●三章-1.夏のある日
今年最後の更新かな。
新暦1年7月頃のお話になります。
-fate アキヒト-
夏真っ盛りである。
日中の平均気温は大体28度くらい。
「アフリカの人でも日本の暑さには辟易する」という話を聞いたことはあるけど、その点について深い理解を示している昨今である。
いや、日本の夏の湿気って、ホント凄いのな……
クロスロードの少なくとも周囲100キロメートル以内には海が無い事が明らかになっている。サンロードリバー由来と思われる東から西への風の流れがあるものの、毎日カラッとした暑さなのだ。
一方で雨の時は一日雨だが、晴れの時は雲一つない晴れが続くため日差しはきつい。油断しているとすぐに日焼けをしてしまうため、帽子と長袖が通常装備になっている。
ちなみにシノは全然日焼けもなく白い肌のままなのだが、一応外出時は幅広の帽子を被っている。サマーハットだっけ?
さて、そんないでたちでやってきたのは大図書館だ。
支給された家には豪華にも空調が付いているため引き籠ってゴロゴロしてもいいのだが、その場合『リビングでじっと座るシノ』という本人は別に何の意図もない、しかし耐え難い圧が生まれるので、その選択肢は俺に許されてはいない。
「……ん?」
蝉はこの世界には居ないらしく静まり返った並木道……だったはずなのだが今日はやけに騒がしい。日差しの中、目を凝らせば十数人が完全装備で集まっている姿が見えた。
「……図書館が武力制圧でもされたのか?」
「取り囲んでいる、という感じではありませんが」
確かにどちらかというとサバゲーの準備中という雰囲気だ。緊迫感は無い。
立ち止まっていても仕方ないので近づくと、タブレットPC片手に集まった武装集団の一人と会話するサンドラさんの姿があった。
「あら、アキヒトさん。シノさん。こんにちは。
騒々しくてごめんなさいね」
こちらに気づき笑顔をくれるサンドラさん。ブロンドが日差しにキラキラと輝いている。
「今日は図書館が使えない、ですか?」
「いえ、図書館の方には影響がないので利用可能です」
図書館には……?
まさか喫茶店で悠々自適の館長を引っ張り出すためにこれだけの兵隊を集めた……?
サンドラさんが館長を引っ張って図書館に連行する様を何度か見ている俺は無いと思いつつもその予想を捨てきれない。
「おや、アキヒト君。おはよう。
仕事は休みかね?」
思わず見ていた喫茶店の方から館長が顔を出し、こちらを見止めて近づいてくる。
「ああ、館長。おはようございます。
……ということは、これはいったい何の集まり何ですか?」
「君、いくら何でも儂を引っ張りだすためにここまでの部隊は用意せんよ?」
心を読まれただと……?
「いや、『ということは』と言うたではないか。なぁ、サンドラ君」
「……」
サンドラさんを見た館長の顔が若干ひきつる。見れば「その手がありますね」という言葉がその顔に書かれていた。館長にはセメント対応の彼女の事だからいずれ専門部隊くらい用意しかねない。
「ほ、ほら、サンドラ君。お仕事 お仕事」
「館長だけには言われたくありませんね。
部隊編成をしますので集合してください」
集まった来訪者の対応に戻るサンドラさんの背を見送って館長はやれやれと呟く。
「えっと、何事ですか?」
「今から大掃除をするんじゃよ」
「大掃除?」
集まった来訪者の手にあるのは箒や雑巾……ではなく、どう見ても凶器の類である。
「君、大図書館の地下については聞いているかね?」
「地下……ですか?
……一般公開できない本がしまってある場所があるとは聞いたような?」
「うむ。それは地下一層じゃな」
立派な顎鬚をしごきつつ館長が頷く。
「さらに下があるって事ですか?」
「うむ。元々はそれら危険な本を読むための特別閲覧室があったんじゃ」
「……過去形?」
「いや、無くなったわけではない。用途が変わったのじゃ」
やや、困ったような表情を見せつつもどこか楽しそうなのは何故だろうか。
「そのような本を好んで読む、読める人というのは限られていてな。端的に言えば研究者じゃが……誰も来ないことを良い事に居ついてしまってな」
「……閲覧室にですか?」
「うむ。その後いろいろあって、地下三層の設備を踏まえ管理組合は大図書館地下三層を特別研究ラボと定め、希望者に部屋を割り振ったのじゃ」
地下研究室。その時点でなんだろう。嫌な予感しかしない。
……目の前にいる武力集団に繋がる話であり、『大掃除』の話だよな、と。
「設備とは?」
言葉に困っているとシノがぽつりと問いかける。
「各種防壁並びに結界じゃな。対『ABC2W』防壁と呼ばれておるが」
「ABCって……大量破壊兵器の事ですよね……?」
「よく知っておるな。アトミック、バイオ、ケミカルがABC兵器。それにこの世界ではカースとラースを足してそう称している」
呪いと怒り……って意味か。もちろんラースなんて単語は知らなかったのでいつものPBさんからです。
「怒り?」
「大いなる者の怒り。神罰とかそういう系統じゃな。
ウェポンの意も含んで『W』としたらしいのぅ」
シェルターですよねそれ。むしろそんな物が当たり前のようにあるラボって……ここがパンドラの箱か。
「そもそも神罰って防げるものなんですか……?」
「何度もは難しいがのぅ。一撃なら創生神クラスの神罰にも耐えうるはずじゃが。
まぁ、試せるものではないし、試そうとも思わんが」
シノが興味深そうに地面を見るが、ここからではその片鱗も見ることができない。
「つまり……そのラボが占拠されたって事ですか?」
管理組合管轄下の研究ラボなんて物凄い知識があってもおかしくない。それを狙う者も当然出てくるだろう。
そう思って聞いた俺の言葉に館長は苦笑を浮かべて否定を示した。
「立て籠もっているのはラボの研究者じゃよ」
「え?」
地面を見て、どういう事? と館長を再度見上げる。
「衛生環境調査と各種設備の点検のため、大掃除をすることになったんじゃがな。
掃除をされたらどこに物があるか分からなくなると言い出してなぁ……」
すっごく聞き覚えのあるワードですが、良いのかそれ?
いや、良くないから実力行使の準備中なんだろうけど。
「掃除されたくないなら自分で掃除すればよい物を。
どうしてここまで抵抗するのやら」
「そういう問題なんですか? というかソコ?」
研究品が危険とか機密保持とかそういう話じゃないのか?
「そういう問題じゃよ。別にクロスロードに被害を与える研究でさえなければわしらも管理組合も一切止める気はない。例え外法や倫理観を盛大に外した研究であってもの」
無法都市だから……といっても、人体実験もアリなのか……ってそれはもう今更過ぎる気もする。
「施設管理上の問題じゃし、管理組合の管轄下施設の占拠でもあるからの。
好き勝手というわけにはいかんというのが建前じゃがな」
「清掃の方が重要なんですね……」
いくらクロスロードでも危険物は危険物のはずだ。それが一般解で良いのだろうかと考えていたところでふとサンドラさんを見てしまい、悲鳴を飲み込む。
殺意。これは殺意だ。いつもの柔らかい笑顔に館長が喫茶店に引き籠って仕事しない時とは比べ物にならない怒りが封じきれずに漏れ出している。「ゴゴゴゴゴ」という文字が浮かんで見える。
「制圧対象は一応、非殺傷でお願いします。
悪乗りや発明品での抵抗が予想されますので、ムカついたら強めで構いません。
死んでさえいなければ治しますので」
淡々と酷い事を言っている声がここまで届く。話を聞いている掃除部隊の人たちの顔も心なしか引き攣っていた。
「……サンドラさん、機嫌悪いですよね?」
「まぁ、自分の……足元で好き勝手されるのも気に食わんのじゃろうが……
貸し出した本を返却しとらんのもおるからのぅ。司書院の連中は割と殺意高めじゃよ」
本好きや本の妖精妖怪精霊などで構成された司書院スタッフは本を手荒く扱う人にはとても厳しい。
なるほど清掃が重要視されているのは貸した本の心配があるからか……
「殺すなと言っておるのも、自分たちが仕置きできないからじゃろうしな」
「館長、五月蠅いです」
くるりと振り返り、とても綺麗な笑顔で微笑みかけてくるサンドラさんに、俺も館長も話を聞いていた武装集団の皆様も固く口を閉ざすのだった。
初投稿の作品で長編からぶち込み、チートもハーレムもない主流から外れまくった作者と作品ですが。
まぁ、気にって頂ける人が一人でもいるなら来年もぼちぼちやっていきたいと思います。
それではよいお年を。




