表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第四章
74/515

郷愁

 お茶を入れ替えたハインが戻り、更に暫くしてから、サヤが戻った。

 夜番の準備を済ませてきましたと言い、鍛錬の時身につけていた、防具を手足に備えていた。


「無いよりはマシかなと、思って。

 私、甘かったです。もっと本気で従者をしなきゃって、気付きました。

 夜番は辞めませんから。従者も辞めません。

 安全なところに行けって言われても、行きません。でも、レイシール様を悲しませたいわけじゃないんです。だから、もっと真剣に、準備します。安心して、任せてもらえるように」


 まだ赤い目元をキリリと引き締めたサヤは、全く臆していなかった。

 まるで自分のやるべきことを見つけたとでもいうような、決意のこもった眼差しだ。

 だが、やはりサヤ一人に夜番を任せるというのは心配だった。

 確かにサヤが適任だと思う。

 サヤは数枚の扉や、玄関広間を隔てていても、俺がうなされていれば気付く。

 その耳をもってすれば、兇手の足音だって簡単に聞き分けるかもしれない。

 しかしだ。

 夢にも兇手にもと神経を張りつめていたんじゃ、サヤが消耗する一方だ。賄い作りだってしなきゃならない。これじゃ、サヤの休める時間が無い。そして、眠れないということは、人を酷く消耗させる。この娘は、それをあまり理解していないのではないかと思った。

 だが……それを指摘したところで、きっと譲らないよな……。


「分かった。夜番はサヤに任す。けどその代わり、仮眠時間を作ること。

 そうだな……どうせ馬術訓練はお預けだし、あの時間を当てる」

「サヤが仮眠する時間は、俺とハインが護衛するから。全部忘れて回復に専念しろ」


 俺の言葉をギルが捕捉する。

 サヤはそれにふんわりと笑って、はい。と、返事をした。


「では、役割が決まったところで、明日からの日程ですが……」

「そうだな、まあ、見回りができないこと以外、俺の予定はたいして変化しないよな」

「書類仕事は、使えるかどうか分かりませんが、ウーヴェに任せるとして、その時間は私がレイシール様の護衛を……」

「朝の雑務の時間は俺がレイについとくから……」


 明日からの時間の割り振りを話し合った。マルが居ないから、現場の管理をどうするか……人足の中に潜む虫の対処をどうするか……問題は多々あったが、やれることをやるしかない。マルの頭の中にしか、虫の情報は無かったし、マルは誰に警戒しておく様にとも言わず、人足に関しては丸投げで出かけていった。

 彼らしくないな……何でもかんでもいつの間にか先に手を打ってるような奴なのに……マルも慌てていたのかな……。

 少々不安だったが、嫌がらせよりは命の危機の方が、優先順位が高くなるのは当然だよな。と、いうことで、そこもマルに手紙で問い合わせれば良いかとなった。

 まあ、マルを見くびっていたということだ。彼はとうに先手を打っていたわけだから。


 で。

 長椅子と俺の寝台の間に、衝立が置かれた。

 俺の最後の抵抗だ。同室で就寝するのは仕方ないとして、サヤの尊厳は大切だ。手を出すなんてことは絶対にしないが、寝顔とかが視界内にあるのは絶対に駄目だと思ったのだ。まぁ、既に一度見てはいるのだけど……一度見たからといって、二度目以降が許されるわけではない。


「そんな嫌そうにしないで下さい。だって、ギルさんやハインさんが泊まり込むのは、困るでしょう? 私しかいないじゃないですか」


 思い出してしまったサヤの寝顔を頭から追い出していると、頬を膨らませたサヤが、そんな風に言ってきた。

 ……サヤがあんなこと提案してきたのは……やはり俺の為か……。まあね、そうじゃないかと思っていた。


「本当に、この形が一番良いと思ったから提案したんですよ。夢は理由の半分でしかありません。

 私の耳は確実に有効です。眠っていても、音に反応できるのは、日々で実証済みでしょう?

 室内なら、接近戦が主でしょうし、私も兇手(きょうしゅ)を相手にできます。

 無駄な消耗は、最小限に抑えた方が良いです。いつまで続くのか、分からないなら尚更」


 不服そうな顔でそう言いつつ、サヤは長椅子に座褥を置いて、寝心地を調整している。

 髪は解かれ、下ろしてあったが、服装は夜着ではない。手足に防具を付けた、従者服のままだ。ただ、補整着を四六時中身につけておくのは、体の負担だから駄目だとギルに厳命された為、身に付けていない。

 ううぅ……なんとなく目のやり場に困る……。いつもと同じ服装なのに、いつもと凹凸が違う身体の曲線とかがなんか、見ちゃいけない気がする……。普段無い物に視線が誘導されるというか……サヤは補整着が無いと、結構胸の周辺が主張するというか……っ。ダメだ俺、考えるな!

 俺が一人、煩悩と格闘していると、何をどう勘違いしたのか「そこまで嫌がられるとは思っていませんでした……」と、サヤが沈んだ声で言うものだから、俺は溜息を吐いてサヤの想像を否定した。そっちに解釈してくれて助かったけれど、そんな風に受け取らないでほしいとも思う。


「嫌がってるんじゃないよ……。

 ありがとうサヤ……。でも、無理をしてまでも、守らなきゃならない秘密ってわけじゃない。

 覚悟はあるから……どうしようもない時は、言うんだよ」

「……はい。でも、やれるだけやらせて下さい。私……ちゃんと、役に立ちたいんです」

「サヤは、凄く、頑張ってくれてるだろう? これでもかってくらい、役に立ってる。

 これ以上を求めたらサヤに依存しすぎだよ」

「もう! そういうのです‼︎」

「は?」


 不意に、くるりと向きを変えたサヤが、怒った顔で俺を見る。また、怒らせてる……俺はサヤの気に触ることをするのが相当得意らしい。


「戦力に数えて下さい! 私は、お客様でいたくないんです。

 使える。適任だと思ったら、遠慮せずに指示を下さい! ちゃんと頼って下さい!

 このままじゃ私、凄い我が儘みたいじゃないですか。レイシール様に文句ばっかり言って勝手してるみたいじゃないですか!」


 えええぇぇ?


 そんなことで怒ってたのかと呆れてしまった。我が儘だなんて思ってない。俺のために考えてくれてるって分かってるのに、自分が我が儘みたいって……。


「サヤは、変なことを気にするんだな」

「へ、変ってなんですか! 至極真っ当な主張ですよ⁉︎ 私、レイシール様の意見を悉く退けてるよなってギルさんに言われて、凄く凹んだんですから!」


 ギル……サヤにそんなこと言ったのか。


「……ギルがそう言ったのは……きっとサヤを褒めたんだよ。我が儘だなんて、思ってないよ」

「……ほ、本当に?」

「思うわけないじゃないか。実際、サヤが正しかったと思うし……。今、俺が立っている場所が、今までと違う場所だっていうのは、俺が一番自覚してる。

 サヤが手を引いてくれた方に進んだから、今の俺があるって分かってるよ」


 サヤは納得がいかないといった顔だ。なんだろう……少し気持ちを乱している様に見える。

 俺はサヤを手招きして、近くの椅子を指し示した。

 少し戸惑った後、やって来たサヤが、それに座る。

 サヤは、揃えた膝の上に置いた両手を、所在無げに握ったり揉んだりしている。視線も落ち着きがなかった。やはり、不安のような、焦燥のような、何かを感じる……。


「サヤは充分頑張っているし、間違ったことをしてはいないよ。

 俺の意見を退ける時は、俺よりサヤが正しかった時だ。ちゃんと分かってる。

 俺が命令しないのは、性分だよ。それに、サヤは色々率先してやってくれるだろ? それで充分なんだ」

「でも私は……私はもっと、お役に立ちたいんです」


 サヤは沢山のことをこなしてる。生命まで賭けてる。しかも意匠師という仮姿まで持つこととなった。それでもまだ、それ以上をやりたいと言う。

 まるで急き立てられるかのように。自分を追い詰めるように。仕事に忙殺されたいとでも言うかのように。何かを振り切りたい時の俺のように…………。


 ………あ、そうか。そういうことか。


 そうだよな。なんで今まで気付かないかな。

 自分の鈍感さに呆れるしかない。

 とにかく、一度サヤの張り詰めた糸を、切らねばならない。少々、荒療治にはなるけれど。


「……俺はむしろ、我が儘を言って欲しいと思ってるよ……サヤは我慢しすぎだ」

「何も我慢してません!」

「してるよ、いつも。

 サヤは……俺に言ってくれなかっただろ。俺と離れたくない、サヤの理由。

 我慢して、言わないで、メバックに残ったんだ……」


 俺の言葉に、サヤが口を閉ざした。

 俺の言おうとしていること、分かった?


「いや……こんな言い方は卑怯だな。

 俺がそうして欲しいって望んだんだ。サヤは嫌がってたのに、俺の主張を通した。サヤの気持ちなんて考えずに。

 俺がいつも、自分のことで手一杯で、周りを見ていないのがそもそもの原因なんだよな。

 サヤが元気そうに振舞っていたって、きちんと見てれば分かったはずだ。

 サヤは、故郷の話をあまりしない……。

 知識としては沢山話してくれるよ。でも、個人的なことは、…家族やカナくんのことは、殆んど話してくれないよな。

 話すと……泣いてしまうから? 帰りたい気持ちが、溢れてしまうから? でも、口に出さないと、苦しくなることだってあるだろう?

 一人の時は考えているはずだ。帰りたいって、思ってないはずがない。

 ここに来て、一月以上が経ってしまった……苦しくないはずないだろ……」


 サヤの拳が、ぎゅっと握られた。


「帰りたいって、言ってくれないのは、苦しいよ……。

 怖いって、教えてくれないのも……不安を、ひた隠しにされているのも……。

 俺がそうさせてるって分かってるんだけど……。

 俺はサヤに、何も返せないの? こんなに沢山助けてもらって……頼って……ただ頼ってるだけだなんて……嫌だ。

 俺が、サヤに出来ることを教えて欲しい。吐き出したいことは、八つ当たりでもいい、吐き出して欲しい。

 俺に頼れって言うなら、サヤも俺に頼って。……それとも、頼りない?」


 言ってて恥ずかしくなってきた。

 頼りないに決まってる。俺は無力だ。剣も握れず、勉学も途中辞め。過去の夢に翻弄されて、助けられてなんとか生きているような男だから。

 だけど……だからって、何もしなくていいわけがないんだ。些細なことでもいい、何かを、サヤの為に、サヤだけの為にしたい。

 サヤをこの世界に引き込んだ俺が、言えたことじゃないんだけど……。


「………………ほなな……今、ギュってしてもろても、ええの?」


 暫く沈黙した後、俯いたサヤがそう言うから、俺はサヤの手を引いた。

 声が震えていた。きっと、泣きそうなんだと思った。

当然だ。サヤの気持ちを掻き乱すようなことを、わざと口にしたのだ。サヤを揺さぶる為に。一度振り切れさす為に。

 この娘はきっと、ずっと我慢する。強引にでも箍を外さないと、きっとずっと我慢するんだ。

 だから、泣かせる。無理矢理故郷を、家族を、想い人を思い出させて、苦しめる。そのかわりに……今は俺が、サヤを守るよ。


「おいで」


 サヤを膝に座らせて、ただ抱き締めた。

 暫くすると、サヤの肩が震えだし、小さな嗚咽を漏らした。そして、サヤの手が俺の背に回される。


「帰りたいて、口に出してしもたら、もっと苦しくなるって、思うたんや……。

 それとな、ここが、好きやって、気持ちもあって、ただ、帰りたいんやのうてな……ここにいたいて、思うてる自分も、少なからずおるんやわ……。

 帰りたいて言うたら、帰らなあかん気ぃがして……。ここに居たいて、思う自分がな、苦しくなるん。

 帰りたいて言うたら、レイが、私のこと帰さなあかんって、この世界から、追い出そうとするかもしれへんって、それは、嫌やって、思うたし……。

 家族のこと話したら……会いたなるし……ここにおって、楽しいて思うてる自分を、帰りたい私が、責めるんやわ……。

 どっちにしても苦しい……どっちも、本当の気持ち…。どうしたらええんやろ……」


 震える声で、サヤが語る。胸元が熱くて、きっと涙が染みているのだと思った。

 ぐちゃぐちゃだ。帰りたい、ここが好き。サヤは二つのことを望んでる。でもそれが嬉しい。絶対に相容れないことで、必ずどちらかが捨てられる。

 勿論、捨てる方は、この世界。

 当然だ。サヤの居場所は、サヤの生まれた世界にあるのだから。

 それでも、サヤはここを好きだと言ってくれた。帰ることと天秤にかけてくれた。比べるまでもないことの筈なのにな……。


「前にも言ったよ。俺がサヤを嫌いになるわけない。そんな心配は、しなくていい。

 言っていい。これからは、ちゃんと俺に話して」

「…………」

「俺が、サヤの家族について聞きたいって言ったら、サヤは苦しい?」

「……分からへんけど……たまに、凄ぅ、話しそうになる時も、あった」

「じゃあ、次にそんな時があったら、話してくれる?」

「……泣くと思う」

「泣いてもいいよ。帰りたい。会いたいって言っていい。当然なんだから」

「……言うても、私を、ここにおってええんやって、言うてくれる?」

「…………言うよ。サヤはここにいていい。帰る決心が出来るまでは、ずっといていい。ここが、この世界の、サヤの家だよ」


 ギュッとサヤの手に力がこもった。

 俺もサヤの背に回した腕に、力を込めた。気付かれないよう、微かにだけ、サヤの艶やかな黒髪に、唇を掠めさせる。それだけのことに、胸がひりついた。

 愛しいな……。

 素手で剣と渡り合って、矢をも叩き落とす剛の者なのに、こんなに小さくなって、震えている。

 細くて、柔らかくて、ちょっと力加減を間違うと、すぐに壊れてしまいそうだ。

 どんなに強くても、元気に振舞っていても、心に脆い部分を持った少女。

サヤは、たった十六歳の、少女なのだ。


 俺の中で、何か少し、今までとは違う感覚? 感情? 何と説明すれば良いか分からない気持ちが芽生えていた。

 巻き込みたくないのは一緒だ。

 だけど、ただそれだけでは駄目だということも、分かってきた。

 今俺は、一人じゃない。大切にしたい人たちと、大切にしようとしてくれる人たちがいる。

 要らないと言われ続けて来た俺を、必要だと言ってくれる……。

 頼りない俺に、縋って、泣いている……。

 弱いからって、頼りないからって、何も出来ないでいて、良いはずがないんだ。

 サヤはこんなにも不安なのに。こんなに小さくなって、泣いているのに。俺の為に、村の為にと、行動してくれているじゃないか。

 自分のやれることをやろう。全力で。自分で出来ないことは、人の手を借りてでもいい。やろう。

 そしていつか、サヤが安心して頼れるような人間になろう。

 サヤが帰る時に、苦しくないよう、後ろめたく思わなくて済むよう、笑って見送れるよう。


 強い心を、持たなきゃ。

二週間掛けてやっと書けた……。ちょっと少なめですが、実は過去話にも脱線してました…。

久しぶりに引っ張り出したら色々追記したいことが増えてました。それもまあそのうち挟もうかなと思います。過去話、一応ギル卒業前後の続きが残ってるのですが、その手前をもう少し増やしたい今日この頃。

次の更新も来週金曜日を予定しています。次は遅れないよう頑張りたいっ!

今回も見て下さってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ