138:決闘-2-
開始の声が聞こえるが、俺は必死に考えていた。認識できない程のスピードで動く相手と戦えと言うのは、よほどの技量差がなければカバーは出来ない。設置型のスキルや拡散系のスキルがあれば考えようもあっただろうが、生憎そんなスキルなんて持っていない訳で。では、目視できるようにする為の技術は何がある? 思い出せ、俺に出来る事は何だ。
刹那
俺の目の前に一つのウインドウが広がる。知っている、火の操作画面である。
『29.97fpsを60fpsに変更、数秒前の録画データを再生、目視失敗。60fpsを倍の120fpsに変更。録画データを再生、目視失敗。120fpsを倍の240fpsに変更。録画データを再生、目視成功。0.0042秒でコマ送りの姿が確認出来る』
俺はfpsを240まで拡張すると、続いてマウスの感度を操作する。
『マウス感度をMAXに変更しました。更に拡張を希望しますか? はい。マウス感度を倍に引き上げました。更に拡張を希望しますか? はい。マウス感度を倍に引き上げました』
マウス感度を人間がとれる最大限の約6倍もの感度へ引き延ばす。マウスをぐりぐり動かすと、想像を絶する速度で視界が動く。更に240fpsという異常な知覚情報に頭がパンクしそうになるが、俺は冷静にそれらを受け止めていく。
魔の神も、初撃を躱されるとは思ってもいなかったのだろう。俺の居た場所に右腕をからぶらせると、ギョッと躱した俺を正確に捕える。俺は俺で、避けたまでは良いがマウスの感度の良さに神様を正面に捕えきれずブレブレの視界のまま睨み返す。
「あぶねぇ」
俺はチャットでそんな文字を入力してみせる。勿論、相手を煽る意味もこめて。
「人間、よく躱せたな」
「そりゃどうも、俺も奇跡だと思ってますよ」
1秒もない間に交わされる言葉。そして再び魔の神は拳で俺の体を殴りに来るが後ろに飛んで躱して見せる。
「ハハハ、人間。お前、俺の動きが見えているな?」
「さて、それはどうでしょうか」
そういいつつ、俺はショートカットからセット装備1を呼び出し装着してみせる。手に握る火の剣で次はこちらから斬りかかってみせるが、見事にからぶってみせる。
「まぁ、お前の攻撃なんざに当たるつもりはサラサラないがな。それにこれなら」
俺はギョッとしてしまう。目の前に大量の黒い塊が生み出されると、一斉に俺に向かって飛んできたのである。セット装備1の大盾や鎧、兜は一瞬で弾け飛び部位破壊されてしまう。しかし、何故かまだダメージまでは追っていなかった。
「ほう、貴様の火、ただの火ではないか……まぁこれで終わりだ」
再び同じ攻撃が繰り返される。セット装備1は残念ながらクールタイム中だ、セット装備2に限っては装備が薄いので意味が無い。回避をしようにも避けきれる場所がない、手詰まりである。
『困ってるんじゃないかい? ほら、俺の加護を使ってみな』
ふいに頭に響く声。それに導かれるがごとく、俺は手を前に突き出し壁をイメージする。
「豪炎:氷豪壁<ひょうごうへき>」
ザンッという音と共に正面には氷の壁が生み出される。
『はは、良く出来ました。氷の神は伊達じゃないんだよ? その二つ名は保存、決して崩すことのできない力なのさ』
そして生み出された氷の壁は魔の神の攻撃を全て弾いて見せる。そこで初めて、魔の神の声質が大人しくなる。
「お前、加護持ちか」
俺は何の事か良くわからなかったが、この機会を無駄にするわけにはいかない。反撃をするためにセット装備2を纏うと、ロケットランチャーで対抗しようとする。
『ふふ、私の部屋の外で楽しそうな事をしてますわね。良いわ、そんな軟弱な神なんてぶちのめしてあげなさい』
その声を聞いた瞬間から、俺のロケットランチャーの弾部分に黒い光が発生する。
「豪炎:無豪ランチャー」
漆黒を纏う俺の弾は魔の神に当たるも、その場で霧散してしまう。しかしそこで魔の神に異変が起きる。
「ん、俺は一体何を……」
『よく使いこなしましたね。無知の神の二つ名は忘却、今がチャンスですよ』
俺はここに来て、やっと氷の神様、無知の神様の加護が俺に力を貸してくれているのだと気が付く。1秒にも満たない世界で、俺は更に声を聞く。
『主様、後は止めを刺せば良い。有効打なんてぬるい事は言わないで良い、暴食の神の二つ名は神殺し。喰い潰してしまっちゃえ』
俺は限界以上に引き延ばしたfpsの世界で、1コマ0.0042秒で詠唱を終える。
「豪炎喰<ごうえんさん>」
俺の手は神様の居る方向へ向き、そのまま握りしめる。途端、魔の神のいた空間が歪み瞬間的に消滅してしまう。
「やった、か……?」
「バカ野郎、死ぬじゃねぇか!」
「ばっ」
俺が叫ぼうとすると、顔に衝撃をくらう。宙を7回転程舞いながら、俺は見事に地面に倒れてみせる。
「くそ、何で俺はコイツに狙われてんだ?」
「魔の神よ、それくらいで許してやってくれ。人間を殺すのは御法度だろうに?」
「そうだがよ、何なんだコイツは?」
「そうだね、無知の神の事を色々知ってる奴だよきっと。仲良くしといて損はしないだろう?」
「ま、まじか!? おい、人間、おーい? ダメだ、白目向いてやがる。これやるから、今度無知の神の事を、そのだな、色々教えてくれよな?」
クゥと神様の会話は聞こえるも、俺の意識は徐々に薄れていくのであった。
主人公、敗北。




