●二章-9.休暇の始まり
※前回のあらすじ
・武具も成長するらしい
・銃をもらった
・あれ? 銃持つの、怖くね?
-fate アキヒト-
「最初の一週間に比べて、なんか早かった気がする」
とある朝。漏らした言葉の通り、休みの日よりすでに数日が経過している。
良くも悪くも俺はこの世界に馴染みつつあるらしい。元の世界のことを考えることも減った。考えたところでどうしようもないという結論にしか至らないのだから仕方ない。
「そうでしょうか?」
シノが不思議そうな表情をこちらに向けている。
「感覚の問題だよ。
毎日同じ生活していたら、一日が早く感じないか?」
「一日は一日です。時間の加速も遅延もありませんが」
そういえば隣を歩く少女は齢2700歳。時間の感覚は同じではないのかもしれない。
しかし……思い浮かぶ光景がある。
「楽しい時間は早く過ぎる、とか分からないか?
甘いもの食べているときとか」
「……」
シノさん長考に入りました。
甘いもの食べているときのシノは時間を忘れて堪能していると思う。気が付くと無表情に戻る彼女が終始幸せそうな笑みを浮かべているのだから。
一分くらい無言で歩いただろうか。シノは再びこちらを見上げた。
「該当する感覚に覚えがあります。
ヴェアリシュリメの水車はついに破綻したのでしょうか?」
「意味は分からないけど、たぶん違うと思うな」
時間を司る神とかそんなものだろうと予想を付けて俺は苦笑を漏らす。
それにしても、神の実在する世界では神様の気まぐれで時間が早くなったり遅くなったりするのだろうか。それはそれで不便……でもないのかな。三分電車が遅れただけで謝罪の放送が流れる日本が特殊だとも聞くし。
「意味が解らないのになぜ答えを出せるのですか?」
「なんとなく?」
「回答になっていません」
「シノは問答になると機械的だよな」
暫く沈黙し、少し眉が跳ね、しかし言葉を紡ぐことなくまた黙考する。
三分ほど町の喧騒を聞き流していると、おもむろに彼女はこちらを見上げた。
「今の問いに対する正解は一つしかありません。
しかしアキヒトに今、答えを知ることができると思えません。」
「でも、シノにも調べられもしないんだろ?」
「……真実を推定で語って良い道理はありません」
「うーん。ちなみにその水車が破綻するとどうなるんだ?」
「かつて水車のない時代には陽光と月光が同時に大地を照らしたせいで大地が干上がったり、季節の神が順番でもめ、代わりが来ないため冬の神が長く続く居座ることになり、大地が氷に閉ざされたりしたそうです」
「……マジで?」
「私の作られる前の神話です」
日本にも腹を立てて引きこもったせいで太陽が出なくなったって神話はあるけど……間違いなく神様がいる世界の話ならば本当にそういう事が起きたという事なのだろうか。
「俺が言えるのは、この世界の季節や天候を司っているのはその神様たちじゃないから、水車が破綻していようとも関係ないんじゃないかなって事くらいか」
「なるほど。それは納得できます。
つまり、この世界の時を司る者は厳格ではないのでしょうか?」
「神様に怒られないことを祈るよ」
ふと雑談好きのとある英語教師が、某国では今でも使用人が皿を割ったりしたとき、「その日に割れると神が定めた。私に罪はない」などと言い張ると語っていた。あと、今でもイギリスかどこかでは「小さな問題は妖精の仕業」が通るらしい。
日本は なまじ神秘から一歩距離を置いてしまったせいで特殊な文化を形成しているのかもしれない。
……かもしれないじゃなくて、特殊な文化ですよね。うん。女性化とかね。
自国文化の混沌さに感じ入っている間に営業所前に到着。入り口を開くと外の喧騒を忘れるような静謐な空間がそこにある。
奥のデスクに付いていた老人が顔を上げ、笑みを零したのを見て俺は会釈する。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます。
町の様子はどうですか?」
「ここまで歩いてくる間は普段通りでしたね」
「そうですか。予想通りですかね」
窓の外にはいつものクロスロードの朝がある。
ウォーカーズナイト。シュテンさんの主催するお祭りは三日後に迫っているのだが、いつも通りなのだ。これが日本なら、そこらかしこにお祭りを連想する飾りつけがされるのだろうが、目立つ何かというのは見当たらなかった。せいぜい仮装グッズが店頭に確認できる程度だろう。
「探索者の人たちも普通に外に向かっていましたしね。
祭りだからって防衛任務をボイコットされても困りますけど」
「外壁や防衛施設は大襲撃を前提に作られていますから、この街から人がいなくなっては困りますが、祭りに興じるくらいは問題ない。というのが管理組合の見解です。
しかし、大襲撃の経験者ほど、率先して外に出ているようです」
「となると、当日以外は普通に配達ですか?」
「そこの相談です。今の集配具合だとお祭りの終わりまで開店休業にしてもさほど問題はありません。
一方で本部は大忙しで、私はこれから応援に向かう事になります」
祭りの準備がなにもされていないわけではない。中央部分ではそれなりに飾りつけが行われているし、出店やステージの設置なども予定されているようだ。今日あたりから設置が始まるのではないだろうか。
それらの物資運送を一手に引き受けるのがエンジェルウィングスとなるのだが、本部の管轄となるらしい。
「俺はどうすればいいですか?」
「一緒に来ますか?
と、言いたいところなのですけど、今回は主に資材搬送ですから、ヴェルメでは合わないのですよね」
クロスロードでは駆動機とまとめて称される自動車やバイクの絶対数はまだまだ少なく、最も確保しているエンジェルウィングスであっても予定外の応援に回せるほどの余裕はないそうだ。
荷下ろし要員としてなら役立つかもしれないが、俺の場合シノがセットじゃないといけない。一人分のスペースを無為に埋めてしまうのは知らない人からすると眉を顰める事にもなるだろう。
「特に問題なければ祭りの終わりまで休暇にしますか?」
「……そうですね。トミナカさんも営業所に居ないんじゃ流石に不安ですし」
もう一人スタッフが居るが、あちらは車両メンテ専門だ。
「……あれ? そういえばこの営業所って俺たちを除いたら二人だけなんですか?」
確か裏庭には車もあったはずだ。それにトミナカさんは営業所で事務仕事をしているので、俺たちが来る前から他に配達する人が居るはずだよな?
そういえばここ数日、車の方が無かったような?
「おや?
……ああ、そういえばまだ逢ったことがありませんでしたね。
あと二人いますが、君たちよりも遅い時間に出社して遅い時間に終わりますから、丁度すれ違っていましたか」
戻ってきたときに車両が無いのはメンテが終わって車庫に入れているのかと思っていたが、使用中だったらしい。
「二人には先週から本部の応援に出てもらっているので、紹介は後日ですかね」
「わかりました」
別に合わなくても困ることはないのだろうけど、いざ鉢合わせた時の気まずさを考えると早めに顔合わせくらいした方が良いと思う。
それもお祭りが終わるまではお預けのようだけど。
「なんなら今回の休みの間はヴェルメを好きに使っても構いませんよ?」
「良いんですか? 備品なんですよね?」
「燃料代が必要なわけでもありませんし、以前言った通りテストデータ収集並びに捜索になります。ここにただ置いておく方が無駄なのですよ」
確かにその通りではあるだろうが、例えば大図書館に行った場合、ヴェルメは何も言わずに待っていてくれるのだろうか?
「この一週間少々で彼女の態度も軟化しています。
物の道理はわきまえていますよ」
「……そうですか」
おそらくトミナカさんの言う通りなのだろう。
一週間少々、ヴェルメが何かの足跡に気づくということは無かった。
そもそも数か月前に失踪した彼女を見つけるのは何でもありのこの世界と言えど非常に難しいだろう。特に『探す』という行為には100メートルの壁という障害がどうしても付きまとう。
「アタゴさん。君が気に病むことは何もありません。
君は対価を受けて仕事をこなす。
私たちは対価を用意し、いくばくかの幸運を願う。それだけのことです」
顔に出てしまったのか、トミナカさんがどこか寂しげな笑みで俺に告げる。
「……わかりました。借ります」
「すみませんね。休みの前に悪い気分にさせてしまって」
「いえ。ただ、俺の家族も同じ気持ちなんですかねって……」
ふと思いついてしまい漏れ出た言葉にトミナカさんが目を見開き、それから何とも言えない表情を一瞬浮かべ、苦笑に戻す。
「そうですね。
私は君という例を知ることができました。その分幸運なのでしょう」
「俺としては妙な手がかりが見つからずに行方不明扱いの方がありがたいんですけどね」
「なんとも複雑なものです」
「シノの分の言い訳を考えないといけないだけ俺の方が大変かもしれません」
茶化すように言ったものの、そういえば年を取らないらしいシノさんをどうにかごまかす手段なんてあるのだろうか?
……俺の頭でいい案が浮かぶ未来が見えないので、その時になったら誰かに頼ろう。うん。
「随分と、大胆なことを言うのですね」
気づけば驚いたように目を丸くして俺を見るトミナカさん。
「大胆ですか?」
「いや、若いね。年を取るとどうにも保守的な考えに染まりがちでいけない」
寂しそうな表情はどこへやら。興味深そうな視線を向けられた俺は自分の発言を思い返し、あー、うん。聞きようによってはというか、俺が聞いても誤解するね。うん。
「じゃあ、そういうことでヴェルメをお借りします」
「うんうん。折角です。普段見ない場所でも行ってきてください」
逃げるが勝ちと話を打ち切った俺の背に、意味深な響きを含ませたトミナカさんが言葉を贈る。
辛気臭い空気が紛れたのは僥倖だが、次から何と言われることやら。
「ええ、まぁ、失礼します」
そんな視線を裏口のドアでシャットアウトして、吐息を漏らす。
「アキヒト」
「なんだ? 『ごめんなさい』は無しだぞ?」
俺のカウンターに紡ごうとした言葉を失って視線を泳がせるシノ。
「さて、ヴェルメの防御があるならケイオスタウンにでも行ってみるか?」
「え、あ……あの」
「そういえばシノって、家で掛けている音楽の中で好みってあるか?」
畳みかけるような言葉に目を白黒させるシノにほっこりする。
この子は自分の感情、好み、主張の類がやはり苦手だ。薦めないと甘いものを注文するのも避けている気がする。素直になれないのでなく、素直な気持ちというものを自覚できていないのかもしれない。
あ、八つ当たりとかじゃありませんよ。これもフォローです。フォロー。
すぐ傍に止めてあったヴェルメに近づき「おはよう」と声をかけると計器の類が光を灯す。
「ヴェルメ。祭りが終わるまで開店休業だからそれまで貸してもらえることになった」
「ハァ? なんだいそりゃ」
「休みの間、ここでじっとしているより良いだろ?」
「……なるほどね。わかったよ」
目も無いのにどうしてかヴェルメはシノを凝視している気がする。
回答に迷うシノの腰あたりをいつも通り、今日は問答無用で抱き上げると座席に乗っけた。意識がこっちに向いていなかったからか「ひゃ」と珍しく焦ったような声を漏らしたが、スルーしておく。
「で、どこに行くんだい?」
「コロッセオ、見てみたいかな」
「いきなりケイオスタウン? 何かあったのかい?」
「折角だから、かな」
「わかったよ。普段行かない場所は望むところだし」
静かなモーター音。いつも通り風も慣性もなく流れ始める周囲の景色。
シノはいつも通り俺の腰を掴んで座っているが、どうやら思考は未だに俺の問いに向いているらしい。
さて、四日間くらいの休暇になるけど、どうしたものか。
……あれ? そういえば元々休みの日ってバイトか寝てるかだった気が……




