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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第壱話 近江今津駅 (滋賀県)

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壱之伍


 竹生島神社とも呼ばれる都久夫須麻《つくぶすま》神社の本殿で参拝を済ませた旅寝駅夫《たびねえきお》と星路羅針《ほしみちらしん》の二人は、本殿表の階段を降りて、前庭へと出てきた。本殿をバックに記念撮影も忘れない。


 降りてきた階段の左脇には祠があって、鳥居には〔江島大神《えのしまおおかみ》 厳島大神(いつくしまおおかみ)〕の神額が掛けられていた。どちらも御祭神は弁財天で、分祀として日本三弁財天が、これで勢揃いしたことになる。

 二人は本殿と同じように、日頃の御加護を感謝し、これからも変わりない御加護をお願いする。

 階段を挟んで反対側には白巳大神《しろみのおおかみ》の神額が掲げられたお堂があり、白蛇が祀られていた。白蛇は富の象徴らしいので、こちらでも二人はきちんと参拝する。もちろん、願うのは財産の加護だ。


「これで、この旅も、人生も、すべてが安泰だな。」

 駅夫が憑き物が取れたような顔をして言う。

「何が安泰だよ。努力しないヤツに神様は加護を与えてくれないんだからなな。お前みたいな神頼みばかりするヤツは、真っ先に見放されるな。」

 羅針がそう言って笑う。

「あっ、言ったな。お前だって神頼みしてんだろうが。」

 悔しそうな顔で駅夫が言い返す。

「俺は日頃から神様に感謝してるからな。見放されることはない。」

 羅針がドヤ顔で返す。

「感謝してりゃ良いってもんじゃねぇだろ。お祈りするばっかりで、努力しない子は……。」

「……神様だって知ったこっちゃないわよ。」

 二人して駅夫の母親を真似て笑う。


 こうして分社にもそれぞれ参拝を済ませた二人は、いよいよ本殿の正面に位置する建物へと向かう。

 この建物は、〔竹生島八代竜王(はちだいりゅうおう)拝所《はいじょ》〕で、御祭神である龍神様の遥拝所である。

 入り口の柱には〔厄除《やくよけ》かわらけ投げ〕とあり、この竹生島で一番の景勝地と言われる、南側の湖に面した〔宮崎鳥居《みやざきとりい》〕に向かってかわらけを投げ入れることで、厄払いと願掛けをするという。

 このかわらけ投げは、全国あちこちの神社で見かけられるが、戦国時代には武将が飲んだ杯《さかずき》を戦勝祈願で割ると言う風習があり、いつしかその風習がこのような形になり、江戸時代には娯楽として流行したのだという。


「かわらけ投げ、やるよな。」

 駅夫はもうやる気満々で受付に向かっていた。

「もちろん。」

 羅針もやる気満々である。

 受付の女性に説明を聞き、かわらけをそれぞれ2枚受け取る。説明によると、1枚目は名前を、2枚目には願い事を書き、鳥居へ向かって投げ入れれば心願成就となるらしい。


 記載台でかわらけに名前と祈願を書き、早速列に並んで順番を待つ。

 外回廊から見る琵琶湖の眺めは、さすが竹生島随一の景勝地と謳うだけあり、最高の眺めである。太陽に照らされてキラキラ光る湖面はもちろんのこと、遠くに見える滋賀の山々、観光船や漁船なども見えて、まさに絵に描いたような風景とはこのことである。


 いよいよ二人の順番が来た。

 待っている間、他の参拝客の成績を見ていると、成功率は1割ほどで、一人あらぬ所に飛んで行ってしまい、連れはもちろん、並んでいる人たちの笑いを誘っていた。

 そんなこともあってか、先発した駅夫の一投目は力みすぎて、左下にあった木にヒットして割れた。羅針はもちろん、並んでいる人からも失笑が湧いた。

「ちょっと力みすぎただけだ。」

 駅夫は照れくさそうに、ボソッと言うと、次の投球フォームに移った。そして満を持して投げたかわらけは、弧を描くように綺麗に鳥居に向かい、見事間に吸い込まれていった。

「よし。」

 ガッツポーズで駅夫は振り返り、羅針とハイタッチし、列に並んでいる人たちとも次々とハイタッチしていった。

「おいおい、ここはそういう所じゃないから。ほら、ちゃんと龍神様にお礼して。」

 羅針が窘めると、その場で爆笑が起こった。


 駅夫が鳥居に向かって手を合わせ一礼すると、次は羅針の番だ。

 手を合わせ一礼してから、肩の力を抜いて、まずは一投目。

 駅夫のように、あらぬ所へは行かなかったが、力なく飛んだかわらけは、まったく届くことはなかった。

「へたくそ。」

 駅夫が野次を飛ばしてくる。

「お前に言われたくないよ。次は見てろよ。」

 羅針は身体全体を揺すって、全身の力を抜く。そして、振りかぶってかわらけを投げた。するとかわらけは先程と同様力なく弧を描いて飛んでいき、鳥居の僅か手前に着地した。

 今度も失敗かと思われた瞬間、奇跡なのか、そのままコロコロと転がって鳥居を潜り、暫く行ったところでパタリと倒れた。

「潜ったよな。あれは潜ったことになるよな。」

 いつになく、羅針は興奮してしまい、駅夫に詰め寄る。

「わかった。分かったから。潜ったことにしてやるから。おめでとう。……まったく負けず嫌いなんだから。」

 潜ったかどうかは龍神様が決めることなんだけどなと思いながらも、久々に見せた羅針の豹変に、呆れたように駅夫は応えた。

 羅針の後ろに並んでいた、お年を召した女性からは「お兄さん凄いわね。」とお褒めの言葉を頂き、皆から拍手まで貰った。

 羅針は、冷静になって照れくさくなったのか、恥ずかしそうにペコペコしながら皆に礼を言った。

 羅針は最後に、龍神様へ手を合わせて一礼してから、次の人に譲って、そそくさとその場を離れた。


 かわらけ投げの隣には、〔琵琶湖水神 竹生島竜神拝所〕の扁額がある遥拝所が設《しつら》えてあり、かわらけが通過したお礼と、これからの旅の安全を改めてそこで祈願した。

 

 かわらけ投げも無事に終わり、参拝も済んだので、これでひととおり竹生島の散策は完了として、二人は港の方へと向かって降りていくことにした。


 途中、丁度船廊下や観音堂の真下を通るため、懸造りの構造が間近で見られた。流石に規模は違うが、まるで京都にある清水の舞台を下から見ているようで、斜面にしっかりと建っているのは壮観だった。

 先程見てきた、唐門、観音堂、船廊下、そして都久夫須麻神社本殿と、この場所は豊臣秀吉、延いては豊臣家縁(ゆかり)の地であることを、間近に感じられる場所なのだと、二人とも改めて思った。

 四百年以上もの昔、この地で繰り広げられた人間の営みが、こうして歴史として残っていることに、二人ともロマンを感じずにはいられなかった。


 更に先へ進むと、左手に真っ赤な鳥居と祠を見つけた。

 神額に〔黒龍大神《こくりゅうおおかみ》 黒竜姫大神《こくりゅうひめおおかみ》〕と掲げられた鳥居があり、立て札に〔黒龍堂《こくりゅうどう》〕とあった。

 脇に立つ説明書きによると、黒龍は八代龍王の一尊で、大海に住み雨を降らす神である。また釈尊《しゃくそん》(御釈迦様)誕生の際には歓喜の雨を降らせたとも伝えられているそうだ。

 また、お堂の隣に建つ御神木は、黒龍が湖より昇ってくると伝えられており、天へと高く伸びる御神木は、まさに龍神様が昇るに相応しい雰囲気を漂わせていた。


「この島は龍の住む島と言われているんだろ。きちんとお礼を言っていこうぜ。」

 珍しく駅夫が殊勝なことを言う。

「そうだな。駅夫にしては良いことを言う。」

「なんだそれ。俺だって神様に対する感謝はするって言うの。母ちゃんの教えでもあるからな。」

 二人はこの島への上陸と、参詣の感謝を込めて、しっかりと参拝する。


 参拝を済ませ、港に降りてくると、13時をとうに回っていたが、出向まではまだ時間があったので、喫茶店とお土産物屋を覗くことにする。

 まずは、歩き疲れた身体を休めるべく喫茶店に入る。冷たい物や、甘い物のラインナップを尻目に、店の前に掲げられている近江牛を使った肉まんの提灯に惹かれ、早速ドリンクとセットで注文した。

 店内は少し混み合っていが、幸い二人分の席が空いていて、そこに陣取る。程なくして注文した肉まんとミカンジュース、それにアイスティが出てきた。ミカンジュースのセットを駅夫が、アイスティーのセットを羅針がいただく。


「近江牛というのを始めて食べたから、他の牛肉との違いがよく分からないけど、噛めば噛むほどにコクがあって美味いな。」

 駅夫が正直な感想を述べる。

「たしかに深い味わいがあって、美味いな。量はちょっと物足りないけど、小腹は充分満たせた。」

 羅針も正直にそう応える。

 腹も喉も潤した二人は、混み合っている喫茶店を早々に引き上げ、隣の土産物屋をひやかし、桟橋の方に降りて、港を眺めながら復路の船を待った。


「それにしても、見所満載で凄い島だったな。」

 駅夫が呟くように、感想を言った。

「確かに見応え充分だったな。流石神々の棲む島だな。多分見落としてるところもあるだろうから、また来たいな。」

 羅針が思わず再訪を匂わす。

「だろ、だから桜の季節に絶対来ようぜ。」

「覚えてたらな。」

「まじかよ。頼むよ、覚えててくれよ。」

「お前が自分で覚えておけば良いじゃねぇか。」

「だから、俺は絶対忘れるんだって。」

 駅夫は謎の自信たっぷりに言う。

「じゃ、諦めろ。」

「そう言うなよ。」


 そんなくだらない会話を続けていると、復路の船が港の向こうに見えてきた。すると、港内に響き渡るように拡声器での乗船の案内があった。

 二人は既に乗船するために並んでいた乗客たちの後ろに並んだ。


「なんか、名残惜しいな。」

 駅夫が島を振り返って、山肌に立ち並ぶ宝厳寺の建物や、唐門などを見上げた。

「ああ。これで、もう二度と来ることはないからな。」

 羅針が笑いを堪えながら言う。

「だぁ、かぁ、らぁ、絶対桜の時期に来るって言ってるだろ。」

 駅夫が口を尖らせながら言う。

「ハイハイ。言うのは簡単だからな。」

 羅針が小馬鹿にしたように言う。

「言ったな。覚えてろよ、絶対桜の時期にはまた来るからな。」

「言っただろ、覚えてらんないって。」

 羅針は駅夫の言葉にそう応えて笑った。


 間もなく乗船が開始されると、二人は前の人に続いて乗船した。しかし、二人の心はまだ名残惜しそうに、島の岩壁にへばりついたままだった。


 出航の時間になり、船が汽笛を鳴らし、エンジン音を響かせて離岸すると、名残惜しさは更に募ったのか、二人の表情はどこか寂しげだった。

 帰りは、後ろのデッキで、いつまでも遠ざかる竹生島を眺めていた。


 今津港に戻ってきた二人は、見送ってくれているスタッフに礼を言いながら船を降りると、クルーズの受付窓口へ行って、預けていた駅夫の荷物を返してもらう。

 窓口の女性に礼を言って表に出てきた二人は、食事をどうするか考え倦《あぐ》ねていた。流石に昼を大きく回った時間で、二人ともお腹はペコペコである。先程食った肉まんなどとうに消化されてしまっていた。


 羅針がスマホで検索をしようとしたその時、駅夫が目の前の建物を指差した。そこには木造の板塀が特徴的な、黄色の庇テントが目立つ、年季の入った建物が建っていた。


「なあ、そこにしないか。」

 駅夫が指差すその先には、建物の前に立ち並ぶ幟旗《のぼりばた》の内、〔周航〕の名を冠したそばの名前が書かれた一本があった。

「周航のそばって、何だろうな。」

 羅針はそう応えると。

 吸い込まれるように、二人は扉を開けて中に入っていった。

 中では、お姉様(・・・)が「いらっしゃい」と関西訛りで二人を出迎えてくれた。


 お昼をとっくに過ぎていたので、手狭な店内も比較的空いていて、「どこでも好きなところに」と言われたので、奥のテーブル席に陣取る。

 メニューは定番のザルやきつね、鴨なんば(・・・・)もあったが、やはりここは周航の名を冠したそばである。

 二人はお姉様(・・・)を呼んで、早速注文をすると、一緒にさば寿しを勧められた。二人ともおなかもペコペコだったので、勧められるままにお願いした。


 料理を待っている間に、渇いた喉に染み渡る、出されたお茶を飲みながら、テーブルに置いてあった周航そばの説明書きを読む。

 なぜ周航かというと、どんぶりを琵琶湖の風景に見立て、鳴門を竹生島に、ニンジンを竹生島に向かう船、ゆばを波、そこに鮎やわかさぎが泳ぎ、鴨たちが水面で休んでいる様子を写し取っていると書いてあった。なかなか趣向が利いている。


 10分ほどで、待望のそばとさば寿しが運ばれてきた。

 鯖と言えば、このあたりでは日本海側から鯖を運んだとされる鯖街道が有名で、京都の名物だったが、ここ近江今津でも、名物として出しているようだ。


 二人ともまずはそばから頂く。

「しっかり出汁が利いてて、少し甘めのツユが関西らしいな。具材が多いのもポイント高いし。見た目も説明書きどおりで楽しいしな。」

 駅夫が汁《つゆ》を一口飲んで感想を言う。

「そうだな。ただ、蕎麦が少し柔らかめなのが、ちょっと物足りないけど、しっかり蕎麦の味が利いてて美味いよな。たまにはこんな蕎麦もいいな。旅に来たって感じがするし。」

 羅針も蕎麦を啜りながら、正直にそんな感想を言う。


 二人はさば寿しにも手を付けた。普通のと焼きとそれぞれ頼んで二人でシェアした。

「青臭さもなくて、味がしっかり乗ってて、噛めば噛むほど旨味が出てきて美味い。それぞれの食感が違うのも良いな。」

 羅針が感激したように言う。

「こう言うのだよ。こういう地元の味って言うのが食べたかったんだよ。これこそ、旅って感じだよな。」

 駅夫も嬉しそうにパクついた。


 二人とも満足して、会計をし、お姉様たち(・・・・・)にお礼を言って店を後にし、歩いて宿へと向かった。

 店を出た二人の頬を撫でる琵琶湖からの風は、凄く心地が良かった。



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