109:トップ&クゥの場合
俺はマヨタマを口に含み、ふと疑問を覚える。
『こいつ、出来るぞ』
俺が生み出した世界で、俺が生み出していない味を生み出したのだ。流石、異世界からやってきた野郎だ。
最初は異世界から人がやって来ようと、放置しとくつもりだったがズガズガと俺の領域に入って来たかと思えば見知らぬ火を扱って部屋を荒らしやがる。本当に困った奴だったので、接触を試みようとしたところ大声で独り言を呟いてて目障りだった訳で。とりあえずドツイておいたな、うん。
「しかしタマゴにあんな進化がみられるだなんて」
俺は舌の上でマヨネーズなるものを転がしてみる。調味料を適当に入れてたようにみえたが、これは酢が入っているのだろう。塩と胡椒も少々か、なるほど。こんな贅沢な使い方で、だがしかし新たな調味料が出来るとは。
「兎に角卵巻きからマスターしてみせるか」
俺は火を極限まで弱め再び上級油をひくと、さっとといたタマゴを流し込む。途端。
「うっ」
結果は失敗である。極限まで弱めたつもりなのだが、どうにも俺の火が強すぎるようだ。どうしたものかと悩んでいたら、深浦から助言が飛んでくる。
「神様、余熱でもいいんじゃないですか?」
「ふむ、余熱か。ふはは、面白い発想だな」
俺は火でつくりだした器を熱したら、その後は器としての機能のみを残しそこへ上級油、タマゴと流し込む。
ジュワワと弾ける油、包み込まれてゆくタマゴ。俺はすかさず手首を返し徐々にタマゴを巻いていく。そこへ更にタマゴを流し込み、余熱で良い感じに火が通ったタマゴを更に巻く。
「どやっ」
俺は成し遂げる、そして深浦も流石神様です、と褒めてくれる。人に褒められてもこれっぽっちも嬉しくないのだ。ないのだ。
「うひ」
変な声が出てしまうが、すぐに表情を元に戻し当たり前だとだけ言って俺も周りが追いつくのを待つことにする。
「こういうのも悪くないな」
久々に地上に降り立ったが、暴食の神が地上で食事をしたがる理由も少しはわかった、そんな気がしたのだった。
一方、暴食の神ことクゥはというと。
「わはっ、それ失敗作なの? 捨てちゃうの? あっ」
失敗作を捨てようとするのを見て、私はパクリとソレを食べる。
「んー、ジュウシィ」
ジュウシィとは、深浦に教わった単語の一つだ。正確には教わったのではなく、火を食べた際の味の記憶の一つなのだが、それは今は置いておこう。
私は解析する、このポロポロになったタマゴ一つ一つに火が通り、味わいが増しているのだという事実を。卵巻きとはまた違った味わいなのである、恐るべしスクランブルエッグ。
「こら、食べてないで練習しろ練習」
「わはっ、言われなくてもやりますよー」
私は持ち場に戻ると、どうやらトップ君は既に習得したらしくドヤ顔で皆の技量が追いつくのを待っているらしい。完成作を食べてみたかったなぁ。
「えっと、こうやってと」
タマゴをフライパン、だったかな。その形状にした火の器に流し込む、途端にジュと音が鳴り蒸発してしまう。失敗だ。
「んー、勿体ない」
何がいけないのだろうか、火を通しすぎたらダメなのだろうか。そこで深浦が助言をしてくれる。
「クゥ、お前も余熱でいいんじゃないか?」
「余熱って?」
「一度熱を通したら、その器に残る熱だけに頼る事だよ。毎回火をぶち込んじゃないか?」
「んー、試してみるよ」
私は余熱とやらが良くわからなかったが、言われるがままにフライパンへと火を通したら、操作をやめてみる。
「ここにタマゴ入れるだけでいいのかしら? あら」
試しに入れてみると、油と混ざり合ったタマゴはジュワっと音を立てプクプクとタマゴの表面に穴が出来ては潰れるを繰り返した。蒸発しないソレをみて、慌てて私は手を返す。
「あー」
ポーンっと空高く舞い上がったタマゴはそのまま天井へぶつかろうとした瞬間、消滅した。
「ご馳走様」
ダメになる前に取り敢えず食べておいた、しかしクルクルと綺麗にタマゴを巻くのは難しいようだ。
「あのなクゥ。難しいなら箸か何かで整える事も出来るんだぞ」
「ああ、なぁんだ」
私は理解する、料理とはテクニックではないのだと。知識と、それをこなすプロセスが何であれ道理に適っていれば良いのだと。
「そっか、レシピ通り作るにしても同じ道に辿り着ければいいのね」
私は一人納得し、卵巻きを見事に作り上げる。少しだけ箸を使って巻いた部分が崩れているが、完成したソレの一部を摘み上げ口に運ぶ。
「あぁ」
美味しい、と。これだから食事はやめられない。
瞬く間に私も、卵巻きをマスターしていくのだった。




