ムガマ・オ・トウリ
オクリョの居室を辞し、ファラとサタハとルントゥの三人は、夕暮れに染まる廊下を自室へとむかい歩いていた。
言葉はない。無表情に淡々と歩くファラの近寄りがたい雰囲気に、ルントゥが戸惑いの表情を浮かべながら従う。その後ろを歩くサタハは沈鬱な顔で、この主従の様子を窺っていた。
そしてサタハはため息をつき、躊躇いがちに重く口を開いた。
「……訊かないのか?」
「なにを?」
「理由だよ」
顔もむけずに答えるファラに、サタハが眉根を寄せる。聖妃オクリョが、ファラにトウリと会うことを禁じた理由。この口ぶりからサタハはそれを知っているらしい。そしてファラがその理由を訊ねないことを訝しんでいるようだった。しかし――、
「知る必要のないことなのでしょう?」
ファラはかつて自身で出した答えを持ち出し、この会話を拒絶した。
(言われた通り、もとよりそういう身なのだから)
オクリョにそう言われ、腑に落ちた感触があった。この胸の奥底に氷塊が沈んで閉じたような感覚。ファラの十年と少しの人生の中で沈殿し、培われてきたこの感覚こそ、ここまで彼女を生かし続けてきたものだった。
それは諦念。
(どんなに春が優しく、暖かくても、冬は春には生きられない――)
それなら春という夢を、溶けない雪の下で永遠に待つ草木の芽のように眠らせて、ずっと大切にしまっておく方が、どれほどの救いであることか。
日が沈む。斜陽の夕映えに影は一段と深く色を増し、夜のわびしさがファラの影へと伸びていく。
サタハは沈黙し、ファラは歩みを止めずに進む。北の言葉を解さないルントゥは、困惑した表情で二人のやりとりを見ているしかなかった。
「お前が――」
そこでサタハが立ち止り、意を決したような強い声でファラの背中に呼ばわった。
「お前があの少年を――ムガマ・オ・トウリを愛するというのなら、必要なことだ」
必要、という言葉にファラが振り返る。暮れなずむ夕射しを背に立つサタハは、勁く張り詰めた目でまっすぐにファラを見る。
「そうでなければ後悔するだろう」
サタハの言葉をファラは遮らない。彼女は心が「なぜ?」と自問すると同時に、胸の奥底の氷塊にあるかすかなひび割れから、息を求めるように上がる気泡の音を聴いた。それは小さく、わずかな声にでも掻き消えてしまいそうなか細い音で、だからこそ愛おしく大切で、そのためにファラは声を上げることができなかった。
黙り込んだファラの様子を肯定と見たのか、サタハはうなずいて口を開く。
「ムガマ・オ・トウリ、あの少年が特別な理由は――」
その理由を知った瞬間、ファラは自分の胸の奥底の氷塊が、悲鳴のような音を上げて砕けていくのを聴いた。
「――生贄であるからだ」
日が没する。夜の闇が世界の輪郭を影に沈めた。




