表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
88/515

不敬

 その後は、明日からの予定を話し合うこととなった。

 工事が続くのは七の月二日までとなっているが、雨季が始まれば、即その場で終了となる。

 マルも呼ばれ、今後の計画を聞くこととなった。


「雨季の間は川の様子を観察、状況により土嚢壁の補強と修繕を行います。

 計算上は問題無い予定なんですけど、雨量次第ですし。

 とはいえ、どうせ作業が出来る日は殆ど無いでしょうからねぇ。この期間に、今後の予定を組んでいこうと思ってます」


 マルはそう言い、大まかな予定を口にする。


「雨季の間も経過観察と警備は続ける必要があります。実際、妨害めいたことが起こってるわけですし、王家の支持をわかりやすい形で表明しておきたいですからね。

 ルオード様も御察しの通り、ここでのレイ様の立場は結構中途半端で。

 使える配下が従者二人。

 この氾濫対策も、正妻様には反対されてまして、外出時にこっそり始めましたからねぇ。

 近日中にお帰りになるんですが、レイ様がどんな責め苦を受けるか気が気じゃありませんよ」


 軽い感じにマルは言うが、きっと、見た目よりはずっと心配してくれてるんだろうな。

 わざわざルオード様に吹き込む辺り、利用する気というか……。


「何故反対されたんだい? 嘆願と、工事の内容を見る限り、反対される理由が無い様に思うのだけど」

「正妻様は、領地運営にあまり関心をお持ちでいらっしゃいませんからねぇ。

 今までの運営で成り立っているのだから、今まで通りで良いと仰せだったんですよ。

 とはいえ、それだと氾濫の度に出費が大きいですし、その負担は民に税金として降りかかります。下手をすると人死にが出る可能性もある。

 あとレイ様は、農家の皆が、生活のゆとりが持てないことを危惧されてまして」

「ゆとり?」


 首を傾げるルオード様。

 俺は、ユミルとカミルの姿を、脳裏に思い浮かべていた。


「実例を挙げますと……今回、畑を潰した家族の一つに、氾濫の度に家族を失った者がおります。

 幼い姉弟と、祖父の家庭なのですが、父親は氾濫が原因の怪我が元で、母親は、病で。

 この病も、薬で完治できるものだったそうですが、氾濫によって潰れた畑や家屋の再建に、なけなしの財を回した為、悪化させて亡くなったと」


 その内容に、ルオード様の表情も曇る。


「当然、幼い姉弟を残された祖父も無理をすることとなりました。年齢以上に身体を痛め、現在は畑に出ることもままならず、十四歳になった姉が、家庭を支えている状態です」

「とまぁ、こんな風に氾濫で命を犠牲にする様な状況を、憂いてらっしゃるのですよ。

 これは決して特殊な例ではなく、大なり小なり、どの家庭でも抱えている問題なのです」

「それは……確かに問題だな……。

 成る程……、それで工事を強行することにしたのだね。療養中の領主殿には……」

「話が入っていない可能性が高いですねぇ。

 それに……レイ様はもう十二年程面識が無いそうで、領主様の病状も、分かりません。

 レイ様は立場上、ご自身から領主様に接触することを許されていないそうで。

 一応、病に臥せってしまわれる前は、精力的に働いてらっしゃいましたし、民からの評判も悪くないご領主様でしたよ」


 父上の話題が出た時、どきりとした。

 ルオード様の視線がマルに向く。


「君の耳にはどの様に届いている?」

「……正直、探らない様に気をつけてましたから、一般的な内容しか入ってませんよ。

 ジェスル絡みは結構厄介ですからね。中途半端なちょっかいは掛けるべきじゃないと思いまして」


 その言葉に、ホッとしてしまう自分がいた。

 父上……。状況を知りたい気持ちはあるけれど、接触を許されていない俺には、ただ快復を願うことしか出来ない。

 だけどそれ以前に……父上が、俺をどの様に思っているかを、考えたくない。

 俺を六歳で学舎にやってくれたのは、あの人と、父上だ。

 だから、愛情が無かったわけではない……。セイバーンにいた頃も、忙しい領地管理の合間に、定期的に、俺と話す時間を用意してくれていた父上。

 けれど、学舎へ行ってからは……誓約により、接触の許されていない俺は、手紙を書くことも出来なかった。

 母上に、成績や、報告の手紙は出していたけれど、事務的な内容の返事が季節ごとに来る程度。父上からは、何も無かった……。ただ一度も……。


「バンス別邸の食料入出荷等、探りやすいものは確認してますが、極端に量が増減したり、少しずつ削られていたりといった不審な点はございませんねぇ。医者の出入りもあります。生きてはおられますよ、確実に」

「そうか。ならば当面は良い。

 姫の書簡。あれがあれば、レイシールの立場を守るには足りる筈だ。

 成人前とはいえ、今までの二年間、領地管理を行ってきたことと、土嚢壁を完成させたという実績もある。

 クリスタ様からの支援金の中に、アギー公爵からの親書もあると伺っている。何かあればちらつかせれば良い。

 あとそうだな……明日は、私も挨拶に伺おう。近衛の正装で」

「うわぁ、至れり尽くせりですねぇ。後が怖い気もしますけど…」

「そんなことより、レイシールの配下は早急に増やすべきだ。何故今までに用意してこなかった」

「無理ですよ。レイ様の気質上。ハインすら、手放そうとするんですから。

 サヤくんは、身寄りがないですし、保護する手段が他に無いから雇いましたけどね。それだって、ギルに預けようとしてたくらいですよ」


 マルの告げ口に、ルオード様が額に手をやって大きく溜息を吐く。


「……家族も、身内が貴族に仕えるという恩恵を受ける。

 多少の危険や問題は、賃金で補えば良いと思うのだけどね……。

 レイシール、君も貴族なら、全うすべき責任がある。自身を守る為に、部下を増やすべきだよ」


 そんな風に言われ、俺はつい、言い返してしまっていた。


「いけません! 取り返しがつかないことも多々あるのです。特に異母様や兄上は……あまり、寛容な方では、ありません。

 私は、そうまでして仕える者を得なければならない程、困ってはいません……!」


 ここは違うのだ。ただ、建前だけの話じゃない。本気で命を賭けなきゃならなくなる。

 ハインや、サヤに負担を掛けてしまうけれど……自身や家族の命を天秤にかけてまで仕えてほしくはない。

 マルは、情報操作の腕があるし、俺の部下ということを伏せているから良い。

 サヤやハインは身を守ることが一応は出来るけれど、一般の使用人には、全く武術の心得が無い者も多いのだ。

 俺は、そんな奉仕に報える主人にもなれない。

 命を賭けなきゃいけない様な生き方は、間違ってる。

 そうだ、俺の為に命を賭けるなんて、根本が間違ってる、ハインも、サヤも、本当なら……っ。


「あの!そんな言い方、やめて下さい!」


 腹の底で暴れ出した恐怖に、一瞬気を取られた。

 その隙に、サヤがルオード様にくってかかり、想像してなかった事態に度肝を抜かれてしまった。

 さ、サヤ駄目だよ! その方は常識的なことを仰ってる、何も間違ってないんだ!


「高給の為に家族の命を天秤にかけろと仰る、その神経を疑います!

 騎士、貴族階級は仕方がないのかもしれません、そういった役職であり、立場なのでしょう。納得はできませんけれど!

 貴族階級の身分ある方は、手当もありますし、家名や財産が身を守ってくれるでしょうけれど、民にはそんなものありません! 家族を失って、職も失って、残った者だけで生きていくことが、どれほど苦しいものか、想像したことはありますか⁉︎ それがどんな不条理な死でも、受け入れるしかないんですよ⁉︎

 先程の、ユミルさん姉弟の話を、なんだと思って聞いていたのですか‼︎」

「サヤよせ! この国の常識に則って考えれば、普通のことなんだよ!

 それにサヤのその態度は不敬にあたる、口を慎みなさい‼︎」

「不敬? それがなんやいうの! 口答えも許さんて、そうやって人を押さえ込んでるて、なんで分からへんの‼︎

 ほんまに真面目に、民の声聞こうとする人は、口調や身分にとやかく言わへん! 耳に痛いことくらい聞いとける!

 そんなハリボテみたいな当たり前に胡座かいとるから、鈍感になっていくんや! 人の死を、数を数えることにしていけるんや‼︎」


 何がサヤをそこまで怒らせたのか、分からない。けれど、咄嗟にサヤの頭を抱え込む様に抱き締めた。そのまま身体で庇う。これ以上、口を開けさせてはいけない。サヤが斬り捨てられてしまう!


「申し訳ありませんルオード様、この子はまだ子供です。どうかご慈悲を!

 これは私の部下です。責任は私が、どうかっ」


 サヤを失えない。そんなことになったら俺は生きていけない。サヤだけは、どうか!

 俺の腕を振りほどこうとするサヤを押さえつけ、「お願い、黙って」と、サヤに訴えた。

 サヤの気持ちは、その優しい言葉は嬉しい。けれど、この世界にはこの世界の常識がある。

 いくら心を痛める内容であっても、それを受け入れるしかないんだ。

 だけどそれが出来ないから俺は、部下を持たない方を選ぶ。俺は………?


 あ…………サヤが怒ったのは、俺の為だ……。


 俺が言葉に出来ない葛藤を、俺のかわりに口にしたのだ。

 俺の考えは間違ってない、正しいと、肯定する為に怒ってくれたのだ。


「良い、レイシール、その子の言葉はもっともだ。

 すまない、君が民に愛される理由は、きっとそこなのだな……」


 ルオード様の言葉に、サヤが暴れるのをぴたりと止めた。


「そうか……そうだな、本当に、その子の言う通りだよ……。

 我々は、民に口を利くことを許していない……、民の声が、届く筈がないな。

 サヤといったか、その子の言葉が、民が飲み込んで、耐え忍んでいる部分なのだな」


 髪をぐしゃりとかき回し「私の視野が狭かった。本当に、恥ずかしい限りだ」と、息を吐く。

 ルオード様は、お怒りになっていない……、サヤの不敬を、咎める気も無い様子だ。

 膝の力が抜けた。


「レイ!」


 サヤが腕を伸ばし、俺を支えてくれたけれど、お礼を言える程、俺は今、穏やかな気持ちじゃないからね⁉︎


「サヤ……なんであんなこと言った……。ルオード様じゃなかったら、切り捨てられてたって、文句言えないんだよ⁉︎」


 俺の言葉に、サヤがカチンと来たのを悟った。うわっ、火に油を注いだ。俺の馬鹿!


「レイの思想が間違うとるみたいに言うのがおかしいやろ!

 そもそも、高給なんやから命かけるんくらい妥協せなあかんって考え方が、大間違いやわ‼︎

 洒落にならんハイリスクやのに、リターンが給金以外ほぼ無いやんか! 上がそないな考えでおるから、いつまでたっても上下間のミスマッチが解消されへんねん!

 それにそもそも、優しいことを、間違うたことにしてしまう社会が、正しいはずないわ‼︎」

「もう黙って! それにサヤの国の言葉は分からないんだよ!」


 だから不敬になるんだって‼ と、咄嗟にそう言い返すと、サヤの目から雫がこぼれ落ちた。ボロボロと、止まらない。

 う、うわあああぁぁ⁉︎ なんで泣くの⁇⁉︎ 俺が言い返したのに傷付いたってこと⁉︎

 怒って泣き出したサヤに泡を食った。化粧、化粧が落ちるから、泣いちゃ駄目だ!


「ど、怒鳴って悪かったから! ごめん、分かる言葉で言ってくれたら、ちゃんと考えるから……っ」

「や、やり直しや、失敗がきかん、人生は、間違うとる。

 レイが、ユミルさんや村の人、大切にしてるんを、ちゃんと本当の意味で、理解してもらわなあかん思うたんやもんっ。

 失敗出来ひんのに、自然災害は、避けられへんのや……。せやから仕方なしに、命がけの仕事、選ばなあかんのんやんか……、なんでそれに気付かへんの、なんでそれを当たり前に出来るん? ユミルさん、それで……っ。

 せやのに! あんな言い方、腹が立った‼︎」


 ああもぅ……。

 怒るに、怒れない……。

 サヤをなだめる為と、顔を隠す為に、もう一度頭を胸に抱え込んだ。

 そこに、ハインが怒鳴り声を聞きつけた様子で、慌てて駆け込んでくる。


「し、失礼いたしました!

 サヤはまだ幼い為、感情が高ぶりますと、言葉が雑になるのです。異国の者である為、この国の常識にも、言葉にも疎く……。私の教育が行き届いておらず、申し訳ありません! ルオード様への不敬は私が詫びます。どうか寛大なご処置を……」


 咄嗟に状況を見て、やばいと悟ったらしい。俺たちの前に立ち、頭を深く下げる。

 その様子に、ルオード様は笑った。


「そんなに慌てないでくれないか。私は、別に咎めようとは思ってないよ」


 そこにマルが口を挟む。


「レイ様、僕、ルオード様と明日からの警備配置について話し合っておきますから、サヤくんを落ち着かせて来て下さい。

 まだ幼いとはいえ、 サヤくんだってもう従者なのですから、その態度は改めないと駄目ですよ。そこ、ちゃんと言い含めておいて下さいね」


 退室を促され、内心で感謝しつつサヤを連れて部屋を出ることにした。

 扉が閉まる瞬間、ルオード様が「あの異国の少年は……」と、マルに何か言いかけていてドキリとする。後で何を言っていたか確認しよう。

 慌ててサヤの部屋に行った。目元の化粧、崩れてるから、見られちゃ駄目だ。ハインは調理場に向かい、盥と水、手拭いを用意して来てくれた。


「死ぬかと思った…………」

「も、申し訳ありませんでした……」


 冷静さを取り戻したサヤが、シュンとなって謝罪する。

 ハインが怖い顔で、状況を説明して下さいと怒るから、サヤの身支度の間、話して聞かせた。なんか俺が怒られている体なんだけど……まあ良いか。

 一通り話した頃にはサヤの身支度も整っていて、化粧もきちんと直し終わる。

 話を聞き終えたハインが眉間にしわを刻みつつ「サヤはもう少し、冷静だと思っていたのですが……」と睨むから、サヤがまた涙目になりそうだ。俺はまあまあと、間に入ってなだめることにした。


「申し訳、ありませんでした……。

 どうしても……気持ちを抑えることが、出来ませんでした」


 そう言ったサヤは、また涙を溜めていた。悔しそうに……。

 何か……サヤは今、怒っている。


「……サヤ?」


 違和感は、ハインも感じた様子で、訝しげな表情。

 そんな俺たちに、サヤはポツポツと、話し出したのだ。


「私の世界では、低年齢で結婚せざるを得ない女性がいます。

 日本ではないのですけれど……父や母がいる国です。両親は、海外で生活しているので……。

 結婚を強制される主な理由は、貧困と、宗教と、慣習です。嫁に出せば、家族には多額の支度金が支払われるので、それ目当てであることが、多いようです。

 あまりに幼く嫁ぎ、初夜で、内臓を破裂させて亡くなったり……若さ故出産に耐えられず亡くなったり……。命は助かっても、暴力を振るわれたり、ご飯をまともにもらえなかったり、ろくなことがない。

 その国では、女性は自分の生き方を、選べないことが多いのです。生き方どころか……何ひとつ、選択権が無いことすら、ある。

 勝手に決められ、好きでもない、年の離れた相手と結婚させられた女性は、もう、男性の所有物でしかないんです。子供を産む為の、性欲を満たす為の、玩具です」


 その言葉が胸に刺さった。

 母を連想させられたからだ。

 母は、三十五歳で他界した。父上とは、親子ほどの年齢差があった。


「私も、人のことは言えないんです……。父や母のいる国だけれど、遠い場所でした。母にその話を聞いても、かわいそうくらいにしか、思えなくて……でも、いざそれを目の前にすると……」


 ん?


「レイシール様に、お願いすれば良いと思ってました。きっと何か考えて下さるって。でも、レイシール様がユミルさんを雇うことは、ユミルさんの家族を危険に晒すことになるんですね……。

 ユミルさんだけじゃなく、レイシール様が人を寄せ付けないのは、先ほどの様なことが原因で、レイシール様はそのことでとても苦労されているのに……。それを思ったら、なんでもないことみたいに……お金で解決できるみたいに言われたのが、本当に腹が立って……」

「サヤ、ユミルがどうした?」


 引っかかった。ユミルの名前がここに度々出て来たことに。

 ユミルの家は畑を手放した。川に最も近く、手放さないという選択肢は無かった。

 自然災害だから仕方がない。失敗できない人生で、失敗を受け入れるしかない状況に追いやられ、命がけの選択を余儀なくされる……先ほどの話は、まさか、ユミルのことなのか⁉︎

 俺の追求に、口を閉ざしていたサヤが、逡巡する様に眉間にしわを寄せる。言うべきか、悩んでいる様に見えたので、「言って」と、強く要求した。


「……カミルくんとおじいちゃんを養わなきゃいないからって、工事が終わったら、身の振り方を考えなきゃならないって。

 館や使用人宅で雇ってもらえたら良いけれど、無理だったら、遠い場所に嫁ぐか、娼館か……。

 工事が続く間は、賄い作りで雇ってもらえるから良いけれど、終わってからが問題だって、村の女性が話していて……」


 なん、だって?

 動揺を隠せなかった。まさか、ユミルたちが、それほどまで追い詰められていたなんて……。

 駄目だ。そんな、彼女は本当に苦労して、更にこれ以上の苦労を強いるだなんて!

 氾濫があったら、どうしようもないかもしれないと思っていた。けれど、氾濫を防ぐことができたら、きっと大丈夫だと……。


「畑を手放す家庭には、新しい畑か、畑分の料金を受け取るかを選べると、伝えた筈ですが」

「畑は、働き手がユミルさんとカミルくんだけだから、諦めるしかないんです。

 料金を選ぶと決めてらっしゃるそうなのですが、それもほとんどが、借金返済に消えるそうです。だから……畑をなくし、糧を得る手段が、ありませんから……奉公先が見つからなければ、身売りしかないと……。

 これは、村の女性らしか知らないことなんです。ユミルさん、ご家族にも言ってなくて……私たちには知られないようにって、大変そうなのに、これ以上負担を掛けられないって……」


 そんな重要なこと、なんで黙ってる⁉︎

 そう叫びたかった。けれど、彼らの気遣いは俺の所為なのだ。

 俺が不甲斐ないから……自分のことで手一杯になって、館に閉じこもっているからだ。

 命を狙われていた? だからなんだっていうんだ。

 そんなことより、お前はなんだ。領主代行って立場で、何故自分を守ることに必死になってるんだ。

 民を守るのが、領主一族の責務。今回、ユミルたちが畑を失った責任は、領地運営を行う俺にある。彼らに引導を渡したのは、俺なんだ。俺の所為で、ユミルは、身を売るかもしれないんだ‼︎

 どう、しよう。どうしたらいい⁉︎

 頭が真っ白になった。失う。ユミルたちを失ってしまう。この村で、ずっと過ごしていてくれた人たちを。一生懸命生きている、温かい人たちを。それは、嫌だ!


「レイシール様、貴方の責任ではありません。

 あの家は、貴方が領主代行となる前から……」

「そんなことは、どうだっていいんだ! 前からかどうかなんて、関係ない!」


 俺は知ってるんだ。ユミルがこの世に生まれ落ちた時から知ってるんだ。

 あの子をこれ以上苦しめちゃ駄目だ。なんとしても、救わなければ……。

 大丈夫だ。工事が続く間は、回避できるということなら、工事は長引かすと、マルが言った。それを進めれば良い。

 あとは何だ……時間稼ぎだけでは駄目だ。ユミルらが、収入を得る手段を考えなければ……賄い作りをしながら、得られる技術……。


「サヤ……ユミルに料理を教えるのはどうだろう。

 下拵えだけなら、もう問題無いのだよな? 味付けを身につけたら、料理人としてやっていけないだろうか」


 料理は特殊な技術だ。宝石よりも価値があるとされる場合もある。

 普通は、簡単に身につけられるものじゃない。秘匿されてしまうから。けど、サヤは、違う。

 教えてくれる。それに、サヤの腕は料理人と勘違いされるのだ。なら、サヤの料理が作れるようになれば、料理人としてやっていけるのでは?


「サヤの料理を、ユミルが作れるようになれば良いんだ。

 何か一つでも覚えれば、屋台をやれるよな。いくつか出来れば、店を持てる。

 工事は、終わらないよ。数年続けるとマルが言った。その間、賄い作りを続ける環境を作ろう」


 雨季になれば工事は終了だけれど、マルは、雨季の間に今後の計画を練ると言った。

 その間も賄い作りを続ければ、経験を積めるし賃金も発生する。

 そう思いつけば、いてもたってもいられなかった。


「サヤ、ユミルたちに、契約続行だと伝えてほしい。他にも希望者がいれば受けよう。生活の苦しい家庭優先で、希望を聞いて来て。

 ハイン、部屋に戻るから付き合ってくれ」

「畏まりました」

「はい!」


 村の女性に覚えてもらおう。サヤが居なくても、賄い作りが出来る様に。

 そうすれば、もし生活に困っても、別の方法で収入を得られるようになる。


 部屋に戻ると、マルとルオード様が警備配置を話し合う最中だった。

 中座したことと、サヤの無作法を改めて詫びて戻る。話がひと段落したところを見計らって、今後の予定をざっくりで良いからまず教えてくれと頼んだ。


「まず、人足は一旦契約終了とし、雨季の後に雇い直します。希望者は継続しようとは思うんですけどねぇ。経験者は貴重なので。

 あと、人足の中に、怪我をする前は遍歴の石工だったって者がいましてね。それの伝手で石工を集めようかと思ってます。河川敷の補強に、石を使うつもりなんで。

 それから……現場の経過観察と土嚢作りの練習を、近衛の方々の訓練に加えつつ、レイ様の警護をお願いしてますよ」

「近衛部隊の方々は、どれくらいの間滞在されるのだろうか。人数は…」

「雨季の間は滞在する予定だよ。人数は、私を入れて二十五名」

「ルカたち土建組合の面々はどうなる?」

「数人残ってもらう予定ですよ。河川敷の設計に携わってもらうので」

「雨季の間に進められることは、他に無いか?」

「えー?どうしちゃったんです?何か問題がありました?」


 訝しげな顔をされたので、いや、良いんだと言葉を濁す。

 少なくとも三十名程は滞在しているんだな。なら、賄い作りは継続出来るから良しとするか。

 うーん……サヤが料理人だと伏せてたから、料理に関することは口を挟まない方が良いだろうし……。

 なにか別口で、使えそうなネタは無いかな……。


「人足の雇用は終了するなら……集会場は一旦閉めるのか」

「ええ。万が一の時、避難場所として機能出来ないんじゃ困りますし。

 それでですね、ちょっとどうしようかって思ってるのが、賄い作りなんですよ」


 目的の話題が釣れた。

 焦るな、慎重に進めるんだ。自分に言い聞かせつつ、マルに続きを促す。


「とりあえず、当初は第一段階のみ、数週間の予定でしたから、あー……諸々考慮した結果、賄い作りをした方が良いという結論に至っていたわけですが、好評でしたし、思いのほか士気が上がりました。なら続けるべきかと。しかし、数年単位となってくると、当初と予定が違いすぎますからねぇ。

 賄い作りを続けるにも、少し無理がある。続けるべきか、止めるべきか考えたんですけど」


 賄いはおしまいにしようとか言い出すなよと、内心で念じながら先を待った。


「雨季の間は続けるとしても、現場の簡易調理場も雨の中では使いづらいですし、どうしようかなって思ってたんですけど、土建組合の面々が、空家を改良すれば良いって言うんで、仮の食堂に作り変えちゃおうかって言ってまして」


 それ良い!


「メバックから大工を呼んでますので、土建組合員と協力しつつ、彼らが滞在してる借家を、明日から改良するつもりです。

 人数が居るからさして手間でもないみたいで、すぐ終わるってことなんで。

 ただねぇ、広さの問題が。一度に食事出来ないでしょう?」

「?……暇になった者から食べたんじゃ駄目なのか?」

「管理しにくいじゃないですか。誰が食べて誰が食べてないのか把握しにくいんですよ」

「……分かった、そこは効率化民族に相談する」

「あ、そうですね。そうしましょう」


 サヤなら、何か効率よく管理する方法を知ってそうな気がする。

 食堂を作るなら、料理の勉強は続けられるわけだし、雇うことも出来る。

 むしろ、食堂という形になるなら、訓練としても良い気がする。

 ん? 待てよ……どうせならいっそ、食事処を作ってしまえば良いんじゃないか?

 この村には食事処など無い。しかし、工事を数年続けるというなら、賄い作りを延々続けていくというのも実際無理だと思う。サヤはここにずっと居るとは限らないし、そもそもが料理人ではないのだから。

 けれど、ユミルがサヤの料理を作れるようになれば、賄い作りを任せることも出来るのだ。

 より長く、継続した雇用が可能になる。


「土建組合員の使ってる借家じゃなく、もう少し広い物件は無いのか?」

「そりゃ有りますけど、家主が改装をを了解してくれるかどうかって問題が」

「買い取る」

「………はい?」

「工事を数年続ける予定なのだよな?どこまで賄い作りを続けるか、問題になる。

 その最大の原因が、この村に食事の出来る場所が無いからだよ。

 なら、もう食事処を作る。

 数年使い続けるならきちんとしたものにしたい。間取りの適した、広い物件を買い取る。工事が終わった後も、河川敷を流通の要とするなら、宿泊、食事の施設は必要だ。

 事業関係だから、運用資金から出せるだろう。ウーヴェに相談出来るか?」

「……まぁ、レイ様がやる気ならその様に進めますよ。了解です。今日中に物件の目星をつけます」

「改装が終わるまでは、引き続き集会場の調理場を使っておこう」

「……ふふ。細かくはまたあとで詰めましょうね」


 マルが、後で話してくださいよ。と、目で訴えてきた。ルオード様の目があるから、自重した様子だ。


「じゃあ次、警備、観察の為の仮小屋を、土嚢壁側に作り変えるんですが、今ある休憩所を解体すればすぐ移動できるんで、また土嚢で作り直しますね。屋根だけ雨漏りしないものに直しますけど。あとは……」


 途中から、ルオード様のことを失念していた。

 河川敷をメバックまで繋げるなら、どこが要所となるか、難関はどこか。現在メバックまで続いている道は、川の対岸にあるのでメバックまで至る分には問題無いが、西方面には不自由をさせてしまう。そのための仮の道をどの様に作るか。そんな話を延々とした。

 いつもの調子で言葉を交わし、はっと気付くと、にこにこと笑顔のルオード様にじっくりと見られていて、慌ててしまう。


「も、申し訳ありませんっ」

「何も申し訳なくない。

 いや、レイシールがとても、生き生きしていて、なんだか嬉しかったんだ。

 君は、そんな風にも出来るんだね。

 心配していたけれど、領地だってちゃんと回してる。

 ここに君が戻ったと教えて下さった時、クリスタ様は、とても心配されていたが……。

 杞憂だった。君は、私たちが思うより、ずっと逞しかった様だ」


 その思いがけない言葉に呆然とする。

 生き生きしてる? 俺が?

 逞しいって? 人の手を煩わしてばかりなのに?


「い、いえ……いつも、皆の手を煩わせてばかりで……。ここ最近なのです、多少なりとも、まともに出来ているなと、思えるのは……」

「ははっ、何を言うんだか。君は自分が成人前だということを忘れ過ぎだよ」

「ですよねぇ。そもそも、ご領主様不在のまま、手探りで始めた領地運営が成り立っちゃってるあたり、結構なもんだと思うんですけど、この人全然そのこと理解してないんですよねぇ」


 それは……父上が、とても詳細な記録を残していてくれたから。ハインが俺の補佐に心血を注いでくれるから。そして、足を伸ばせない地方の役人や士族らが、頑張ってくれているからだ。

 そう思ったのだけど、せっかく褒めてくださったルオード様の言葉を否定するのも憚られ、俺は赤くなって俯くしかなかった。

 その様子を見たルオード様が笑う。「ああ、その顔は昔のままだね」と。

 逃げ出したくなる自分に、全く成長して無いなと、俺は思った。

時間内だー!

そして一話分、きりが悪いのが書きだめ出来たのですが、文字数的には三話上げるべきかと考え中。

だいたい二万文字弱更新なんだよな……今回五千少ない。

誘惑に負けたら更新するかもです。だから書きだめ出来ないんだああぁぁ‼


次の更新も来週金曜日を予定しています。

今回も見て下さってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ