まる来年。

私は歴史上、最も鮮やかな逃げ切りを敢行しよう。これも未来の知識を持つ者だけの特権だ。


現在の保有企業


『株式会社ピクセルジョイトロン』

『株式会社アバンダント・アリージャンス』

『株式会社ワイドギャップテクノロジーズ』

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― 新着の感想 ―
青木教授……不穏だ 夭逝するのか?
めっちゃ楽しみだわ主人公は頑張ってほしい
昭和63年というと、星野ドラゴンズがリーグ優勝した年でした。 この年は、昭和天皇の御容態が悪いということで、ドラゴンズ選手は優勝祝いでのビール掛けを自粛しました。 株価は平成元年末が絶頂でも、学生の…
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