●三章-2.落下
新年あけましておめでとうございます。
気付けば評価もいただいていたようで。やっぱりこういうのはうれしい物です。
今年も不定期ながらボチボチやっていきますのでよろしくお願いします。
※前回のあらすじ
・夏のある日、大図書館の前に武装集団
・今から大掃除だ
-fate アキヒト-
さて。
いろいろ面食らった話を聞く事になってしまったものの、図書館が普通に利用可能ならば初志貫徹、館内で本を読むという事で良いだろう。
「じゃあ、館長。後ほど」
「うむ。今日はスタッフはが少なめじゃが、君たちは勝手知ったるじゃろうからな」
「ええ」
読書をしたいだけなら、いつもの閲覧室に入れば本を探して回る必要もない。便利な物だ。
そういえば……とある知り合いが電子図書について『本は本の形でないとしっくりいかない』とか言ってたけど、やはりそういう人は居るのだろうか?
不意に浮かんだ特に意味のない記憶。それに気を取られたかどうかは分からない。
「アキヒト!」
シノの驚きと警戒の混じった声。次の瞬間、衝撃が真横から襲い掛かり、続いて速度が俺の体を横薙ぎにする。
「かはっ!?」
腹部を圧迫され空気が強制排出される。痛みはない。いや、頭が付いていかない。
ただ、シノの姿がどんどん小さく、離れていく!?
「─────っ!」
驚きと焦り。初めて見た館長の驚愕と何らかの叫び。
それに呼応して飛び出した一人の男がシノを掬い上げるようにお姫様抱っこしたかと思うと、
「─────っ!?」
そのまま大きく左足を前へ出し、シノの背に当てた右手を押し出すように、シノを投げた!?
いや、このまま100メートル離れるよりは確かにマシだ。だからってもっとやり方ってもんが────
──今は置いておく。ゆっくりと前転するようにして、頭がこちらを向いたシノが手を伸ばそうとしている。
とにかく、受け止めないと。
焦がすような衝動に押されるように手を伸ばそうとして、動かない。
─────違う。
これは、シュテンさんと頼光さんの戦いの時に起きた知覚の強化だ。時間が引き伸ばされ、本来の能力では知覚できない事を捉えている。
そんな中、周囲の景色は歩くほどの速度で流れている。
つまり……いや、待って!? そんな速度で投げられて大丈夫なの!?
もしも受け止められずに、届かずに落ちたら死ぬんじゃないのか!?
より一層力を込めた腕が空気を押し分けるような鈍重さで延ばされる。届けと祈る。脳が熱い。心臓が凍り付いたかのように冷たい。感覚が思考が体が。その全てが ちぐはぐ のまま、ただひたすらに手を伸ばす。
その果てに────白い指が触れた。
指を掴む。それだけじゃ足りない。なんとか手首を掴みなおし引き寄せる。
「がっ!?」
肺の空気が一気に押し出される。俺を運ぶ何かの動きが緩んだため、シノの速度と挟まれたのだ。胸がみしりと音を立てた気がするが、それよりもシノの安全確保が優先。なんとか左手を伸ばし、腰に触れたところで移動のベクトルが変動。腕が悲鳴を上げるが無視。多分あのハイなモードに入っている。痛みを無視できる。後が怖いがシノを落とせば後すら無い。
腰を引き寄せながら右手で何とか頭を保護するように抱くと、軽い衝撃が下から走った。
木材を砕く音。飛び散る破片のいくつかが俺の足を打ち据える。
落ちる?
そう思った時には周囲は闇に閉ざされた。頭上からの光がどんどん薄くなる。
「アキヒト!」
腕の中には確かにシノが居る。それを確認できたところで全身に痛みが走った。
感覚が戻ったのだ。苦しくて、痛くて目尻に涙が押し出される。だか無茶の代償で体がバラバラになろうとも、ここで仕事を終えるわけにはいかない。細くて小さな体を可能な限り抱き寄せる。
もう一度、シノを守ると強く念じて痛みを有耶無耶にする。
落ちている。自由落下だ。腹の中身が浮く感覚が気持ち悪い。フリーフォール系の遊具とか中坊の時に乗ったきりだぞ。
恐らく俺の腹に腕が引っ掛けられ持ち運ばれている状況なのだろう。落下の感覚と強烈な圧による吐き気をなんとか飲み込む。
シノが服の胸のあたりと掴む感触。もはや俺には祈る事しかできない。俺を運ぶ何者かが俺たちを単純に放り出すなり、そのまま着地するなりすれば落下の加速度による衝撃でスプラッタな結末を迎えるだろう。
果たして何分……いや、何秒経過したのだろうか。
不意の光に目が焼かれる。思わず目を閉じ、
「ぐえっ」
ごぎゃりと、腰が酷い音を立てた。落下距離に対してならあまりにも優しい衝撃だが、巻き付いた腕が支点となり、その和らいでも強烈な負荷の全てを腰に集約した。
「おぉぉおおおおおお!?」
目の前が真っ白になる。痛みが脳を焼く。
全身が、何よりも腰が絶望的な痛みを呻らせる。カハと、肺が呼吸の全てを吐き出し、しかし吸う事が出来ない。内臓が痙攣している。苦しい。それ以上に痛い!
放り出された? 背中から床に投げ出され悲鳴を上げる腰に追い打ちをかける。思わずシノを強く抱いてしまい、必死の思いでそれを緩めた。
「アキヒト!」
シノが慌てた声と共に腕の中で暴れるが、それどころじゃない。体が言う事を聞かない。痛みが体中で反響し続けている。
「─────────!」
「──────────!?」
知らない声がいくつか耳に届くが、気絶できないほどの痛みの前では意味ある音としてとらえることもできなかった。
腕が掴まれた。シノが離される。やばいと思った時にはひっくり返され、視界が床に埋め尽くされ─────
ごぎゃり
「がぁあああああああああ?!」
腰に強い衝撃。魂が抜ける。エクトプラズム出る!
「これでどうだ? おーい、ポーション誰か持ってないか?」
「ヒヒヒ、新作でいいなら」
「やめろ。お前それ、ヴァウドンデドンの神樹液入りだろうが。回復じゃなくて変異進化しちまうぞ」
「ヒヒヒ。見たくなぁい?」
「……」
ら、乱暴だけど腰の骨を戻した……のか?
十二分に余韻は残る、が強烈な痛みは引いていくようだ。まだ余計なことを考えられているのは近くのブーストが続いているのだろうか。
「やめなさい。そっち系のやらかしはお嬢に知れたら狩られるわよ」
「ヒヒ……仕方ないねぇ。普通のだよ」
やや間があって何かが頭からぶっかけられる。次の瞬間その全ては蒸発したかのように消えたが同時に痛みも無くなる。だが体は痛みと衝撃とその混乱を忘れない。上手く動かせずに痙攣する。苦しい。
「アキヒト! 大丈夫ですか?!」
「が、ぁ……」
「ほら、落ち着いて深呼吸しろ」
男の人が俺を改めてひっくり返し、天井を向かせた。蛍光灯がまぶしい。ケホと引っかかるような咳が出てようやく肺が機能し始めた。貪るように酸素を求める。
「ヒヒ。良い薬を使ったんだ。体は万全だよぅ?」
老婆の声に寒気を覚えると同時にむせた。しばらく咳き込み、ようやく体が落ち着きを思い出す。たっぷり二分くらい掛けただろう。俺の胸に手を置きのぞき込むシノに、多分情けないだろうけど笑顔を作って見せる。目尻どころか思いっきり泣いてるな、俺。目元拭いたい。
「し……シノの方こそめちゃくちゃな扱いされてたけど……大丈夫か?」
「私は平気です」
心配そうな顔が真正面にある。それでも、「平気」の一言に全身の力が抜けた。
「あー。良い雰囲気のところスマナいんだけどね。
あんたら、誰だい? ここのメンツじゃないだろ?」
怪しい薬を止めてくれた方の女性の声。首を巡らせれば白衣に眼鏡という絵に描いたようなサイエンティスト衣装の……馬がいた。
……馬の口からいかにも「できる女性」な声が発せられるというコレジャナイ感凄いです。
丸くてつぶらな瞳がこちらを見ている。だんだんじれてきている気がする。
「……何かに掴まれたまま穴か何かに連れ去られたと思ったらここに着いていたってだけの一般人です」
「何かに? ……この穴使ってンのは……ダティアマーカのトコの自動人形か。
おい、ダティアマーカはどこだい?」
「あー? 呼んだかい?」
応じる声の方を見れば長身のエルフらしい男性が女の子に引っ張られながらこちらにやってきていた。白と金の間の長髪がさらりと揺れる腹立たしさも立たないくらいの美形さんである。
「ほらほら ますたぁ。変なの捕まえたの!」
「生き物を拾ってきちゃダメだって言っただろ?」
「絞めて持ってきた方がよかったの?」
「それもダメ。うーん。やはり人造魂魄は生命倫理感がわざとじゃないかってくらいに崩れるんだよなぁ……もう数パターン作成して比較調査するか」
ぶつぶつと言いながら俺の前にやってきた美形エルフは俺を見るなり眉根を寄せ、それからシノを見た。
それからヤレヤレと困った風に頭を掻く。
「君、管理組合保護対象だよね?」
「……」
どう答えた物か。身の危険を感じつつも対応に困っていると、制止するような手の動きを見せた。
「ああ、別に隠さなくてもいい。
僕は人造生命並びに人造魂魄の研究をしていてね。君たちについての情報は管理組合から調査協力依頼と共に提供されている」
言葉の通りであるなら、確かに隠す必要はないのだろうけど……
「27号が君に興味を持つわけだ。
……いや、君だけを連れてこなくて良かった良かった。死なせてしまっては流石に言い訳が立たない」
「いや、思いっきり俺だけ攫おうとして、多分館長の機転でなんとかシノと一緒にここまで落ちてきただけです」
はっはっはと笑うエルフさんの表情が凍り付き、それからぴしりと姿勢を正すと
「……本当に、すまない」
清々しくも素直に頭を下げるエルフさんの姿は美しいとさえ思える。
ただ、この場にはとても不要な美しさだと思う。
「……対応に困る」
「素直に謝られると逆に困る事ってあるよな」
最初に俺を見つけてポーションを求めて、最後にひっくり返してくれた男性は一見人間種のようだ。黒目黒髪の東洋人の風貌。ただし見た目は若く中学生くらいに見える。
「危うく夜逃げしなきゃいけないところだったよ」
「ヒヒヒ。今、夜逃げすらできないけどネ」
もう一人、笑い声を響かせるしがれた老婆の声。杖と小豆色のローブといういかにもな格好の存在がずいと近づいてくる。
ぞわりとした。ローブの中は闇。顔も何もない。杖を持つ手は確かに枯れ木のような、しかし人間の物だがどことなくおぞましさを感じる。
「そういえばそうだったね。彼らに戻ってもらう事は?」
「無理よ。もう防衛システムと称したテスト品が山と積まれて固められてるわ」
馬の女……牝馬科学者? が鼻を鳴らして冷ややかに言う。
「だよなぁ。仕方ない。終わるまでウチで預かるか」
「ヒヒ、不参加かい?」
「元々だよ。張り切っているのは兵器中心の製造組だろ?」
「ヒヒヒ……その自動人形を投入すると思っていたんだがねぇ」
「これは戦闘用じゃないからね」
「……いや、『あの』給気口から人ひとり抱えて衝撃殺して着地できてる時点で十二分に戦闘対応できると思うわよ?」
目の前で繰り広げられる呑気な会話に含まれる「兵器中心」とか「戦闘用」とかの単語を気にするなと言うのが無理だ。
「……ええと、すみません。
結局、これ、何が起きているんですか?」
何かできるとは思えないがとりあえず状況把握は必要だろうと手を挙げて問うと、美形さんが「ああ、本当に巻き込まれただけなんだね」と嘆息し、傍らの『自動人形』ペンと叩く。
「ますたぁ、なにそれ、私も同じのする!」
「叱ったんだよ。
ええと、まぁ、なんだ」
言葉を探して数秒。
それから美形さんは一つ頷きを見せ。
「悪乗りだよ」
良い表現だとばかりに薄い笑顔を見せ頷き語るエルフの美形さん。
俺はシノを、シノは俺を見たが、うん。それで理解できる方がおかしいと思う。
なお、牝馬さんは馬頭鬼デス。
あとシノを投げた青年は図書館に時々訪れる吸血鬼デス。




