異端
別館に戻って来た。
大工組は作業に残り、マルとルカ、ウーヴェも、改装に必要な資材の発注やら、資金繰りやらの話し合いで残っている。とりあえず使えれば良いと考えていた当初の改装より、ずいぶん大掛かりなものになるからだ。
料理人組の三人は、護衛のため共に来てくれたのだが、別館に大量に余っていた食器類を持ち帰るためについて来たことになっていて、今しがた、それを荷車に積んで戻って行った。
倉庫と化してる貯蔵庫の、大きな鍋やら盥やらも使えると言っていたので、これも後で取りに来てくれることだろう。
おかげで貯蔵庫のごちゃごちゃ詰め込んであったガラクタが、随分片付く。食事処に掛かる支度金も節約出来て丁度良かった。
その辺の一連を終え、執務室に入るなりサヤは、気が抜けたのか座り込んでしまった。
手を貸して長椅子に促す。案の定震えていて、やはり、ルカが怖かったのだと再認識した。
仕事がひと段落するまで、気合いで我慢してたんだな……。ここのところ、こんな風になることは無かったから、心配だ。
「申し訳ありません……私……大失敗ですよね……」
「いや、あれはまだ半信半疑ですよ。女性を見てる気分になってしまうといった感じです。
迂闊でしたね……サヤがあんなに蜘蛛を怖がるとは……。レイシール様が虫に強いのが裏目に出てしまいました」
震えるサヤに代わってお茶を用意してくれたハインが、それを俺とサヤの前に一つずつ置く。
そして、棚から肩掛けを取り出し、サヤに差し出した。
礼を言ってそれを受け取ったサヤが、身に纏う。
「サヤは、虫が苦手だったんだね」
「いえ、足がある虫は、そこまで苦手じゃないんです。ゴキブリは大嫌いですけど……でも、蜘蛛……まさか蜘蛛だと思ってなくて……しかもあんな、あんな大きな蜘蛛、初めてで……生理的に受けつけなくて…………っ。思い出しても気持ち悪いです……」
うわ、初めてだったか。それは災難だった……本人も自覚してなかったなら、もう防ぎようがないものな。
「あんなの……普通にたくさん、いるんですか……」
「あそこまではなかなかいないよ。俺も初めて見たくらいデカかったから。
普段見かけるのは……あの種類なら五糎くらいが多いかな」
「それでも充分大きいです! あかん、私もう蜘蛛は嫌や……」
「大丈夫、貴族の生活圏には、基本、あまりいないよ」
貴族は虫を嫌がるから、香を焚いたりして追い払うし、使用人らはさっさと退治してしまう。
この別館では、虫が苦手な人がいなかったから、あまり意識していなかったけれど……これからは、香を使う様にした方が良いかもしれないな。
そんなことを考えていたら、トントンと、訪を告げる音が響いた。
「あれ、どうされました?」
ハインが扉を開くとルオード様が、何やら申し訳なさげに眉を下げた顔で立っている。
「すまない。君の留守中に、私宛で早馬が来てね。
ちょっと、大問題が発生した様子なんだよ」
大問題⁉︎
「どういったものでしょう⁉︎ すぐ、王都に戻るようにという指示ならば……」
「あ、いや……そういった問題では無いんだ。その……とりあえずこれを」
そう言って差し出されたのは、ルオード様宛の書簡なのだと思う。油紙に包まれたそれを、俺が見ても良いのだろうか……? そう思いつつ受け取った。
「見れば分かるから」
見るようにと促されてしまった。
ほ、本当に? 見ちゃいますよ? ドキドキしながら受け取ったそれを開く。すると、中には小さな短冊状の紙が一枚。そこにたった一行、文字が綴られていた。
るおーどだけずるいので、ぼくもいくことにする
「………………大っ問題、だ……」
差出人の名は書かれていない。
書き出しの文句すらない。
けれどその、やたらと力強い筆跡は、見覚えがあった。
「…………あ、あの……これは……」
「我慢できなかったらしい……」
嘘……嘘でしょ⁉︎ 無理だから、今から急にってほんと無理だから‼︎
「本館に至急伝えます!」
「いや、多分、そちらには行ってくれない。
実は、クリスタ様の所へ伺った際、別館に留まる様にと言われててね。レイシールやギルバートに申し訳ないと思いつつ、強行させてもらったんだ。
あとで土産話を沢山聞けるようにって仰ってたんだが……きっと、これの布石だったのだと思う」
「だけど体調は⁉︎ 夏場に動き回れる程になってらっしゃるんですか?」
「雨季だからではないか? 陽が出ないから、多少はましな筈だよ」
「あああぁぁもうあの人は! でもここ、客間は一つしか無いんですよ。家具の用意が出来ません! 従者だって二人しかいないのに……」
「至急、ギルに連絡しましょう。あの方は一人ではいらっしゃいませんよ。女中、従者、武官……最低六人以上同行でしょう。体調管理が必須ですからね」
「えええぇぇ、そうなったら何部屋用意しなきゃならないんだ⁉︎」
「二階の三部屋で足りるかと。小部屋が連なる部屋を、同室で数人に使って頂けば良いので。すぐ掃除に取り掛かります」
「家具、家具どうするの⁉︎」
「だからギルですよ! 急いで手紙をしたためて下さい! 本館に借りると変に恩を着せられそうだから却下です!」
「そんなこと言ってられる状態か! 無理そうならもう本館強行するからな!」
大混乱に陥った俺たちに、サヤはあわあわと視線を彷徨わせ、執務机に向かおうとした俺の服の裾を、ハシッと掴んだ。つんのめった俺に慌てて手を離し、申し訳ありませんっ。と、謝る。
「あ、あのっ、どうされたのですか⁉︎ 私は、何をお手伝いすれば?」
「サヤは、少し休んでなきゃ……」
「いいえ、大丈夫です! あの、その……休んでいる方が落ち着きません。どうか、お手伝いさせて下さい! お願いします!」
不安そうな顔でそう言われ、俺たちの混乱ぶりが、サヤの負担になっていると気付いた。体調を崩しかけている時に……俺がこんなんじゃ、駄目だな。
深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
そうだ……慌てたってどうしようもない。あの方は、ご自分が奇行に走っていることはご承知だ。だから少々の不敬は大目に見て下さる……。まず、落ち着こう。早馬が来たと言った。なら、これを出されたのはルオード様がアギーを発たれた後、数日経過してからだよな……。体調の問題もある。雨の降っていない今は、まだ移動しづらい筈だ。到着は今日明日ではない。
焦るな。大丈夫。まだ時間はある。
「すまない。少し慌て過ぎていた。
この書簡は、クリスタ様からなんだ。アギーのご子息様で……俺が学舎で、大変お世話になった方」
クリスタ様の姿が脳裏に蘇る。俺より少し濃い灰髪の、紅玉の様な瞳をされた、美しい方。陽の光を浴びないから、抜ける様に白い肌をされていた。細身で、繊細そうなのに、性格は全く真逆、豪胆で、我儘で、負けん気が強くて、脆弱なお身体にいつも不満を募らせていた。
「一緒に、夜祭に行かれた方?」
「うん、そう。そのクリスタ様が……なんか、来るそうなんだよ、ここに」
ルオードだけずるい。そう書かれていた。
それは、あの方がよく口にされていた言葉だ。
お前たちだけずるい。僕もする。 僕だってやれる。その言葉に何度振り回されたことか……。けれど、俺は知ってる。お身体に不満を募らせていても、あの方は前を向いていた。強くなること、健康になることに前向きだった。アギー家の十数番目という出自にも関わらず、ずっと前を向いた、強い方。この方は、生まれつきの為政者なのだと、そう思ったものだ。
「……アギー公爵家の、ご子息様……不敬があってはならないのですね。
畏まりました。食材等、十人分程追加注文しておきます。体調管理が必要な方でしたら、食材上の問題はございませんか?」
「無い。あの方の問題は……陽の光が苦痛なんだ。少し浴びるだけで身体が焼けてしまうし、我々より酷く眩しく感じるらしい。体力も無いし……」
「陽の光が……?」
そう言葉を繰り返したサヤは、少し首を傾げて考える素振りを見せた。
あの方の体質は、不可解極まりないものだからな。何故陽の光が駄目なのか、理由も分からない。ただ、生まれついた時から、そうなのだという。そしてそれが原因かどうか分からないが、お身体自体も弱い。すぐに体調を崩される。病に陥り易く、熱を出されて寝込むのだ。
しかしこの世界、日中はどこに居たって陽の光は浴びる。だから学舎に居た頃も、クリスタ様はほぼ寮の部屋に閉じ籠っておられた。
体調の良い時と、天気が悪い時だけ、講義に参加されるのだが、それも途中で退室されることが多かった。俺は、隣の領地ということもあり、あの方の受けたい講義を、代筆する者のうちの一人だったのだ。
過去のことを思い出し、少し、胸が軋んだ。
学舎を去る時、俺は、あの方にも不義理をした……。領地に戻ることを伝えず、黙って去った。それにも関わらず、メバックに支店を建てようとするギルの為に、アギー公爵様の推薦状を用意する手助けをして下さったり、学舎の友人らが暴走するのを諌めて下さったりしたらしい。
きっと沢山怒って、沢山心配してくださったんだと思う……。もしかして、それもあって、無理をしてでもここに、来ようとされているのではないだろうか……。
「……その病……反射でも、陽の光を浴びるのは良くないです。クリスタ様用のお部屋は、帳を厚めの生地で、暗色にした方が良いですよ。出来れば素材は絹であるのが、望ましいんですけど……」
サヤのそんな言葉が、俺を現実に引き戻した。
ハッとサヤに視線をやると、その向こうで、同じく目を見開いた、ルオード様がサヤを凝視していた。
し、しまった!
「サヤっ……」
「え?……っ! あ、その……」
ついいつもの感覚で、口にしたのだと思う。
サヤは、自身の世界の知識を引っ張り出してしまったことに……それをルオード様の目がある場所でしてしまったことに気付き、動揺した様に、視線を泳がせた。
そして、血の気の引いた、青い顔で俯く。
俺も、混乱していた。
あの方の体質が、まさか病とは……しかもサヤが、それに対しての知識を有しているとは、考えもしていなかったのだ。
……いや、言い訳だ。サヤの知識が並外れていることを、分かっているべきだった。
俺が、もっと意識していなければいけないことだった。ルオード様の目を。サヤの言動を。過去の自分を思い返している場合ではなかったんだ。
「病……と、言ったか」
ルオード様が、低く、重い声でそう零す。普段の温和な雰囲気は無く、どこか張り詰めた声音だった。視線を鋭くし、値踏みする様にサヤを熟視しつつ、一歩を踏み出す。
守らなければ。
急いでサヤの前に身を割り込まそうとしたけれど、サヤの手がそれを阻んだ。
「はい……」
「其方は、あの方をご存知ない筈だ。なのに何故、病だと言う」
「……わ、私の国に……いらっしゃったのです。その様な病の方々が。
その方々は、陽の光を浴びると、目や、皮膚が火傷してしまうのです。へ、部屋の中に居ても、それは一緒で……曇りなら、大丈夫だなんて、ことは、ありません。だから……」
サヤは、クリスタ様をただ心配したのだと、その発言で分かった。
前後の会話で、ただ部屋を用意したのでは駄目だと察し、慌てて助言したのだ。クリスタ様の体調を慮って。
だが、病だと言ってしまったのが良くなかった。この世界の病は、悪魔の呪いだ。悪しきものに、魅入られているということなのだ。
「帳を暗色にとは、どういう意味だ。何故絹を選ぶ」
「帳……は……窓からの、光を……出来うる限り、吸収すべきと思って……。
その……光は、壁や、床で、反射します……。白い壁の部屋が、少しの灯りで、明るく感じるのは、壁に当たった光が反射し、光度が増すからで……」
サヤが言葉を重ねる度、ルオード様の眼光は鋭さを増し、逆にサヤは血の気が引いていった。
手が白い、言葉も、細切れだ……怖いと、全身が訴えている。
「逆に黒は、光を吸収します。
クリスタ様の、病は、光の中の、毒となるものを、身体が、受け付けないからで……出来る限り、光を入れない様に、するには……暗色の、帳が良いと、思ったのです……。絹は……その、光の、中の、毒と、なるものを、吸着する、比率が、高い、から……」
「なんなんだ……貴様は何故、その様なことを……っ。言え! その情報はどこで得たものだ。貴様は、何を知っている‼︎」
「っひっ……!」
ルオード様の疑念が、猜疑心が爆発した。
そしてそれが、俺の我慢の限界でもあった。
腕を伸ばすルオード様に、サヤが悲鳴を噛み殺し、身を縮こませて目を瞑る。
「おやめ下さい」
ルオード様の手首を掴み、サヤに触れる前に阻止した。
俺の取った行動に、ルオード様が驚いた様子で、動きを止めた。
俺もすぐに手を離す。そして、そのままサヤの前に、身を割り込ませた。
背中に、サヤが触れている。サヤの酷い震えが、伝わってくる。
「サヤは、クリスタ様を思いやっただけでしょう」
「この者は、我々しか知らぬはずのことを口にしたのだ! 退け、レイシール。貴様も斬るぞ」
その言葉に、言葉同様の殺気を感じ、ルオード様が文字通り、サヤを斬ることも厭わない心算であることを理解した。なら、尚のこと引かない。引いてたまるか。
「退きません。サヤは私の従者です。この子は異国の者だ。異国の知識を有している。ただそれだけのことです」
「この様な子供が、あの様な知識を有しているのがそもそもおかしい! 光の反射? 吸収だと⁉︎ 我々は、長くお側に仕えてきた。その経験則で知っていたことを……それをその子供は、あんな風に表現したのだぞ⁉︎ たかだか十四の子供の口が、この国の最高峰で学んだ我々の知らぬ知識を、当たり前の様に口にしたのだ! それをおかしいと、何故思わない‼︎」
その言葉に、クリスタ様の姿を思い出す。
確かに彼の方は、暗い色合いの服を好んで身につけていた……。
あれは、多少なりともましだと感じ、あの色合いを好まれていたということか。
確かに、知らない事実だ……かなり構ってもらっていたと思える俺にも知らされていなかった。これはきっと、秘匿された情報だったのだ。
そうだな……アギー公爵家の方なのだものな……。身体の有利、不利など、弱味になりかねないものは、公にできるはずがない。ただでさえ脆弱で、陽の光に弱い。知られるのは、隠しようもないこのことだけで、充分だ。
だが、サヤの知識の出所は、サヤの世界だ。クリスタ様や、アギー公爵家とは、何の関わりもない。この子を疑うこと自体が大間違いだということが、俺には分かる。
そこでふと気が付いた。
妙だ。ルオード様は、何故こうも焦ってらっしゃるのだろう……。クリスタ様の体質が、病であると分かった。それの対処法を、サヤが知っていた。驚くことではあっても、そこまで警戒することであるとは、思えない。
「おかしな知識、尋常ではない武の体得。この様な子供の姿で? この子供は、本当に子供なのか? こんな妙なことが、あると思うか」
「思いますよ。私はルオード様よりサヤを知っております。サヤの知識は国で得たものだし、サヤの武術は、幼い頃に無体を働かれたからです。必死で身を鍛えただけのこと。
だいたい、ここはセイバーンですよ。こんな片田舎の、男爵家に……しかも妾腹の二子で、学舎まで中退。成人してすらいない私に取り入って、何になるというのです?」
気付けたから、冷静にそう答えることができた。
俺の返答に、ルオード様が口を閉ざす。
その様子を観察する。この方は、元、クリスタ様の従者で、今は、フェルドナレン王家近衛の一人だ。アギー公爵家とフェルドナレン王家は、繋がりが強い。いや、公爵家の全ては、王家と繋がりが強い。歴代の王妃は、多くが公爵家から嫁いでいるのだ。そして、今の王妃はアギー公爵家から嫁がれた方。
もしかして、その辺が絡むのだろうか……?
「よくお考え下さい。クリスタ様がここにお越しになること自体が、事故です。予定もしていなければ、想像もしていなかったんですよ。
だから家具だ帳だと、こんなに慌てることになった。
なのに、サヤが何を企むというのですか。この子はただ、クリスタ様のお身体を心配しただけだ。お会いしたこともない彼の方を気遣って、最善を用意しようと進言しただけではないですか」
「悪魔の手先なら、クリスタ様に仕込んだ呪いを、知っているかもしれない。信用を得て近付く為に、あんな風に振る舞ったのかもしれない」
悪魔なんて、誰も会ったことがないのに、そんなわけがない。それこそ神話だ。
だが、クリスタ様が生まれた時から悪魔に魅入られていたと思うよりは、サヤを悪いものだと思い込む方が、自分を納得させられる。ということなのかもしれない。
悪魔だとか、呪いだとか、病だとか……俺たちは、見えもしないものに、翻弄されている……。それは、本当に、正しいのか? 誰が正しいと保証するんだ?
俺は、賭けに出ることにした。
「サヤ……びっくりするかもしれないけど、俺に任せてもらえるか」
唇を動かさぬ様気をつけて、小声でそう、問うた。すると、俺の腰の辺りに、サヤの手が触れるのを感じた。
「……ええよ」
その言葉に。腹に力を込める。
クリスタ様の病が、悪魔の仕業でないなら、偶然でしかないなら、この方は、どう出る?
「ルオード様。サヤの国はニホンと言います。
海の彼方、どこにあるともしれぬ孤島だそうで、潮の流れによって船の行き先も定まらぬ為、戻るにも戻れない。そんな、隔絶された地なのだそうですよ。
そのニホンという国、色々面白いのです。
その国には、どうやら獣人が居ない。サヤは獣人という存在を知りませんでした。
おかしくありませんか。獣人が生まれない地があるだなんて」
俺が始めた話に、ルオード様は虚をつかれた様子で、訝しげな顔のまま、俺を見た。
そのルオード様の視線を意識しつつ、俺は結わえられた自身の髪を、指で摘む。
「それからこの髪型。これは男性の髪型なのだそうです。
女性は、罪人しか髪を括ったり、結わえたりしないのだそうですよ。つまりね、罪人は居るんです。罪は犯す。なのに、獣人は、生まれない。
病にも掛かる、罪も犯す。なのに、獣に堕ちない…………不思議ですね」
髪の件は、サヤのでっち上げだ。だから俺は、口先三寸で、適当なことを述べているだけだ。
だが、真実なんてどうだって良い。何故なら、俺たちの真実が正しい証拠は無い。サヤの真実が正しい証拠も、無いのだ。虚言かどうかの判断など、出来はしない。なら、言い負かすことが出来れば、俺の勝ちだ。
「そんなサヤの国では、病というのは、前世における罪の咎でも、悪魔の呪いでもなく、偶然の産物なのだそうです。
この空気中には、菌という名の微小生物がうようよ居るそうでね。それが体内に入り、退治しきれないと病となる。不衛生にしていると、その菌が大量に身体に纏わりつき、体内に入る量が増える。だから、庶民でも、毎日の様に風呂を使い、身綺麗にすることで健康を保つのだそうです。
なんという文化の違いでしょうね。我々にとって病は、前世や、今世の自身の過ちだったり、悪魔の呪いに屈したことだったりするのに……。
だが少なくともサヤの中では、病は罪でも呪いでもない。クリスタ様はただ、偶然に病まれた方なのです。
だから、少しでも苦痛を和らげようと、その知識を使おうとしたんだ」
俺の言葉に、頭を引っ掻き回されているのだと思う、ルオード様が視線を彷徨わせ、口を開いて、すぐに閉じた。言葉を選べない。そんな感じだ。
クリスタ様の病は、罪ではない。そう言われて、きっと、戸惑っている。
そんな彼が、苦しそうに、一言だけ、言葉を紡ぐ。
「い、異端だ……その様なこと……貴族のお前が……」
「ええ。口にすべきではありません。けれど、あえて、口にします。
俺は、クリスタ様の前世だとかは、どうだって良いのです。罪だって、魂の穢れだって、どうだって良い。
今のあの方は、そんなものに振り回されて良い方じゃない。
あの方は、気高くて、真っ直ぐで、我が儘で、豪胆で、脆弱で、無茶ばかりされて、人の迷惑なんて顧みない。でもとても魅力的な方だ。それで充分ではないですか。
あの方が好きですよ。私がそう思っていることを、サヤは理解してくれている。だから、私の大切な人も、大切にしようとしてくれる。
この子は、優しいのです。私や、私の周りの人々のことを、我が事のように、考えてくれる。そんな従者を、私も大切に思っています。こんな、なんでもない様なことで、失いたくないんです」
ルオード様に顔を近付け、瞳を覗き込む。気圧されるルオード様を、視線で制圧する。
「ルオード様。クリスタ様を、苦しめたくはない。それは、私も貴方も、同じ思いのはず。
ならば、異端だとか、罪だとか、どうだって良いと思いませんか。
貴方はサヤの知識が正しいと、身を以て知っているのですよね? だが、全てがそうでしょうか?
あの子は、確かに私たちに無い知識を持っています。でも、子供なんです。
貴方はただ、サヤの知識を鵜呑みにする様なことは、しないでしょう?
本当に正しい保証は無い。誰にも出来ない。だから、貴方が貴方自身で、見極めませんか。
無条件に信じろとは言いません。見極めて下さい。私たちを」
そして、もう一度息を吸い込んで、吐いた。
「土嚢を教えてくれたのも、サヤですよ」
ルオード様の目が、驚愕に見開かれた。けれど、思ったほどの衝撃は、受けていない様子だ。
きっと、薄々、感じていたのだ。異質さに、同じ匂いを、嗅ぎ取っていた。
「貴方の任務は、土嚢の有用性を体感し、身に付けてくることですよね。
ならば、任務を遂行致しましょう。もしその日々の中で、我々がクリスタ様や、フェルドナレンの害であると思うならば、いつでも構いません。私を斬り伏せて下されば良いです。
ちょうど近衛の者が私の護衛となるのです。私たちの監視にもぴったりだ。そう思いませんか」
今ではない。どこかで判断を下せば良い。と、そう促す。
見れば良い。サヤの知識が、どんなものなのかを。悪魔の手先なのかどうか、見極めてみれば良い。
彼女が知識を引っ張り出すのは、ただこの世界の人の、幸せの為であるのだという事実を、見れば良いのだ。
ギリギリ……まにあった……。正直、まだ直したかったっっ。
良いのかこれで⁉でも何度書き直しても似た内容になるってことはこれしか無理ってことだよね⁉
ルオード様、貴方何が言いたいの、なにてんぱってんのと苦悩する回でした。
次の更新も来週金曜日を予定しています。今回も見て下さってありがとうございます。
絶対誤字脱字多い……内容確認する時間が無かったああぁぁぁぁ。




