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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾漆話 北海道一周 (北海道)

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拾漆之拾漆


 道東に位置するこの釧路くしろ駅は、札幌と違って、多少の晴れ間は見え、日が差すこともあったが、概ね空いっぱいに雲がかかっていた。

 特急おおぞら3号で釧路駅に到着した平櫻佳音と五百旗頭灯凪いおりべともなの二人は、降車する大勢の観光客に流されまいと、出口とは違う方向へと、流れに逆らって地下道へと向かう。


 これから二人が乗るのは、今まで乗ってきた根室ねむろ本線の延長である、花咲はなさき線だ。運行形態が異なるため、釧路駅から根室駅の間は、根室本線でありながら、別の名前で呼ばれている。この名称は、近海で獲れる花咲ガニの産地であることで、知名度はある、かつて存在し、今は廃止となってしまった花咲駅に由来する。


 そもそも根室本線とは、滝川たきがわ駅から富良野ふらの駅と、新得しんとく駅から帯広おびひろ駅、釧路駅を経由して根室駅に至る、総延長362.1㎞に及ぶ道央と道東を結ぶ、道内最長の幹線路線である。かつては富良野駅と新得駅間にも線路はあったが、利用低迷に加え、2016年の台風被害以降不通が続き、莫大な復旧費用とコスト回収が見込めないと判断され、2024年3月を以て完全に廃止された。二人が来る四ヶ月前のことである。


「今は、バスの代行運行が続いていて、完全にバス路線になっちゃったわね。」

 キハ54の500番台に乗り込んだ二人は、クロスシートに腰を下ろし、早速始まった佳音の鉄道談義を灯凪は聞いていた。

「あんたは、その廃止前の路線に乗ったことあるん。」

「あるよ。初めて北海道に来た時にね。もう10年以上前かな。トラブル続きで乗り通すのが大変だったんだから。ほら、5時間も遅延したって話したでしょ、あれが、この路線。」

「そやったんや。それは大変やったな。」

「まあね。北海道の洗礼を受けたった感じで、大変は大変だったけど、楽しかったよ。そんな経験なかなか出来ないしね。」

「そやな。そんな経験しとったら、ドンドン逞しくなるわな。」

「また、なんか変なこと考えてるでしょ。」

「そうや。あんたをどうやったら、女に戻すか画策しとるんや。」

「そんなこと考えないで良いから。充分立派に女してるから。」

「しとらんから言っとるんやないの。」

「ハイハイ。ほら、そろそろ出発するよ。ここからは景色が最高だから、見逃したら大損だよ。」

「分かった、分かった。続きは後でたっぷりやるからな。」

「たっぷりしなくて良いから。」

 そんなことを言い合っていると、気動車独特のエンジン音を響かせて、一両編成のキハ54の500番台がゆっくりと釧路駅を出発した。

 転轍機てんてつきを通り過ぎるガタゴトという音を響かせながら、線路は次第に単線へと収束していく。


「この車両ね、四国向けと北海道向けの二種類を国鉄時代に製造したんだよね。」

「ずいぶん年季が入っとるんやね。」

「そうだね。1986年から北海道では運用が開始されたって話だから、もうすぐ40年は経つって感じだね。」

「ウチらと同世代かいな。そりゃ、ごくろうさんやな。」

「そうだね。私たちと同じ時を生きてきたんだからね。そう考えたら、ずいぶん歳を取ったんだなって考えちゃうよね。」

「そうやな。人生ってホンマ長いようであっと言う間やからな。」

 灯凪はそう言って、車内のあちこちに目を遣る。


「そういえば、この列車、扇風機しかないんやね。」

「そうだね。冷房は付いてないからね。その代わり暖房は無茶苦茶効くよ。冬に一度来たことあるけど、汗掻くぐらい暑かったから。」

「ホンマかいな。」

「ホントだよ。ほら、出入り口がデッキ式になってるでしょ、だから、駅に停車するたんびに外気が入り込むってことが殆どないんだよね。」

「なるほど、そう言う理屈かいな。」

「そう、そう言う理屈だよ。」


 列車は釧路駅を出ると、すぐに釧路川を渡り、左に右に大きく曲がると、やがてATSのキンコン音が鳴り響く中、東釧路駅に停車する。この先は網走あばしりへと向かう釧網せんもう本線と、根室へ向かう花咲線に分かれる、分岐が存在する、一面二線の駅である。


「明日は向こうの釧網本線で釧路湿原の観光だからね。」

「それは楽しみやな。でも、あれやろ、本当は冬に来た方がええんやろ。」

「本当はね。冬に来れば丹頂鶴にも出会えるし、冬景色は最高だからね。」

「あんたに見して貰ろた、丹頂鶴は綺麗やったもんね。」

「まあ、あれは渾身の一枚だったからね。」

「その一眼で撮ったんか。」

 佳音が首から提げている年季の入った一眼レフのカメラを灯凪は指差す。

「そうだね。物凄い大きな望遠レンズ構えたおじさまたちがずらりと並んでる中で、ひとりこのショボい一眼で撮影してたんだけどね、色々とおじさまたちに教わって、撮ったんだよね。時間もない中で良く撮れたと自分でも思うよ。」

「ホンマ、あんたはおじさま人気が高いな。二言目に出てくる登場人物は大抵おじさまやんか。このおじさまキラーが。」

「おじさまキラーって、酷いなぁ。そんなことしてないって。皆親切にしてくれるだけじゃない。そんなこと言ったら失礼だよ。変な気を起こす人なんていないんだから。」

「あかん、この娘はなぁんも自覚しとらん。世も末やぁ。」

「また始まったよ。良いのよ、自覚してなくても。」


「でも、あんたようそんなんで怖い目とかに遭わないな。ホンマやったら、勘違いした男に襲われたりしてもおかしくないねんで。」

「勘違いした男って、そんな勘違いするような人いないでしょ。そりゃ、学生時代は痴漢に遭ったこともあるけど、それだって私のこと良く見てなかったからだろうし、誰でも良かったんでしょ。あれぐらいじゃない、勘違いしてた男って言えば。」

「あかん、ホンマにあかん。自覚がなさ過ぎて、マリアナ海溝よりも深い深淵に落ち込んどる。これは救出困難かもしれんな。」

「なによそれ。それって酷くない。」

「酷くない。それだけ深刻ってことや。」


「ハイハイ。ほら、そろそろお金用意しといてね。」

「なんのお金や。」

「今朝言ったでしょ、途中でお弁当買うって。」

「せやったっけ。……せやったな。はい、2,000円。」

「あんたはかきめしだよね。って、細かいのないの。」

「ないな、ごめんな。ところで、あんたは何にしたん。」

「私は定番のかきめしとホタテめしの二つだよ。」

「二つも食べるんかいな。流石食いしん坊の佳音やな。」

「今更でしょ。って、ホントに細かいのないのね。」

「ないな。」

「しょうがないな、釣り銭貰えないから、支払いした後で精算するから。

「すまんな。」

「良いよ、良いよ。気にしないで。」


 そんなことを言い合っているうちに、列車は東釧路駅を出発し、釧網本線と別れると、周囲の景色は徐々にローカル線感が増してくる。次の武佐むさ駅は一面一線でホームに屋根があるだけで、駅舎のない無人駅だし、その次の別保べっぽ駅も一面一線でホームに屋根すらない。ただ、こちらはちゃんとした駅舎が建っていて、北海道らしいかわいい三角屋根を架けていた。ひらがなで〔べっぽ〕と大きく掲げられているのも、かわいらしさを増長している。


 列車はすっかり山間部へと入っていた。周囲は緑溢れる自然の植物に覆われ、民家らしいものも殆ど見えなくなっていた。


「この警笛が良いんだよね。」

 佳音がトンネルに入る直前に鳴らされた警笛を聞いてウットリとした目をする。

「あんた、変なもんに心酔するな。」

 灯凪が呆れたように言う。

「これね、鹿除けの警笛で、普通の警笛よりも音が高いんだよ。北海道と言ったらこの警笛音なんだよね。」

「そうなんや。まあ、好きなもんを好きって言えることはええことやから、否定はせいへんけど、もうちょっと人間の雄を呼び寄せる笛にも興味持って欲しいわな。」

「なにそれ。そんなもんある訳ないでしょ。」

「あるよ。女には生まれつき備わったフェロモンっつう男を呼び寄せる笛がな。」

「フェロモンがないのは反論出来ないけど、それ、笛じゃないからね。」

「なんや、ないことには反論せいへんのかいな。」

「反論して欲しかったの?」

「まあ、反論してきたところでコテンパンにしちゃるけどな。」

「なら、反論するだけ無駄じゃない。」

「ホンマあんたは世渡り上手と言えば聞こえがええけど、闘志がないんよな。」

「良いのよ。闘志なんて燃やしたところで、エネルギーの無駄だから。」

「そんだけ、エネルギー注入しておいて、無駄も何もないやろ。」

「済みませんねぇ、燃費が悪くて。」

「ホンマアメ車と同じやで。」

「誰がリッター数メートルだよ。」

「誰もそんなこと言うとらへん。アメ車やって今時もう少し走るやろ。知らんけど。」

「おっ、出た大阪人の十八番おはこ、知らんけど。」

「なんや、それ言われるとやりにくいなぁ。知らんけど。」

 灯凪がわざと言ってみせると、佳音はケタケタと笑い出した。


「なんか、石油の臭いせいへんか。」

 灯凪が、窓から入ってくる風に混じってる石油臭さに顔を顰める。

「気動車だからね。どうしたって、ガソリンの臭いはするでしょ。」

「この列車の臭いかいな。てっきり、この辺に工場かなんかあるんやと思ったわ。」

「まあ、あってもおかしくはないけど、それは違うね。この列車の臭いだね。」

「臭いはともかく、この自然豊かな感じは北海道らしくてええね。」

「そうだね。緑が濃いって言うか、匂い立つような自然の豊かさだもんね。」

「そやね。いつもはビルばっかり見とるさかい、癒やされるわぁ。」

「それは良かった。たまには目の保養しないとね。」

「いつもは、澪君でしとるけどな。」

「ハイハイ、ごちそうさま。」

「どういたしまして。」

「どういたしましてじゃないって。もう。」

「ええやろ、ラブラブの夫婦って。」

「ハイハイ。またなんか画策してるな。」

「バレた。」

「バレバレだよ。」

 佳音がそう返すと、二人してケタケタと笑い出した。


 自然豊かな車窓を眺めていると、木々の間に茶色の動くものを灯凪が見付けた。

「なんかおったで。」

「どこ、ほら、あそこ、ああ、もう見えんくなってもうた。」

「何かいたの?」

「そや、茶色の、多分動物やろうな。なんやったかはよう分からん。」

「多分、蝦夷鹿じゃないかな。結構大きかった?」

「多分な。遠くやったし、あんまよう分からんかったけど、言われてみれば鹿やったかも知らんな。……、ってほら、あそこや、あそこにおる。」

 灯凪が再び窓の外を指差す。

「ああ、いたいた。」

 佳音はすかさず一眼で狙い、シャッターを切る。

「どないや、撮れたんかいな。」

「どうだろう、……ああ、撮れてる、撮れてる。丁度こっち見て、ほら。」

 佳音がモニターを灯凪に見せる。

「ホンマや、なんやこう見るとかわいいなぁ。」

「そうだね。これは、良いもの撮れたな。」

「動画に入れるんかいな。」

「そうだね。これは、入れても良いかな。」

「あっ、またおった。……あっ、あっちにもおる。」

「これは、目移りするね。」

 二人は、車窓に時折現れる動物たちを探しながら、列車に揺られていった。


 門静もんしず駅を過ぎると、再び列車は海が見える場所を走る。牡蠣で有名な厚岸あっけし湾である。牡蠣の養殖は主に隣の厚岸湖でおこなっているようだが、牡蠣と言えば、広島、宮城、岡山が三大産地として名を連ねるが、この厚岸の牡蠣も負けてはいない。身がふっくらとして、甘みが強く、栄養豊富なプランクトンをたらふく食べて育ったことが良く分かる。


 その厚岸の牡蠣をふんだんに使ったかきめしと、北海道と言えば欠かせないホタテをたっぷりと使ったホタテめしを受け取るために、佳音は席を立ち、デッキへと出る。他にも金勘定をしている人がデッキにいたので、おそらくかきめし目当てなのだろう。


 厚岸駅に着くと、エプロンを着けて、弁当を持った女性が、扉の前で待っていた。順番に名前を言って、弁当を受け取り、精算していく。佳音も、自分の名前を言って、三つの弁当を受け取り、お金を渡す。釣り銭なしのぴったりだ。

 全員が弁当を受け取ると、列車は再び、エンジン音を響かせて走り始めた。


 席に戻ると、灯凪が「おかえり」と言った。

「ただいま。はい、これがかきめしね。」

 緑を基調としたパッケージの弁当を灯凪に渡す。

「ありがとう。ええ匂いやね。」

「でしょ。これが最高に美味しいんだから。そうそう、はい、これおつりね。細かいの足りて良かったよ。」

「あっ、ありがとう。後でも良かったのに。」

「忘れちゃうからね。ちゃんとしとかないと。」

「そういうとこは、しっかりしとるんやけどな。なんでやろうな。」

「何が。」

「何でもない。ほら、いただこ。」

「いただきます。」

「いただきます。」


「これ美味しいな。牡蠣もプリプリ太っとるし、甘辛く煮付けられたこの味付けも最高やな。煮汁の染みたご飯もええ感じやし。文句はないな。」

「でしょ。何せ人気ナンバーワンのかきめしだからね。この螺貝つぶがいとか、浅蜊あさりとか、蕗の薹(ふきのとう)なんかが入ってるのもポイント高いんだよね。食感が楽しめるでしょ。」

「せやな。ホンマにそやわ。よう、こんなん知っとったな。」

「知ってるも何も、ここのかきめしは有名だからね。結構ガイドブックでも紹介されてるし、私も以前本に書いたことあるし。動画にも載せたし。」

「そうなんや。あんたの本は全部読んどるけど、覚えてへんな。」

「まあ、数行しかない記事を覚えてたら、その方が怖いよ。まあ、家帰ったら、読み返してみて。」

「そやな。そうするわ。」

「そういえば、あんたんとこの店で、私の本置いてるんだって。」

「せやで、結構()うていきはるお客さんおるんやで。」

「そうなの。それはまたありがたいことだね。」

「そやで、感謝しぃや。」

「お客さんには感謝してるよ。」

「ウチにもや。」

「ハイハイ。感謝してるよ。」

「心が籠もっとらん。やり直しや。」

「神様、仏様、灯凪様、心の底から感謝しております。」

 佳音はそう言って、両手を合わせて灯凪を拝む。

「あんなぁ、まあええわ。ウチが好きで置いとるんやさかい。」

 灯凪が呆れたように言う。

「本当に感謝してるって。ありがとうね。」

「どういたしまして。」


 二人は、そんなことを言い合いながら、かきめしを食べ進めていった。佳音はすぐにホタテめしにも取りかかった。




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