●四章-6.繰り返すエンカウント
周りで何か起きているけど何が起きているのか分からない。
結構住民視点からするとちょっとしたホラーとかトラウマ生えそうな展開って良く見ますよねと。
※前回のあらすじ
・とりあえず足腰鍛えろ
・自称勇者を探す女騎士
・勇者は大罪人だ!
-fate アキヒト-
「ゴールっと」
家の前で駆け足を緩め、止まる。少し上がった息を整えながら振り返る。
「思ったより余裕じゃない?」
すぐ後ろを低速で追いかけていたヴェルメが停車した。なおニーナはシノの頭に鎮座している。
頬を流れる汗をタオルで拭いつつ深呼吸。思ったより息は乱れていない。
「正直半分くらいで歩き始めると思ってたよ」
「自分で言う?」
ヴェルメが呆れるのも当然だが、自主的にランニングもスポーツもやった事が無い身の上である。
時刻は午後四時頃。一番暑い時間は過ぎ去ったが暖められた地面はゆっくりと熱を放っている。座り込むような事は無いが背中は汗で濡れ、シャツがべったりくっついている。さっさと汗を流したい。
「バイトで体力付いたのかな……」
「最初の頃は筋肉痛がどうとかって言ってたからねぇ」
もう数か月も前の話だが、それ以上に遠い過去のようにも思える。本来あるべき場所から遠く離れ過ぎたから感傷的になり易いのかもしれない。故郷は遠くなんちゃらって……国語の時間に聞いただろうフレーズははっきり思い出せない。そもそも慣用句だっけか?
さて、俺の無学はさておいて。何をしていたかというとまんまランニングだ。発案はもちろん俺でなくヴェルメ。それに追従して騒ぎ立てたのがニーナ。
配達の仕事は大体午後三時頃には終了する。そこからすぐに夕飯というのは時間が早いため、買い物があれば店を回り、それが無ければ一旦家に戻るというのが俺たちの日常だ。夕飯までに時間があるならシャワーを浴びる時間もあるわけで、だったら帰り道に走ったらどうだと言われ、試す事になったという次第である。ちなみにニュートラルロードで走ると目立つのでニュートラルロードから路地に入るところからスタートしている。次の配達の時に何言われるか分かった物じゃないし。
「アッキー、途中からフォーム変わってたけど自覚ある?」
「何だいきなり」
「あ、やっぱ無いんだ」
シノの頭上でしたり顔……したり声?で語る鳥。
「最適化されてた感じ。シノっちが見てたからかな?」
「シノが俺を見て、その情報を俺が受けて修正したってことか?」
「確証はないけど少しずつ矯正していた感じだったよ」
先日の超能力実験モドキでは何の成果も無かった話だから、どうにもしっくりこないが、運動適性の無い俺が急に何かに覚醒したとかよりは信ぴょう性は高い気がする。
「何か条件でもあるのかねぇ?」
「シノっちの興味の度合いとか?
汗を流すアッキーにキュンと来た?」
当の本人は小さく首を傾げているが。あと、キュンて何だよ。
「これ以上詮索してもあまり意味が無くないか?」
「確かにねー。アッキーが戦士だったら別だけど」
高性能の別視点を得られるとか漫画とかだと強い能力だけど、俺じゃ宝の持ち腐れも良いところだよな。なんか申し訳なくなってきた。
「とりあえず汗を流して来たら?」
「そうだな」
「アキヒト」
配達中にも使っているタオルを首に掛けて玄関に向かう俺をシノが呼び止める。
「ん? どうした?」
「血痕です」
彼女が指さす先を注視すれば確かに赤黒い点が落ちていた。その周囲を見れば同じものが大小あるも散見される。それを血痕だと断じることは俺にはできなかったがシノが言うなら多分そうなのだろう。
すると問題は何故そんなものが、という事になる。
「事故でもあったのか……?」
「ここだと辻斬りの方が遭う可能性が高そうだけど」
交通事故は無いが、接触事故は比較的よくあるクロスロードだが、確かにヴェルメの言う通り喧嘩や辻斬りの方がよっぽど多い。往来で力試しをおっぱじめる御仁が結構居るのだ。特に日が暮れると喧嘩か腕試しか分からない戦いが各所で繰り広げられるため、『回復術師の稼ぎ時』という言葉まである。葬儀屋の稼ぎ時にならない事を祈るばかりだ。
「物騒な事言うなよ……でも、誰か怪我でもしたのかな?」
「ちょい待って~」
ばさりと翼で空を打ち、身を宙へと舞わせる。4、5メートルほどまで揚がった所で「アッキー、そこに座り込んでるのが居る」と、少し離れた塀の上に降り立った。
「っていうか、ゆーしゃだよ?」
「え?」
驚いて駆けつければ確かに先日絡んできた男がそこに居た。脇腹を抑えて蹲っており、その手には血が流れ渇いた痕がある。尻の下に血が広がる程ではないが寒色のズボンには血で深い色になった染みが見て取れた。
「おい、大丈夫か?」
「アッキー、迂闊に近付いちゃだめだよ」
冷静だが投げやりな口調での忠告に足を止める。そういえば何の躊躇いも無く剣で斬りかかってくるような奴だった。
「他に誰かに喧嘩を売って返り討ちにでもされたのかねぇ?」
追ってきたヴェルメが自業自得と言わんばかりの呆れ声を零した。俺が相手だったから横暴な振舞いも通ったが、見た目での判断が全く利かないこの街では危険極まりない行為だ。誇りと尊厳は命よりも重いという文化の人はわりと珍しくない。返事の代わりに致命傷を貰うことだってありうる。
「こういう場合ってどうすりゃいいんだ?
警察とか居ないし」
『大通りに出て最寄りのセンタ君に連絡ください』
PBさんからの冷静な回答に「アッハイ」と応じる。
「放っておきな。まだ生きてはいるようだけど清掃のセンタ君に回収されるさね」
「いやいや、ヴェルメさん?」
「いやって……こいつはアンタを斬ろうとしたヤツだよ? まさか忘れたのかい?」
「忘れてないけどさ……ほら、トミナカさんは誘拐された人みたいに言ってたし」
「そりゃ神種の観点さね。あの口ぶりじゃ勇者ってのを散々楽しんで良い気になってたんじゃないかねぇ」
その推測はおおよそ間違ってはいないと思う。あの怖いお姉さんに『大罪人』と称されるくらいの何かをしでかしたようだし。
「だいたい、そいつは賞金首になったはずだけどねぇ……」
『罰金を支払って釈放になっています』
PBさんの適切な答えをヴェルメにも伝える。
賞金額だかその倍だかを自分で支払えば取り消しになるって話だったな。
「……悪い、ニーナ。センタ君を見つけて連絡してくれないか」
「いいけど……いいの?」
「頼む」
ヴェルメから咎めるような、或いは呆れたような気配を感じるが何も言わないでくれるようだ。再びばさりと羽を打ち空に舞い上がったニーナが一度真上で旋回をし、見つけたのかニュートラルロード方面へと向かう。
「そういえば景品のポーション。家にあったよな?」
「はい。戸棚に置いています」
「アキヒト、治療するのはどうかと思うよ」
「ヴェルメが居るなら平気だろ?」
傍目に見て自分の行動がおかしい事は百も承知だ。相手が日本人だからというわけでもない。きっと元の世界に居た俺がこういう場面に遭遇したなら警察に電話することも躊躇ったと思う。いろいろと聞かれたり疑われたりするのは怖いし。ただ……その後、何だかんだ見捨てる方が怖くて通報するだろうな……と。
家に入り戸棚からポーションの瓶を取り出す。回復のポーションとは聞いているけど効能の程は試していない。実は怪我には効きませんとかこういう場合は使用しないでくださいとか無いよな? 日本の製品のように細かい字満載の説明書きなんて付属していない。
『治癒のポーションですので傷に対して有効です。またこの世界の法則により、原則回復効果はどの種族にも回復効果として現れます』
安心と信頼のPBさんのお墨付きを得たので外に戻る。ちなみにシノも一応後ろに付いてきていた。家からそんなに離れていないから本当はヴェルメの傍に居てもらいたいけど、ある種習慣のようなものだ。俺としても視界内に居ないと不安だし。
路地に戻ってポーションの栓を抜く。直接振りかければいいという事なのでしゃがみ込み、押さえている辺りにばしゃりと振りかけた。
「アキヒト、離れておきなさい」
「ああ」
傷の様子をのぞき込もうとしていたのだが不用心だよな。ヴェルメの忠告通りに距離を取ると、ばさりと羽音を立ててニーナが戻ってきた。
「センタ君見つけたよ」
「ご苦労さん。えっと……」
てっこてっこと走ってくるボール。その数3。全自動洗濯機センタ君たちは俺にぺこりと礼をすると蹲ったままの男に群がり、何やら確認を開始した。
「あとは任せていいんじゃないかね」
「……そうだけど……」
「どうしてそんなに拘るんだい?」
咎めるような声音に頭を掻く。
「同じ世界の出身……じゃないだろうけど、日本人っぽいから、かな。
その上で、見知ってしまった相手だからなんとなく」
「見知ったって一方的に難癖付けられただけじゃない。
ハァ……お人好しっていうのかねぇ。
ともあれもう気が済んだだろ? さっさと着替えて来な」
「そう……だな。任せてもいいか?」
俺の問いにセンタ君のうちの一体が振り返り『あとはこちらで対応します。通報有難うございました』と、もう聞きなれた電子合成な音声で告げる。
現場から視線を切るように背を向けながら、脳裏を過ぎる言葉を苦笑で丸めて捨てる。
するとちょんと、裾を引っ張る手。何だろうと追えばシノのガラス玉のような瞳にぶつかった。
「どうしましたか?」
今しがたどうでもいいかと切り捨てた言葉が舞い戻ってきた。
少しだけ逡巡し、丸めた疑問を開く。
「いや……なんでここ何だろうなって」
家から100メートルも無い距離。人口密度が未だスカスカで空家だらけのこの街で、店も無い住宅エリアのこの場所に倒れているのを偶然と切り捨てるのは無理がある。
「シノを追いかけてきたとかじゃないのかい?
ねちっこそうだし」
「だとしたら、ちょっと怖いな。また同じことをするかもしれないし」
「手当しておいてそれ言うの?」
「ごもっともな意見で」
しかし手を汚してとどめを刺すことはおろか、見捨てる事すらできない俺だ。ヴェルメが力づくで引き離したりしない限り、結局気になって同じ行動に至っただろう。
「でも、なんでアイツ死にかけてたんだろーね?」
「外傷があったから、誰かに襲われたんだろうけど……」
血痕は点々と続いていた。つまり襲われた後にあそこまで逃げてきて力尽きた、ということになるのか。となれば誰が? となるが……心当たりがあるのは俺だけではあるまい。
「ニーナ。センタ君を呼びに行くときに、昨日の女の人、見なかったか?」
「通行人は何人か居たけど詳しく見てないかなー。センタ君探していたんだし」
上空から青くて丸いボールを探していたニーナは歩いているのが人型だと分かっても興味を向けなければ男女の区別すら付けていないだろう。
「もしあの男を襲ったのなら……今は探しているってことじゃないかね?」
「じゃあ……近くに居る?」
まるでそれはフラグだと言わんばかりのタイミングで爆発音が鳴り響いた。
直後、ガンという激突音が耳を打つ。一度塀に激突し、跳ねて足元に転がったそれはセンタ君の腕だ。
「なんだ!?」
「んとねー」
ばさりと再び舞い上がるニーナ。屋根くらいの場所で滞空しながら煙の方を眺めた鳥は「噂をすればなんとやらだよ!」と声を発した。
「センタ君を襲うとか……正気じゃないね」
破壊された腕が転がっているのだから見てなくても何が起きたかは想像がつく。
賞金額は『町の管理への障害、悪影響』が加味される。町の保守清掃管理を担うセンタ君の妨害や故意の破壊は分かりやすく金額が跳ね上がる。昨日今日この町に来たとしてもPBからの警告はあるはずだし、ニュートラルロードを歩けばこの街が敵になるヤバさは子供でも分かる。金時さんは「焦ってどんな行動に出るかわからない」と評していたがまさしくその通りだった。正気でない。
「どうするー?」
「流石にどうもしないよ。見つかる前に降りてこい」
「ほーい?」
緊迫感のかけらも無い応答と共に塀の上に降り立つ鳥。
「あの人、ゆーしゃ君を攫って行ったよ」
「殺さずに?」
「うん。とどめは刺してないっぽい」
彼が逃げ出せる程度の傷だったのは殺さずに無力化することを狙っての事だったのだろう。
「改めて通報とかしなくていいのかな?」
「下手に顔を出すとアンタまで斬られるよ」
彼女はセンタ君を容赦なく破壊した。彼女にとって何の価値も無い俺への扱いは変わらない事は想像に難くない。
「こういうとき、主人公キャラとかは飛び出すんだろうなぁ……」
現状彼がどうして追われて傷つけられ、連れ去られたのか全く分からない。それを知るためには罪人と言い放った彼女に聞くしかないが、すでに賞金首確定の彼女とのんびり話をする機会があるとは思えない。少なくとも金時さんと打ち合って退かない腕前くらいないと対峙するだけで切り捨てられる。
「……何度目か忘れたけど着替えてきたらどうだい? 風邪ひくよ?」
「あー、うん。そうだな」
すでに帰宅してから二十分近く経過していた。体もすっかり冷めてシャツとかが気持ち悪い。
「ちょっと見てこようか?」
「危ない事するなよ?」
「ほいほーい」
三度舞い上がった鳥がニュートラルロード方面へと飛び去って行くのを見送る。空を飛べるアドバンテージはあっても肉体的性能はただの鳥であるニーナを行かせるのも不用心の一つだけど、関わってしまった物の結末が分からないというしこりが許可を出した。
まぁニーナだし大丈夫だろう。
特に根拠のない結論と共に俺は改めて家の戸に手を掛けたのだった。




