壱之弐
旅寝駅夫と星路羅針の二人にとっては、修学旅行以来の京都駅だ。微かに残る記憶から、懐かしさが込み上げてくる。
あの時から既に40年近くが過ぎ去っているのだ、駅構内は大きく様変わりもしているが、二人にとっては、京都駅のホームに降りたというだけで、懐かしいと思えるのだ。
京都駅は、言わずと知れた京都府、そして京都市の玄関口であり、古の都に建つまさに日本の玄関口でもある。
1877年に開業したこの駅は、同時期に勃発した西南戦争により軍事利用された過去を持つ。そんな歴史のあるこの駅も、1997年に四代目駅舎が誕生し、世界中から訪れる、1日平均30万人を越える乗降者数を捌いている。
乗り入れている路線は、二面四線の東海道新幹線を始め、九面十四線のJR在来線、そして近畿日本鉄道、京都市交通局の地下鉄が乗り入れており、寝台特急のサンライズを除くすべての列車が停車する、誰もが知る巨大駅である。
二人は、構内の案内を確認しつつ、この巨大な駅を攻略すべく、まずは西側の階段を降りる。荷物があるとはいえ、二人ともバックパックで背負っているので、階段で降りるのは苦でもない。
なんなく降りた階段の先に広がるコンコースは、多くの人でごった返していた。
修学旅行の団体、それを避けるように大きなトランクを引き摺って歩く観光客、そして手慣れたようにその流れを縫うように歩いて行くビジネスパーソン、さらにその奔流に流されて右往左往するのは、駅夫もビックリの巨大なバックパックを背負った外国人の集団である。さながら、そこは敵味方入り乱れて戦う戦場のようである。
もちろん、飛び交う言語も様々だ。京都弁を始めとした関西圏の言葉、東京から来たと思われる東京弁を始めとした関東圏の言葉、そして九州から来たと思われる福岡弁を始めとした九州圏の言葉、それに加え英語、中国語、韓国語などの多言語が混じる。構内アナウンスからしても多言語対応しているのだから、この地が、この駅が、まさに世界からの来訪者を受け入れているという、その証左であると言えるのかも知れない。
しかしながら、羅針はそんな右も左も分からない右往左往する連中とは一線を画すかのように、的確に駅夫へ行き先を指示する。がたいの良い駅夫を先に立たせ、まるでラッセル車を操縦するかのように人を掻き分けさせながら、中央乗換口を目指す。
改札口でスマホを翳し、改札を抜けると、今度は在来線の連絡通路をひたすら0番線ホームへと向けて歩く。
思い思いの方向へ縦横無尽に行き交う大量の人々をすり抜けて、漸く新幹線ホームから0番線ホームに移動してきた。かかった時間は4分では流石に無理だったが、それでも10分はかからなかった。
「すげぇ人混みだったな。」
駅夫が辟易したように言う。
「確かにな。昔はこんなに混んでなかったように思うんだけどな。」
羅針もそう言って、漸く安堵の溜息を吐く。
「つっても、40年も前の話だろ。」
「まあな。でも、バブル真っ只中だぜ。」
「あの頃は、みんな海外だよ。」
「そうか。それもそうだな。」
次に乗る列車は敦賀行きの〔サンダーバード7号〕である。
サンダーバードが停車するこの0番線ホームは、日本一長いホームとして有名で、全長558mある。平安遷都1200年の記念事業として駅舎の改装をした際に、ホーム番号と運転番線のズレが生じたが、トラブル防止のためそのズレを解消したことで、この0番線ホームが誕生したという。
確かに長いホームだなと羅針は思った。ホームの反対端にいる人がまるで豆粒に見える。
駅夫が、何を読んでいるのかと、羅針のスマホを覗き込んできたので、読んでいた京都駅の歴史から抜粋して、このホームの来歴を教えてやる。
それを駅夫は感心したように聞いていた。駅夫はあまり歴史が詳しい方ではないが、こういう話は楽しいらしく、熱心に耳を傾けるのだ。
ホームで待っていると、列車到着の構内アナウンスとともに、よく見かけるカマキリの様な見た目の流線型先頭車ではなく、戦隊物に出てきそうな、のっぺりとした見た目の白い車体、683系が姿を現した。
サンダーバードは全席指定で、二人が予約したのは6号車の15Dと15Cの進行方向右側で、琵琶湖が見える方である。もちろん窓側のDは駅夫で、通路側のCが羅針である。
大阪発なので、既に乗客は7割方埋まっていた。
サンダーバード7号は特急停車駅すべてに停車するため、目的地の近江今津駅にも停車する。30分強の乗車時間である。
二人が席に着くとすぐに列車は出発した。定刻通りである。
列車が、京都の街並みの中をゆっくりと走り始めると、聞き馴染みのある曲とともに車内放送が流れ始めた。
「今日もJR西日本をご利用くださいましてありがとうございます。特急サンダーバード7号敦賀行きです。停まります駅は堅田、近江今津、敦賀です。列車の到着時刻や運行情報は……。」
車内放送は停車駅や車内設備について説明をしていたが、曲名の方が気になっていたのか、駅夫がすぐに聞いてきた。
「この曲なんだっけ。」
「北陸新幹線金沢駅開業時のキャンペーンソングだね。」
「当時、テレビ、ラジオで流れまくってたあの曲か。どうりで聞いたことあるはずだ。良い曲だよな。」
羅針もこの曲を久々に聴いた気がしたが、一節しか流れないチャイムが良い曲と感じさせるのは、さすが名曲だなと思った。
京都を出て、暫く東海道新幹線と併走していたが、新幹線が東山トンネルへ消えていくと、こちらもすぐにトンネルへと吸い込まれていく。
こちらのトンネルも東山トンネルではあるが、歴史は古く、元々は東山隧道として1921年に竣工した。坑門などは当時のまま残されており、2005年に土木学会選奨土木遺産にも選ばれている。全長は新幹線のものより若干短いが、それでも約2㎞弱に及ぶ。
東山トンネルを潜り抜け、山科駅を通過すると、東海道本線との分岐地点へと列車は進んでいく。
こちらは地上をそのまま走って行くが、一部が高架橋に上がっていき、線路が立体交差をしていく。この高架橋、耐震補強なのかは分からないが、見た目に特徴のある奇妙なものが取り付けられており、さながらシマウマの模様のようにも見える。
二人が乗る、湖西線へと向かうサンダーバードは、いよいよ東海道本線と別れて左へ逸れ、再び長いトンネルへと吸い込まれていく。
長等山トンネルである。
全長約3㎞あるこのトンネルは、山科側の坑門が三つだが、大津京側は一つになるという、内部で合流する変形トンネルで、1971年に貫通し、1974年の湖西線開業と共に供用が開始された。
この長等山トンネルを抜けると、京都とは異なり、背の高いマンションやビルが建ち並ぶ大津の街並みが顔を見せ、その奥には朝日に照らされてキラキラと光る琵琶湖が見え隠れしている。駅夫はかぶりつくような姿勢で車窓に見入っていた。
1974年に開業したこの湖西線は、文字通り琵琶湖の西側を通る路線で、関西圏から日本海側の北陸方面へと抜ける短絡路線であり、二人が乗るサンダーバードを始め、新快速や、貨物列車など、人と物の往来になくてはならない路線となっている。
また、新しい路線であり、その殆どが高架橋を通るため、東に琵琶湖、西に比叡山などの山々が良く見え、最高の景色の中を走り抜けていく路線でもある。
比叡山坂本駅を過ぎると、一気に五本の雄琴トンネルを立て続けに通過し、最初の停車駅である堅田駅に到着する。
堅田駅を出ると、次は目的地の近江今津駅である。
列車が滑り出すように堅田駅を出ると、遠くに見えていた琵琶湖湖畔がぐっと目の前に迫ってくる。
「これが琵琶湖だよな。」
駅夫が確かめるように羅針へ尋ねる。
「そうだな。ホントに海みたいだよな。ちなみに、琵琶湖は滋賀県のどれぐらいの面積を占めてるか知ってるか。」
それを受けて、羅針も尋ね返す。
「いや、知らねぇな。八割とか九割ぐらいか。」
「そんなにはないよ。実際は六分の一だよ。」
「六分の一って、意外に大きくはないんだな。」
「いや、琵琶湖が小さいんじゃなくて、滋賀県が大きいんだよ。」
「まあ、そうとも言うな。」
「ったく。ああ言えばこう言う。」
羅針の呆れ声に、駅夫は声を押し殺して笑った。
二人が、窓の外に広がるその眩しいまでにキラキラ光る美しい景色を見て感動していると、程なくして、近江今津駅到着のアナウンスが流れ、列車は定刻どおりにホームへと滑り込んでいった。あっという間の30分だった。
「漸く着いたな。」
ホームに降りた駅夫は、大きく伸びをして、深呼吸をする。東京駅からは三時間、自宅からは四時間以上の列車の旅で凝り固まった身体を解す。
「ああ。」
駅夫に続いて降りてきた羅針も、大きく伸びをしながら、辺りを見回した。
近江今津駅は二面四線の高架駅で1974年に開業し、既に半世紀の時を経ていた。寂れた感じはあるものの、古臭い感じはなく、修繕を重ねているのだろう、綺麗に整備されていた。
この駅はそもそも、千五百人前後とあまり多くはない一日平均乗車人員ではあるが、一部の特急が停車したり、乗務員交代や、列車の切り離し作業があったり、また折り返し設備もあったりするため、湖西線の拠点駅として機能していて、改札口を抜ける乗客よりも、緩急接続のために利用する乗客が大半を占めている。
それが証拠に、今もこの後に来る列車を待つ乗客が多くホームに滞留していた。
サンダーバードの車両を見送った二人は、まず到着記念に駅名と一緒の記念撮影をする。駅夫がスマホの自撮りモードを使って二人で一枚、それぞれが互いのカメラで一枚ずつだ。駅夫はこの写真を載せたブログを書いていくと言う。果たして最後まで続くか羅針は心配したが、楽しそうにしている駅夫を止める理由はない。
写真を撮り終えて、階段を降り、改札を抜けてきた二人は、まず改札横にある駅周辺地図を見ながら、今後の予定を決める。何も決めずにここまで来たのだから、当然と言えば当然である。
「まずは、宿を決めないとな。」
羅針がスマホで検索しながら、宿の確保を主張する。
「どうせなら、美味い飯を食いたいな。地元のさ、郷土料理って感じのヤツ。」
駅夫が周辺地図に載っている飲食店の広告を見ながら、舌舐めずりをしている。
「そうだな。それだったら、駅前にビジネスホテルがあるみたいだけど、それよりも旅館みたいなところが良いよな。」
「いいね、旅館。温泉なんかがあると、もっと良いんだけどな。」
「温泉かぁ。そうしたいのはやまやまだけど、この辺だと温泉旅館は残念ながらないな。どうしてもって言うなら、ちょっと足を延ばす必要があるぞ。」
「そうか、それじゃ、温泉は無しでも良いよ。でも、飯は譲れないぞ。」
「分かったよ。じゃ、この旅館はどうだ。」
羅針は、スマホで検索した、駅から少し距離はあるが、歩いてでも行ける、料理が自慢の宿を提示した。
「良いねぇ。料理自慢っていうのが良いじゃん。そこにしようぜ。」
「了解。じゃ、温泉は無しだけど、そこに予約するな。」
「ああ。」
駅夫が頷いたのを見て、羅針はそのままネットから予約を入れた。
予約した宿の浴室は温泉ではないという但し書きがあったが、駅夫の承諾を得た上で、羅針は朝夕食事付きのプランで予約した。宿は直接予約するよりもネットの方が若干割引が利くため、羅針はいつもそうしているのだ。
「これで良し。で、この後どうする。」
羅針が予約完了を確認すると、駅夫に尋ねる。完全に行き当たりばったりであるため、やることすらも決めていないのだ。
「もちろん、観光だろ。」
駅夫は当たり前のように応える。
「だから、どこへ観光に行くかって話だろ。」
「そうか。それもそうだな。お前なら、すっと出てくると思ったんだけどな。」
「そりゃ、いくつか候補はあるけど……、それより、そこの観光案内所で話を聞いてみようぜ。」
羅針が駅構内にある観光案内所を指して言う。
「そうだな。それが間違いない。」
駅夫は大きく頷いた。
二人は、早速観光案内所へと向かい、話を聞くことにした。
観光案内所の女性は、いくつか近辺の観光地、たとえば、びわこ箱館山、白鬚神社、メタセコイア並木など、名前を聞くだけでも惹かれる場所を、二人が聴き入ってしまう程、魅力たっぷりに案内してくれた。
しかし、どれも、羅針が頭に浮かべていた観光地ばかりで、目新しさはなく、更に言えば、ここ近江今津駅から車で移動する必要があるため、レンタカーの手配という煩わしさも加わり、二人は首を縦に振れなかった。
「ほんなら、〔竹生島クルーズ〕はどないですか。竹生島は〔神の島〕言うてはりますし、昔から滋賀の人は大事にしてきた島なんですわ。島には由緒正しい神社仏閣がありますし、景色もええし、見所はたっぷりありますねん。
ここからやと、クルーズ船が出てる今津港までは歩いて10分程やさかい、ええんとちゃいますかね。」
二人は、その提案に首を思わず縦に振ってしまった。羅針の想定にもなかった提案であったし、駅夫も船に対する期待値を高めていった。
これ以上の魅力的な提案はないと二人は納得し、その竹生島クルーズへ行くことに決めたのだった。
ただ、今津港までは歩いて10分程、今の時間は9時20分で、クルーズの出発時間が9時30分だという。慌てて行っても乗せてくれるだろうが、駆け込み乗船はあまりに大人としての品性を落とす所業だと言って、羅針は駅夫を説き伏せて次の便にした。
その場で乗船予約を取った二人は、1時間ほど時間が出来たので、徒歩圏内で行ける場所に〔琵琶湖周航の歌資料館〕と言うのがあることを女性から教わり、まずは、その資料館へ向かうことにしたのだった。




