●二章-23.たそかれ
EXPLORER's~影を逝く者達~の方で裏でせっせと戦っている人たちを書いていたりします。
こっち視点だと金時さんみーてーるーだーけー
※前回のあらすじ
ノラ夫妻はしばらく町に滞在するそうです。
-fate アキヒト-
彼の姿を見つけたから、と言っても俺ができることは無い。
いや、本当ならば距離を取るべきなんだろう。彼がここに居るということは、恐らくここで仕掛けるという事。ここが戦場になりうるという事。
でも、俺はそれを、いや、その結末を確認するためにこの場に来た。
「ヴェルメ、頼りにしてるよ」
「移動しよう、じゃないのね」
「流石にね。あ、シノを優先で」
「両方とも圏内さね」
シノがこちらを見るが何も言わない。
金時さんはじっと北門の方向を睨みつけている。彼の傍には誰も居ない。頼光さんは別の場所かと周囲を見渡すがそれらしい人は見当たらない。
「……不思議です」
不意に、シノが呟きを漏らす。
視線は逆、南側の方。聳え立つ塔が気付けば鮮烈なオレンジ色に染まっていた。
「いつもよりも……赤く見えます」
ぽつり、ぽつりとシノが言葉を紡ぐ。
整い過ぎた横顔が、夕日に陰影を際立たせ、一枚の絵画のように映る。
「『たそかれ』ですね」
夕焼けや朝焼けを指す言葉。それは同時に「誰そ彼」の意だと館長は教えてくれた。
あまりにも鮮烈な色。そこに生み出される影は驚くほどに色を失い闇に染まる。すぐ横にある者が誰か分からなくなってしまうほどに。だから「誰そ彼」時。ほんの一瞬前まで、近くに居た誰かが赤と影に沈み、それがいつの間にかすり替わっていたとしても、確認できない時間。
別名『逢魔が時』。知っている誰かが知らない何かにすり替わり、逢うはずのない何かと邂逅するかもしれない刻。
妖怪種にとって一つの重要な時間。『かもしれない』という畏れが生まれる赤。
遠くで、100メートルの壁があるはずのこの世界の、人間の一般人の、五感の届かないはずの遥か遠くで、何かが始まったと感じる。
PBの伝える時刻がそれを単なる勘違いでないと教えてくれた。
「シノ、始まったみたいだ」
「はい。
この感覚は100メートルの壁の対象外なのでしょうか?」
「分からない。PBに仮説を残している人たちが、いつか答えをくれるんじゃないかな」
我ながら他力本願過ぎる答えだなと内心で零し、しかし餅は餅屋だと自己肯定。
引っ張られるように北を眺め見る。
すぐに来ることは無い。ここはケイオスタウンの中頃。パレードがここまで至るにはまだ時間を要するだろう。
「そんなことは無いよ?」
耳元で声がした。
振り返ってもだれも居ない。気のせい? 視線を戻す。
丸いテーブルに四つ備え付けられた椅子。空席の一つに影法師が座っている。
黒のサインペンで適当に描いたような人の影。お約束のように口元だけが夕日の赤で描かれていた。
「君は?」
「分からない? でも知ってるよね?
だからそれが僕だ」
夕日色の口が動く。静寂が引き起こす耳鳴り。ざわざわと騒がしかったはずの世界が凍り付いたかのようだ。
謎かけのような言葉に、感覚を置き去りにしたかのような世界に言葉を失った俺の代わりにシノが言葉を発する。
「『たそかれ』ですか?」
ああ、と言葉が漏れた。納得が胸に落ちる。
これは確かに『たそかれ』だ。いや、記憶に無いけど、知っている。
「見て語り、世界を綴り、刻み残す者。
僕らは君を愛する。君は僕らを須らく認める人だ」
影法師が嬉しそうに口の端を広げ、上げた。
「……今、ここで生まれたのか?」
「そうであってそうじゃない。僕らは既に存在している。
だから『初めまして』。『お久しぶりです』。『また逢いましょう』」
ぺこりと黒い頭を下げたまま、まるで溶けるようにその形を崩し、居なくなる。
ざわりと、喧騒が耳に戻ってくる。しかしその音に変化があった。
祭りの浮かれた、陽気なざわめきが困惑を帯びている。きっと誰もが大なり小なり同じような体験をしたのだろう。
不思議と怖さはなかった。頬を触れば口の端が少しだけ吊り上がっていた。苦笑い、という所か。何故俺は彼を知っていると思ったのだろうか。でも、こうして我に返った今でも知っていた気がする。いつかどこかの夕焼けの中で出会ったのだろうか? でもきっと分からないのだろう。『誰そ彼』なのだから。
「シノは……彼を知っていたかい?」
「記録にはありません。しかし、私は彼を知っていたと認識しています。
初めての感覚です。これは彼の異能でしょうか?」
「異能、かぁ」
異能と言えばそうなのだろうけど、何というか、もっと違う物のような気がする。
いや、そうであって欲しいと、思っている。でなければ、彼と『久しぶり』に逢ったことを否定してしまう事になる。
「この感覚が彼の異能なのだとしたら、きっとそれは黄昏の中でしか彼を覚えていられないって物かな」
「逢ってはいたけれども……私が、忘れていただけ、という事でしょうか?」
子ども扱いされた時とは比べ物にならないほどの不快感をにじませた声に驚いてしまう。シノ本人には自覚が無いようで、俺を見て不思議そうな表情へと変化させてしまった。
「どうしましたか?」
「いや……」
口ごもり、数秒考えて
「シノって忘れることが嫌いなのか?」
と、自分でも何を言っているのか分からないような問いを作る。
だが、彼女はその意味をしっかりと捉えたのだろう。今度は驚いたように少しだけ目を見開き、そして視線を彷徨わせた。迷子の子供のように、寄る辺を探すような不安が浮かぶ。
「ああ、いや、悪い。気にしないでくれ」
「いえ……
そう、思わせる行動をしましたか?」
真っすぐな視線が俺へと向けられる。俺の瞳に映る自分自身を見ているようだった。
「ああ。
『覚えていられない。忘れただけ』って下りで不機嫌そうだった」
シノは自分の頬に触れ、眉根を寄せた。
「……そうですか」
手を膝の上に戻しながら、彼女は呟きを零す。
「私は記録するための存在です。記録が忘れ、違えてはいけません。
だから……でしょうか」
自分が不快感を覚えたことを今更確認したいと再び手が頬をさする。しかしそこには表情は無く、瞳だけが動揺を表していた。
「じゃあ、新しい事を記録できた。
シノでも記録できない事がある。それもまた記録だよ」
「……詭弁ですが、正論でもあります」
赤が黒に移り変わる中でシノは目を細め、蟠りを吐き捨てるように、細く吐息を漏らした。
街灯が灯る。本を読むに十分なくらいの明かりがあるはずだが、今宵は二本に一本の割合で灯されているようだ。演出の一助だろうか。そして遥か北で別の明かりが揺れ動く。青い炎、赤い炎。風に流されるように、意志を持つように空を舞い、赤の時間を終えた夜闇を彩り始める。
ざわりと、葉がこすれ合うような音を聞く。
遠くはるか先から笛の音がした。
『来る』という感覚が体を駆け抜けていく。音楽の時間に聞いた、オーケストラが思い出された。一つずつ楽器が増えていき、最後には把握できないほどの数の音が乱舞するのにそれはどうやっても一つ音楽で、知覚できないはずなのにその全てを感じるような、あの奇妙な震え。
視線が動く。そのオーケストラに混じり込もうとする望まれない音。悪目立ちという言葉を体現するようにそれらは現れる。
しかし─────
その全ては即座に打ち消される。
炎が水が、光が闇が、剣が斧が弓矢が、交錯しては不協和音を叩き伏せていく。
「演出、なのかな?」
「……いえ、本当に戦っているようです」
「祭りを妨害しようとしているのか?
……ダイアクトーの一味じゃないよな?」
「黒ずくめではありません」
首領はともかく周囲は祭りに協力しているのは間違いない。命令があったとしても上手く捻じ曲げて邪魔にならないようにするだろうと素直に思える。なら、あれは何だ?
と、ニュートラルロードの真ん中に一人立つ男がいた。
手には太刀を一振り。流れ来る百鬼夜行を堰き止める位置にありながら、彼だけは他の妨害と同じように見えない。
在るべくしてそこに在るのだ。だから、それは来る。
巨体が質量を忘れたかのように、足音も無く、しなやかに闇夜を渡る。獣のように二階建ての商店の上に着地し、懐から彼の拳の二倍ほどの長さの筒を取り出した。
「待たせたか?」
「らしくない事を」
街灯の光が照らさぬそこでぎらりと輝く金の目がほんの少し細められた。
そうだな、と鬼は嗤い、筒を武者へと向ける。その先に百近い鉄の板が集まり、彼の身長ほどもある鉄の棒────形だけなら大太刀のようなものを形成する。
「面妖な」
「この世界を楽しんでいるか、堅物?」
鬼火が広がる。揺らめくいくつもの炎が武者と鬼の影を幾重にも作り上げる。
「煩い街だ」
「そいつは良かった。いつものお前なら、その音すら耳に届かんのだろう?」
武者が、頼光さんの口ひげが動く。笑ったのだろうか。だが剣呑な近づくだけで切り裂かれそうな空気は小動もしない。
「じゃあ、戦ろうか」
大太刀を片手で高く、天と闇へその威容を示すように振り上げ、全身の筋肉が着物の上からでもその膂力を誇るように引き絞られた。
鬼が跳躍する。大地に立ち、睨み上げる武者へ向けて。しかし彼はそこで空を蹴った。何もない中空を蹴り、加速したのだ。とんでもない加速を得て砲弾のように武者へ迫ったのだ。ダンプカーの直撃どころじゃない。しかし頼光さんは太刀を正眼に構えたまま、避けもしない。
ただ太刀を振り上げ、振り下ろす。
空気が震える。
二つの金属がぶつかり合い、しかし音が鳴らない。
「今のも殺すか」
「それくらいできなければ鬼の相手などできるものか」
鬼に比べればあまりにも細く小さい体が空から降った酒呑童子を太刀一つで受け止め、支えていた。理解が追い付かない光景も彼らにとっては不思議でないらしい。腕に力を籠め、大きく奮って体を再び宙へと躍らせ、五メートルほどの距離を開けるように着地する。
「どうした? 下がるなどらしくも無い」
「いや、思った通りだと嬉しくなってしまったんでな」
大太刀の切っ先が地面に触れる直前となるように、腕を下げた鬼はさらに身を屈める。
「やはりその方が強いだろ、お前」
「どうだろうか。貴様で試すとしよう」
そして、鬼と武士の嵐のような応酬は前哨戦を経て、いよいよ始まりを告げた。
アキヒトにとって目が追い付くのは前哨戦までです。
はい。




