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リサと迷惑な妖精(?)たち  作者: 銀ねも
莉沙と裏側の王様
16/17

王様の争い

グロテスクな描写を含みます。ご注意願います。

 緑色の燐光を帯びた吹雪は、空間を構成するパズルのピースは全て剥がし落とす。舞い踊る雪と氷によって、白く輝き緑色に煌めく暗闇は、とても眩しい。


 シャボン玉が大きく揺れる。ついで、ふつりと、糸が切れる音がして、シャボン玉は暗闇の中を、真っ逆さまに落ちた。


 そのとき、暗闇に激震が走った。轟音が炸裂し、暗闇の極夜を吹き飛ばす、衝撃波と烈風が猛り狂う。何処からともなく、金属音が鳴り響く。莉沙は頭を庇って丸くなった。ラクネ=ジョマの悲鳴が聞こえたような気がした。


 ぱりん、と小さな音がした。とんでもない嵐が過ぎ去って、やっと人心地がつくと、莉沙は自分がざらりとした地面に座り込んでいることに気がついた。


 もくもくと立ち込める砂煙。恐る恐る頭を擡げて、周囲を見回す。砂塵が渦巻く、灰色の荒野が広がり、べったりと黒いペンキを塗りたくったような空に架かる二つの月は、激しくぶつかりあって喧嘩している。


 莉沙は呆然とした。金の三日月と銀の満月の喧嘩に巻き込まれた星がぱちぱちと弾けて消えるのをぼんやりと眺めていると、梢を落とした裸の木々の嘆きと、掻き乱される大気の悲鳴を掻き消す高笑いが響き渡る。莉沙はぎくりとした。モック=フランだ。モック=フランが近付いて来る。

 莉沙は焦って起き上がろうとしたけれど、貧血を起こしたように、くらりとして、へたりこんでしまう。立ち上がれない。それでも、なんとかして、身を隠さなければと思って、莉沙は砂煙の中を這って進む。掌と膝に、堅く尖った砂粒が擦れる。痛くて、煙が目に染みて、涙が出そうだけれど、なんとか堪えた。めそめそしている暇はない。この砂煙がはれてすまう前に、何処か、身を隠せる場所を見つけなければ。


 這って進んだ先で、莉沙は倒木を見つけた。リサの胴回りの二倍はあろうかという、逞しい幹の影は、隠れるには丁度良いのではないだろうか。残りわずかの枝をわさわささせているのを見ると、怯んでしまったけれど、モック=フランの声はすぐそこまで近付いてきている。莉沙は意を決して、わさわさ蠢く梢を避けながら、倒木の影に身を潜ませた。


 そこへ、モック=フランが降り立った。


 モック=フランは満身創痍だった。端正な人型がぼろぼろである。上等な仕立ての燕尾服は襤褸になり果て、右眼は潰れてだらだらと体液を滴らせる。右腕は真っ赤に染まり、生き残った骨と肉のいじらしい努力によって辛うじてつながっている。左足も同様で、引き摺りながら歩いてくる。しかし、そんな有様であっても、モック=フランは甘いマスクを引き裂かんばかりに、邪悪な笑顔で勝ち誇っていた。


「フハハハ! 何処に隠れた、ボンレス=ミャオよ! さず苦しかろう、辛かろう! 姿を見せよ。このモック=フランが慈悲をくれてやろうではないか! おぉい、聞こえんのか、クソッタレ! 裏側の世界を統べる王たる吾輩が、貴様如き俗物に、引導を渡してやろうと言うのだぞ!」


 すると、莉沙が隠れる倒木のすぐ傍で、平らな地面がもっこりと隆起した。瓦礫と砂を掻き分けて、ボンレス=ミャオが這い出して来る。こちらもモック=フランに負けず劣らずの満身創痍だった。


 右耳は千切れ、左肩は消し飛んでいる。脇腹の裂傷から、赤黒い臓物が垂れていた。ボンレス=ミャオは前掛けのように垂れさがる臓物を引き千切り、喀血した唇を下弦の月のかたちにゆがめた。


「やっと追い付いたか、鈍間のモック=フラン。待ちくたびれて居眠りしてしまったではないか。ゆっくりして来たのだ、覚悟は出来ていような?」


 ぐにゃり、ぐにゃり、とおかしな風に身体を捻りながら、ボンレス=ミャオが立ちあがる。その背後では、白い骨がかたかたと音を立てて、大きな剣や立派な槍、矢を番えた弓など、様々な武器に形を変える。


 モック=フランとボンレス=ミャオは、狂ったように笑いながら、彼我の距離を詰めてゆく。灰が降り積もる焼け野原で、額を突き合わせて睨み合う、二人の王様。ゴングが鳴るのを待ち切れずに、二人は殴り合いを始めた。


 モック=フランが吐きだした毒液がボンレス=ミャオの左顔面をとかせば、ボンレス=ミャオの骨の剣がモック=フランの腹を深々と突き刺し、毒々しい粘液に塗れた腸のようなものを抉りだす。無残でグロテスクな死闘を目の当たりにして、莉沙は胸が悪くなってきた。

 モック=フランとボンレス=ミャオは、しばらくの間、元気に殴り合っていた。裏側の世界の空の覇権を賭けて争っていた二つの月の死闘よりも長く続いた。銀色の満月を串刺しにした金色の三日月が、有頂天になって踊りだす頃。地上の死闘にもようやく終わりがみえてきた。


 モック=フランが大上段に振りあげた拳には、蠅がとまって、顔を洗っている。


「きしゃみゃあ……ひひかげんひぃ……しぇんかぁ……!」


 モック=フランの振り下ろす拳は、ボンレス=ミャオの脳天に炸裂する。ボンレス=ミャオの身体はぐらりと傾いだが、なんとか体制を立て直す。お返しに、モック=フランの襟ぐりをつかみ、膝蹴りをお見舞いする。ボンレス=ミャオの膝がモック=フランの鳩尾に突き刺さるまでの間に、子ブタほどの大きさの団子虫が莉沙の視界の端から端まで渡り切った。


「いい加減に、するのは、貴様の、方、だァ! おりぇは、絶対に、莉沙を、連れ帰る……リサの為に……! 莉沙を、返せぇ!」


 顔半分が潰れたボンレス=ミャオの言葉は不明朗だったけれど、ガワが崩れて、身体の裏表をひっくりかえされたみたいになっているモック=フランの言葉に比べれば、まだ聞き取れる。あんまりにもあんまりな泥仕合に圧倒されて、茫然自失の状態に陥っていた莉沙は、はっと我に返り、すっくと立ち上がった。


(やっぱり! やっぱり、ボンレス=ミャオは、彼のリサ……クラリッサの為に、私を助けに来てくれたんだ!)


 莉沙はきょろきょろして、ボンレス=ミャオに加勢するべく、武器になるものを探す。今のモック=フランは、棍棒でガツンと一発やれば倒せそうだ。


 しかし、ぐずぐずしている莉沙の出る幕は無かった。


 精神力をごりごり削りとるようなスローな一撃が決定打となった。モック=フランは凄まじい絶叫を挙げて、ついに倒れた。


「お、おわった……? やっと、おわった……?」


 思い掛けないタイミングで、ラクネ=ジョマの声がしたから、莉沙は飛び上がって驚いた。莉沙が隠れていた倒木のすぐ傍に穴を掘って、ラクネ=ジョマが隠れていたのだ。ぐすぐすと洟を啜りながら莉沙を見上げている。莉沙に聞いているらしい。莉沙は答えあぐねた。ラクネ=ジョマはニック=ショックに肩入れしているらしいから、ニック=ショックが味方をするモック=フランの味方だ。下手をうてば、捕えられて、ボンレス=ミャオを脅す為の人質にとられてしまうかもしれない。


 じりじりと、ラクネ=ジョマから距離をとろうとする。ラクネ=ジョマが我に返るまえに、出来る限り離れなければ、今度こそ、命が危ない。

 擦り足で三歩退いたところで、ボンレス=ミャオが勝鬨を上げた。


「俺の勝ち……貴様の、負けだ!」


 そして、どうと倒れ込む。あたりはしんと鎮まり返った。ボンレス=ミャオは無事だろうか? 心配になって、駆け寄ろうとした。そのとき。


 ぶわっと鳥肌が立った。つま先から頭の天辺まで、氷の杭に貫かれたかのような悪寒が駆け抜ける。


 そこらじゅうで、地面がぼこりぼこりと粟立つ。毒々しい泡沫が弾けると、そこから這い出したのは、餓鬼道の亡者だった。落ちくぼんだ眼窩の奥でめらめらと燃える鬼火は、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……数え切れない。


(モック=フランの手下たち……!)


 血の気が引くとは、まさにこのことである。まさか、このタイミングで増援が来るなんて。


 地の底からマグマが吹き上げるかのように、モック=フランが哄笑する。粘液をぼこりぼこりと泡立たせて、モック=フランが檄を飛ばす。


「お前達……よくぞ参った。忠実なる我が僕達よ! さぁ、やれ! 王を騙る反逆者と、彼奴を血迷わせた妖婦を、血祭りにあげるのだ!」


 そうしている間にも、ぼこりぼこりと泡沫は弾け、亡者の数は増えてゆく。莉沙は凍りついたように動けない。悲鳴すら凍りつく。


(まずい、まずいよまずいよ! 包囲戦にもちこまれちゃ、いくらボンレス=ミャオが強くても、多勢に無勢……そもそも、ボンレス=ミャオはボロボロだもの。勝ち目無いよ!)


 眩暈がする。立っているのがやっとだ。莉沙は両手で顔を覆った。


(やっぱり、クラリッサの物語はありのままを描いていたんだ。正々堂々と真っ向勝負!なんて、そんな潔いモック=フランは、モック=フランじゃない。手下を集めて袋叩きにするのは、卑怯だけど……勝てば良い……それが、モック=フランのやり方!)


 絶体絶命。八方塞がり。四面楚歌。絶望的な言葉ばかりが頭を過る。莉沙の目の前は真っ暗になった。


 それからどれだけ、空白の時間が過ぎただろうか。計っていないから、正確な時間はわからないけれど、少なくとも、莉沙とモック=フランが、おや、何かがおかしいぞ? と察するだけの時間は経過していた。


 モック=フランは地団駄を踏みそうな剣幕で……実際、立ち上がることが出来たら、彼は地団駄を踏んで、手下の亡者たちを手当たり次第に踏みつぶして回っただろう……がなりたてた。


「お前達……何をぼやぼやしておる! さっさと反逆者どもを始末せんか! うまくやれば、褒美をとらせるぞ! さぁ、やれ! やらんか!」


 それでも、亡者たちは動かない。ひそひそと、囁き合っている。耳を澄ませると、こんなことを話していた。


「モック=フランが負けた」

「ボンレス=ミャオがモック=フランを斃した」

「負けたァ? モック=フランが負けたァ? なんで? なんで負けたァ?」

「それは……ボンレス=ミャオが、モック=フランより強いから?」

「モック=フランが負けたのは……弱いから?」


 ひそひそが、ざわざわに変わる。低い囁きはモック=フランの耳に入った。モック=フランは地獄耳らしい。彼は粘液を噴出させて憤慨した。


「なんじゃと!? 不忠者は前に出よ! 死刑クビじゃ! 儂の悪口を言う奴は死刑じゃぞ!」


 亡者たちがたじろいで後ずさる。けれど、彼らはモック=フランの命令に従わない。耳を澄まさなくても、会話の内容がはっきりと聞きとれるようになる。


「負けた! モック=フランは弱いから負けた!」

「知ってた! そのうちこうなるだろうって、オイラ、わかってたァ!」

「オイラも! オイラもこうなるだろうって、わかってた! モック=フランの時代なんか、永くは続かないだろうって、思ってたァ!」

「オイラも! オイラもこうなるだろうって、思ってた! 正々堂々と真正面から戦ったら、モック=フランがボンレス=ミャオに敵うわけない! モック=フランはズルをして王様になった! だから、モック=フランは偽物の王様だったァ!」

「そうだ! オイラ達が最低賃金でこきつかわれてきたのは、モック=フランが偽物の王様だからだァ!」

「そうだ! 本物の王様なら『残業は無能のやることだ』なんて言って、サービス残業を強要したりしないんだ!」

「そうだ! この職場はおかしい! ここの殉職率(離職率)は異常だよ! 半端じゃ無いよ! こんなおかしなことになるのは、モック=フランが偽物の王様だからだァ!」


 莉沙は呆気にとられた。莉沙は三年後には晴れて社会人の仲間入りをする予定であるけれど、そんなブラック企業に勤める羽目になったらどうしよう、と不安になってしまう。


(違う、違う! そうじゃないでしょ! 今はそれどころじゃない! 伸るか反るか……生きるか死ぬかの、瀬戸際なんだから!)


 斜め上に逸れて行く能天気な思考回路に活を入れて、軌道修正。莉沙は考える。


(仲間割れだ……仲間割れしてる! これは、千載一遇のチャンスだよ! 今の内に、ボンレス=ミャオと合流すれば……逃げられる。表側の世界に帰れる!)





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