50話 信用と不信
「…………」
「……葵さん、美味しくねぇか?」
「……いや、上手いよ」
遥と話してから元の部屋に戻る。慶が昼飯を作り終えていたので今食べているところだ。
慶が作った料理はカルボナーラ。レトルトのものを使わず1から作ったみたいらしい。初めて慶の料理を食べるが、これといって不満はなく……というより普通に美味しい。
いやもうホント、そのガサツそうな見た目でどうしてそこまで料理が上手なのだろう。甚だ疑問だ。紅茶も美味しかったし、やはりそこは育ってきた環境や教養なのかな。
ただそれ以上に遥の話が衝撃的すぎて、なかなか美味しいカルボナーラが喉に通らない。
けっきょくのところ、話を聞いたあと俺は何も言えず、遥はひたすら黙って昼飯を食べている。
「だからまあ、気を落とすなって言ったんだがな」
「慶は……その、知っていたのか。遥のこと」
「おうよ、ここのメンバーは全員知っているぞ。ま、俺も初めて聞いたときは面喰らったがな」
「そうなのか……」
「つっても、今ではもう慣れたけどな」
「……そういえば、慶は遥のおこぼれを貰っているみたいなこと話していたけど、あれどういう意味なんだ?」
ほんの少しだけ話の流れを変えて、気になっていたことを訊ねる。
「あー、あれか。そこの大仏はアンリの力で色んな物に魔力を籠めることができるんだよ。ナイフとか拳銃とか、それこそ自分自身にもな。で、魔力を籠めたやつは壊れるまで他の人間が使ってもその効果は発揮されたままでな。俺はコイツが魔力を籠めた武器を使っているってわけだ。おこぼれってのはそういう意味になるな」
そういう理屈か。魔力を通した武器を誰でも使える。確かにそれなら一般人でもロードと戦うことはできるだろう。
だからと言って、ロードと生身で戦うとか無理があると思うんだよな。俺は夢幻があるからある程度体を守ることはできるけど、他の人は戦うの厳しいんじゃないのかな。遥がどう戦うのか知らないけど、ロードと戦いながらどうやって自分の身を守っているのか。……分からないな。
「あー、でもな、さっきも言ったが、俺はロードと戦ったことはないぜ」
「それは言っていたな。遥が戦っているんだって?」
「おう。そんで、コイツはロードに復讐したい一心でここにいるから、基本1人でやっちゃうんだよな。ありゃただの機械だぞ。……いや、機械よりひでーよ。機械は最善の道を選ぶがよ――――コイツは自分の損傷とか全く度外視でロードを殺すからな」
「……それは」
「コイツ肌を見せない服を着てるだろ? こりゃ戦闘にできた傷を隠してるんだよ」
言われてみればやけに長いワンピースを着ているな。最初は好みかと感じたけど、そういう事情があったんだ……。
「俺も一応はバックアップで一緒にいたことはあるけど、こちとらマジで出番ねぇからな。ったくよぉ……」
機嫌が悪そうにそうブツブツと愚痴を言う慶。
根はいい子だと後藤さんは言っていたけど、どうやら本当らしいな。慶はこのことをどう考えているのか、自分が戦いたいのか、それとも遥に戦わせたくないのか……俺には分からないな。
それはそれとして――――復讐か。そりゃ目の前で家族を亡くして、その元凶を覚えているのならその感情が芽生えるのは不思議ではない。むしろ当然と言うべき感情だろう。しかし、アンリはなぜ復讐心だけを遥に残したのか、そこだけが今のところ謎だ。
感情――喜怒哀楽を全て消したとして、まだそこに復讐心があるなら、それは怒や哀に当てはまると思うんだがな。ロードの契約にしては中途半端といったところだ。
「……葵さん、これからどうする。もうちょいここにいるか?」
慶にまた話しかけられ、思考を中断する。
「食べ終わったら一旦帰るよ。知りたいこともあらかた知れたし。あまり長居するのもどうかと思うからな」
「おう。あ、皿は流しに置いといてくれたら後で洗っておくぞ」
「いや、さすがに洗うよ。色々と用意してもらったし」
「そうか? なら頼んでいい?」
「お安いご用」
食べ終えてから皿洗いをささっと済ます。自動洗浄機……いいなぁ。ちょっと皿を擦っただけであとは洗浄機に突っ込んだだけであとは機械がやってくれるのか。便利だなぁ。いいなぁ、これ家にもほしいなぁ。あったら家事かなり楽になるよなぁ。
……まあ、今は関係ないな。これいくらするんだろ。いやいや、煩悩退散。
そして、洗ったら帰るために荷物を軽くまとめる。
っと、慶が食後の紅茶を淹れてくれた。せっかくだ。まだ多少は時間に余裕があるし、ティータイムと洒落こむか。
「なあ、葵さん。今アンタが追っているロードってのは強いのか?」
「戦ったのがほんの数分だからな。強いのかどうかはピンと来ないが、厄介な奴なのは確かだ」
「……厄介かぁ。さっき言っていた力ってのもあるし、困ったもんだな」
「ああ。姿もなかなか見せないし、ぶっちゃけ俺だけではかなり手詰まりだった。今回の申し出はホントに助かったよ」
「そうかい。ただまあ、葵さん。アンタまだ俺らに言ってないことあるだろ? ああいや、嘘は言ってないと思うぜ。ただ全部は俺らに伝えてないだろうなって 」
「――――っ」
少し息が詰まる。言ってないこと……か。
「訊かれてないもんは答えられないからな」
カップを置いて少し笑いながら答える。
ロードの扉のこととかレーヴェの素性とか黙っていることなら沢山ある。
「それもそうか。……どうせ後藤のおっさんも葵さんや俺らに隠していることもあるだろうし、どっこいどっこいだな」
「慶にも全部伝えてないのか?」
「そーだよ。いっつもコソコソ隠れて企んでるぜ。暗躍ってやつだな。葵さんもおっさんのことを疑いたくなるだろうが、ロードを倒すっていう点は同じだからそこは信用していいと思うぜ」
一筋縄にはいかないというか、ここにいる人たちみんな一枚岩ではないということか。
後藤さんは後藤さんで何かロードを倒す以外について別の目的があったりするのだろう。
「後藤さんも俺が何か隠しているって気付いていると思うんだよな」
「あのおっさん目敏いからな。俺でも分かったんだから、おっさんが気付けないはずないんだよな」
それもそうだな。俺もこういうところを隠すためのポーカーフェイス苦手だな。……そういや、レーヴェしばらく黙ったままだか、どうしたんだろ? レーヴェの性格からけっこう口挟まれると思っていたんだけどな。ここで呼びかけるわけにもいかないし。
……っと、他にも慶とロードの話題ではなく学校での話や愚痴など俺は主に聞き役として談笑していたら、いつの間にか紅茶なくなったか。そろそろお暇するか。
「色々ありがとな、世話になった。何かあったらまたよろしく頼むよ」
「葵さんこそ気を付けてな。あー、確か東にちょい行ったらタクシーの停留所があったはずだからそれ使えばいいぞ」
「分かった。……遥もまたよろしくな」
「はい。お気を付けて」
さっきからずっと俺の隣にいた遥にそれだけ話す。
やはり彼女にこれ以上話しかけることが今の俺にはできない。何かそれっぽいことを言ったところで彼女には何も響かないだろう。なんて情けない。いや、それすらも遥には分かってもらえないのか。それはそれで助かるな。
――――そう自嘲気味に陥りながらビルから出る。
フロントには誰もいなかったし、変に勘ぐられることもないんだな。このビルには後藤さんたち以外にも他の会社がいるみたいなこと言っていたけど、実際どんな人たちがいるんだ? その人たちには何て説明しているんだろうか? ここに来てから疑問が尽きないな。
「……レーヴェ」
『やぁ』
タクシーに乗る前に人がいない通りの塀にもたれる。
そして、ずっと静かだったレーヴェに声をかける。
「お前はどう思った?」
『……君の選択を否定するつもりは毛頭ないよ。私だって個人の力には限界があるのは知っている。確かに君と私だけでこのままロードを追うのは厳しいところがあったのも事実だ。だから、今回の協力はありがたいだろうね』
「まあ、そうだよな」
『それでも、信用しすぎるのも考えものだね。……疑り深い君のことだ。まあ、そのくらい分かりきっていることだろう』
その意見は俺と同じだな。
半生以上は俺と一緒にいるだけはある。俺の性格はご存知ですね。
「……だな。それでさ、それなりにロードはここで活動していたらしいけど、今までホントに気付いてなかったのか?」
『……残念ながら、ね。何せ、君の中にいてから8年は回復に費やしていたんだ。自分のことで精一杯だった私はそんな周りに目を向ける余裕はなかったさ。せいぜい君の視界から君が体験したことを覗いていただけだね。アハハッ、あれは愉快だったよ』
「うるさいぞ、ドS」
茶化さないでくれ。
「……帰るか」
『そうした方がいい』
「その前に、レーヴェはあのロード2匹……2人? 2体? は知っているか?」
『……いや、私は知らないね。向こうも地球と同じように広いからさ。さすがに全員分私の記憶にあるわけではない』
「そっか」
訊きたいことはレーヴェにも訊けた。
今日の目的であるナザリの手がかりを探すっていう目的の進歩は…………うん、全然進んでないけどな。まあ、それ以上のことは得たから良しとするか。もう昼過ぎだし、これ以上見て廻るのも時間がキツいか。
――――さて、ナザリは一体どこにいるんだ? 次見付けたらもう油断はしない。確実に仕留める。
「…………」
今は帰るか。えーっと、タクシーの停留所はどこだっけな……。
タクシーに乗り、ショッピングモールの近くで降りた。
昼過ぎということもあり、俺が朝に寄ったときより当然人が多い。とはいえ、別にいつもの光景なのでこれといって思うこともない。日常の風景だ。強いて言うならみんな何しに出かけているんだろう……くらいしか思わない。まあ、ほとんどは遊びか買い物か。
なんてことをボーッと考えながら、日照りの中家へと足を進めようとする。しかし、その1歩目で。
「あれ、お兄ちゃん」
「葵。あなた何してるの」
凪と奏さんに出鼻を挫かれた。
2人は買い物袋を持っていてこれから買い物という雰囲気を醸し出している。
「朝からブラブラとな」
「お兄ちゃん、じじくさっ」
「うるせーな。引きこもってるよりかは断然健康的だろうが」
「そうだけど、その発想がね」
「はいはい。それで、今から買い物ですか?」
「うん。おかしおねだりたくてお母さんたちに付いてきたの」
おっと、奏さんに訊いたら凪が被せてきた。
たちってことは奏さんだけでなく陽太郎さんもいるのか。そのわりには見当たらないけど。
「どうせだし葵も一緒に来なさい。何かおやつでも買うわ」
「じゃあ、喉渇いたんで飲み物……緑茶でも」
「だからチョイス……。お兄ちゃんもコーラとか飲みなよ」
「お前なぁ、俺が炭酸苦手なの知ってるだろ」
「うんっ」
「それ葵に買ったら葵は凪に渡すことになるだろうし、完全に凪の一人勝ちよね」
「あ、バレた?」
「バレバレだ」
「ちぇー、残念」
ホントこの子は……隙あらば自分に得するように動くんだから。油断もありゃしないな。なに、末っ子って全員そういうもんなの?
「そういや陽太郎さんは?」
「今車停めてるわ。そろそろ来るんじゃない?」
買い物をしようと俺ら3人がモールの地下にあるスーパーに入るところで陽太郎さんと合流した。
「おっ、葵もいるじゃん」
「遅いわよー」
「そうだよ、お父さん遅いよ」
「おいおいムチャ言うなよ。休日の昼過ぎだぞ? 駐車場アホみたいに混んでるんだから。ところで、葵はなんでいるの?」
「いやまあ、偶然会っただけですよ」
「ていうか朝早くから何してたんだ?」
「……適当にブラブラと」
「なんか葵の趣味はとても年寄りみたいだな。健康的でいいけどさ」
「休日は基本引きこもっているあなたよりは断然いいわね」
奏さん、陽太郎さんにけっこう辛辣ですね……。




