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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第壱話 近江今津駅 (滋賀県)
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壱之弐


 旅寝駅夫と星路羅針の二人にとっては、修学旅行以来の京都駅だ。かすかに残る記憶から、懐かしさが込み上げてくる。

 あの時から既に40年近くが過ぎ去っているのだ、駅構内は大きく様変わりもしているが、二人にとって、京都駅のホームに降りたというだけで、懐かしいと思えるのだ。


 二人は、構内の案内を頼りに、観光客が多く行き交うコンコースを通り抜け、新幹線ホームから0番線ホームに移動できた。4分ではさすがに無理だったが10分はかからなかった。


 次に乗る列車は敦賀つるが行きの〔サンダーバード7号〕である。

 サンダーバードが停車する0番線ホームは、日本一長いホームとして有名で、全長558mある。平安遷都1200年の記念事業として駅舎の改装をした際に、ホーム番号と運転番線のズレが生じたが、トラブル防止のためそのズレを解消したことで、この0番線ホームが誕生したという。

 確かに長いホームだなと羅針は思った。ホームの反対端にいる人がまるで豆粒に見えるのだ。

 駅夫が、何を読んでいるのかと、羅針のスマホを覗き込んできたので、このホームの来歴を教えてやると、駅夫は感心したように聞いていた。駅夫はあまり歴史が詳しいとは言えないが、こういう話は楽しいらしく、熱心に耳を傾けるのだ。

 

 ホームで待っていると、列車到着の構内アナウンスとともに、よく見かけるカマキリの様な見た目の、流線型先頭車ではなく、戦隊物に出てきそうな、のっぺりとした見た目の先頭車、683系が姿を現した。


 サンダーバードは全席指定で、二人が予約したのは6号車の15Dと15Cの、進行方向右側に琵琶湖が見える方である。もちろん窓側のDは駅夫で、通路側のCが羅針である。

 大阪発なので、既に乗客は7割方埋まっていた。

 サンダーバード7号は特急停車駅すべてに停車するため、目的地の近江今津おうみいまづ駅にも停車する。30分強の乗車時間である。


 二人が席に着くとすぐに列車は出発した。定刻通りである。

 すると聞き慣れた曲とともに車内放送が流れ始めた。停車駅や車内設備について説明していたが、曲名の方が気になっていたのか、駅夫がすぐに聞いてきた。

「この曲なんだっけ。」

「北陸新幹線金沢駅開業時のキャンペーンソングだね。」

「当時、テレビ、ラジオで流れまくってた曲か。どうりで聞いたことあるはずだ。良い曲だよな。」

 羅針もこの曲を久々に聴いた気がしたが、一節しか流れないチャイムが良い曲と感じさせるのは、さすが名曲だなと思った。


 京都を出て暫くいくと、コンクリート造りではない見た目的に特徴ある、古い橋桁の高架橋を横目に、湖西こせい線の線路は東海道本線と分かれて、左にそれてトンネルへと吸い込まれていく。

 トンネルを出ると、遠くにキラキラ光る琵琶湖が見えてきて、駅夫はかぶりつくように車窓に見入っていた。


 堅田かただ駅を出ると、次はいよいよ目的地の近江今津駅である。

 列車が滑り出すように堅田駅を出ると、遠くに見えていた琵琶湖湖畔がぐっと目の前に迫ってくる。

「これが琵琶湖か。」

 駅夫は感慨深げに呟いた。

「やはり広いな。確かに海みたいだ。」

 羅針も窓の外に広がる、その眩しいまでにキラキラ光る美しい景色を見て感嘆した。


 程なくして、近江今津駅到着のアナウンスが流れ、定刻どおりに到着した。あっという間の30分だった。

 近江今津駅は2面4線の高架駅で1974年開業、既に半世紀の時を経ていた。それにしては古臭い感じはなく、もちろん修繕を重ねているのだろうが、綺麗な駅だった。


 まずは到着記念に駅名と一緒に記念撮影をする、駅夫がスマホの自撮りモードを使って二人で一枚、それぞれが互いのカメラで一枚ずつだ。駅夫はこれでブログを書いていくと言う。果たして最後まで続くか羅針は心配したが、楽しそうにしている駅夫を止める理由はない。


 二人は改札を抜けて、まずは今日泊まる宿を決めるべく、改札横にある駅周辺地図を見ながら、羅針がスマホで検索して予約する。

 丁度駅前にあるビジネスホテルがあったが、料理の美味い旅館にしようと、駅から少し距離のある、料理が自慢の宿に決めた。

 浴室は温泉ではないという但し書きがあったが、温泉が目的ではないので、それも承諾し、朝夕食事付きのプランで予約した。

 宿は直接予約するよりもネットの方が若干割引が利くため、羅針はいつもそうしている。


 さて、宿が決まったら、次は観光である。駅構内に観光案内所があるので、そこで話を聞いてみることにした。

 観光案内所の女性がいくつか近辺の観光地、たとえば、びわこ箱館山はこだてやま白鬚しらひげ神社、メタセコイア並木など、名前を聞くだけでも魅力的な場所を、二人が聴き入ってしまう程、魅力たっぷりに案内してくれた。

 その中でも特に魅力的だったのが、〔竹生島ちくぶしまクルーズ〕だ。駅夫はクルーズと聞いて、これにしようと息巻いている。確かに他の観光地は車で片道20分前後かかり、徒歩圏内では竹生島以上に魅力的な場所はなかった。

 今津港いまづこうまでは歩いて10分程、今の時間は9時20分で、クルーズの出発時間が9時30分だという。慌てて行っても乗せてくれるだろうが、駆け込み乗船はあまりに大人としての品性を落とす所業だと言って、羅針は駅夫を説き伏せて次の便にする。

 1時間ほど時間が出来たので、徒歩圏内で行ける場所に〔琵琶湖周航(しゅうこう)の歌資料館〕と言うのがあることを聞き、まずはクルーズのチケットをネットで予約してから、資料館へ向かうことにした。


 観光案内所の女性に礼を言って、二人は早速〔琵琶湖周航の歌資料館〕へと向かう。

 駅から150mぐらいというので、すぐだろうと注意深く探していたから良かったものの、琵琶湖周航の歌資料館という建物はなくて、今津東いまづひがしコミュニティセンターの中にあり、青い看板が小さく入り口に掲げられているだけだったので、危うく見落として通り過ぎてしまうところだった。

 こういう時にキョロキョロしながら歩く駅夫は役に立つ。羅針だけだったら、確実に通り過ぎていただろう。


 琵琶湖周航の歌というのは吉田千秋よしだちあきさん作曲の〔ひつじぐさ〕が元になった曲で、小口太郎おぐちたろうさんが作った詞を乗せて歌ったのが始まりと言われている。加藤登紀子かとうときこさんが歌う曲としても有名で、若い人は分からないが、二人と同年代であれば、聞き馴染みがあるかもしれない。歌詞は文部省唱歌の〔我は海の子〕と似たような出だしだが、こちらはしっとりと歌い上げる情緒たっぷりの歌曲になっている。

 資料館には、吉田千秋さんや小口太郎さんの来歴や、琵琶湖周航の歌が出来た経緯などが、当時の資料と併せて展示され、見応えのある資料館となっていた。

 二人は、展示された資料を黙々と読んだり、ボートの模型などの展示物を見たりしていたが、昔懐かしいレコードジャケットが展示されているコーナーで大いに盛り上がった。二人とも知らない歌手もいたが、年の功かかなり見覚えがあった。


 二人は30分程の時間を掛けてじっくり資料館を堪能し、いよいよ竹生島クルーズが出る今津港へと向かう。

 今津港の建物は、喫茶店か何かと見紛うような作りで、大きく〔観光船のりば 竹生島行き〕と書いていなければ、スルーしてしまうところだった。


 二人は建物に入り、窓口の人にネットで予約したことを伝え、出来れば復路を1便遅らせて欲しいと無理言ってお願いした。どうやら空きはあったようで、快く承諾して貰う。駅夫の大荷物も有料ではあったが、預かって貰えるというので、小さなリュックに貴重品と水筒などを移し入れて、大きいザックを預けた。


 出航の時間が迫ると、続々と人が集まり、待合室は大勢の人でごった返した。土曜日と言うこともあり、子供連れの親子が何組もいて、賑やかさは輪を掛けていた。二人とも子供がいないせいか、そんな光景を微笑ましく、羨ましそうに眺めていた。


 時間となり、いよいよ乗船時間である。乗り口から外へ出ると、そこには細長い桟橋が一本湖に突き出しただけの乗り場があり、観光船にしては小型の船が停泊していた。観光船というと、箱根の芦ノ湖で見るような大型客船を思い浮かべてしまうが、あれは特別なのかも知れない。

 

 船内は120席すべてが自由席で、7割方が埋まっていた。

 出港すると大型モニターで竹生島についての紹介動画が上映された。

 動画によると、竹生島は古来より信仰の対象となった島であり、神の棲む島とも言われ、奈良時代に行基上人ぎょうきしょうにんが四天王像を安置したのが竹生島信仰の始まりと言われているらしい。島内には都久夫須麻神社つくぶすまじんじゃ宝厳寺ほうごんじがあるが、元々あった都久夫須麻神社が、明治の神仏分離令で弁財天社を分離させて、宝厳寺ができたそうだ。


 二人はおとなしく座って、暫く紹介動画を見ていたが、駅夫がじっとしていられなくなり、そろそろ船内を探索しようと席を立つ。

 船内はお手洗いと洗面台が完備されているほかは、特に何もないが、船室後方から船外に出られ、オープンデッキで響き渡るエンジン音と海風ならぬ()()を堪能することができる。

 すでに今津港は遙か後方で、肉眼で視認するのは困難なほど沖合に出ていた。

 駅夫は早速スマホを取りだし、風景を収めている。羅針もカメラを取りだして撮影した。


 更に階段を上がると、2階デッキに上がることが出来る。観光地価格ではあったが、自販機もあった。屋根も付いていて、陽射しや雨を遮ってくれるのは嬉しい。

 天気も良く、湖風も心地よいのか、かなりの人がデッキに上がっていて、備え付けのベンチは満席だった。


「この船、本当に時速40㎞も出てるよ。」

 駅夫がスマホの速度計アプリを見ながら、驚いたように言う。

「本当だ。普通の船に比べれば速度はあるし、ビデオでも21ノットって言ってたから、当然出るんだろうけど、実際に見ると驚きだな。」

 羅針も駅夫のスマホを見て、素直に驚いた。

「でも、時速40㎞ってこんなに遅かったっけ。街中で走ってるともっと早い気がするんだけど。」

「多分、景色が遠すぎて、動いている気がしないんじゃねぇのか。多分錯覚だよ。水面を見ればそれなりの速度は出てるって。」

「そうか。確かにそうかも知れないな。でも、こうやってゆっくりと時間が流れる感じも良いもんだよな。」

 そう言って駅夫は羅針の説明に納得したのか、すぐに興味は前方に見えてきた竹生島に移った。


「おい、島が見えてきたぞ。」

 遠くにお椀をひっくり返したような島が見えてきて、駅夫が興奮していた。

「そうだな。」

 羅針は、素っ気なく応える。

「なんか、ワクワクするな。大航海時代の海の男たちもこんな気分だったのかな。」

「おいおい、何日も掛けて大海原を航海した男たちと、ただの30分も乗ってない俺たちを一緒にするなよ。島を見つけた時の気持ちは、おそらくもっと凄くて、歓喜に沸いたと思うぞ。」

「まあそうか。確かに言われてみれば、こんなもんじゃなかっただろうな。でも、程度の差はあっても、嬉しいって気持ちは同じだろ。」

「まあな。」

 こいつはああ言えばこう言うだからなと、羅針はいつものことと流した。

 二人がそんなことを話していると、島はドンドン大きくなっていった。


 先程二人が見ていた紹介動画によると、竹生島の一周は2㎞で標高は197mあり、琵琶湖において沖島おきしまに次ぐ2番目に大きな島だそうだ。

 見た目はちょっとした山で、1階を3mとして換算すると66階相当と言うことになるが、実際には木々が生い茂っているので、見た目の高さはそれ以上ということになる。

 この竹生島は、琵琶湖国定公園特別保護地区であり、国の名勝と史跡に指定されていて、日本遺産にも認定されている。要するに特別な島と言うことだ。


 船が大きく迂回していくと、島の斜面には、都久夫須麻神社や宝厳寺の建物が張り付くように建てられていた。建物が見えてくると、船は速度を落とし入港態勢となる。

 船が着岸すると、およそ25分の船旅が終わり、いよいよ上陸となった。




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