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●三章-11.お人形さん

10年前に書いた作品を読み、今の自分の実力に軽くへこんでいるなう。


※前回のあらすじ

・救助活動できましたー

・シノさん対ヤバイ本のエキスパートなのでは?

-fate アキヒト-




「いや、面倒をかけて申し訳ない」


 昼間であれば青々とした鮮やかさを見せる葉桜。それが今は夕日によって紅と黒の陰影を浮かべていた。

 幻想的とも称すべき黄昏の中、俺の前に立つ老人は苦々しさを滲ませて顎鬚をしごく。館長は威厳と言うか、真面目な時は重鎮オーラが凄いので凄く絵になる光景だなぁと、的外れな感想を一旦横に置く。


「いや、今回は事故みたいなものですし」

「とはいえ、その後の落ち度も看過できんからの」

「想定外が重なったことは否めませんが、元より想定外を前提にした対応でした。

 そこで失策を重ねた上に要救助者に救助をされるという状況は赤点どころの騒ぎではありません」


 館長の隣に立つサンドラさんも無念とばかりに表情を曇らせている。

 正直他の司書院の方々からも謝罪や感謝の言葉を立て続けにいただいており、こちらが恐縮する状態なんだけどな。


「精神的な弱さ、アクシデントへの対応能力の低さが露呈しました。館長がもう少しご自分の肩書通りの知略を奮っていただけなら……」

「儂、学問の神にあやかっておるが、軍神でも武神でもないからの!?」


 毒を差し込むサンドラさんに館長が言いがかりだと反論するが無視。相変わらず館長にはセメント対応である。


「お陰で分かったこともあるのは事実じゃな。

 まさか三人が通れるほどの穴があるとは」

「提供させたデータを再解析しましたが……十数年に一度のタイミングだったようです」

「それを読み解いたのか」

「褒められた?」

「ある意味褒めてるのかなぁ……」


 ぴこりと顔を上げたらしい。頭の上ので27号が能天気な声を出す。

 こいつ、完全に俺の頭を定位置にしてしまったらしい。それはそれで意味がある行動ではあるらしいので対応は後日考える。


「ふむ……本当にそのタイミングを狙ったのか?」

「手足くらいならどうでもなるから突撃したけど、思ったよりも上手くいったものね」

「おい」


 予想をはるかに超える物騒にして不穏当な発言に体が震えた。


「だって、アッキーだけ連れて行くつもりだったんだもん。

 しのっちが増えた時点で計算とか狂うし?」

「館長、流石に不用意過ぎでは?」

「いや、儂の判断正しかったじゃろ? そこの鳥の言葉でないが、それこそ即死するよりは……」

「重量の増加による移動速度の減と加速度の増が丁度かみ合った感じ?」

「下手すれば全員消滅していましたね」


 なんか眩暈してきた。運が良いのか悪いのか。いや……


「?」


 俺の視線に気づいたシノがこちらを見上げる。


「くじの時も当たり引いてたし……シノって運が良い?」

「運という言葉を数量で表現する手段はありません」

「特別そういう能力があるわけじゃないのね」

「心当たりはありません。

 それに……」


 続く言葉を呑み込む。喉の奥に押し込むように目を閉じ、「なんでもありません」とだけ零した。何を言おうとしたかはなんとなく分かるので追及はしない。シノがこういう顔をする事柄なんて一つしかない。


「ともあれ、詫びは後程な」

「お世話になっているのでそういうのは遠慮します。

 また何かあったら相談に乗ってください」

「ふむ。欲の無い」

「菅原道真公に相談できるってだけでも十分役得と思いますけどね」

「ほほほ。パチモンじゃがな」


 好々爺の笑みを浮かべ、顎鬚をしごく。


「で、その鳥は飼うのか?」

「飼う、って言って良いんですかね?」

「えーっと、ふつつかものですが、よろしくおねがいします」


 頭の上でわざわざ羽先を俺の頭に付けてそんな事を言う。多分頭を下げているんだろうが俺からは全く見えない。


「誰だよ、そのテンプレ教えたの」

「基礎知識の中にあったよ」

「まぁ、地下の連中ですから」


 怒っていても礼儀正しいサンドラさんから「連中」という言葉が出るのも相当だ。

 ちなみに半ば八つ当たりではあるが、司書院の地下研究組の好感度は超下がっているらしい。その後の掃除を率先的に行い、少なくとも大図書館から借りた本は期限内に戻すという盟約を結ぶことで手打ちにしたとか。ちなみに次の掃除のときにはやはり防衛するらしい。なんでだ。


「防衛試験、地下書庫の配置は後日改めて確認じゃな」

「……そうですね」

「もしかして、防衛は 『推奨』していたんですか?」

「しておらんよ。その状況を利用して追加の確認をしようとしただけじゃ」

「地下三階層の研究区域は管理組合に次ぐ、或いは並ぶクロスロードの頭脳です。それも表に出さなくても良い研究室。その価値は説明する必要はないでしょう」


 無法都市とはいえ、住む人が全員世紀末の無法者というわけではない。人体実験をしているなんて言われれば気分を悪くする。核兵器を開発していると言われれば不安になる。この街に来た研究者が勝手にやっているだけのこの場所だからこそ、表に出さずに進められている物があるということか。そんなところへの直通路があると知れた事は思った以上に大問題らしい。


「公然の秘密ではあるが、地下階層の事はなるべく口外せんでほしい」

「わかりました。あんなのが不用意に流出するのもゾッとしませんし」


 武器や兵器を専門に研究している人が居るのは間違いないだろう。この街の中でならまだ何とでもなりそうだけど、地球の、例えば金時さんの世界なんかに持ち込まれたら大惨事どころの話じゃない。


 ……いや、まぁ、ここからでなく、普通に俺の世界から銃火器持ち込めば十分に大惨事か。

 考えすぎかと思う脳裏に、たまに純白の酒場で遭う金時さんの言葉を思い出す。

『銃弾は矢より早いから避けるのが難しい』とかなんとか……。案外問題ないかもしれない。頼光さんの動き、うちの世界の軍人が対応できるレベルではないと思うし。


「やはりティア君が戻るまで延期すべきだったかのぅ」

「そういうわけには……」


 記憶を探りつつ苦笑いというか、引き攣り笑いというかを堪えていると聞きなれない言葉が耳に引っかかる。いや、確か……


「『お嬢』とか『統括者』とか呼ばれているって人の事ですか?」

「うむ。おや、遭ったことがあるのか?」

「いえ、ダティアマーカさんがその人が居ないから張り切って迎撃できるとか何とか言っていたので」

「なんじゃその『統括者』とか言うのは。初耳じゃぞ」


 館長の言葉ではない。若いというより幼い女の子の声。

 上から? と視線を向ければ紅の塊がふわりと舞い降りた。いや、夕日に染め上げられているだけで白か。リボンとフリルがこれでもかと付いたゴシックロリータとかそんな服。続いてトンと大きな杖が地を突いた。杖、なのだろうか? そのフォルムはまるで死神の鎌のようだ。大きな赤の宝玉と魔術を連想させる文字のような模様が目を引く。


「間に合わなんだ、様子だけでもと思ったが、不測の事態でも起きたかえ?」


 身長はシノよりも低く、小学校低学年くらいにしか見えない。その小さな体のくるぶしまでありそうな銀の髪が遅れて舞い降り、定位置を探すように揺れた。


「わざわざすまんな。

 色々とあって後で相談に乗ってくれるとありがたい」

「予定を変えたのはこちらじゃ。それくらいはの」


 シノを初めて見たときは「お人形さん」という感想を抱いたが、彼女は段違いだ。衣装も長すぎるくらい長い髪も、貴族のような目鼻立ちも、何もかもが生きている西洋人形のようだった。

 そして─────


「アキヒト?」


 そこまでなら別に驚くほどの事ではない。ビックリ度ならアラクネの姉さんとかの方がよっぽどだ。

 何よりも問題なのは────


「なんで、『お人形さん』が動いているんだ?」

「……ぬ?」


 どうしてそれがここにあるのかということ。

 俺の言葉に翠の双眸が差し向けられた。シノと同じく『造られた』ように整い過ぎた顔立ちにこちらの胸の奥を伺い見るような光が宿る。


「不躾じゃな」

「いや、その、タチバナん所の『お人形さん』……だよな?」


 俺の言葉に少女の表情に驚きが混じる。ややあってそれは苦笑へと変わり、「なるほどの」と言葉と吐息が零れた。


「確か……そう、夜の公園で遭ったか」

「ぅえ……じゃあそっくりさんじゃなくて」

「人形のフリをしておっただけじゃよ。夜じゃったからの」


 もしかしてと思ったが本当にもしかしてだった。


「アキヒト、お知り合いですか?」

「知り合いと言うか……」


 なんと答えるべきだろう。俺はあの時のことを思い起こす。

 あれは……3年前くらいだ。

 町はずれに住む叔父さんの家に届け物をした帰り道。その近くにある公園のベンチで特異な物を見つけた。

 街灯に照らされた銀の髪。力なくうなだれたそれは幻想的だったけど、どちらかと言うと幽霊的な怖さを覚えた。それからその横に座る青年に気付いた俺は、更にはそれが見知った顔だったので改めて目を凝らした。

 地方都市で同じ年に生まれたから小中高同じ学校に通うも、クラス分けや帰り道の方向から『幼馴染』とは言い難い知り合い。しかし彼の祖父は骨董屋を営んでおり、その家屋には道具に憑いた幽霊が出るとの噂があったため、見間違いはしない程度に知っている人物。

 アイツはいつも通り、やたら落ち着いた大人びた様子で俺の疑問に応じた。


『ああ、これは……祖父の遺品だよ。

 たまに月光に当てるようにって遺言があって、人気のない公園でお役目を果たしているのさ』


 その横で確かにピクリとも動かなかった、綺麗な銀の髪の『お人形さん』。

 近づきがたい何かを感じたか、その時は公園の敷地内に入ることなくその場を離れたが、あの光景は今でも思い出せる。彼女がその時の『お人形さん』と同じだと言える程度には。

 小さなお人形さんは、しかし確かに人として動き、俺を見上げた。

 翠の目には僅かに躊躇うような色。それでもと彼女は小さな唇を動かした。


「して、ユウヤは息災かえ?」

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