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Session.15 Tribute to the Past Part.2

 ひとりになってしまい、椅子に座ったまま小さく鼻息を漏らした御剣。

 が、今度は彼の方にも声をかけるものがいた。大人の低い声とはまったく違う、高く透き通るような声だった。

「誠一くん」

 その声の主は、背後から御剣に声をかけたかと思うと、スタスタと大国が去った後の椅子へと回りこんで、腰掛けた。

「姉ちゃん!」


 大国の次に、御剣がその顔をよく見る者。それが、前ヶ崎 佳子だった。

 彼の後から十六番目の被験体――“born.16”に選ばれた、十三歳の少女だった。研究所にいる多くの被験体の中でも、かなり幼い方だ。どういう、経緯、どういう理由で被験体になったのかは知らないが。

 とはいえ、知らない人間ばかりの研究所の環境に、不安を覚えていたのだろう。そんな中、二年ほど前に出会った、弟ほどの歳の御剣は接しやすかった。

 幼いころから堅苦しい大人達に囲まれてきた御剣はまた違うのだが、それでも、自分と歳の近い人間との付き合いというものは、新鮮で面白いものだった。

 二人は徐々に、しかし確実に親密な関係になっていった。


「いたんだねぇ、姉ちゃんも一緒に先生とお話すればよかったのに」

「あ、いや……ちょっとね、今は、あの人と一緒にいたくなかったんだ」

 大国の話をされ、前ヶ崎は苦い顔を浮かべた。しかし別に、あの若くして某大学の教授を務めるとかなんとかいう秀才のことが嫌いというわけではない。

「え~、なんで?」

「嫌いなんじゃないよ。うん、むしろその逆。頭はいいし、ちょっと雰囲気が怖いけど、優しい人だし。いつもなら、話だってちゃんとするの。ただね……わたしとあの人が二人一緒に、君の傍にいちゃいけないような、そんな気がするんだ。理由は分からないけど、無性にそういう気分になるの……だからね、さっきは近づけなかったの、ごめん」

「ふぅん?」

「でも、何の話をしてたかは聞いてたよ。《因子》の話でしょ?」

 そう言って、前ヶ崎は先程の大国よりも大きく身を乗り出して、御剣に顔を近づけた。彼の視界に大きく映った彼女の眼には、光が煌めいている、ように見えた。

 彼女はよくこの図書室へと訪れ、いろいろな本を読んでいた。だから、大国ほどではないが、いろいろなことを知っている。きっとあの眼の輝きは、また新しい本を読んで得た知識に灯る、火のようなものなのだろう。

 彼女は、非常に好奇心のある少女だった。もしかしたら、《因子》の研究にこの若さで協力することになったのも、それが理由なのかもしれない。いずれにせよ、間違いなく彼女も、世間一般的な人間とはどこか“ズレ”ているのだ。

 だが、そういうズレもまた、御剣は嫌いではなかった。


「人の歴史ってさ、すごいよねぇ」

 そう言ってから、彼女は御剣の方へと近づけていた身を引いて、椅子に座り直した。

「二千年以上も生きてる間に、人は、ホントにいろんなことをしてきたんだ。同じ人間がやったこととは思えないような、革命だとか、戦争だとかを繰り返してね……ねぇ、今でこそ、船とか車とか電車とかって当たり前のものなんだろうけど、それが初めて生まれた時代の人にとっては、ホントにすごいことだったんだよ、きっと。戦争だって、今じゃいろんな人が馬鹿なことをしてたとか、理解できないとか言ってるけど、その当時は、きっと正しいことだってみんな思ってたんだろうね。相手を殺せば、自分が豊かになれるってことが分って、殺す方法もあればそりゃあ、私だって人殺ししちゃうかもしれないよ。それは、人間の遠い先祖もやってきたことだからね……もう昔のことだって、私達が理解できなくなったことも、とっても大きな、逆らえないような大きな流れを作る力みたいなものだったんだ……うん……えーっと、なんだか自分でもなに話してるのかよく分かんなくなってきたなぁ、ごめんね、難しい話して」

「ううん、なんとなくだけど分かるよ」

「そう?……ホント?」

「うん」

「そうか……そっか」

 御剣の返事に、前ヶ崎は小さく頷いた。

 彼女は、まだ幼さの残る少女だった。その好奇心に追いつくだけの判断力も経験も持ちあわせてもいない。それでも、自分の友達に、自分なりに勉強し学んだことを、胸から起こった気持ちを伝えようとしているのだ。それを、嘘であっても分かってくれるということがうれしい。


 少し俯き気味になり微笑しながら、彼女は続けた。

「それで、今の世界はさ、とても安定して、落ち着いてるんだよね。昔はホントに、嵐の中の海に起こる波みたいに革命が次々起こって人々を呑み込んでいった。それはきっと、世界をよりよい形に――ううん、よりよくなくてもいいから、どんどん新しいところに進めていこうっていう、人間の向上心があったからなんだって思うの……でも、今はもう、それが必要なくなった。人の生活は、『もうこれ以上は勘弁!』ってぐらい豊かになったし、わざわざ誰かを殺さなくてもよくなった。殺す苦労の方がよっぽど大きくなったんだから、もう戦争だってする気にもならない。平和になったんだね。だから、やがて誰かを殺してでも豊かになろうという心を忘れて、戦争の汚い部分だけが見えるようになる」

「平和かぁ……」


 御剣は、前ヶ崎の言うその言葉を、自分の頭のなかで反芻してみた。苦しむことも、誰かを苦しめることもない。ただ起きて、いろいろと勉強をして、暇つぶしに大国先生や前ヶ崎と話をして、寝る。次の日を迎えて同じことをする。

 この広いようで狭い研究所の中での生活が、御剣の全てであった。被験者達のほとんどは、研究が世間に秘匿されているということもあって、外出することはできなかった。それでも、ここは元からそうなることを想定していたのか、図書館だけでなく雑貨屋や娯楽設備などもあり、最早一つの街といっても過言ではなかった。そういう環境であるから、外に出ようと考える者はほとんどいなかった。元々人間的な生活との接点を必要としない者が多かったのだろう。御剣も同じだった。

 研究所の外はどうなっているのだろう、という興味はなくはなかったが、それでも、この暮らしは確かに平和であると思えた。

 しかし、平和であるからどうだというのだろうか。それが分からない。別に今は戦時中でもないし、警備の行き届いた研究所の中では犯罪も起きない、もちろん中にいる者達も、良からぬことをしようという考えはない。生まれた時からずっとそうだった。だから、平和であることの有り難さというのは分からない。比較対象が存在しないからだ。


 前ヶ崎はさらに続ける。

「でもね……いや、平和になったことはいいよ、すごく良いよ。でも、わたしはね、平和になったことで、人類は大きな行き止まりに立ってしまったんじゃないか、って思うんだよね」

「行き止まり……」

「人々を呑み込んででも世界を変えようっていう大きな流れがなくなって、進歩することもなくなった。今ある生活が最良って――もうこれ以上は無理なんじゃないかって思うことで、進歩しようっていう意志がなくなっちゃった、ってね」

「うーん」

「それで、この研究所にいるとね、時々不安になることがあるんだよ。人間はこのまま、革命を起こす必要がなくなったからって、革命を起こそうとする心も失っちゃうんじゃないかって。そうすればもう永遠に、先に進むことはなくなる。それどころか、気づかないところで、少しずつ悪い方へと後ずさりして、元通りにできなくなるかもしれない。それが、繁栄の終わりの、始まりなんじゃないかって……」

「……怖いこと考えるんだねぇ」

「うん、それでね……それを何とかするために、また、新しい何かが必要なんだ。歴史の中で起こってきたいろんな革命を、ぶっちぎりで超えるような、とんでもない大革命が――きっとここの人達は、それを起こそうとしてるんだね」

「《因子》と友達になることで?」

「うん、そう」


 繰り返すが、前ヶ崎が《因子》に関わる研究、その成果を証明する実験の被験体となった経緯を御剣は知らない。大国のような、被験体のことを管理している研究者達なら知っているかもしれないが、その経緯の中で固まっていった前ヶ崎の心については、彼女達でも分からないだろう。

 前ヶ崎は、《因子》についての様々な仮説、理論を積極的に学び、吸収していった。その中で、その可能性というものに感銘を受けたようだ。

 御剣も、《因子》についてはおおまかにだが聞いている。人に新たなる力を授ける、と。多分、《因子》が元々持っている力を、友達になることで分けてもらえる、ということだろう。

 それがきっと、人類をさらなる段階へと進める革命の力になるのだろうと、彼女は考えている。そして、その革命の魁に自分もなるのだというある種の大悟に、この若さで至ったのだ。


 すごいことだと、御剣は思う。

 自分にはそこまで大それた考えはない。ただ、《因子》と友達になれるのなら、なってみたい。とぼんやり思っているだけだ。

 正直いうと、革命だとか何だとかはどうでもよかった。ただ、それを語る前ヶ崎のことは、決して嫌いではない。どちらかと言うとその逆だった。


 彼女が言う。

「ねぇ、誠一くんはさ、わたしとはもう、友達なんだよね?」

「うん、もちろん。友達だよ! 姉ちゃんと仲良くなったのと同じようにすれば、《因子》とだってうまくいくよ」

「はは! そうかぁ」


 御剣にとって大国は、知らないことをいろいろ教えてくれる、優しい大人だった。だが、その心の前には見えない隔たりのようなものがあって、本当の意味で心を通わせることはできないということを、幼い御剣は薄々感じていた。大国の中の彼には、ある決定的な“固定概念”がある。彼女の言葉の端々には、その固定概念の存在が見え隠れしているのだ。研究所の他の者達――自分をからかったりかわいがったりしてくる被験者達にもそれがあった。

 前ヶ崎もまた、知らないことをいろいろ教えてくれる、優しい少し大人な人だった。ただ一つ決定的に違うのは、御剣に対して何の固定概念も持っていないことだった。ただ素直に、いろいろ話したいことを話して、言いたいことを言う。頭の中から湧いてくる自分でも分からないような想いを、遠慮もなく伝えてくる。もちろん、こちらの話だって、聞きたいから聞いてくれる。


 人間に本当に必要なものは、こういう存在なのだ。こういう存在がいるから、人は真っ当に成長し、生きていける。それが、前ヶ崎の革命の心とは違う、御剣が人生の十分の一をやっと過ぎたという時に迎えた大悟――“友達”というものだった。

 一人友達ができれば、すぐに二人目だってできる。二人目ができれば三人目も。そうやっていけば、自分達とは違う生き物とだって、友達になれるはずだ。

 彼女は、御剣にとっての一人目の“友達”だった。だから好きなのだ。


 今度は、御剣の方から話す番だった。

「姉ちゃん。《因子》と友達になったらさ、みんなでこの研究所も出て行くことになるんだよね?」

「……そうだろうねぇ。《因子》が出てくれば、研究だって終わりだもん。こんなところに居続けたって、どうにもならないよね。研究も世間に大々的に発表できる。こうやってこそこそやってる必要もなくなるんだ……どうしてわざわざ研究を隠さないといけないのかは知らないけど」

「それならさ、姉ちゃんと僕と《因子》のみんなで、いろんなところに遊びにいこう。僕ね、ずっとそれが楽しみだったんだ。どうせ外の世界っていってもここと大して変わらないだろうけどね。友達と一緒なら、なんだって楽しいと思うんだ」

「それなら、わたしだってそうだよ!」


 価値も分からない平和な暮らしの中でただひとつ物足りないことが、外の――世界との繋がりだった。

 前ヶ崎の言ういくつもの革命や戦争によって変遷していった世界が、研究所の外には確かに存在する。それ自体に対する興味は特にない。

 だが、自分達の新しい――二人目、三人目の友達となった《因子》が、世界にどう受け入れられていくのかを見てみたい。

 それが、御剣の心の中にある、一歩前に進もうと――進歩しようとする向上心。目標であると、言えなくもなかった。それを夢と言い換えることも、決して大仰なことではない。


 もちろん、その夢の中には、いつも前ヶ崎の姿があった。この先の自分の人生において、彼女がいないということは、想像することさえもできなかった。

 それができるだけの魂の成長が、まだ幼稚な彼には不足し過ぎていた。



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