143:代償
一コマ毎に氷の壁に入る亀裂が広がってゆく。その度に出来る事がないか、キーボードをカチリ、カチリと試し押しをしていく。頭上にクエッションマークや、ビックリマーク、電球が順に浮かび上がる。以前作ったモーションのショートカットである。
『ん、待てよ。これってまさか』
俺は一つの可能性に気が付く。加護を纏っているにも関わらず、登録しているショートカットが利用可能だったのだ。すぐさま、セット装備1を使用する。即、大盾を構えると壁は壊れ残り三発程の火の塊が飛来してきた。最初の一発を受けると、大盾はパリンと音をたて霧散、続いて鎧と当たり、いよいよ最後の一発が体に当たろうとしていた。
『躱しきれねぇ』
咄嗟に俺は右腕を前に出していた。戦の神様の放った火の塊にそのまま触れると、無意識にその塊を握り潰して見せる。
「ほぅ」
今のは戦の神様の声なのだろうか、わからない。ただ今わかる事は、俺が火を握りつぶしていた事だけだ。
「火を食い潰したのか? いや違うな、明らかに今の火は火じゃねぇな。お前は一体、何者なのだ?」
オーバースペックの影響か、声が出ない。たった数コマ前までは異常がなかったのに、唐突である。意識も朦朧としてきて、呼吸がうまく出来ない。
「おい聞いてるのか少年? おい」
戦の神様の声はまだ聞こえる、俺は、どうなるんだ?
「無茶をし過ぎですよ? 私が手助けします」
「おいいらねぇ事するなよ!」
「そういう訳にはいきません、人間を神が裁くというのですか?」
今にも倒れそうだった俺の隣に、神様が現れ抱き支えてくれる。このスレンダーボディは文字の神様で間違いない。俺の体に直接何かを描くと、カハッと咳き込み呼吸が楽になる。
「人間、貴方の加護を全て縛らせていただきました。勿論、そのめちゃくちゃな火も人間並みに戻させていただきましたよ」
「折角いいところだったのによ、どう落とし前つけてくれんだ、ああ?」
俺は呼吸を整えるも、会話に込められた火を聞き分け会話を理解する。俺のせいで二人が喧嘩を始めそうな勢いである。そして次の瞬間、事件は起きる。
「みーうーらーくーんー」
「死に晒せ!」
「少しは落ち着きなさい!」
それは本当に一瞬の出来事であった。第三者の声が、俺を呼ぶ。そして、戦の神様が手加減無しの火を。文字の神様もそれに応えるべく何かを宙に描いていた。その両神のド真ん中に姿を現す一つの影。
「うぇ」
変な声が文字の間に響く。俺は確かに今、魔の神様の声を聞いた。姿も、一瞬見えた気がした。しかし、その位置では火の塊が爆散し、その空間には何も残っていなかった。
「あー、あー。やっちまったな」
「ああ、また惜しい存在を失くしました」
俺は恐る恐る、文字の神様に尋ねてみる。
「もしかしたらですけど今、魔の神様いませんでしたか?」
「いましたね、つい先ほどまで」
「先程まで、ですか?」
「ええ、先ほどまでね。でも、もういないわ」
「それは、何故でしょうか……」
「あの戦の神が魔の神を取り込んだから。と言えば伝わるかしら?」
つまり、魔の神様は戦の神様に滅ぼされたという事でしょうか。
「あの、神様って取り込まれたらどうなっちゃうんでしょうか?」
「勿論、その神様より強くなるわね」
「それだけ、ですか?」
「それだけよ」
「少年、今日はこれまでだ。またいつでも遊びに来い」
「えっ、えっ」
俺は一時的に混乱する、魔の神様が消滅したら、何か困る事とかないんですか?
「それじゃ、約束通りコレを渡しておくよ。ではな」
そういうと、戦の神様は三枚のページを俺に渡してくる。家の神様のページ、戦の神様のページ、最後に魔の神様のページである。続いて、土の神様が俺に近づき無言でページを一枚、俺に握らせて来る。
「これ、私のよ。もっておきなさい。必要なんでしょう? 私も戻るわ、楽しかったわ」
そう言い残し、土の神様は視界から居なくなってしまう。そして残ったのは家の神様と部屋の持ち主である文字の神様である。
「火の神の指定枚数には届いてないけど、深浦君、君は一度戻った方が良さそうだね」
「いや、戻りたいんですが、戻る術がなくて……」
「僕の加護を使えば戻れるよ。家の神の二つ名は帰還、必ず家に帰る事が出来るのさ。といっても今の深浦君には加護を纏う事が出来ないか、いいよ、僕が直々に力を貸してあげる」
俺の体が光に包まれる、ツリィムから抜け出す前に、一つだけ確認したいことがあったので咄嗟に声を出す。
「あのっ、何故今すぐ戻った方が良いのでしょうか?」
その質問には、文字の神様がこたえてくれた。
「そのね、言い難い事なんだけど……魔の神の二つ名は使役なのさ、つまり、あの神が飼っていた魔物は全て制御下から離れたって事なの。もっと簡単に言うわ、魔物は暴走を始めるわ」
その言葉を聞き終わると同時に、俺の意識は闇へと落ちた。




