140:見守るだけでも
結局一晩中、遊多さんはツリィムから戻ってきませんでした。唇がカラカラに干からびてるので何度か水を唇にあて湿らせます。
「まだ戻ってこないかしら?」
「あ、ありがとうございます」
背後から声をかけられ振り返ると、ギルド図書館の受付の女性がコップ一杯の水を持ってきてくれます。勿論、これは私用という事でしょう。
「はぁ、それにしても深浦さんって凄いわね。普通ならとっくに干からびて逝っちゃってるわよね」
「はは、そうですね。本当に、凄いです」
「にしても、あんたもあんたで凄い辛抱強いのね? 何、付き合ってるの?」
「にゃ、そそそそんな事ないですよ? あっ、遊多さんっ、遊多さんっ!」
突然、遊多さんの火が弱まり息苦しそうな呼吸になりました。やっぱり、長時間の没入は遊多さんでも負担がかかりすぎてるんでしょう。
「はぁ、これで二度目ね。何やってんだか、アレを使えばスグに戻れるのに。ちょっと待ってて、ギルド長起こしてくるから」
「すいません」
遊多さんの火が物凄い勢いで書物の中に吸い込まれていき、それを補う為に私もいくらか譲歩しているけど、全く間に合う気配がありません。
「ううむ、またか。こちとら両腕がイカレテルからゆっくりしたいのだが」
「ギルド長、貴方がやらないで誰がやるんですか」
「そうだけど、モロの奴、気持ちよさそうに寝よって。ああ、わかった、わかったから押すな」
パトラさんが遊多さんに近づくと、パトラさんの火により急激に遊多さんの火が活性化していきます。そして、すぐに呼吸が安定します。
「ありがとうございます、パトラさん」
「何、ここから没入する場所が特別だという事は私が一番知ってるからね。大したもんだよ全く。一休みするから、また異変が起きたら教えな」
「はい」
両腕をブランと下げたまま近くに仮設した休憩場所に戻っていくパトラさん。ミューズも加護を使いすぎたと言い寝てますし、モロもタマコちゃんに抱かれて今はぐっすりと眠っています。クゥちゃんは何処行ったかわかりませんが、今遊多さんを守護できるのは私だけなのです。
「うん、私だけなの」
遊多さん、無事に戻って来て下さい。




