●五章-10.挿話:フィールドモンスター討伐戦(前編)
討伐戦は挿話として入れることにしました。
なお、元々のPBWと時系列が違う事に近頃気付きましたがそれはそれ、これはこれ。
※前回のあらすじ
・作戦を前にして町の様子がなんか違う
-fate Free-
「輸送車両後退します。探索者の皆さんは速やかに降車をお願いします」
運転手の言葉にトラックの荷台に乗っていた探索者たちは設営準備をする管理組合を主軸にしたスタッフや物資以外、つまり標的が見当たらない荒野を見渡しながら指示に従う。
クロスロードから南へ50キロ地点。そこは紛れも無く荒野のど真ん中だった。360度見渡しても草木の一つどころか高低差の一つも見当たらない。目を閉じて五回回れば、来た方向すら分からなくなりそうな場所だ。
「……」
ため息が漏れた。今回フィールドモンスターの討伐のために集まった探索者のほとんどが、防衛任務の巡回ルート以上クロスロードから離れたことは無かった。その場所でも周囲に何もないのだが、約一時間の輸送中の風景、そして目的地に到着してなおこの果てしない荒野を突き付けられた彼らは途方に暮れる以外の感想を抱けなかったのだ。
「よく未探索地域の探索隊は気が狂わないな」
誰かが零した言葉を耳にした全員が同意する。補給の難しさなどより、自分を見失いそうなこの光景の方がよっぽど恐ろしい。
「あらかじめ定められた班の集合場所にお願いします。また作戦内容は各PBに配信していますので再度確認をお願いします」
様々な感傷に動きを止めていた探索者に管理組合職員の拡声器越しの声が届く。我に返った彼らは顔を見合わせるも、感傷を振り切るようにその言葉に従って動き始める。
「士気は高くないな」
その光景を見つめる老齢の人間種が居た。
彼は管理組合が設営したプレハブの中にあり、作戦案を記載した紙を手に目を細める。
「まぁ、敵の姿も見えていませんし、この光景はやはり圧倒される……と言いますか」
「飲まれそう、かな?」
「そうですね。元帥は違うのですか?」
「海戦に出た折、四方見渡す限りの水平線に恐怖した事がある。戻るべき場所がもうなくなっているのではないかという妄想に捕らわれたな」
「元帥も随分と感傷的なのですね」
微笑む若い女性、しかし髪からぴょこりと出た長い耳はエルフ種であることを示しており、実際は彼よりも年上かもしれない。今回の指揮を執る管理組合から派遣された彼の補佐役だ。ちなみに入市管理所の彼女ではない。
「人が恐怖を得るのは未知からだ。見えないから、分からないから恐ろしい。それは妄想をかき立て、より大きな恐怖を作り出す。
今から何と戦わされるのか、聞いていても見えない事は大きなマイナス要因だろうな」
「確かに、目撃情報は一つだけ。正しいかどうかは我々も確認できていませんからね」
「これが軍ならば、それでも前へと命じるだけなのだがな」
彼の言葉に女性は口を噤む。
ややあって小さなため息を零した後、若干の非難を込めた言葉を紡ぐ。
「管理組合のやり方はお気に召しませんか?」
「具合が悪いと感じることはある。しかしクロスロードに軍を作ることはできない。律法の翼の主張を正しいと思いながらも認められないのと同じだ」
彼の呼称である『元帥』とは管理組合の、クロスロードの役職ではなくあだ名だ。大襲撃の折、その類まれなるカリスマと戦術眼、指揮能力によりバラバラの来訪者を束ね戦った事で誰もが彼をそう呼ぶようになった。それは門前会議のメンバーに選ばれたことで多くの者が知ることになったという経緯がある。
「集団戦闘において、烏合の衆ほど脆い物はない。所属する個人が手練れだとしても、だ。
彼らには逃げ出さない誇りも、踏み止まる理由も、命を投げ捨てる覚悟も無い。彼らの立場からすれば当たり前だがね」
大襲撃の時は違った。逃げ出せる者はとうの昔に逃げ出していて、このターミナルしか無い者と、そこに拘るだけの価値を見出した者が覚悟を決めて戦い抜いた。
「優位のまま進めば良し。でなければどれほどの被害が出るかは想像がつかん。
……可能ならば今からでもルマデアと『お嬢』を引っ張り出したいくらいだ」
「……申し訳ありませんが」
律法の翼の過激派代表として広く知られているルマデア・ナイトハウンドは大襲撃でも、その後でも一度たりとも傷付いた事の無いと言われる防御の名手だ。当時、彼の指揮下にあった小隊は彼に全ての防御を任せた特攻戦術により、最大数の怪物を屠ったと言われる。ここに居れば諸手を挙げて歓迎されるだろうが、彼らの主張を退けている管理組合としては招聘を躊躇わざるを得ない。
「分かっている。お嬢だってこういう戦いには不向きだからな」
ただ、老いぼれ一人には命の量が多すぎる。内心に留めた言葉に苦み走った笑みを作らされつつ立ち上がる。作戦を行うだけなら彼がここにいる必要はない。基本的個人主義、少人数主義の探索者が指示に従っても良いと思える人物が必要だから、その条件に合う有名人としてここにある。
「そろそろ時間だな」
「ええ。配置はほぼ完了しています。参加者は予定通りです」
「宜しい。それでは始めようか。戦術魔術の準備を開始せよ」
「通達します」
敵は大質量のゴーレムであることは判明している。これに対し当初大砲を並べる案もあったのだが、行動を開始した巨大怪物がどれほどの機動性、行動範囲を持つか分からないこと、砲のコストや砲手がそれに拘って逃げ時を見失い、被害が拡大することを懸念して却下された。代わりと言うわけではないがトラックの荷台やバンの屋根に予め魔術式を描き、それを使用しての戦術級魔術攻撃が採用されている。
『各員に通達します。これより五分後に作戦を開始します。
最終確認をお願いします』
拡声器越しにエルフの声が響き、僅かなざわめきの後に空気が僅かに引き締まるのを感じる。
「さて、煙たがられん程度に鼓舞をしておこうか」
数多の戦いを潜り抜けてきた男が笑みを造り浮かべる。それは将としての仮面であり、必要ならば死を命じる悪鬼を隠す相だ。
しかし敵も味方も数えられぬほどに殺し、血で川が作れるほどの屍の上を歩いてきた男は知っている。死を厭わない事が、より仲間を生かすのだと。
「さて、諸君。私は今回総監を任されたバルドライン・ウィルフィネスである。
君たちには『元帥』の方が通りは良いだろうか」
ゆらり表に出て、拡声器も必要とせずに発した言葉が荒野に響いた。
視線が集まる。
「君たちはこの世界の新たな一歩を刻む栄誉を得た者である。
この世界で所帯を持ち、子を為し、子々孫々生きていくつもりならば、末代まで自慢できる偉業に携わる事になる」
元帥は見渡す。若い頃はその顔の一つ一つを覚えようとした。しかしいつしかそれが失われた顔を探すようになったと悟り、誰の顔も見なくなった。
果たしてそれを思い出した今はどうすべきだろうか。涼やかな顔のまま言葉を綴る口と切り離された思考は自問する。
「この戦いは科学、魔法、あらゆる力を管理組合という組織力がバックアップする。
敵は一体。大襲撃────死を待つような七日間に比べれば手厚すぎて涙が出るほどだ」
苦笑を漏らしたのは大襲撃の経験者だろう。
「私が君たちに求めるのは二つだ。
共に偉業に携わる戦友を見捨てるな。そして死ぬな。
勝利など求めない。その二つが為されたならば、我らの手は必然としてそれを掴むからだ」
「死ぬな」と言ったばかりの口が命じる。栄誉を餌にして、他人を責任として。
「諸君ならば成し遂げる事を私は確信している」
視線を横に走らせれば補助役のエルフが小さく頷きを返す。準備は整った。
「各員配置に付け! これより我らが一歩を踏み出す!」
ザッと、荒野を蹴る数多の足が音を立てる。
彼はその背を、横顔を見渡し、そして深く息を吸う。
そして、動きが無くなった場に、最大の声量を以って檄を放つ。
「その先に転がる石ころを砕いて蹴飛ばすぞ。
作戦開始!!」




