●三章-4.挿話:使徒ダティアマーカ
元々こういう話をちょいちょい挟んでいこうかなと思っていたので。
説明文にもある通り、このお話の主役は町とその住民です。
-fate ダティアマーカ-
神は世界を作り、数多の命を作り、世界を運営する者としていくつかの種を作った。
その中の一つ、森妖精。ここで言うエルフ種を見守り導くために作られた使徒が僕だ。
とはいえ、長命種にして森の守護者たるエルフは日々の暮らしも緩やかで、数百年、大した変化も無く時が過ぎていった。
最も重視すべき役割は神授の森の守護。全ての精霊の揺り篭にして全ての緑の生み出される地。その土地を守る事が何を措いても果たすべき事。それで良いはずだった。
変化は外から訪れた。
『持たざる者』『与えられぬもの』────人間種。
主要なる種には導き手たる使徒が遣わされたが、その種、人間種だけには特筆すべき才も、使徒も与えられなかった。それ故に他の種族から低く見られていた者達。
彼らはいつしか世界に満ちていた。時折森に近づく者を排除することはあったが、気が付けばそう遠くない場所に町が、国が生まれていた。
住む場所が近ければ接触は必然。最初は聖域を侵す『不埒な侵入者』と『排除する者』という関係だったが、百年が過ぎたとき、彼らは千の軍勢をまとめ上げ、神授の森を明け渡すように要求するまでになった。
千程度の人間種など、敵ではない。
それはすでに楽観に過ぎる考えだった。剣や弓ではない。石弓と投石器といった兵器で死を雨と降らせ、鋼の鎧は百発百中の矢を容易くはじいたのだ。
それでもエルフの行使する精霊魔法は絶大だった。幾ばくかの被害は出したものの、暴風に煽られた炎の嵐が兵団を焼き、揺れる大地は馬を怯えさせ、騎士たちを重い鎧ごと地面に叩きつけた。
千々に逃げ去った人間種。それは百年後に再び現れた。
エルフの感覚で言えば百年など大した過去ではない。それなのに懲りぬ愚か者がと怒りを滲ませながら対峙した兵団を見て、彼らは絶句した。
竜騎士の存在。誇り高く暴威の象徴たる竜が人間に従っているのだ。
竜種に遣わされた使徒、竜王が許すはずのない屈辱的な光景。返せばそれは、竜王が人に屈したという紛れもない証左だった。
事態を重く見たエルフは神授の森の奥、僕の住まう地へと助けを求めに来た。
僕も最初は竜騎士なる存在を信じる事が出来なかった。しかしその目で見れば認めるしかない。しかし、竜の聖域たる神山に踏み入ったであろう事と、その上で神授の森までも穢そうとする人間に激しい怒りを覚えた。
大精霊の行使。僕に与えられた権能。
竜王をいかに下したかはわからなかったが、僕の力はこと軍隊には非常に効果的だった。有象無象の兵たちは我先にと逃げ出し、指揮官も我が身が大事と逃げ出してしまった。
残った僅かな兵も戦争にならないと退いていく。
しかしそれをただ見送るわけにはいかなかった。冷静になってみれば竜を従えている事に不安を覚えたのだ。
何が起きたのか、確かめると同時に二度と愚かな真似をしないようにしなければならない。
人間種が王都と称する都を地震で砕き、半壊した王城で震える王を前に人の犯した罪を問うた。正直、驚いた。竜種、獣人種の使徒はすでに亡く、地妖精の使徒は人間と同盟を結んでいた。小さな集落に縮こまって住んでいた人間はその版図をすべての大陸に広げ、数多の技術、文化を花開かせていた。
不覚にもそれら様々な文化に魅入られた僕はすぐに『魂消る』物を目にする。
創生の折、唯一まみえた創生神の姿。その完璧な似姿が人間の町で祀られていたのだ。
そうして僕は悟った。これは人間の思い上がった暴挙ではない。そもそも人間種は『持たざる者』ですらなかった。
使徒を与えられなかったのではない。必要なかったのだ。創生神自らが導くのだから。
地妖精の使徒もまたその事実を知ったのだろう。僕は必至の命乞いをする人間の王……数多居る王の一人に保護と従属を持ちかけた。
このまま森に帰ればこの王ではない誰かがより強大な力と数で攻め込む未来に疑いは無かった。森を守る者として、そして父なる神の子として知る必要があると考えた。
そうして改めて知った人間の文化に僕は驚愕した。
魔術理論の究明。発動補助体たる杖や方陣の研究開発。これらにより使徒にしか使えないはずだった大規模魔術の行使を実用段階にまで押し上げていたし、地妖精種の技術を吸収し作り上げた武具の数々は未だに石の矢じりを使うエルフの装備が玩具に見えるほどだった。
気が付けば十数年の時が流れていた。
僕が従えることになった国は発展し、他国を傘下に収めて広がりつつあった。
従属させたといっても僕は人間とその王の自由にさせていた。彼らの活動こそを見る必要があると感じての事だ。
人間は、刹那的で、火花のように情熱を、欲望を、嘆きを、絶望を、様々な感情を弾けさせては死んでいった。
その姿を見ていた僕はある時、一つの事実に気づいた。
世代を重ねるにつれ人間の魔法適正がほんの僅かずつ高まっているのだ。
思えば創生の折、持たざる者はエルフにとって児戯でしかない魔術すら使う才能が無かったはずだ。それがどうしてここまでに至ったか。
この答えの一端にまで人間の手は届いていた。
輪廻転生。
魂の成長。
それは人間だけの事ではない。調べればエルフの幼子は長老に比べて圧倒的な素養を有していた。そんな事にすら自分は気づいていなかった。
死して天に魂を返す事。
そうしてまた生まれ、経験を積む。
この繰り返しこそが父たる神の望まれたことだという確信。だからこそそのサイクルの速い人間種を父なる神は何も与えず、そして己で導いたのだ。
それは我が身の悍ましき呪いに気づいた瞬間でもあった。
不老不死。
僕はどれだけ時を、経験を重ねようとも父たる神に何一つ貢献できない存在と定められた存在なのだ。
あの時の絶望は今でも夢に見る。それほどに衝撃的だった。
あがくように、もがく様に。僕は父たる神へ貢献する方法を模索した。
長生きするだけのエルフの長老たちを殺すべきか。従属させた国にもっと大きな戦を起こさせるか。効率よく、魂の育成を為す手段を見つけるために魂の研究を始めた。
それが終わりの始まり。
しばらくして、神託は全ての人間に、それだけでない。全ての種族に下ったという。
『神に反逆する森妖精の使徒、ダティアマーカを討て』
慌てるエルフ達からの、配下の人間からの報告に僕は呆然となり、続いて世界中のエルフが狙われ、殺され始めたという事実に戦慄した。
この身は偉大なる父を裏切ってなどいない。
全てはかの神のために為している。
反逆とは、一体どういうことか。
困惑のまま、しかしエルフの指揮を執るために神授の森へと戻った僕の前に現れたのは、人間を従属させてから何度か顔を合わすことになった地妖精の使徒。
エルフ達が警戒し僕を守るように展開する前で彼は沈痛な面持ちのまま単独でやってくる。
僕はエルフを下がらせ前に出た。
担ぐ巨大な斧。それを構えて彼は言う。
「魂の研究は禁忌じゃ」
何も語らず僕を叩ききることもできただろう。しかしその言葉は無知無能な僕への慈悲だった。
ああ、と呻きをあげ、僕は跪いた。
「理解したのなら、ここで逝け。
おぬしの望みでもあろう?」
地妖精の使徒は父なる神の威を帯びた斧を掲げた。
あれは僕の不死を終わらせる。そのために授けられたものなのだろう。
抵抗の意思は無かった。彼の言う通り、死して父たる神に報いる事が出来るならば、それは本望とすらぼんやり考えていた。
地妖精の使徒が刃を振り下ろす。
だが、その刃が僕の頭に届くことは無かった。
硬質な音色に顔をあげる。
僕と地妖精の使徒を隔てるように現れた石の壁。それは驚いたことに父なる神の威を受け止め弾いていた。
「馬鹿な!」
地妖精の使徒の驚きは当然だ。この世界に措いて、何故父なる神の力を防げる存在があろうというのか。
僕の手は、僕の意思と乖離してその扉に延ばされていた。
今思えば、全てを悟り、諦めていたのは使徒としての僕。
しかしそのわずか十数年の研究者としての時間は別の僕を作り上げていたのだろう。
知りたい、と思った。
だから使徒としての役目を失い、見捨てられた僕の前にその扉は現れた。
「機会があるのならば、伝えてほしい」
扉の向こうの神の子に僕は告げた。
「父なる神よ。あなたへの敬愛は決して損なわれることはありません、と」
そして、僕はこの世界にやってきた。




