142:0.0001の世界
「それじゃ神様、俺ちょっと戦の神様とお手合わせしてきますので」
膝の上に座ったままの土の神様にそう伝えると、スッと俺のホールドを解いて立ち上がる。黒色のショートパンツから強調されるお尻に目線を困らせていると、クルリと俺の方へ向いてみせる。
「君、私の加護を纏っときなさい。良い? あのガサツな戦の神は手加減ってのを知らないから、その、ア、アンタの為に力を貸してあげるんだからね」
「あ、ありがとうございます。土の神様」
「は、初めて私の事を呼んでくれたね。ふふ、負けんじゃないわよ」
座っている俺の目線と、丁度同じ高さにある大きな胸が迫って来る。どこから見ても目線に困る神様である。
「私の二つ名は栄養、君の力になるはずよ」
そっと耳打ちされ、そっと俺から離れてゆく。栄養、て何に使えばイインデスカ。
「おーい、早く来いよ少年。遅いぞ」
「はいっ」
俺は戦の神様に呼ばれ、リングへ向かう。リングの上に立つと、想像異常に狭く、本当に逃げ場が何処にもないという圧迫感がある。
「あの、もうちょっと広くできませんか?」
「ハハハ、広さなんて関係ないだろ少年? さて、はじめよう」
「うわ、もうちょまっおまっ」
心の準備も出来ないまま、戦の神様はゆっくりと歩み寄って来る。じわりじわりとコーナーに追い寄せられると、凄く嬉しそうな顔をする神様。
「いいね、いいねいいねいいね! 自ら行動範囲を絞っていくその行動力、俺は嫌
いじゃねぇよ!」
違うんだ、違うんだ神様。これは逃げろという生存本能ですよ? 縛りプレイじゃないですからね?
「それじゃ、まずは拳で語ろうか!」
大きく振りかぶる神様を視界にとらえた瞬間、俺は再びウインドウを呼び起こす。
『240fpsフレームレートを倍の480fpsに変更。更にスペックアップが可能です、480fpsを倍の960fpsに変更しますか? はい。960fpsを更に倍の1920fpsにオーバースペックへ仕様変更が可能です、1920fpsに変更しますか? はい。fpsを1920fpsに変更を完了しました。マウス感度は現在最高設定になっています』
瞬間、俺の知覚が研ぎ澄まされる。一コマの認識が0.00053秒で認識出来るようになった時から、徐々に神様の拳が迫って来るのが目視できる。0.001の世界では人は神様に抗う事が出来ない事を学んでいる。魔の神様の最後の一撃で、俺はそこまで理解していた。
ただし、つい先ほどまでの俺ならばその0.001の世界でも寿命が何年も縮んでいくような錯覚に陥っていたのだ、更に下の世界への到達は不可能だっただろう。
『ちゃんと栄養は頭にいってるようね? しっかりやりなさいよ』
土の神様からの声が響く。今の俺が纏う加護は土の加護。オーバースペックな情報処理が可能なだけの環境が整っているのである。
「まずは一撃目だ少年」
「はい」
0.001秒の間に交わされる言葉。二コマで伝わってきた神様の言葉に対し、一フレームで返答してみせる。そして迫る拳を余裕をもって躱してみせる。
「お前、本当に人か? まぁいい、面白い。次だ少年」
今度は放った拳を引き、蹴りを放つ態勢にうつる。しっかりと認識できる、マウス操作により視野を下げ、その蹴りの初動はしっかりと認識出来ている。
「ほらよっ」
横殴りに放たれる蹴りは、この狭い場所で躱す術は無い。神の一撃をガードするしかないと判断すると、俺は迷わず次の加護を纏う。
「豪炎:氷豪壁」
ガシン、と放たれた蹴りは氷の壁によって防がれる。そこで戦の神様は表情を変化させる。
「おい少年、お前まさか加護を同時に纏っているとかいうんじゃないだろうな?」
「どうなんでしょうか、俺に出来る精一杯をしているだけですよっ」
会話を交わした五コマ後、今度はこちらから行動をとる事にする。氷の加護を解除すると、暴食の加護を右手に纏わせる。
「これはどうですかっ!」
「当たらねぇよ」
俺の不恰好なストレートは空をきる。そもそも格闘技なんてやった事ないのだから、不恰好なのはしょうがないだろう。ただ、拳はすぐに引くものだという事すら知らなかった俺は、そのまま前のめりにバランスを崩してしまった。
ただただ運が良かった。戦の神様はそんなバランスを崩した俺に追撃はせず、同時に距離をとってくれたのだ。
「何だ、その助かったという顔は? まさか追撃されるとでも思ったか? そんな拳は当たらないが、当たったらマズイ気がした。だから距離を取る。当たり前だろ? 俺の二つ名は生存。万が一にも負けは許されないからな」
「饒舌ですね、神様」
俺は態勢を整えると、そう言ってみせる。
「そりゃあ少年、俺はお前さんに益々興味が湧いたからな。火の加護は俺も、お前さんも、誰だって持っている。その火の加護の上で、俺達のような神が存在している訳だ、わかるか?」
「火の世界、ですものね」
「ああそうだ、火の世界とはしっくりくる言い方だな。でだ、火を別の形に固定化させたのが俺達神々だ。要するに、火をそのまま弄ってる訳だ、わかるか?」
「はい、火の特性を変化させる事が出来る事を俺は知っています」
「そうだな。では少年、何故お前は同時に二つの変化を得ることが出来る?」
ああ、そういう事か。まだ俺の豪炎の存在を火の神様以外、把握していないという事なのだろう。このツリィム内では豪炎の火をキーボードに、火の神様の火をマウスに置き換え、同時に操っているのだ。二つの加護をそれぞれに持たせることは、雑作もない事だった。
「それは秘密ですよ!」
「ふん、人間ってのはやっぱ面白いぜ。次は火で語りあおうじゃないか」
今度は拳では無く、火の塊を大量に放ってくる戦の神様。それを氷の壁で防いでみせるも、ここで異変が起きる。ピシリという音が響き、氷豪壁にほころびが出来たのだ。そこで、俺は慌てて氷の神様へ心で語り掛ける。
『なんでだ!? 氷の加護は保存、決して割れないんじゃないのかよっ』
『うるさいなぁ、お前は俺の氷を何だと思ってるんだ? 火の神様のお力に適う訳ねぇじゃん? 届くならとっくに俺は直接告白してるしさ、そう、告白してるし……』
『なんでモジモジタイムッ!? てか、モジモジなんてしてるから四コマも使ってますよ神様……とにかく戦の神様の力より、下位、という事なんですか?』
『お前さん、もう一度教えてやろう。俺は火の次に偉いんだぞ! だから、火の力を最大限に引き出し、生存本能丸出しな戦神の野郎とは相性最悪なんだね、簡単だね』
何ということだろう、このままだと数コマ後には俺を守る氷の壁は破壊されてしまう。土の加護と氷の加護を同時に使用している為、他の加護に切り替える暇すらないのである。
考えろ、俺が今出来る行動を。
珍しく主人公してます。




