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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
89/515

滅びた種

 その日の夜。

 ルオード様が客間に戻られてから、俺たちは再度、集まった。

 自身の部屋には、相変わらず、少し重圧はあるものの、そんなことを言ってられる状態じゃない。

 俺は、マルに食事処を作ると決めた経緯を話して聞かせた。


「ああ、そういうことなんですね。

 確かに、畑を手放してしまえば生活の糧が得られなくなりますよねぇ……。

 せっかく河川敷を作るのに、村の方が住みづらくなるのはいただけませんし、了解です。では、料理人をこの村に置きましょう。丁度、良いのを引き入れるつもりだったんで、利用します」


 あっさりと了解された。

 反対されると困ってしまったから、良かったけれど、何かこうも抵抗無いと、何か企んでいるのかと勘ぐってしまいたくなる。

 そんな俺の心情は関係なく、マルは何やらブツブツと呟き頭を動かしつつ、サヤに向き直った。


「サヤくん、前に、君の世界の料理について話してくれたでしょ。あれ、もうちょっと踏み込んで聞きたいので、時間を下さい。至急、出来れば今すぐ」

「どの様な事柄に関してですか?」

「料理を秘匿しない君の世界が、何故それで成り立っているのか。

 サヤくんの見解も伺いたいんですけどね」


 サヤは、サヤの世界の料理を、簡単に俺たちに教えてくれる。

 おかげで我々の食生活はとても潤いが出たのだけれど、この世界では、通常料理は秘匿される。作れる人間が増えれば、価値が下がると考えられるからだ。

 サヤはそれに対し、自分の料理は自分しか作れない。他の人が作ったものは、同じものでも別の料理だと言った。サヤの世界の価値観は、我々の世界と大きく異なる様なのだ。

 けれど、マルは何故その話を聞きたいと言い出したのだろう。


「えっと……秘匿しないで成り立つ理由……ですか。

 そうですね……ひとつ、面白い話があるのですが」


 そう前置きしてから、サヤは話し出した。

 サヤの世界の、何千何万年と過去に存在した、ある二つの種族の話だった。


「種族の一つは、ネアンデルタール。頑強な身体を持つ、優れた人種だったそうです。

 もう一つの種は、ホモ・サピエンス。ネアンデルタールと比べると、貧弱な肉体の、弱い種であったようです。

 ネアンデルタールは、十数人のひと家族を一つの群として、点在して生活していたのに対し、ホモ・サピエンスは、何家族か合同で、数十人の集団で生活していました。

 その二つの種。一つが滅びたのですが、どちらが滅びたのだと思いますか?」


 それだけの情報で判断しろって?


「……順当に考えれば、ネアンデルタールという種が残りそうですが。

 強いものが勝つのが常識でしょうし」


 ハインが、そんな風に言った。


「僕はホモ・サピエンスですかねぇ。人海戦術は侮れませんよ。群蟻とか、牛だって仕留めるんですから」


 マルは人数が多い方を選ぶらしい。

 うん……。


「おれも、マルの方かな……。我々は群で生活している。サヤの世界も、人は街を作り、国を作りしているのだから、それが答えだと思うが……」


 俺たちの意見に、サヤはニコリと笑った。


「はい。ネアンデルタールが滅びました。

 けれど、群れた故に生き残れたのとは、少し違うんですよ。

 これが、私たちが料理を秘匿しない理由と同じなんです」


 そう言ってサヤは、俺に紙と筆を貸してくれと言い出した。どうぞと、執務机のものを使うよう促すと、一枚の紙に何か棒状のものを書き込んだ。


「ホモ・サピエンスが生き残った最大の理由は、情報の共有なんです。

 彼らは集団で生活した。お互いの使う道具を、それぞれが見て、知ってました。

 そうすると、例えば(やじり)です。いびつで刺さりにくい、でこぼこのものを作る人がいれば、綺麗に磨き込まれた、素晴らしいものを作る人もいます。

 彼らは、その作り方……コツを、お互い伝え合っていた様子なんです。

 そんな中、ある一つの発明がなされました。それがこの棒状のもの。スリングの一種なのですけど……うーん……投擲補助具……と言えば、通じますか?槍を投げる為の道具なんです」


 一見ただの棒に、少し尖った部分がついただけの道具だ。サヤは、その尖った部分に槍の枝を引っ掛け、補助具を手の延長として扱う形で、後は通常の槍と同じ様に投げたのだという。


「これで、槍の飛距離は倍になりました。当然、威力も格段に上がります」

「飛距離が倍⁉︎ こんな、棒でか……」

「はい。遠心力を利用しています。これは素晴らしい発明だったんですよ。遠くから獲物を狙う狩猟が可能となったことで、食料の確保が容易になりました。逃げられる確率が格段に違いますからね」


 それはそうだ。剣で鹿を仕留めるのと、投槍とでは違うだろう。弓矢なら、更に。

 確かに凄い発明なのだ。


「数十人の群れで生活するということは、年齢も様々な人たちが一緒にいるということです。

 誰かが何かを不得手でも、他の誰かが補うことが出来た。先程の鏃で言いますと、誰かが加工を苦手としていても、他の誰かがそれを引き継いでくれた。つまり、情報の長期保存ができたんです」


 情報の長期保存……。しかし……。


「秘匿しない利点は分かった。沢山の人が、優れた武器を持てれば、沢山の獲物が狩れる。ということだよな。けどそれが……」


 それほど特殊なことか?と、首を傾げる俺に、サヤは笑った。


「違いますよ。それも利点でしょうが、最大の利点は別にあります」

「あっ!分かりました!はいっ‼︎」


 マルがサヤを真似ているのか、挙手をした。

 酷く興奮していて、言いたくて仕方がないといった感じだ。

 えっ、ちょっと待って、俺ももうちょっと考えたいのに……っ。


「どうぞ」

「情報の共有が出来る。即ち、情報の喪失が少ない。振り出しに戻らない!

 つまり、それまで世紀の発明とされた投擲補助具より、更に良いものが発明される土台が出来たということですね!」


 マルの回答に、サヤは満足げに「正解です」と、答えた。

 そして、紙に木の葉のような形のものをずらずらと連ねていく。一つの列は同じようなものがずっと続き、もう一つの列は、歪んだ形が、だんだんと綺麗な木の葉型になっていった。これが、鏃の変成であるようだ。


「では、滅びることとなったネアンデルタールの方はどうだったかと言いますと。

 ホモ・サピエンスと同じ時代に、同じ時間を過ごしても、道具の変化はほぼ、無かったそうです。

 たとえ発明がされても、それが維持、継続されませんでした。

 ただ、彼らは頑強な肉体を持っていましたから、それで程々、なんとかできてしまったんです。

結果、そのまま時間は進み、気候変動により、食糧が乏しくなってしまった時に、差が出ました。

 ネアンデルタールは、危険な獲物にも手を出さざるをえなくなった。怪我や死亡の危険性が増し、ただでさえ人数の少なかった群は数を減らし、更に狩が困難になる。結果……」


 滅んだのか……。


「……正確には、少し違うのですけど……」


 ぽそりと、小声でサヤが呟いた。

 けれど、聞き取ったのは俺だけの様だ。サヤはそのまま、何事もなかったかの様に、話を続けた。


「はい。そして、ホモ・サピエンスは、私たちの祖となりました。

 お分かり頂けましたか?情報の共有は、その先の発明を生みます。

 実際、コロッケだってそうだったでしょう?私が教えたものに、村の人は牛酪とバジルを混ぜ込んで、新しいコロッケを作りました。そういうことなんです。

 そんな風に、料理を共有してきた私たちですが、今もなお、新しい料理は発明され続けてますよ。人の脳は、枯れない泉なんです」


 サヤの言葉が締め括られた。

 俺たちは、その壮大な話に、言葉が出てこない……。

 枯れない泉……料理を秘匿なんてしなくても良いんだ。たとえその料理の価値が下がったとしても、更に良い料理が生まれてくるなら……。

 そうか、そうやってサヤの世界は、文明は、先に進んだのか……。


「ふふ、ふふふふ。それ良いですね。ええ。それで釣りましょう。

 サヤくん、この村に貴女の身代わりとなる料理人を置きます。貴女は、その料理人に、余すことなく技術を伝えて頂けます?」

「構いませんよ。時間が許す限り。あ、でも……」

「ええ。安心して下さい、等価交換ですよ。サヤくんに料理を習う代償として、ユミルさんたち、料理人を目指す人々に『彼ら』の技術を教えることを条件にします。

 新しい知識があれば、彼ら自身もまた新しい料理を発明するでしょうし、村の女性が発明したものも、知ることが出来るなら、彼らは相当な料理人になるはずです」

「そうなると良いなって、思います。沢山の人が、美味しいって思う方が、絶対に世界は、楽しくなりますよ」


 そして、ユミルやカミルが笑って日々を過ごせる様になれば、いい。

 もうあの二人から、何も奪ってはいけない。幸せにならなきゃいけないんだ。


「では、明日に大工共々、来て頂きますよ。料理人に」


 マルはそう言って笑った。愉快で仕方がないといった風に。



 ◆



「ユミルさん、賄い作りの続行、承諾して下さいました。

 私たちが彼女の事情を知っているとは気付いてらっしゃらないと思うのですけど、ホッとされてましたよ」


 就寝の支度を終え、ハインが退室した後、サヤは俺の髪を櫛付けつつ、そう言った。良かった……。


「今日のマルとの話で、ユミルに料理人となる道が開けた。

 工事の期間が終わったら、食事処をそのまま引き継いでもらっても良いと思うんだよ。

 村の農家の女性で運営していけば、良いのじゃないかと思って」

「ああ! それ、私の国にもありますよ!

 自家生産した食材を使って料理を振る舞う食事処。低コストで回せますし、分担できますし、良いと思います!」

「えっと……コストって?」

「ええと……燃費が良い? みたいな意味です。野菜や穀物を、中間業者を通さず仕入れることが可能でしょう?」

「ああ、仲買人を省けるということか。その方が、鮮度も上がるから、味も良いしな」

「そうなんです。美味しくて安い、庶民の味方です」


 サヤの声が弾んでる。彼女も、俺と同じだけ喜んでくれているということが分かる。それがまた嬉しい。

 まだこれから先、どうなるかは分からないけれど、それでも最悪の状況は回避できた。そう思えたから、俺も少し、気持ちが楽になっていた。


「はい、お終いです」

「ありがとう」


 櫛付けてもらった髪に指を通すと、するりと根元まで指が通る。

 相変わらず、サヤの櫛で梳いてもらうとサラサラでツヤツヤになる。梳くだけでこんな風になるツゲグシは、本当に魔法の櫛だと思う。


「明日から雨季だ。まだ雨が始まる雰囲気じゃないけど、近日中に降り出す。

 振り始めたら後は、ほぼひと月止まない」

「そうなんですか。空気はジメジメして来てる感じですよね」

「暑さは大丈夫?もうそろそろ本格的な夏だ」

「大丈夫です。日本よりは、湿度も苦痛になるほどではありません。

 それに、雨が降り続けるなら、気温もあまり高くならないでしょう?」

「そうだけど……」

「ふふ、心配して下さって、ありがとうございます」


 サヤは、何も言わず、笑って無理をするところがあるから……心配だ。そんな風に考えてたら、俺の身支度を終えたサヤが、長椅子の方に行き、防具を身につけようとし始めたので、ちょっと待ってと声を掛ける。

 なんとなくずるずると渡せないまま来てしまったから、 もう今晩、渡してしまおうと思っていた。


 寝室を出て、執務机の引き出しから、例の小箱を取り出す。残りの一つ、サヤの襟飾(えりかざり)を持ち出した。


「これをサヤに」

「え……私、もう頂きましたよね?」


 こてんと首を傾げて言うから、ちょっと困った。


「う、うん。その襟飾はね……ギルが、急ぎで用意してくれたものなんだ。

 俺、襟飾が引き抜き防止策だってこと知らなくて……サヤを連れ帰るのを拒んでた俺に、これを渡してくれた。だからその……お、俺がちゃんと、用意したかったんだ」


 形はどんなものであっても良いらしかったけれど、俺の配下となってくれた人たちだ。俺の気持ちを込めたかった。

 だからサヤにも……。ちょっと、ギルに対する嫉妬もあったのだけど……。


「月夜……?」


 サヤの襟飾りは三日月を模していた。銀色の月に、青玉を飾ってある。

 そして、月の欠けた部分には、濃い色合いの瑠璃をはめ込んであった。夜空を表しているのだ。

 サヤは不思議そうにそれを眺めてから、何故月夜なのですか?と、問うた。えっ、な、何故って……分かんない?


「だってサヤ……サヤの名前、貴き夜だって……」

「えっ⁉︎」

「違う⁉︎ 嘘っ、だってマルがそう聞いたって言ってたから!」


 間違えたのだと思った。それで慌てたのだけど、サヤは違うとかぶりを振った。


「まさか……ご存知だと、思わなくて……。マルさんに話したことすら、忘れてて……」


 そう言って、俯いてしまったのだ。

 手の上に、襟飾を乗せたまま、動かない。

 もしかして……嫌だったのだろうか……。どうしよう。何も言わない……。

 どんどん居心地が悪くなってきた。もういっそ謝ろうかと思い始めた頃、サヤがやっと、小さな声で「おおきに」と、囁くように言った。


「どうしよ……なんか、もの凄ぅ、嬉しくて……びっくりした」


 そう言いつつも、顔を上げない。

 なんでだろう……? 言葉ではそう言ってるけど、何かもの凄くがっかりしてて、顔を上げられないとか、そういうのじゃないんだろうか……。


「ああ、うん……」


 不安だった。

 だからつい、誘惑に負けて、サヤの顔を覗き込んだ。

 もしがっかりした顔だったら、サヤの好きな意匠で作り直すからと、そう言おうとまで考えていた。

 するとサヤは、泣きそうなくらい目を潤ませていて、頬を朱に染めていた……。

 唇を、キュッと引き結んで、震わせていた。

 また、初めて見る表情の、サヤだった。

 手が動いたのは自然で、頬に触れ……視線が絡み合っ……たところで、我に返った! 何してんだ俺‼︎


「い、……嫌だったら、そう言って良いんだよ?」


 捻り出した。

 頬に手をやってしまった理由を。

 ごめんっ、ほんとごめんサヤ、俺は今凄く、不埒なことを考えてた!


「いっ、嫌やない。嬉しいっ。ほんまや、嘘は言うてへん……」


 サヤもそう言う。

 何かちょっと、慌てた様子だった。俺の考えてたことが見透かされているような心地になって、誤魔化しの様に、頬にやってた手で、サヤの頭を撫でた。

 そしてそのまま、言葉を続けようがなく「じゃあ、おやすみ」と、当たり障りないことを言って、寝台に逃げ込む。


 もう俺、ほんと馬鹿、変態!

 頭まで上掛けを引き上げて、顔を隠して悪態を吐く。心の中だけで。

 もう流れのままに口づけしようとしてた! 我に帰らなかったらほんとヤバかった‼︎

 もし実行に移してたら、次の瞬間サヤに敵認定されていたに違いない。

 だってサヤは男性が怖くて、女性として見られることが苦痛で、カナくんという、好きな人がいる……。俺のことが好きってわけでもない。どこにも唇を許す理由が無い。

 そして……そしてこの世界の住人でもない……。いつかどこかへ行ってしまう人だ……。


それを思い出すと、苦しさが増した。

自分を律するために、あえてそれを心に刻みつけたけれど、意識してしまうと、辛さで心臓が、潰れそうだった。

 馬鹿らしい。なんで、こんな思いしなきゃならないんだ……。初めから何の望みもないって分かってたのに……。苦しいだけって分かってたのに、なんでこんな……こんな……あんまりだ…………。


 俺が勝手に惹かれたのだ。自業自得なのだけど、神でも恨まなければ、この苦しみのやりどころが無かった。

 アミ神、貴方は何故、交わる筈も無かった彼女の歯車を、俺と噛み合わせたのですか……。

 幸せな分、辛いです。出会えて良かった……でもきっと、後で恨みます。

 失ってしまった後、きっと、もう、貴方を……恨まずにはいられない…………。

結局誘惑に負けた……しかも悩む時間一時間無いって……。

良いもう、次頑張る。今回はここまでとします。

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