忍
早朝、契約終了となった人足たちを送り出し、今日一日が滞りなく無事暮れようとする頃、新しい人足たちと、班長を乗せた馬車が列をなして帰ってきた。
結局、追加の人員は三十二名。各班の欠けた人員と、新たに五人ずつを加える形となった様だ。
「は? マル?」
で、何故かマルが一緒に戻った。
俺に差し向けられた兇手の雇われ先を突き止める為に、メバックで情報収集をすると言って出たのは二十三日の朝。たった二日前だ。
一体どうした。
執務室に監禁されていた俺は、帰還したマルに「いやぁ、助かりました。流石レイ様。持ってますよねぇ」と、言われ、首を傾げる。急に賛辞を送られても、意味が分かるわけない。
「…兇手の雇い先、もう分かったのか?」
「やだなぁ、レイ様が知らせた様なもんじゃないですか」
はい?
身に覚えがなくて首を傾げる俺に、エゴンですよと付け足す。
「エゴンの失踪を知らせてくださったでしょう? おかげで前日の情報を集めるだけで済みましたから、手紙を受け取った後は、ものの数時間で突き止められましたよ。
何年も昔からの街中の情報を掻き集めて、エゴンの交友関係から、違和感あるものを選別していくなんていう、手間のかかることを続ける必要が、なくなりましたからねぇ。とても助かりました」
「え……? エゴンの追跡で犯人が分かるのか?」
「え? エゴンを追跡すればすぐでしょ? あの状況で行く先なんて黒幕の元しかないんですから」
けろっと答えるマルには唖然とするばかりだ。
人の追跡って、そんな簡単なもんじゃないと思うんだよ……。
だって本当に黒幕の元に行くとは限らないし、生き死にだって予想出来ないし、堂々と大手を振って行き先告げて出ていくわけじゃないんだし。
求めてる情報が当然の様にあるとも思えない。
しかしマルにとってはそうでないらしい。
「あの街なら僕は情報提供者に事欠きません。調べられないことなんて無いくらいですよ。
そもそもね、可能性なんてものは精査すればある程度絞り込めます。後は、残る中から更に特徴で絞り込みをかけるんですよ。
時間帯、背格好、人数、地域。高確率に合致する情報なんて一握りです。後はその情報が連なる後を辿れば良いだけです。辿るうちに別の情報との繋がりが出てきます。それが複数確認できればもう当たりですから」
ヘラヘラと気の抜けた笑顔でそう言うのだが、それって相当な手間の掛かる作業だと思うし、そんな簡単なことじゃないと思う。
けどまぁ……マルが楽だったと言うならばそうなのだ。うん。それでいい。なんかもう考えるの面倒くさい。
「まあ、犯人が特定出来たというなら何よりだ。
こちらでは、今別館に残る者の中に居ると睨んでるんだけど、当たってる?」
「ええ。残念なことに、手出しの難しい相手でしたよ」
「そうだろうね。まあ、そうなると踏んでたんだけどね……」
やっぱりか……。
ふぅ……。と、溜息を吐くしかない俺に、マルも「難儀ですよねぇ」と、同意を示す。
まあ、そうであると思ったから、この先の提案を考えていたわけだ。なら、やることは変わらない。俺は気持ちを切り替えて、マルに視線を戻す。
「……エゴンは、無事か?」
「はい、まだ大丈夫みたいですけど?」
そうか……良かった。
けど、まだ大丈夫と表現された通り、ずっと大丈夫ではないわけだよな。
「それにともなってな。二通目の……今朝、班長に託した手紙。あれについて話をしたいんだけどね……」
俺がそう切り出すと、マルはまた、楽しそうに笑った。
「ああ、こんな早々にバレる羽目になるとは思ってませんでしたよ」
実は今朝、人足達を見送る際に、水髪紫眼の班長に、マル宛の手紙を託していた。
マルの軍門に下った。という言葉と、その責任感を見込んで託したわけだが、無事きちんと届いた様子だ。
にしても……一般的に、兇手と取引をすることは、あまり褒められたことではないって自覚はしてるんだね……。なのに悪びれもせずそう言うのだから、明らかに確信犯なわけだ……。
脱力する俺に、けれどマルはもう一つ、言葉を付け足す。
「バレたんじゃなくて、彼がバラしたんですよね?
随分早く、懐かれましたねぇ。まあ、レイ様ですから、そのうちこうなるだろうとは思ってましたよ」
酷く、誤解されている様なことを言う。
懐かれてあんな風に脅される訳がないじゃないか。俺は「誤解だよ」と言っておいた。
俺の命が尽きるとマルとの取引が終わってしまう。それが彼は嫌だったらしいから、俺が懐かれたとかが理由ではない。
現在俺の護衛はギル一人だ。ハインは新しい人足らへの挨拶と、名簿の確認の為に、集会場に出向いている。
前回の様に、俺が挨拶に行くわけにはいかない為だ。
新しい人足たちを、ハインはひどく警戒した。いや、正確には、新しい人足たちに、兇手が紛れ込んでいるかもしれない可能性を……か。
なので今回、俺は留守番。こうしてマルを迎えている。
まあ、マルと班長達が、メバックで人材を見極めた上で、班分けしているそうで、名簿もそこで改めて、作りかえられている。俺やマルが居なくとも、問題なく進められる手はずは整っているそうだ。
因みに、サヤもハインと共に集会場。こちらは賄いを作る為だ。
「お前なぁ……何か一言くらい、あって良かったんじゃないのか?
おかげでこっちは散々だったんだ」
ギルが、マルに対し抗議の声を上げる。
真正面からやりあったなら、ギルの腕だって引けを取らないと思うのだけど、人を害するということに制限が掛からない相手であるから、どうにもギルの分が悪い。
ギルと兇手の彼とのやり取りを、マルはまだ知らないと思うのだけれど、ギルの表情から、何かあったんだなということは、察しがつく様だ。
「ギルとは土台が違うんですから、気にしないことですよ」と言い、ギルに「うるせぇ!」と、突っぱねられ、肩をすくめた。
「先に言えるわけないじゃないですか。
兇手が人足に紛れてるなんて言ったら……僕、ハインに斬り殺されてますよ」
「当たり前だ! お前は何考えてあんなもんと取引してやがるんだ!」
「あんなもんだなんて。彼らは別段、殺人狂でもなんでもないんですよ? 雇われたから仕事をしているだけです。雇う相手が悪いんですよ」
しれっと答えるマルに、ぐぬぬと歯を食い縛るギル。
そして、そんなギルを尻目に、マルは俺に向き直る。
「じゃ、時間もあまり無いことですし、早々に話を進めましょう。
結論から申しますと、彼らの手を借りることは可能です。僕、あそこには結構貸しがあるので、今回はそれで対処しました」
有難い。使わせてくれるのか。
マルの語り出したことに、ギルが訝しげな顔をする。マルの貸しを俺が使う。それはつまり、マルが兇手を使うのではなく、俺が使うということだ。
「今夜、交渉役がここに出向いてくるので、レイ様はその方との交渉に付き合って下さい。
ですが、間違わないでくださいね?
今回は、僕の顔を立ててくれるというだけです。レイ様が信用を得られたわけではない。
今後の付き合いの為に、それなりの覚悟と、知るべきことを知って頂かなくてはなりません。
僕、彼らのことは結構気に入っているので、できればレイ様とも仲良くして欲しいと思ってるんですけどねぇ」
今後の付き合い。
マルの言葉に、黙って話を聞くだけだったギルが、焦った顔をした。
俺を見て、俺がマルの言葉の意味を理解していることに慌てて、俺の肩を掴む。
彼の心配はもっともなのだけど、俺はマルにこくりと頷いて返す。「おい!」と、声を荒げるギルに、俺はやんわりと拒否を示した。
「ギル。兇手の手を借りるということは、そういうことだよ。
本来なら、昨日今日で話を受けてもらえるわけないんだ。俺は彼らの信用を得ていない。マルの信用で、仕事を受けてもらうんだ。一度、こちらの都合で動いてもらえるだけ、相当破格な待遇なんだよ。
それに、彼らだって身の保証を求める権利がある。マルが俺に言っているのは、当然の要求だ。『虚』は、存在しない者なんだよ?それを視界に入れるなら、覚悟を求められるのは分かっていたことだ。相手だって、それ以上の危険を負うんだからね」
一度兇手を使うということは、彼らの存在を受け入れるということだ。
兇手は裏切りを許さない。
裏切りはそのまま彼らの破滅に直結するからだ。
一度でも取引をするならば、彼らを裏切らないという約定が必要だ。マルの様に。
俺が正しく、兇手との取引を理解していると、マルは納得てくれた様子だ。
「良かった。第一歩は合格ですよぅ」
と、笑った。
「まったく。こっちは肝を冷やしたんだからな。
まさかマルが、そんな大切な取引に、俺を引っ張り出してるとは思わなかったよ……」
「えー、そこまで聴き出してるんですか? 油断も隙もないなぁ……ほんとレイ様は人たらしなんですから……」
「それは誤解。俺ではなく、マルが信頼されている結果でしょ」
マルとの取引を終えたくないが為に、約定の内容を教えてくれたんだから。
そう言う俺に、マルはただ、にこりと笑った。肯定も否定もしない。その上で「貴方は何を、彼らに差し出せますか?」と、問うてくる。
「差し出すって、何だよ⁉︎」と、焦って口を挟んでくるギルを無視する形で、俺も話を進めた。彼らと取引をすることは、俺の意思で決めたことだ。ギルが何を言おうと、覆すつもりはない。
「マルと同じく。
俺から人を殺めることは求めない。
と、しようと思う」
「それをしちゃうと、兇手の使い道、ほぼ無いですよ?」
分かっているだろうに、わざわざそんなことを聞いてくる。
ワクワクと、期待に満ちた顔で、俺を見るマルに、苦笑するしかない。よく言うよ……そんな約定を、真っ先に兇手と交わしたのは、お前だよ?
「兇手として求めないから、良いんだよ」
「ふーん……まあいいです。
ではレイ様は、彼らに何を求めるのですか?」
人を殺めることを求めない。その代償に、俺が求めるもの。
一度、深く深呼吸してから、それを口にする。
「彼らに、兇手という肩書きではなく……別のものを提案できればと、思ってる」
「?……どういうことです? 別の肩書きを与える……衛兵や使用人に取り立てるとかってことですか?
生憎、彼らは変装も身分詐称も得意技ですし、縛られることを好みませんから、あまり魅力は感じてくれそうにないですけど?」
マルの問いに、口元が緩んだ。
不意に笑った俺に、マルが訝しげな顔をする。
そうか。マルでもそんな風に考えるのかと思ったら、笑えてしまったのだ。
いいや、俺は別に、彼らを配下にしたいわけじゃない。
「そうじゃなくてね。……これは俺の印象でしかないんだけど……彼らは、別段、兇手をしたくてしてるんじゃないと思うんだよ。
だから、兇手と名乗らなくて良い、別の生き方を、提案できればと思ったんだ。マルがしたのと、同じ様にね」
損か、得か。はたまた金か。
そこに拘りが見えたのは、それらにしか縋れないから。
そして、ギルやサヤに見せた反応は、不快を感じつつも、それ以外を、求めているからではと思ったんだ。
『虚』とは『うつろ』だ。存在しない筈の者。それがいつしか、兇手を指す言葉となった。
陽の光の下での生活は望めない。かつてのハインの様に、孤児だったり、人生を大きく踏み外したりした者の、行き着く先……成れの果てだ。
望んでそうなる者がいることも知っているが、俺の印象では、彼は違った。
藤髪の友に、虚であることを知られたくない様子を伺わせた。
陽の光を浴びて生きるギルが、人を害する覚悟が足りないことに、不快を露わにしていた。
『俺ら』とか『身内』と表現される仲間に、強い執着を感じた。
彼は、陽の光に、手を伸ばしたいと、焦がれているのではと、思ったのだ。
「サヤがね、マルが人足に紛れ込ませていた彼みたいな者のことを、サヤの世界では『忍』と呼ぶのだと、教えてくれたんだ。
あの娘の世界では、どうやら兇手という職は、ひと種類ではないらしい。
だから、彼らに試してみて欲しいんだよ。兇手の技で、兇手以外の生き方が出来るのかどうか。
さしあたり、今回はお試しだ。俺の求める仕事を、忍として受けて欲しい」
兇手は人を殺すのが生業だ。誰かの恨みや目的の為に。だがそんな、誰かに押し付けられた役割を、演じ続けなくても生きていけることが証明できれば、彼らはもう少し、明るい場所に立てるのではないか。
人を殺めず生きていけるなら、彼らはもっと、笑顔でいられる……。その道を探すついでに、俺の手助けをしてほしい。
「人を殺めずに出来る生業なのですか?」
「その代わり、結構な技術を必要とするみたいだ。手練れでないと無理だろう。
けど、人足に混じってた彼くらいの腕があれば、可能じゃないかなって、俺は思ってる。
それに、この世界にはまだ無い役割だ。だから、俺たちが好む形で作ってしまって構わないと思うんだよな。俺たちの好きな形の忍を作るってどうだ? 楽しそうだと思わないか?」
「この世界には無い役割……興味ありますねそれ、詳しく教えていただけます? 内容によっては、協力することも吝かではありませんよぅ?」
「ああ、マルも楽しめると思うよ。だから、口添えをお願いしたいな」
俺が兇手の彼らに求めるもの。
それは、その卓越した技術を、人を殺めること以外に使うことだ。
今回の場合は、セイバーンの者も、ジェスルの者も、誰も殺めず、エゴンたちだけをかっさらって来る事。
「お前……兇手の手を借りて、エゴンを掻っ攫って来るって話じゃなかったのかよ…」
「それはその通りだよ。だけど、一度兇手と取引をするなら、もう引き返せないんだよ。
それなら俺は、彼らとだって仲良くやりたい。その為に必要だと思うことをしたいと思うんだ」
「ハインが……ブチ切れてた理由は、これか……」
ごめん、ギル。ハインを止める為にとばっちりまで食らったのに黙ってた。
けど……やれることをやると決めたから、俺はそう動くと決めたんだよ。
「じゃあまずは、『忍』について説明する。
とはいえ、サヤに聞いたことそのままだから、詳しくは彼女に聞いて欲しいんだけどね……」
◆
時間を少し遡る。
昨日の夕刻、人足達からの聞き取りが終わり、俺の自室に帰ったところから語ろう。
「とんでもねぇよ……マルの野郎……あいつ何考えてんだ……っ。
前から変人だとは思ってたけどここまで常識範疇外とは……あああぁもう!」
なんとか無事聞き取りを終了し、別館に戻って来たら、ギルはそう言って自身の頭をぐちゃぐちゃに掻きむしった。
憔悴した様子で長椅子に座り込むギルに、お茶を入れてくれたサヤが、一つ差し出すと、ギルはそれを一気飲みして、もう一杯とサヤに言った。
ギルの手から湯呑みを受け取り、もう一度注ぐサヤ。
彼女も、言葉には出さないが、ギルと同じ様なことを考えているのだろうか……? だが表情からは伺えず、落ち着いて見えた。
ハインが作業を終えるまでまだ暫く時間が掛かる様だ。珍しいな……宣言通りに仕事を終えて来ないのは。
そろそろ、サヤも賄い作りに行く時間なのだが、あの兇手がギルを圧倒してしまった為、ギルは一人で俺を護衛することに難色を示した。だから、ハインが戻るまでということで、サヤはまだここに残っている。
賄い作りは、味付け以外は村の女性に任せていても、ほぼ問題無いくらいになっているからと、そう言った。
「まあ、マルの桁外れの情報収集能力の一端が知れて、ある意味納得できたよ。
そりゃあ、兇手を使ってればどこからだって情報収集出来そうだよなぁ……なんせあの通り、侵入、潜伏なんて十八番だものな」
「お前なぁ……なんでそんな悠長にしてんだよ‼︎」
「慌てたって仕方がないだろう?
それに、彼は別に敵対しているわけじゃない。というか、絶対に俺を狙わないって約定を交わしている相手だよ? 慌てる必要無いじゃないか」
だからギルも落ち着きなよ。そんなつもりで言ったのだが、ギルは恨めしそうに俺を見る。
「……前々から思ってたけどな……お前、鈍いのか、豪胆なのか、自分捨てすぎてんのか、どれだ。正直、たまに分からなくなるぞ……」
そう言って頭を抱えた。
あの兇手のことが、かなり精神的にきている様子だ。
ギルは商人なのだから、人を傷付けることに慣れていないのは当たり前で、気に病む必要なんてない。
それにあの兇手は、ギルを不快にしたくて意図的にあんな行動や発言をしていたように、俺には見えていた。
正直、ギルの腕は、その辺の衛兵より断然頼りになる。彼は、商人としてはかなりの手練れなのだ。
「にしても……彼を人足に紛れ込ませたのはマルだとして、情報収集をするにしては……大業過ぎじゃないか?」
「そうですか?これ以上ない人選だと思いますよ」
つい零した疑問に、何故かサヤが答えてくれた。
俺の湯呑に新しいお茶を足してくれながら、言葉を続ける。
「現に、今までマルさんの情報収集能力が桁違いだと認識はされていても、情報の集め方に察しがついた人がいないなのなら、マルさんの目論見は成功してます。
情報を集めるって、結構危険を伴うこともあるでしょう? 先程の方くらいの手練れなら、危険には自分で対処できるでしょうし、バレてしまう可能性も低い。
マルさんは、一番確実で、一番安全な手段を、選んでらっしゃるだけなんじゃないでしょうか」
俺はちょっと首を傾げた。
サヤも、先程は悔しそうにしていた……。けれど、今の彼女は、ギルほどに焦燥に駆られた様子は無い。むしろ冷静に、状況を分析している様子だ。人足の中に兇手が素性を隠して紛れ込んでいたという事実には……驚いている様子が、無かった。
そこにちょっと違和感を感じる。
サヤは、あの兇手についてどう思っているのだろうか?
「サヤ。サヤの世界にも兇手はいるの?」
俺の問いかけに、彼女はこてりと少し首を傾げ、少し考える素振りを見せた。
暫く視線を彷徨わせてから、口を開く。
「……ええ……きっと、いるのではないでしょうか……。書物……物語の中には、よく出て来ますよ。
私の世界では暗殺者とか、殺し屋とか、アサシンとか呼ばれてます。
……でも、さっきの方のような者には、別の言い方をしますけど」
さっきの方のような者……?
その言い回しでは、まるでさっきの彼が、兇手ではないみたいだな。
「さっきの方の様な職務の方を、私の国では『忍』とか『忍者』と呼んでます」
初めて聞く名前だった。
今度は俺が首を傾げる番で、サヤが答えを返してくれる。
「変装したり、別人のように振舞ったりして、違う誰かになりすまして情報収集をしたり、村人や使用人に扮して敵地に紛れ込んだり……といった、特殊な仕事をこなす為の、特別な技能を磨いた人たちです。まあ、忍は古い言い方で、今なら密偵って言うべきなのかもしれませんけど。
だから私は別段、マルさんが特別逸脱した行動をしているとは思わなかったのですけど……ギルさんがそんな風にびっくりされているということは、この世界には、忍に該当する職種の人はいらっしゃらないってことなんでしょうか?」
「い、いらっしゃらないというか……密偵はいるよ。他国や他領の者が潜伏して、情報を流していたりというのは、よくある話だ」
「……それは、私の国では間者とか、間諜と呼ばれる方ですね。
忍は……説明しにくいです……間者とは違うんですよね……暗殺をしない暗殺者というのが一番雰囲気が近い気がするのですけど……」
「じゃあその忍は、なんの為に変装や擬態をして侵入、潜伏をするんだ?」
「ですから、情報収集です。
普通は入れない様な場所にも忍び込んで、情報を得てくるスペシャリスト……専門職なんです。
例えばですよ?
悪者に攫われたお姫様がいたとします。
悪者がどんな戦力を持っているか、お姫様はどこに囚われているか、悪者の正体は、本来の目的は。そんなことを、悪者の屋敷に忍び込んででも、調べるんです。
で、お姫様救出の際、内側から撹乱したり、味方の侵入を手助けしたりします。とても危険な場所にだって単身乗り込むくらいのことをするんですよ。
忍は、本来裏方仕事なんでしょうけど、私の国では英雄みたいに描かれることも多いです」
「え、英雄? 兇手がか⁉︎」
「物語ではですよ?」
ギルは信じられないとでもいう様に、目を見開いて驚愕の声を上げた。
そして俺は……
姫の救出。
内側からの撹乱。
侵入、潜伏。
情報収集。
忍。英雄。
雷に打たれたと思った。
これは……これはそう、天啓だ…………‼︎
「……? レイシール様?」
固まってしまった俺に、サヤが慌てて駆け寄ってくる。
だがそれを視界に捉えてはいたものの、俺の頭は見ていなかった。
そうこうしている間にも、視界すら、切り離される。
『忍』…サヤの国にある役割。
諜報を主な仕事としている。潜伏、侵入の専門家。
兇手としての能力を、情報収集に費やす。
これは、使えるんじゃないのか?
損得や金勘定。
そこに彼は価値を見出しているのか?
視線はどこを見ていた?
あの表情の意味は?
ギルの心を折る様な発言、行動を取った意味は?彼はギルが気に障ったのか?
兇手という存在。契約により汚れ仕事も請け負う集団。
俺らの組……俺らの身内という表現。マルの仕事を受ける意味。
藤髪の彼。
人足に告げられた新たな任務。
目を眇めて俺を見た彼。
マルとの取引が終わると困ると言った。なら……!
「……様? っ、レイ……レイ!どないしたん⁉︎」
ペチペチと頬を叩かれる感触が戻った。
咄嗟に左手で掴む。
見ると細い手首。その先にある細い指。
逆を辿っていくと、少し焦った顔のサヤが、心配そうに俺を見上げていて、視線が合ったことにホッと息を吐いた。
「良かった……急に」
「サヤ‼︎」
君は女神だ‼︎
腕をそのまま引き寄せて、思い切り抱きしめた。
サヤが息を呑んだのが分かったが、あえて無視する。そうでもしてないと口づけしてしまいそうだと思ったのだ。この俺の昂りを、どう表現すればいいんだ⁉︎
あぁ、この娘は神の遣わした御使なのかもしれない!
その時、コンコンと扉が叩かれ、只今戻りましたと、ハインが入室してきたが、俺を見て固まった。
「何をなさっているのですか……」
「ハイン! マルに手紙を書く。明日それをマルに渡したい。お前が行って直接……」
「明日は、契約終了の人足らが戻ります。そして各班の班長が同行してメバックに向かいます。
レイシール様の護衛人数をこれ以上減らすことは出来ません。人足らに手渡せない様な内容なのですか?」
「っあ、ああぁ〜……どうだろうなぁ……見られたところで、意味が分からない内容には出来ると思うが……」
「なら班長に託しましょう。で、サヤは大丈夫なのですか?」
え?
見下ろすと、真っ赤になったサヤと目が合った。
慌てて離す。すると、へなへなと座り込んでしまったので慌てた。
「ご、ごめんサヤ! 申し訳ない‼︎ つい衝動で……気持ち悪くなってしまった? 部屋で休む?」
「い、いえ……ちょ、ちょっとびっくりして……大丈夫です。大丈夫ですから……」
顔を覗き込む俺から、視線を逸らし、仰け反るように体を離すものだから、更に慌てた。
ど、どうしよう……結構嫌がってる⁉︎ 俺、つい…………つい何をした俺……うわああぁ! 何考えてた俺⁉︎
「ご、ごごごめん! 俺っ、そんなつもりじゃ……そのっ、サヤの話に、状況が、『忍』が良いと思って、マルならうまい具合できるかと、ていうかっ」
「落ち着け」
ガシッと頭を掴まれて、サヤから引き離された。
平静を取り戻したギルが、そうしておいてから「サヤ、ハイン戻ったし、賄い作り行って来い。それまでにこいつにはきっちり言い聞かせとくから」と言う。
するとサヤは「は、はい……あの、気にしてませんから。大丈夫ですから、あまり怒らないであげて下さい……」などと言いつつ、そそくさと起き上がり小走りで部屋を出て行ってしまった。
それを手を振って見送ったギルが、ぐりんと向きを変え、剣呑な視線を俺に向けてくる。
「お前……なに急に発情してんだ……」
「しっ、してないからね⁉︎
違うんだよ、そうじゃなくて、この状況を打開する凄い案を、サヤが今教えてくれたんだよ‼︎」
「はぁ? 同じ話、俺聞いてたよな? サヤの国の兇手の話の、どこにそれがあった」
「それだよ‼︎」
「二人とも落ち着いて下さい。まず、状況を、頭から、説明して下さい」
ドスの効いた声が頭上から降ってきて、座り込んだままやりとりしていた俺たちは否応なく黙らされた……。
ハインが、なんか不機嫌だ………。
恐る恐る見上げると、案の定、視線だけで人が殺せそうな顔をしてた……怖い。
「わ、分かった。とりあえずその、長椅子に移動しよう。床に座ってする話じゃない……」
「そ、そうだな。そうしよう。うん」
しまった……聞き取りでマルの仕込んだ兇手に脅された話……どうやったら穏便に聞こえるだろう……下手したらハインがキレる。
ギルと顔を見合わせた。何かあったらハインを取り押さえてくれと目で訴える。分かったと頷くギルに、よし。と、目配せを送ってから、顔をハインに向けた。
「えっと……午後の聞き取りから話すけどな………心を落ち着けて、聞いてくれよ?
なにも問題は無かった。俺はここに居るし、五体満足、無事だ。それを念頭に置いてくれ」
「御託はいいですから、話して下さい」
「ぅ……はぃ…………」
ある意味、これが今日最大の試練だと思う……。そう思いながら、俺は兇手の彼の、忠告話から、始める羽目になった。




