表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/57

48 花音、大事な話がある2



 クラスメートの注目と祝福を受けながら教室を出た俺は、屋上で一足先に花音を待つ。



「悠斗。お、お待たせ」


 少し遅れて花音が現れた。


「悪いな、こんなところに呼び出し――」



 ……え、誰この娘。



 俺は言葉に詰まった。


 俺の目の前にいるのは百合園花音だが花音にあらず。

 1-B女子連合の渾身作だ。



 どういうテクを駆使したのか。


 やたらパッチリとした目元に気後れして視線を下げると、今度はほんのりピンクの頬骨がキラキラしながら俺を待ち受ける。


 照れて更に目を逸らすと、桜色に濡れた唇が俺の視線を捕まえた。


 思わず見惚れて立ち尽くす俺。



 ……普段から見慣れて忘れがちだが花音も可愛い方だ。


 それがばっちりメイクを決めて来たのだから、基本陰キャの俺には刺激が強い。

 なんかいつもよりスカートも短いし。



「それで、話って……?」



 花音はもじもじとつま先で足元をぐりぐりしながら、照れたように目を伏せた。


 良し、言うぞ。

 勇気を出して。



「えーと、朔太郎も呼んでるから、あいつが来てから話をしようか」

「うん、そうね。朔太郎まだ来てないし――」



 花音の動きがぴたりと止まる。


「は? 今なんて?」



「あ、あの、朔太郎が来てから話を……」

「それは聞いた!」



 え、そんなご無体な。



「つまりだな、初音先生から弥美の気になる話を聞いたから二人に相談したくて」


「はあ……弥美ちゃんの」


 花音は拍子抜けしたようにもう一度「はあ」と呟くと、たくし上げたスカートを元に戻し始めた。


「まあ、そんなこっちゃないかと思ってたけどさ」


「悪い、なんか変なことになっちゃって」

「やめて。謝んないで」


 突き放したような口調で言うと、花音は振り返って扉をノックした。


「朔太郎、いるんでしょ。出てきていいわよ」


 おずおずと姿を現す朔太郎。


「おう、すまない。なんか出て行きづらくてな」

「あんたも謝るな。さあ悠斗、話って何よ」


 花音は腕組みをして俺に向き直る。

 やはり花音には仁王立ちが良く似合う。


「初音先生から聞いたんだけど。弥美が最近休んでるのって風邪じゃなくて、登校拒否みたいでさ。連絡もつかないし、お前ら何か知らないかなって」


 二人は顔を見合わせ迷いつつも何か言いたげな様子を見せている。

 先に話し出したのは花音だ。


「噂なんだけどさ。弥美ちゃんが前の学校を転校したのって、ちょっと恋愛がらみの問題を起こして居づらくなったからみたいで」

「問題?」


「仲が良かった幼馴染に猛アピールをし過ぎて、怖がられて不登校に追い込んじゃったとか。あくまで噂だよ」

「ああ、噂だしな。つーかそんな噂が流れてたのか」


 とはいえ、こんなに信憑性の高い噂も珍しい。


「知らなかった? 学校中で噂されてるよ。今はSNSとかもあるからゴシップが広まるなんてあっという間だし。そもそも弥美ちゃんって、地元でも可愛くて有名人だったって」


 そういうものか。


 折角隣の市にまで転校してきたのに、また暗い過去が追い付いてきたのだ。

 学校に来づらくなるのも無理はない。


「それともう一つ気になるのが、弥美がなんか評判の悪い連中と一緒にいたとこ見られたって」

「評判の悪い? なにそれ。不良の仲間とか?」


 昼休み、俺に絡んできた上級生を思い出す。

 昔の漫画に出てきたような不良とは見た目は違うが、何か違った怖さを感じる。


 この話になった途端、朔太郎がそわそわし始めた。眼鏡もなんか傾いてるし。 


「朔太郎、何か知ってるのか?」

「う、うむ。クラスに筒井っているだろう」


 そういえばいたな。接点は無いが、確かちょっとチャラい感じの陽キャさんだ。


「そいつにクローズドなSNSに誘われてだな。そのグループ名がだな」

「朔太郎、どうしたのよ。あんたらしくもない」


 気が進まないのか、迷いながらスマホを差し出す朔太郎。


 覗き込んだ画面を見て、俺は眉をひそめた。 



 《病みちゃんを美味しくいただき隊》



 ……なんだこれ。病みちゃんって、ひょっとして。


「弥美のことか?」


「あんたまさか、入ったんじゃないでしょうね」

「まさか! しかし、見て見ぬふりはできないだろう」


「一体、筒井って何者なんだ?」

「確かWINGSとかいうイベサーに入ってるそうだ。普段は女子を集めてイベントや合コンを開いている連中だが、その一部の連中がどうも濡葉弥美を狙っているらしい」


 それが《病みちゃんを美味しくいただき隊》ってわけか。


 ……なんかちょっと上手く言いやがって。


「一時期、一緒に昼食をとっていたからな。弥美に近付くのに好都合と思われたのだろう」

「俺の方も昼休み、上級生の阿久津とか薬師とかいう奴らに絡まれたんだ。弥美を仲間に入れたいって」

「ああ、教室に何度か来てた奴らじゃないかな。イベサーの最年少幹部で、割と有名人らしい」


 そうか、やはり同じ連中か。


「だけど、俺が会った連中には女子もいたぜ。そんなにヤバい奴らなのか?」

「勧誘には同性を使うのよ。つい、安心しちゃうし」


 花音が口を挟む。


「女子が何のためにそんなことに手を貸すんだ? やっぱお金とか」

「それもあるかもだけど。誰もが羨むおしとやかな美人がいたとしてよ。私みたいな普通の女の子がその隣に並ぶにはどうしたらいい?」


 ……普通の女の子。

 うんまあ、そこは言うまい。


「そりゃ自分を磨いて、性格とか頭の良さとか人間的な魅力を高めれば」

「それはそうね。でも、もっと簡単ですっきりする方法があるわ」


 屋上を湿った風が吹き抜ける。



 花音は髪を押さえながら、冷たく澄んだ目で俺を見る。



「自分と同じように汚しちゃえばいいのよ」



「え……」



「同じところまで堕としちゃうの。ね、簡単で気が晴れるでしょ?」



 これまで見たことのない表情。


 知らない女を見ているかのような錯覚に陥る。 



「花音……?」



「相手はそんな奴らよ。WINGSだっけ。私、ちょっと会社の若い連中から話を聞いてみるわ。夜の街にはそれなりの縄張りがあるから」


 花音は手帳に何かを書き付けると、破って俺の胸ポケットにねじ込んだ。


「ま、受け売りだけどね」


 最後に俺のおでこをつつくと、花音はそのまま屋上を出て行った。



 ……見た目だけではない、知らなかった花音の一面。

 受け売りと言ってはいたが、花音の本心が見え隠れしてはいないだろうか。


 俺は戸惑っていいのかすら分からずにその場に立ち尽くす。


「悠斗、俺にも何かさせてくれ」


 沈黙を破り、朔太郎が静かに俺の肩に手を置いた。


「なんだかんだ言っても、彼女は俺達の友人だ」

「ああ……。そうだな、お前に声かけたの筒井だっけ。上手いこと情報を仕入れられないか?」


「任せとけ。俺の恋愛方程式に新たな公式を追加してやる」


 朔太郎は勢いよく眼鏡を押し上げた。


 そういえば、去り際の花音がポケットに何か入れてったっけ。俺は紙切れを取り出した。



 そこに書かれていたのは―――濡葉弥美の住所だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ