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火の世界の豪炎  作者: PP
三章-ツリィム-
130/147

130:扉

 A区と呼ばれたギルド書庫のある一室に没入した俺は、目の前に広がる散乱した本に目をやる。


「よくもまぁ、ここまで……」


 ちゃんと呆れっぽく……とまでつけてみるも、流石に声でテンテンテンやサンテンリーダーなどと翻訳され発せられることは無かった。が、呆れてる感じがやや薄かったので、今度改良しておこう。


「それじゃ、始めますか!」


 誰に言うでもなく、俺は書庫に散らばっている本を手に取り、棚へと戻そうとする。本に関しては、ツリィム内では何故か文字の認識までも出来るようになっていたため本を拾い上げては棚へ戻すの繰り返し作業が始まった。


 そして、この仕事。昨晩ツリィムを通じてミーネさんに紹介してもらったのだが、どうやら日給で相当な額が貰えるそうだ。未だにお金の概念を曖昧にしたまま過ごしてきたので、相当な額というのは額面を聞いた時の雰囲気から察しただけなのだが。


 で、カチャカチャとマウスとキーボードを操作して自身を動かして見せる。この操作感が楽しくて、ついつい時間を忘れてしまう。没入開始してから三時間程だろうか、A区と呼ばれた20畳くらいはありそうな空間に、何冊も机の上に錯乱していた本が全て本棚へと収納された。クエスト達成したぜ、とそんな気分で元の世界へと戻ろうと意識してみると、すぐさま意識は暗闇に落ちた。


「ふはぁ、終わったぁ!」


 俺は没入室の内鍵を外し、ミーネさんに声をかける。


「ミーネさん、A区終わりましたよー」

「ひぃっ!?」

「えっ?」

「……えっ?」

「あの、どうしたんですか?」


 ミーネさんは顔を強張らせて、恐る恐る俺に尋ねて来る。


「あの、深浦さん? 今終わったと? そもそも、勝手に帰っちゃったんじゃないんですか?」

「やだなぁ、ミーネさんに言われた通りA区の書庫整理やってましたよ。少し時間かかっちゃいましたが、綺麗になりましたよ」


 ダンッと椅子から立ち上がると、先ほどまで俺が入っていた没入室へと入室してカチリ、と鍵のかかる音がする。


「あのぉ……」


 俺は取り残され、取り敢えずギルド書庫のカウンターにてミーネさんが戻ってくるまで待機する事にする。待つ事五分、ミーネさんが舞い戻って来る。そしてガシリと肩を掴まれると、質問タイムの始まりである。


「深浦さん? もしかして本当に一人で全部なさったんですか? そもそも、仕事をお願いしてから三時間くらい経ってましたよね? 三時間ですよ? 三時間、そんな長時間没入してたんですか?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてミーネさん。ちゃんと一人でやりましたよ! それと、三時間でもどうやら全く問題ないようです」

「はぁ……凄い子がでてきたものだわ」


 額に手を当て、熱っぽい吐息を吐いてみせるミーネさん。やはりツリィム関連に関しては俺、何か異常らしい。


「いいわ、そんな長時間の没入で元気というなら私も安心したわ。普通の人は三〇分も没入したらクタクタになっちゃうんだからね? 気をつけなさいよ。でも困ったわ、A区の書庫整理が全部終わったとなると、報酬額をもっと増やさないといけないんだけども……」

「えっ、良いんですか?」

「本当は一月くらいかけて整理するものなのよ? それをたった一日で、それも三時間で終わらせるなんて想定してなかったのよ。つまり、それに応じた報酬を用意できないって事よ」

「ん、ミーネさんに仕事を紹介してもらったんですし、約束通りの額面で良いですよ」

「キャー貴方良い子ね、もうずっとここで働きなさいよ!」


 肩を掴まれていたと思えば、今度は手を握られ再びブンブンと上下させられる。


「か、考えときます」

「うん、よーく考えてて! 貴方が居ればギルド書庫の回転率が大幅にあがるわ、ふふふ」

「あの、A区の整理は終わりましたが他にも整理する場所はあるんでしょうか?」


 就業時間中は仕事が無いか探してしまうという、地球育ちの悪い癖なのだろうか。一月かける仕事を三時間で終わらせたというのに、俺は聞いてしまった。


「そ、そうね。まだ没入できるのであれば……あっ」


 受付カウンターの引き出しなら、一刷の書物を取り出す。


「もしよければ、この書物を使って一冊持ち帰ってほしい物があるんだけども……」

「良いですよ、何の本でしょうか?」

「その、ね。神話Ⅰを取ってきてほしいの。まだ誰も持ち帰ったことがないのだけども、存在だけは確認出来てるのよね。この本を解読できれば、神による厄災から身を守る手段を手に入れる事が出来るかもしれないっていうのが、ギルドの総意なの」


 神話Ⅰの本か、と少し興味をそそられる。


「良いですね神話、でも何で誰も持ち帰った事が無いんですか?」

「それがね、ギルド書庫ってのは奥に進めば進む程身体の自由が効かなくなるのよ。進めもしなく、帰れもしなく。そして没入による現実の体力消耗により、そのまま下手をすれば死者が出る事もあるわ。そうならないように、今では脱出用のアイテムを持ち込むようにしてるけどね」


 これがそうよ、と手渡される一つの紙切れ。表裏と確認するが、ただの紙切れである。


「これが帰還用のアイテムね。無理だと思ったら燃やしたら良いわ、そうすれば強制的にこっちに戻ってこれるの。本当に無理だと思ったらスグ戻って来てね、貴方みたいな存在、簡単に手放したくないから」

「はい!」

「元気良し! 無茶だけは本当にしないでね?」


 再びはい、と応え俺は先ほどとは違う没入室へと移動する。内鍵を閉めると、俺の意識は再びツリィムの中へと落ちていく。




「はぁ、本当に無茶苦茶な人だわ。流石、神を従え巨大コカリリスに搭乗する優男ね。噂通りだわ、でも流石に神話のある書庫内はギブアップするわよね?」


 今度こそすぐに戻って来るだろうとミーネは考えていたのだが、その予想は見事に裏切られる事となる。




「おうふ」


 ネトゲ内で良く使っていた言葉を発してみるが、やはり誰もいないためか虚しい。


「この通路の先に神話Ⅰがあるのか」


 カチカチッとマウスで視界を調整しつつ、Wボタンを押し込み前進を開始する。特に、言われていたような身体が不自由になる事はなく今のところは歩けている。


「お、この部屋の中かな?」


 俺は通路の一番奥にある、扉のドアノブをガチャリと回す。神話Ⅰの置かれた書庫内に通ずる扉は今、開かれた。


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