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Session.12 division Part.1



 アインはすでに、大国 八千穂の元から離れ、芦原高に入学する準備を整え現地へと到着しているそうだ。

 研究所に残った大国は、この数日間、言い様のない寂寞に苛まれていた。

 “アインの誕生”という成果によって研究も大きな区切りがつき、研究所全体を支配していた緊張感が弛緩し、空気が変わったこともその寂寞に一枚噛んでいるのだろう。

 やることも途端に少なくなった。実験に関する所々の記録などの雑務は例の助手がやっており、大国自身は途端に暇になっていた。研究が成功したのならば各地に飛び回って講演やらなにやらしなければならないし、そのための台本作りなどしなけれなならないというのが普通だろうが、今回は特別だ。“不老不死”の研究成果など、元より発表するつもりはなかった。伊集院が《FREES》に纏わる詳細を開示しないことと同じ理由だ。

 自室の中特にすることもないので、自身の研究に関するノートを流し読みしながら、時間を潰していた。

終わってからは何もかも助手がやってくれているが、それまでは何もかも自分でやっていたのだ。

 今の時代、情報の一切は機械に入るようになった。音は自らの耳で聞くことを好む大国であっても、文章は紙に書いたものでなければ我慢ならないということはない。

 膨大なデータを一手に保存している記録端末を適当に弄ぶ。


 我ながら“人の生命”に関わっているというのに、冷酷な研究をしてきたものだ。人工授精から始まった胎児の観察においては、まるで物のような扱いをしている。

 “それ”が、他ならぬアインであるのだ。

 大国の中には、ある戸惑いがあった。戸惑いというより、興味と言ってもいいかもしれない。

 自分がアインに対して抱いている感情の、正体だ。

 自分はアインのことは好きだ。それは、母親が自らの子を愛するのと同じだ。だが、それとまったく同じものではないということも、彼女自身理解していた。

 彼女を大切に思っているのではない。あくまで、自らが生み出した研究の世界を愛しているのではないか。大国 亜音という個人としてではなく。

 そして何より、そもそも彼女を愛する権利などあるのだろうか。

 彼女が生まれるまでの間、多くの生命を犠牲に――研究の段階にしてきた。それに対する罪悪感というものは、正直いって今も感じていない。だが、アインも彼ら、あるいは彼女らと、“実験体”という意味では同じ存在なのだ。もし仮に、実験の段階をもう一段だけ踏み、“No.10”を成功例とした場合、アインは……“始めの成功例”という名のアインは、今いる彼女とは別の個体になっていたのだ。そういう淡白な考えが、確かに今も胸中に存在しているという自覚が、大国にはある。

 自分が抱くアインに対する感情も、所詮は上っ面だけではないのか。しかし、自分は《保有者ホルダー》であり研究者であり、そしてこの身に宿るものが人ならざる怪物であると知っていながらも、それでも人間であると思いたかった。だが、簡単に割り切ることもできない。

 研究者としては優秀であることは自負している。しかし、アインを養子に迎え入れるには、自分は些か人間としていびつすぎるのかもしれない。

 そんな自分の手で生まれてきたアインも、もしかしたら不幸な存在なのでは……


 自分しかいない殺風景な、必要最低限の家具しかない、壁も床も天井も真っ白な独房のような部屋の中で、大国の微かな声が響いた。

「これも、《因子ファクト》というものをこの世に解き放ったことによる宿命ということか……桜井さん。我々は貴方の生命に対する償いというものが、できているのかしら……」


 その時だった。不意に、ドアがノックされる音が聞こえた。

 何事だろうか。研究所のスタッフには(助手を含めて)特に用がないのなら部屋には近づくなと言ってある。ということは、その特な用があるか、研究所の部外者が来たかのどちらかだ。

「……」

 難儀そうに椅子から立ち上がりつつ、ドアの前まで歩み寄り、電子ロックを解除して開いた。


「……貴方は」




    ※




 林原ハヤシバラ 優二ユウジは、高慢な者も多い《保有者》の中では、珍しい程真っ当な性格をしていた。特筆すべきこともない《Bランク騎士型ナイトタイプ》であるが、唯一珍しいのは、発現したのが七年前――《因子》が発見された当時だったということだ。つまり、最初期の《保有者》に当たる。

 自らの身体に起こった変化と共に、すぐさま、後に《先導会》を立ち上げる草薙 魁教授の研究発表から《因子》の存在を知った彼は、なによりまずそれを制御することを考えた。自分の力によって、他人を傷つけることになるのを恐れたのだ。

 彼は、他者のことを優先的に考えることができる人間だった。幼い頃から《因子》と付き合っていたおかげで、扱いに関しては他の《保有者》よりも長けており、それだけ強靭な肉体の使い方もそれなりに優れていた。つまり、他の《保有者》よりも戦闘力は高いと言っていい。

 が、それだって不本意だ。別に喧嘩が強いからといって、余程不条理な理由で一方的に暴力を振るわれないかぎりは、実力を行使しないと決めていた。

 《因子》のような、危うさすら孕む強大な力は、慎重に、そして人々の幸福のために使われるべきだ。

 そう信じていた。


 そんな彼にとって、この葦原高での生活はあまり清々しいものではなかった。

 前述しているが、《保有者》には高慢な者も、利己的な者も多い。この学校でも、すでに一般生徒にちょっかいを出している問題児もいる。そういう連中は、生徒会の手でこっぴどくお仕置きされていると聞くが。

 自分の理想を他人に押しつけるものではないというのは分かるし、そもそも自分だってそこまで他者の幸福をストイックに尊重しているわけでもないが、もう少し穏やかにはなれないものかと、いつも思う。

 他者を見下したまま社会に出て生きていくのでは、草薙教授――もとい理事長が《因子》を見つけ出した意味というものがない。そこまで考えることができるのが、林原だった。


 そんなある日だ。

 朝のホームルームにて、担任教師から、転校生が着ているという話を聞いた。

 もうそろそろ熱くなってくる、梅雨も近いという時期での転校生とは珍しい。

 クラスの生徒達は、興味津々といった様子であったり、その逆であったりと言った感じだ――そもそも教室にいない生徒もいる。林原はどちらかと言えば、前者の方だ。

 その転校生とやらが教室に入ってくるのを、待っていた。


「え~……それでは、どうぞ、入ってください」

 担任がそう言うと、出入り口の自動ドアが開き、その向こうから件の転校生が入ってきた。

 その姿に、林原は眼を奪われた。


「か……か……」

 可憐だ。

 その一言に尽きた。

 実際、その女子生徒――真っ白な髪と、透き通るような白い肌、そして、そこに四千年残る絵画の如く張り付く端正な目鼻は、誰の眼に見ても美しいと表現できるものだった。

 が、林原の胸中に、はるか次元の彼方から飛来したインパルスは、大衆が抱くそのような感情からはさらに一段階踏み入ったものだった。天が二つに裂け、その間から神の啓示が光となって降ってきたような気分だった。

 それは巷では“一目惚れ”と呼ばれているのだが、今の林原はそれを自覚することができなかった。

 教壇の横に立つ彼女の姿を、彼はしばらく呆けた顔で見つめていた。

 担任が彼女に呼びかける。

「え~……では、自己紹介してください」

 それに応じて、その女子生徒は話し始めた。

 その声も、林原にとっては、自分を生まれた時から守護している女神の声のように聞こえた。何もかもが完璧だと、彼は感じた。


「大国 亜音です。急なことですが、皆さんどうか、よろしくお願いします」

 その声に対する反応も、やはり“まちまち”だった。『どうぞこちからこそ』と歓迎しようという者もいれば、変わらず興味なしといった者もいる。興味がなかったのだが、アインの容姿を見て下卑た表情を浮かべるような者もいる。《保有者》のクラスらしい、まとまりのない雰囲気だ。

 が、今はそんなことは、この状況を苦手とする林原にとってはどうでもよかった。彼の意思は、ある一つの目的に凝集されていた。

――お近づきになっておこう!――

 そんな彼にとっては、またとない好機がやってきた。

「え~……では席なんですが……」

 担任が、教室内をキョロキョロと見回し始めた。アインの席を探しているのだ。とはいえ、設備の整っている葦原高では、開いている椅子と机は教室の床下に格納される。

 ふと林原は、右隣を見た。座席も机もない。誰もいない。左側から順に縦六列に並ぶその末端が、彼の座席だった。すぐ隣には、おあつらえ向きのスペースが……

「……!!」

 彼は眼を見開き口を開け、無言の叫びを上げた。

「え~……じゃあそこの、林原君の隣がちょうど開いているんで、そこにしましょう」

――キタ!!――


 担任が教卓備え付けの端末を操作して、座席を出す。林原の横で、座席と机がせり出してきた。

「え~……それでは、どうぞ座ってください」

 そう促され、アインは他の生徒の視線をすり抜けながら自分の座席へと歩み寄り、そのまま座った。


 何もかもが、運命で決められているかのようだった。この前の席替えでこの席になったことも、単なる偶然ではなく、初めからそうなるべきことだったのだ。こうなれば、これから自分がこのアインと親しくなり、ゆくゆくは……というのも、最早約束されたことなのだと思えてきた。否、間違いなくそうだ。

 そんな確証もない自信に後押しされた林原は、早速、アインに向かって話かけてきた。

「よろ!…こ、これからよろしくぅ……」

「はい、よろしくお願いします」

 その返事が聞けただけでも、なんだか満足してしまいそうだ。

 だがまだまだ。林原は、正直退屈だった学生生活が俄然華やかになってきたことをヒシヒシと感じながら、胸の内で自分自身に堅く誓っていた。

――よぉーし! 見てろよぉ、僕が絶対幸せに……いや、まずはお近づきになることからだ――




    ※




 とはいえ、いくら隣の席になったからといって、それだけで彼女を独占できるわけがなかった。昼休みになると、アインの席の近くには、好奇心に満ちた生徒達で人だかりができていた。

 《保有者》といっても、《Cランク》ほどの者ならば、ほとんど普通の人間と変わりはない。芦原高に入学するまでは、自分が《保有者》であるという実感すらなかったという者だっている――もちろん、それは自身の能力を抑えてきたからこそだ――、非保有者アン・ホルダーの中で上手く溶け込んでおり、一般校舎で授業を受けている御剣 誠一のように、非保有者の友人を作っている者もいる。《Bランク》でもそういう、協調を重んずる者は少なくない。

 そういう者達にとっては、転校生というものはやはり興味深いものなのだ。

 座っているアインを囲い、次々と質問が飛ぶ。それにアインは、落ち着いた様子で応えていた。悪く言えば愛想がないとも取られそうな表情が林原としてはまた魅力的だ。他の者達が邪魔でアインに近づけず、自分の席で悶々としているしかないのがさすがに癪だが。

 こういう時に女子は行動力が高い。アインを囲っている生徒の多くは女子だ。しかし、アインの容姿に惹かれた男共の姿も見える。


「大国さん、どこから来たの?」

「……静岡です」

「またなんで急に転校してきたんだ?」

「……《保有者》のための学校があるって聞いて、ここなら、勉強も楽しいかな、と」

「髪の毛白いけど、これは? すごい綺麗だね~」

「生まれつきなんです。私の身体は、少し特別で……」

 そういえば、彼女の襟に見えるのは、《特殊型保有者》の襟章だった。その白い髪も、自らの《因子》が関わっているのだろうか。

「そ、そいで、大国さんには彼氏は、いるの? ヒヒッ」

「いえ」

「そういや、大国っていうと、《頭脳型保有者ジーニアスタイプ・ホルダー》の大国博士とおんなじだけど、ただの偶然かなぁ」

 それを聞いた時、アインの眼の色がほんの僅かに変わったのが林原には見えた。自分と赤い糸どころか、赤い電磁場誘導でロックオンされている彼女のことを、食い入るように見つめていたからこそ気づいた。『あ、そういえば』といった表情に見えるが、ただそれだけではないように思える。それ以上の何かが、その眼には込められているようだった。それが何なのかは、さすがに彼女の好きなものすら知らない今の段階では分からないが。

 アインは、息継ぎする程度の間を置いてから、その質問に応えた。


「偶然ですよ」

 危うく『私の母です』と応えそうになったが、それをこらえる。

 無用な混乱を避けるためと、妙な色眼鏡で見られないためにと、大国がわざわざ名前だけの両親など架空の経歴を作ってもらったのだ。それを踏まえて質問には応えなければならない。

 別にいいのに。義理とはいえ母親を母親と言えないのは変な気分だと思いつつも、向こうには向こうの都合があるのだと割り切るアイン。


 すぐさま次なる質問が来るだろうと思っていたのだが、その予想は外れた。

 質問ではなく、当惑を孕んだざわめきが彼女の耳朶を打った。

 突然、生徒の一人が何者かに押しのけられ、近くの椅子へと叩きつけられていた。叩きつけられた、というほど勢い良くぶつかったわけではないのだが、誰も座っていなかった椅子はそのまま倒れ、大きな音を立てた。

 その瞬間にはすでに、一人の男がアインの前に立ち、彼女の顔を見下ろしていた。

 当然ながらこのざわめきは、この男に対してのものだった。彼の襟には、金色の対なる剣が輝いている。


 西条ニシジョウ 研二ケンジ。見ての通り、この学校でも数少ない《Aランク騎士型》の一人だ。

 彼ら《Aランク》には、実を言うと登校の義務はなかった。“実質”の話だ。もちろん学校で勉学には励むべきである。人間である以上、義務教育の範疇には入っているのだ。

 だが、彼らを法律で縛ることはほぼできない。力や暴力の無秩序な行使を抑制するために法というのは存在するが、《Aランク》はその法の力を遥かに凌駕した存在だった。牢屋にぶち込もうが、その牢屋の鉄格子を軽々と捻じ曲げる、電気椅子にかけようが首を吊ろうが死なない。そんな連中が犯罪を犯しても、法により裁けるわけがなかった。

 ただ唯一、同じ《保有者》だけが、彼らを断罪することができる。その現実だけが、現代の日本の秩序の崩壊を防ぐ最大の抑止力だった。それがなければ、《Aランク》は最悪の超法規的存在として、社会を崩壊させることだろう。

 そして、たかだか学校に来ないぐらいで、《保有者》がこちらを裁きにやってくるわけがない。それが分かっているのだ。一部の数少ない《Aランク保有者》の中には、まったく学校に来ない者もいた。

 人知れず己の欲望を満たしているのか、学生よりもはるかに有意義な“副業”に勤しんでいるのか、それは知らないが。



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