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焼き跡に憎悪は燃える

 厩舎の火事が完全に鎮まる頃には夜明けを過ぎた時刻になっていた。


「――な、なんだこれは……」


 射し込む朝陽に白く照らされた厩舎の焼け跡で、駅家(チャ・ラキャ)の兵士たちは異様な光景を見つける。馬房の燃え跡そのままに暴れた形跡もなく整然と並んだまま焼け死んだ大量の毛長馬(リャルパ)の死体である。そこで彼らは消火中に疑問に感じていた、火事の厩舎から暴れながら逃げ出してくる毛長馬(リャルパ)がいなかった理由を知ることになる。


「これは毒を盛られて――?」


 厩舎の隅の馬房に焼けずに残った毛長馬(リャルパ)の死体があった。その口からは白い泡が溢れていた。

 また、何カ所か激しく燃えた場所には油でも撒いたような跡があり、この火事が放火であったことは明らかであった。


「全部……全部、仕組まれたことだったのか……?」


 カリクマは焼け落ちた厩舎で見つかった同僚のアトコのものと思われる黒炭(くろずみ)の焼死体の前に呆然と座り込み、昨晩この駅家(チャ・ラキャ)を訪れた皮膚病(クチュクチュ)の母子と伝令官(チャスキ)のことを考えていた。

 伝令官(チャスキ)が開門に使用した印符(トゥラ)をどこから入手したかはわからないが、最初から彼らが共犯であり夜に駅家(チャ・ラキャ)の門を破り抜けるために仕組んだ計略だったと考えれば、伝令官(チャスキ)皮膚病(クチュクチュ)の母子を一緒に中に入れるよう提案したことも、突然の厩舎の火事による混乱の中で門を開けさせ、そこから抜け出た皮膚病(クチュクチュ)の母子を単騎で追い掛けた伝令官(チャスキ)の行動も、そして毒を盛られた毛長馬(リャルパ)の全滅によりすぐに追手を出すことが出来ないでいるこの状況も、すべて合点がいくものだった。

 周囲で小隊長たちが苛立たしげに相談している声が聴こえてくる。


「追い掛けなければ」

「しかし毛長馬(リャルパ)がない。どう追い付く?」


 カリクマはアトコの死体を見つめる。彼とアトコは同郷の出だった。王法(カパク・ラウ)により(トマ)として村落単位に課せられた徭役(トリャカ)のひとつである兵役を果たすため、村の代表としてともに駅家(チャ・ラキャ)の兵士として徴集されたカリクマとアトコは幼年からの友人であった。


「王法破りだぞ? 追い付けなくとも追い付いて捕らえねば」

「そうだ。こんな失態で逃げられれば我ら全員刑死も免れんぞ」


 アトコは優しい男であった。独身であるカリクマとは違い妻子のある身でありながら、徴兵候補となった男が病床の老母の世話を理由に免役を訴えると、自ら代理となることを申し出るような男であった。兵役は三年もある。そんな簡単に決めて良いのかと訊くと、アトコは「お前が独り寂しく三年を過ごす姿を思うと胸が痛んでな」と笑って言ったのをカリクマは覚えている。

 このアトコの優しさは当然のように、深夜に駅家(チャ・ラキャ)を訪れた皮膚病(クチュクチュ)の母子にもむけられた。


「誰が行く」

「誰でもいいから集めろ」


 カリクマが見つめるアトコの死体の首には焼けてもなお残る刃物で切り裂かれた傷痕があった。アトコは火事の前に死んでいた。犯人は状況的に皮膚病(クチュクチュ)の子供の母親かあの伝令官(チャスキ)としか考えられない。


「私も追手に加えて下さい」


 立ち上がったカリクマはそう小隊長たちに願い出た。小隊長たちは話し合いを止めてカリクマを見ると、そのまなざしの強さに押されるように一様にうなずく。

 カリクマの目に(たぎ)る色は憎悪。


(必ず殺す)


 アトコの優しさを利用して殺した人間にそう報いることを誓ったカリクマは、小隊長たちを急き立てるように追手に加わる人員を集め始めた。

 こうして編成された追手の部隊が出発して数刻後、荘厳宮(ハトゥ・ル・スラ)から一騎の伝令官(チャスキ)が到着し、駅家(チャ・ラキャ)を突破した者たちの正体とその罪状を告げた。

 王の妾妃(コヤ)であり北の異邦から来た白い肌の少女(ユラクゥシュシュ)ファラーレ・コステロ、その通訳兼語学教育係であるサタハ、そして恵み与えるもの(ムガマ・オ・トウリ)に仕える巫女(ママコーナ)チェスカ。

 この三人に課せられた罪状は、恵み与えるもの(ムガマ・オ・トウリ)の誘拐と太陽の御子(インティプチュリ)の暗殺未遂という、太陽の地(インティ・パチャ)という国家の根幹を揺るがす前代未聞の罪状であった。

 駅家(チャ・ラキャ)の留守を預かっていた小隊長は、伝令官(チャスキ)の言葉を震えながら聞きつつ、同時に伝えられた命令に困惑の色を隠せなかった。


「これはどういうことでしょうか?」


 白い肌の少女(ユラクゥシュシュ)は絶対に殺してはならず、命令を違えたものは死罪に処すという命令である。

 罪状を考えれば生死を問う方が不思議に思える大罪である。それになにより雨雲の祭り(ルアオ・ライミ)も迫るこの時期に、儀式の生贄として重要な役割を果たすムガマ・オ・トウリの安否には一切触れず、その点だけを強調された命令は明らかに不可解なものであった。

 この当然の疑問に伝令官(チャスキ)は首を横に振りつつ、ただ「王命である」と告げるだけだった。

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