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●二章-12.祭りのはじまり

あっちも話すすめられそう?


※前回のあらすじ

・頼光さんと会いました。

・妖気纏わせていたらしい

・守り刀いただきました。高そう

-fate アキヒト-



『管理組合からのお知らせがあります』


 朝。目が覚めた脳裏に待ち構えていたかのようにPBさんからのメッセージが流れる。


『本日18時よりウォーカーズナイトの開催宣言を致します。

 翌々日の夜のナイトパレードがフィナーレとなります』


 ……ああ、祭りの事か。とあくびを一つ。

 結局このお祭りは二日半くらいやるということになったらしい。

 そういえば100メートルの壁があるのに、このお知らせってどうやって届いたんだ?


『近くを通ったセンタ君より受信しました』


 なるほどねって、あれ?

 それならリアルタイムは無理でも、伝言ゲームみたいな方法で何とかなるんじゃないのか? リレー方式って言うんだっけか? 台数を駆使すれば多少のタイムラグくらいで何とでもなりそうだけど。


『複数の機械を通じてのリレー方式はその仕組み全部で一つの通信機構と見做されるようで、100メートルの壁の影響を受けることが確認されています』


 どこまでも底意地の悪い法則だ。狙ってやっているようにしか思えないのだけど、この世界の神様はどういうつもりなのだろうか。


 ……神様が存在することを前提にしている辺り、俺も随分と染まってきたなぁ。


 身支度を整えながら祭りの概要を確認する。

 まず、祭りの間はニュートラルロードを中心とした一部区間に通行規制が敷かれる。これは人混みが生じることを考慮しての措置で、通れないというより周囲に影響が大きい移動方法を禁止するものだ。バイクなども規制の範囲に入るが、ニュートラルロードから一つ外れれば問題ないし、速度規制を守ればニュートラルロードでも大丈夫とのこと。ヴェルメを置き去りで祭りに行くのも気が引けるので助かった。パレード、つまり本番の百鬼夜行の時はニュートラルロード中央部が通行不能になり、沿道のみの通行となるらしい。その時間だけは路面電車も運休だそうだ。

 次に屋台の出店許可。一部区域で屋台を開くことが可能になる。申請は管理組合の関連施設で行えて早い者勝ち。注意点としては音や匂いが酷い物は却下される事くらいか。俺には関係ないな。

 それから募集がいくつか。当日の警備員、ロウタウン側を行く仮装パレードの参加者、防衛任務の事前予約などなど。流石に管理組合だけでは人が足りないらしい。それにしても屋台を含めて当日に募集するような物かこれ?


『初めての大掛かりなイベントなので、テストケースとして寛容な心で楽しんでいただきたい。

 との追加コメントがあります』


「あっ、はい」


 言い訳じみたコメントに苦笑いしつつも着替え終わり、部屋を出る。下で物音がしていたのでシノは起きているようだ。大体シノは夜明けと同時に起きるからいつも通りだ。

 リビングに直接行かず、顔を洗い、おかしくない程度に髪を整える。大学生やっている時には寝癖付けたまま通学路を走っていたとは思えない変化である。

 まぁ、悪い事じゃないからね。うん。


「おはよう」

「おはようございます」


 リビングに入り挨拶をすればテーブルに着いているシノが応じる。相変わらず何をすることも無くじーっと座っていたようだ。何かしらの暇つぶしを用意するべきなのだろうか。本人が暇と感じているかどうかが問題ではあるのだけど。


「管理組合からのお知らせは聞いたか?」

「はい。確認しました」

「祭りは見に行く、で良いよな?」

「はい」


 冷蔵庫から作り置きのお茶を取り出し、コップと共にテーブルへ。

 シノの分も注いで渡す。

 ほんのり甘みのある緑茶のような味だ。純白の酒場で相談したら薦められたもので、わりと気に入っている。


「さて、それまで何をするかな」

「アキヒトにお任せします」


 定型文のやり取りを聞きながら二杯目を注ぐ。


「シノの世界では休みの日って何をしているんだ?」

「何か他に所要があるから休みにするものです」

「……ん?」


 シノが言葉遊びをしないのは承知している。

 つまり


「決まった休みの日が無い?」

「はい。一般家庭では普段は家業や農作業。冬や雨などの日は家で手仕事をします」

「仕事が終わった後とかは?」

「夕食を摂った後は寝ます。この街のように夜まで明るくありませんし、蝋燭や油は有限ですから」


 時代劇の農民の暮らしだな。蝋燭や行燈の明かりじゃ大したことはできないということか。


「娯楽とか無いのか?」

「振り駒という賭け事を好む男性は比較的多いです」


 サイコロの簡易版。数枚の駒を投げて裏表の数を当てる賭けらしい。カードゲームは無いのかと問えば、均一な規格の札を作ることが難しいとのこと。紙は存在しておらず木の札では木目などで分かってしまうので適さないのだろう。何もかもが手仕事の文明で、遊びのための道具で職人を使うなんて貴族にしかできない事だとのこと。


「誰も彼もリバーシーを広めたがるわけだ」


 あれなら多少形が不ぞろいでも裏表さえ分かればいいからなぁ。


「リバーシー?」

「多分そこらで売ってそうだから、見かけたら買おうか。

 さて、じゃあ朝飯食べに行くか」

「はい」


 所持金を確認。ここに来たときには明日も危うかったのだが、多少無茶な買い物をしても余裕な額にまでなっている。帰るときに俺の世界の金に換金可能ってことだからな。このまま一年も働けば結構な額になるかもしれない。

 もちろん心配かけている人が居ることも、長く戻らなければそれだけ復帰が難しくなることも分かっている。でも、どうしようもない事を悩んでも仕方ない。お金で何とかできるかもしれないしね。


「アキヒト、準備できました」

「お? あぁ。じゃあ行こうか」


「どうしました?」


 ガラス玉のようなきれいな瞳がこちらをじっと見つめている。


「思ったよりも働いて稼いでいるなって確認していたんだよ」

「……そうですか」


 若干の間は訝しがったからか。

 追及を避けるためにも率先して玄関の外へ。何も言わないままシノも追従する。


「ヴェルメ。おはよう」

「おはようさん。純白の酒場かい?」

「ああ。今日もよろしく」

「はいよ」


 シノとヴェルメが挨拶を交わすのを聞きながら座席にまたがる。シノも見えない足場を踏んで後ろに座った。昨日の帰りにふと気づいたことだが、体を押さえつけることが可能なら、その力を足場にすることもできるのではないかと聞いてみたら、普通にできた。ヴェルメさんのこの能力、破格すぎませんかね。便利でありがたいけど。

 そんなことを考えているうちにニュートラルロードへ。


 まるで膜に飛び込んだかのように、ぶわりと、熱気が全身を撫でていく。

 ヴェルメの防護の中に居るはずなのに、何かが体の芯を揺さぶって熱くする。


「うぉ……」


 それは祭りだった。

 一体どこからこれほどの人々が湧いて出てきたのだろうか。朝夕の探索者ラッシュを三倍濃くしたような人混み。夜の光景のようにすでに道にテーブルが広がり、朝からジョッキを掲げている人すら居る。

 沿道の店の前には屋台も出ており、食べ物飲み物から意味不明な品々まで様々な物が売り買いされている。

 昨日までが嘘だったかのように、クロスロードは祭りに突入している。

 正式な開催式はPBの告知通りなら半日後のはずだ。しかし楽しむときには楽しむと言わんばかりに始まっている。


「今、人口って五万人くらいだっけ?」

『最新発表では七万人近くになっています。行者などの一時訪問者を含めると一時的に八万人を超えることもあります』


 数えきれないほどの世界と繋がっていることを前提に考えるとそれが多いか少ないかは判断しづらいところだが、目の前の多種多様な人の群れはこの街が進んでいく様を示しているように思えた。


「で、純白の酒場で良いのかい?」

「あ、ああ。

 屋台は後でいいだろうし、まずはお願い」

「はいよ」


 多少速度を落としながら純白の酒場前に到着。ここでもすでに広がったテーブルで乾杯をしている集団が居る。


「あら、おはようございます。

 賑やかですね」

「おはようございます」


 いつも通りの温かい笑顔を浮かべたアルさんが丸テーブルを設置しながら挨拶をしてくれた。店の壁際に車体を寄せてもらいつつ挨拶に応じる。


「驚きましたよ。どこからこんなに人が出てきたんだか」

「ケイオスタウン側からも来ているようですよ。あちら側は基本夕方くらいから一日が始まる雰囲気ですからね。先にお祭りムードになっているこちらに乗り込んできているとか。

 じきにあちらも同じような感じになるとは思いますけど」

「でも開始って夕方からですよね?」

「一時間刻みの時間になじみのある人が少ないので『祭りの日』という認識なのでしょう」


 なるほど。現代に至っても公共交通機関が一分遅れる事が異常扱いになるのは日本だけとかそんな皮肉を聞いた覚えがある。


「朝食大丈夫ですか?」

「はい。普段通りにやっていますよ」

「それじゃ─────」


 どぉおおおおおおおおおん!!


「うぉああああああ!?」


 背後で突然の爆音。それから悲鳴。

 朝から飲んでいた人々が衝撃に吹き飛ばされて転がるが、こちらには被害なし。ヴェルメの傍に居たのが幸いしたらしい。アルさんも防御の範囲内に取り込めたようだ。


「何の騒ぎ!?」


 二階からの声。見上げたら胸が


 もとい、寝間着姿のフィルさんが二階の窓から体を乗り出していた。


「わかりませんが、何かが爆発したか、落ちたかですね」

「店の中に……ヴェルメね。ちょっとアルを守っていて頂戴!」

「はいよ」


 慌てるというよりも苛立ったように言い捨てて引っ込むフィルさん。

 それと同時に土煙の中から聞き覚えのある声が響き渡った。


「あーっはっはっは!!」


 ……うわ。この声……

 非常に楽しそう且つ頭の悪そうな高笑い。爆撃から復帰した人々もその声を聴いた途端にヤレヤレと言った顔でテーブルを元に戻し始める。

 その中に混じって黒タイツが周囲の復旧作業をしているんだが、いつの間に、何処から現れた。


「聞け! このお祭りはダイアクトー三世が乗っ取ったわ!」


 土煙が完全に晴れ、衝撃に砕かれた石畳の中央に仁王立ちする少女の姿が衆目にさらされる。マスクに黒レオタード。マントがたなびき口元には緒戦的な笑みが浮かんでいる。

 あー、うん。見なかったことで良いのだろうか?


「乗っ取ったって具体的に何するんだよ!」


 周囲からのヤジ。どうやら寛容な心で許せなかった人が居たらしい。

 しかし気を悪くすることも無く、むしろ上機嫌でダイアクトーは大きく手を挙げた。


「あたしが祭りの主役よ。以上!」


 空気が凍った。

 誰もが「どういう意味?」と近くの人に視線で問うが、問われたって困ると首を振る。


「ダイアクトー様。どうやら高尚すぎるお言葉では伝わらなかったようです」

「ふん。愚かね!

 良いわ。愚かな民を導くのも指導者の務めというものね!」


 黒服の冷静なフォローに頷き、改めて周囲を睥睨する。


「祭り、というのは言葉の通り『祀り称える』という意味よ。

 でもこのお祭りにはその対象が存在していないわ。だから私がなってあげるのよ。感謝しなさい!」


 視線を交わす、疑問符たち。


 その空気をようやく感じ取ったのか、いら立ちが目に浮かびそうなところで、一人の女性がゆらりとした足取りでダイアクトーに近づいていく。


「派手やねぇ」

「出たわね! 邪魔をするつもり!」


 和服姿の黒髪美女。イバラギさんは鬼とは思えぬ柔和な笑みを浮かべてダイアクトーの前に進み出る。


「邪魔してるんはそっちやろ? このお祭りの主役は私たちやよ?」

「ふん! 役不足と言うやつよ!」

「ダイアクトー様、役者不足です」

「通じればいいのよ!」


 背の高いイバラギさんを見上げる形になったダイアクトーは訂正を入れてきた黒服の足を払い、跪かせてその肩に立つ。イバラギさんよりも少し高くなった位置で危なげなく胸を張る。


「なら、勝負しましょ?」

「勝負?」

「最終日のパレード。どっちが賑やかにできるかの勝負やね。

 まさかうちらよりもショボい人数しか集められん事はないやろ?

 うちらは早いもん勝ちでケイオスタウン側を貰うから、あんたらはロウタウン側でどない?」


 とんとん拍子に話を進めていくイバラギさん。


「良いわ! このダイアクトー様に挑戦した度胸は認めてあげる!

 その条件で受けてあげようじゃない!」


 台になっている黒服がちらりと別の黒服に視線を送り、その黒服は頷いて手にしていたチラシを配り始めた。


「さぁ、ロウタウン側の、ダイアクトー様のパレードに参加したい人を募集する!」

「我こそはという者は集え!」

「メイク班や仮装衣装班も充実している。楽しめる事間違いなしだぞ!」


「……これ……」

「知らぬはダイアクトーさんだけですね」


 アルさんが苦笑を浮かべながら俺の予想に同意する。そも不意に現れたはずのダイアクトーの前にイバラギさんが現れるタイミングが的確過ぎる。

 寝巻の上にカーディガンのようなものを羽織ったフィルさんが顔を出したが、様子を察したらしく戻っていった。彼女はまだお休みの時間のはずなので災難でしたねと見送る。

 気づけば吹き飛ばされたテーブルなどはすでに元通り。料理の替えまで配置されていた。黒服とか黒タイツとか、ザコ戦闘員の恰好をしていながら能力高すぎやしないだろうか。


「ふふ。ただパレードだけを盛り上げても仕方ないんよ?

 それまでの祭りが楽しくないとねぇ?」

「言われるまでも無いわ!

 作戦を練るわよ!」

「はっ!」


 撤収していくダイアクトー一味。多分すでに作戦、決まってるんだろうなぁ。


「ええと、朝食、食べます?」

「……はい、お願いします」


 いきなりアクロバットな展開になりつつあるようだけど。

 さて、このお祭り、どうなることやら

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