29話 宿へ行こう
こうして無事門を潜ってニケロの街へ入ると、そこは結構賑わいのある街並みが広がっていた。
建物なんかの雰囲気はレトロなヨーロッパ風といった感じだ。
リンク村では日本での現実と全く違ったので、逆に違和感を覚えることもなかったのだが。
ここはちょっと知っている場所に似ているためか、まるで映画のセットに迷い込んだ気持ちになる。
けれど、これは間違いなく現実だ。
これまでは現実離れの連続だったんで、あまり郷愁というものを感じなかったんだけど。
それがニケロの街の光景に、突然僕の胸に押し寄せる。
もう戻れない日本を思い出して、一瞬立ち尽くしていると。
クイクイッ
僕のコートの裾が引っ張られる。
下を見ると、レイがシロを抱えていない方の手で、コートの裾を握っていた。
「……」
相変わらず無言なんだけど、その無表情な顔に微かにだが「どうしたの?」という感情が見える気がしなくもない。
こんなちっちゃいレイに、保護者の僕が心配かけちゃダメだよね。
もう戻れない場所への未練を持っていても、前には進めない。
僕はここで生きていくんだから。
「ちょっとボーッとしちゃったよ、心配かけてごめんね」
僕が屈んでレイと目を合わせてニコリを笑うと、レイはフルフルと首を横に振る。
よし、こうしてじっとしていても仕方ないしね。
「まずは宿を探しに行こうか、レイ」
「やど」
僕がそう提案すると、レイがわからないようで小首を傾げる。
「宿っていうのは、お泊りする場所のことだよ。『森のそよ風亭』の旦那さんから、せっかく教えてもらった所があるし。
空いているといいね」
「やど、いく」
僕の説明に、レイもコックリと頷く。
そう、リンク村の宿屋で「ニケロの街ならここへ行け」と言って紹介状を書いてくれたのだ。
なんでもあの旦那さんが料理人として修業していた時代の弟弟子にあたる人が、経営している店だという。
旦那さんの料理は美味しかったから、そこも期待が持てるんじゃないか?
そんな風にさっきとは違って浮き立つ気分で、レイと一緒にニケロの街を歩く。
もちろんレイには迷子防止のために、僕のコートを握ってもらい、その腕にはシロが抱えられている。
普通の幼児だとシロなんて抱えて歩けないだろうけど、レイにはシロは重く感じられないらしい。
ニケロの街は、もちろんリンク村に比べると人が多い。
だけど日本の東京なんかに比べると断然少ない。
でも、このくらいが歩きやすくていいのかも。
にしても、いろんな人種がいるなぁ。
リンク村では見かけなかった、二足歩行の動物や爬虫類系の人が結構いる。
鑑定してみると、彼らは「獣族」という人たち。
ガイルさんやさっきの兵士さんなんかが鑑定で「人族」って出てたから、人族以外がいるんだろうとは思っていたけど。
こうなると、リンク村でも僕が普通に人間――人族だと思って見ていた人も、ひょっとしたら人族じゃなかった可能性もあるのかも。
こんな風に人々を観察しながらたどり着いたのは、二階建ての宿屋だった。
そう大きな建物ではないものの、お洒落な外観で、綺麗な花が店の周囲に飾ってある。
それに食堂も兼ねているらしく、宿屋用の入り口と食堂用の入り口とに分かれていた。
それだけお客が多いってことだろう。
宿の名前は「とまり木亭」、あの旦那さんから聞いた宿の名前だ。
「レイ、ここみたいだよ」
僕はそう言いながら、宿屋の入り口から建物へ入る。
「いらっしゃいませ!」
すると日本にいた頃の僕よりも少し年上くらいの美人な女の人が、受付から声をかけてきた。
ここの女将さんかな?
「僕とこの子……とペット一匹、泊まれますかね?
あ、実は紹介状があるんですけど」
そう言いながら、僕は鞄から取り出した「森のそよ風亭」から貰った紹介状を差し出した。
「あら、誰からかしらね」
彼女はそう言いながら、紹介状を受け取ったのだが。
「ってこれ、グルーズさんからじゃないの!?」
突然驚いた顔になり。
「あなた、あなたーっ!!」
その紹介状を掴んで、奥へと行ってしまった。
えっと、どうしたのかな?





