残りの時間
花祭り期間の全部を観光に費やせなかったのは、理由がある。
初日にコリンヌたちに遭遇して危機感を思い出したこともあるが、それ以上に、レオに仕事が舞い込んだのだ。
クレマンは「祭りが終わったら忙しくなる」だろうと言っていたが、前倒しになった格好だ。
「……ありえねえ」
「そんなことないよ! 絶対こうなるって、クレマンさんも言ってたし」
「それがありえないって言ってるんだ」
「ふふ」
ガゼット社の屋台で売ったカードや採用になった広告写真を見た人や店からの依頼が増えすぎて、クレマンのほうで祭りが終わるまで抑えていられなくなったのだ。依頼をしてきた中には貴族御用達の老舗もあって、ますますレオは半信半疑である。
「コンテストでは落とされまくったってのに……」
ブツブツ言いながらも、機材を手入れするレオの後ろで、ソフィアも言われた器具を並べたりして手伝っている。
「でも、よかったよね」
「それは、まあな」
「カードのお仕事も続くし」
「それも予想外だって」
広告の撮影だけでなく、今回評判のよかったカードに味を占めたクレマンが通年商品にすると決め、その制作も請け負うことになった。
季節物として年四回新作を売り出すにあたって、カメラマンはレオのほかにもいるが、四季を通じてフル参加なのはレオだけだ。
報酬が出るだけでなく、カードにはレオの名前まで入る。商業作品に携わる一カメラマンとして破格の案件だ。
「予想外でもなんでもいいの。私の好きなレオの写真を、みんなも好きだって思ってくれたってことだから」
「呑気なもんだ。どうせすぐ飽きられる」
「もう、レオ! そんなこと言わないで」
言い合いながらも手は休まない。そうして追加のカードを補充したり、新規顧客となるクライアントと打ち合わせをしたりして花祭りの後半は過ぎていった。
もっと祭りを見物したかったんじゃないか、とレオは申し訳なさそうにしたが、ソフィアは満足していた。マクシムが案内してくれると申し出てくれたのも断って、レオの手伝いをさせてもらっているのは自分がそう望んだから。
花祭りはたしかに楽しいが、レオと二人でこうしている時間はもっと満ち足りている。
(お母様……誰かを好きになるって、素敵なことね)
たとえそれが決して叶わぬ恋であっても。
「それはそうと、ソフィアのほうは大丈夫そうか?」
「あ……うん、平気だと思う。来週のサビーナさんの撮影で最後にしてあるし」
「そうか」
気を使ってか、なんでもないように訊いてくるレオに、あえて明るく返事をする。
(……楽しかったな)
大人気となった撮影アドバイスの仕事は、もともと「上京してきたソフィアが田舎に帰るまで」という期間限定で請け負っていたため、綺麗に畳むことができそうだ。
ただ、アドバイスを受けたいモデルの間で予約枠が取り合いになり、惜しくも負けた皆から「またすぐ王都に来て仕事を再開してほしい」と強く望まれ、それを断る裏事情を話せる訳もなく、終了ではなく中断ということになっている。
ソフィア自身に特別な才能があるとは思っていない。けれど、どうしたらその人が一番きれいに見えるかを考えるのは楽しかった。それに、レオに撮影してもらうと、ソフィアの目で見る以上に魅力的になるから、毎回新鮮に驚いてわくわくした。
叔父たちから否定され続けたソフィアは、自分のしたことで誰かが喜んでくれるのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
だから――本当は戻りたくない。それでも。
(今の暮らしが名残惜しいのは、その通りだけど。区切りは付けなくちゃ)
ソフィアの誕生日まであと十日ほど。
二十歳になれば家督相続ができるようになり、叔父の支配から合法的に抜け出せる。
(……ジャンヌさんに相談できてよかった)
――花祭りの晩の約束通り、ジャンヌの仕事の合間に二人だけで話をする時間をもらえた。
成人したら家督を相続できることを冷静に指摘してくれた元・貴族のジャンヌなら、ソフィアよりも貴族の世界に詳しいと思ったのだが、その通りだった。
相続法だけでなく、領地周りのことや夜会作法まで相談できたのはありがたい。
『――このまま戻らず放置って手もあるけど、ソフィアはそっちを選ばないのね』
『はい。それだと、私が死んだことにされてしまいますし』
叔父が、正当な手段と手続きをもってフォルジュ家を継ぐのなら、ソフィアは家督を譲ることに抵抗はなかっただろう。
けれど彼らは相続人であるソフィアを最初から一方的に否定し、さらに殺害してその地位に座ろうとした。
貴族として以前に、人として間違っている。そんな人たちに両親が愛したフォルジュ家を奪われるのは、どうしても納得がいかない。
そう思えるようになったのは、皮肉にも殺されそうになって川に落ちたからだ。
『まあ、そうね。都合の悪いことを排除する人は、領民のことだって大事にしないだろうし』
『それも気になっていて……』
両親が亡くなってから王都の屋敷に囚われの身となったソフィアだけでなく、叔父一家も領地に顔を出していない。
領地運営は代官任せで、気にするのは収穫高や納税額ばかり。陳情が上がってきても放置していたが、叔父の息の掛かった者が領主代理に就任してからは、その陳情すら届かなくなった。
帳簿上は順調でもその実態は分からない。
対外的にそつがない叔父のおかげで今は問題視されていないが、この点もフォルジュ家を任せられない一因だ。
爵位や家督の継承に関するあれこれをジャンヌと話していくに従い、ソフィアの「これから」が具体的になっていく。
――上手くいくかは分からない。ソフィアの希望が通るかも、叔父がどう出てくるかも元婚約者の動向も、不確定要素ばかりが満載だ。
(大丈夫……)
不安はある。けれど、なかったかもしれない時を生きられたのだから、きっとなんでもできるはず。
『さあ、感動の再会ではそいつらの鼻も明かしてやらないとね。ソフィア、いい? なんだかんだ言って外見は大事よ。短時間で宮廷作法の基本まで鍛えるからしっかり覚えなさい』
『は、はい』
『……心配しないで。あなたは一人じゃない』
『ジャンヌさん……』
『まあ、レオやマクシムがどのくらい役に立つかは分からないけど?』
ソフィアの気を紛らわすように揶揄う口調が温かい。心を決められたのはあの晩、この診察室で意識を取り戻してから出会った皆と、レオと暮らした時間のおかげだ。
『ふふ。百人力です』
『ゴシップ誌の記者よ』
『はい、だからこそ』
『……そうね。思い上がった貴族に一泡吹かせていらっしゃいな』
ふふん、と満足そうにするジャンヌと顔を見合わせて笑って、背筋を伸ばした――。
(一通り相談した後は、基本のカーテシーもみっちりしごかれたな)
おかげで、最低限の作法もなんとか覚えられた。厳しくも楽しい指導を思い出しながら、寂しさを隠すようにいつも通りの笑顔を作る。残り時間はあと僅か。
「だから、レオの手伝いがいっぱいできるよ」
「……そうか。でも今日は夜の撮影だから、ついてくるなよ。戸締まりして先に寝てろ」
「うん」
重いカメラバックを軽々と担ぎ、「マクシムが来ても開けるな」といつもの注意を言いつけて家を出るレオを、手を振って見送る。
あと何回、こうできるだろう。
鍵を締められたドアを前に少し佇み溜め息を一つ長めに吐いて、両の手で作った拳に力を入れる。
「……よし、私もがんばろう!」
残り少なくなったモデルたちからの依頼書を持ってテーブルにつく。
満足いく写真が一枚でも多く撮れるよう、彼女たちのプロフィールを読み込み始めた。




