Session.9 Straight Shooter Part.2
あやめは、この葦原高校に入学してからというもの、非常識にして不条理な出来事を目の当たりにし過ぎていた。それでも、混乱の果てにまた日常がやってくるということが、唯一とも言える救いであるのかもしれないし、同時に、当惑を助長する要因であるのかもしれない。
なんであれ今は、楠と立花、友達二人と共に登校する。今もどこかで《因子人》がのさばっていようと、学校にはいかなければならない。
三人並んで登校する中で、立花が聞いてくる。
「で、御剣君とはそろそろ親密なご関係になってるの?」
それにあやめは、『まさか』といった顔で返した。
「だからねー! あいつとはそういう関係じゃないの」
恋人どころか、今はただ散々振り回されているばかりだ。御剣の人格だって、まだあやめは完全には掴みきれていない。
今度は楠が聞いてくる。
「でも、入学して一番最初に知り合ったそうじゃない。もしかして、私達よりも早いんじゃない?」
「それで『そういう関係じゃない』、なんて言われても、ねぇ? 貴方にその気がなくたって、向こうからいろいろやらかしてくるような気はするけどねぇ」
それこそ『まさか』だ。
「そんなことないって。あんな……」
あんな鳩と遊ぶようなヤツ。化け物を遊びみたいに殺すヤツ。と言いかけたところで、こらえた。そんなことを言えば、御剣が二人から妙な疑いをかけられることになるのだから、考えるまでもなく当然のことだ。
色恋沙汰にうつつを抜かすような環境に、彼はいないのだ。多少ちょっかいは出してきても、こちらを“そういう眼”で見てきている様子など、欠片もない。
そんなことを考えている矢先だった。
芦原高の校門が見えてきたという頃、遠くの方でこちらに手を振っている、御剣の姿が見えた。噂をすれば、だ。
その隣には、見知らぬ少女の姿があった。あやめとしては初対面ではない、霧島 阿頼耶だ。ただ、いつぞやの晩見た彼女の姿とは、髪の色といい服装といい大きく違っている。が、すぐさま直感的に彼女だと察しがついた。あの大鎌を担いだ少女と、視界に見える少女の雰囲気が、似通っていたからだ。
そういえば、あの騒動の次の日、御剣が『仲間ができた』と言っていたのを思い出す。それが彼女なのだろう。
雰囲気で人物を特定できるとは、御剣に毒されて自分もおかしくなりはじめているのだろうか、と自分にうんざりするあやめ。そんな彼女に、立花が僅かに緊張した様子で呼びかけてくる。
「な……なにあの娘。まさか、ライバルできたんじゃない?」
「は? ライバル? じゃあ喜んでお譲りします」即答するあやめ。
そんな話をしている間に、御剣の方からこちらに近づいてきた。
「よぉ~、おはよう入須川ー! あんた達に会いたくって、遠回りして来ちまったよ」と、屈託のないヘラヘラした笑顔で言う御剣。こんな顔をして、《因子人》と対峙した時には狂ったように喚声をあげたりするのだから、人間とは分からないものだ。
とはいえ、そんなことを考えて渋い顔をしても彼が可哀想なので、とりあえず「ん。おはよう」と返事しておく。
と、ここで立花が抜かりなく、「そのお嬢さんは?」と聞いた。
お嬢さん――阿頼耶が丁寧に応える。口数が少ないながらも、人と話ぐらいはできるのが彼女だ。
「霧島 阿頼耶と言います。最近、御剣君と……知り合いになりました」
「ふぅ~ん」
「よろしくお願いします」
「ん、私によろしくするのは勿論、この入須川 あやめちゃんとも、仲良くするのよ」
と、もっともらしくあやめの方を流し目で見やりつつ、応える。『気をつけなよ』と無言で語っている声が聞こえるような聞こえないような。
何か、一方的に変な関係を築かれてしまったようだが、それとは関係なしに、あやめは阿頼耶と仲良くしておこうと思った。彼女があの大鎌の少女だというのなら、彼女もまた、御剣と同じようにこの街の人々を守ってくれるはずなのだから。
「よろしくね、霧島さん」
にこやかに笑みを浮かべて、右手を差し出す。
それを、何故か興味深そうに数秒眺めてから、阿頼耶が握り返した。
「貴方も握手なのね。これで……三度目」という発言の意味はよく分からない。
しっかりと、少し強めに握手しながら、あやめは視線で彼女に問うた。アイコンタクトというヤツだ。
――貴方、あの日の晩の《保有者》よね――
それに阿頼耶は、微笑を返事とした。怪しくも可愛らしい笑みだ。人を安堵させながら不安にもさせる、相反する二面性を有していた。
御剣グループ(?)に新たなメンバーが加わった。その新しいメンバーと共に校門をくぐる頃には、残りのメンバーの内の二人、友野と常岡も加わっていた。
御剣の隣で歩く阿頼耶の姿を初めて見た時の友野の表情と台詞は、三日ぐらいは記憶に残りそうだ。
「お、おま……おま、おまま……お前、また新しい娘ハベラせやがって……なんなの!? なにやればそんな女の子集まってくるんだよクソ羨ましい! その女運10%ぐらいでいいから寄越せ!」
「まずそういうモノの考えしないってのは第一条件だろうな」と、常岡のツッコミも冴える。
御剣の方は、鼻も高々と言った感じだ。阿頼耶が彼とお近づきになったのには、色恋など皆無な理由があるのだが、そのことは棚にあげている。
「はっはっは。俺を師匠と呼んで崇めるんなら、女を集めるテクニックというのを伝授してやろうじゃねェ~か」
相変わらず御剣の態度には呆れてものも言えない。だが、あやめはこういう雰囲気は好きだと思った。こうやっていれば、御剣だって普通の男の子だ。変人だが、友達にしてやってもいいと思える。そうして、彼を含め、友達とこうやってあれこれ話が出来るだけで、《因子》という脅威に常に晒されているという現実の中でも、気を確かに保っていられるのだと、思った。
突然のことだった。
御剣の身体が不意に、凄まじい勢いで前のめりに倒れ込んだ。受け身をとる間もなく、顔面が大地と激突した。
あやめ達には、いつの間にか彼がうつ伏せになっているように見えた。倒れる過程というものが見えなかった。
数十cmの厚さの鉄板に音速でプラスチックの球が衝突し、破裂したような轟音が響いた。御剣が倒れるより前に鳴ったのか後に鳴ったのかは分からない。
「……え?」思わず声を漏らすあやめ。
何が起こったのか……
それを推理する材料が、すぐに見つかった。
つい先ほどまで御剣が立っていた場所のすぐ後ろに、一つの人影が見えた。男だ。
右足を高く蹴りあげた姿勢でぴったりと静止している。足裏の位置は、ちょうど人の後頭部が当たりそうな高さだった。
立花達、友野達が唖然とする中で、あやめだけは多少なりとも落ち着いていた。数度《因子獣》の猛威を目の当たりにし肝が鍛えられた彼女は、比較的冷静に事態を把握することができた。
考えるまでもない。この男が、御剣を後ろからハイキックで蹴り倒したのだ。よく見ると、上着は着ずにカッターだけを着た男の襟には、黄金に輝く二本の剣が見えた。《Aランク騎士型》だ。
そこまではすぐに理解できた。が、まだ分からないことがいくらでもある。
そもそもこいつは誰だ。何故突然御剣を蹴り倒したのか……
あやめはふと、足元で倒れたままの御剣に眼を向け直した。異様な雰囲気が、その突っ伏した背中から放出されているように感じたからだ。
今この場で、彼の正体を知る者はあやめ一人だろう。だからこそ、彼女だけが感じ取ることができた。おぞましいほどの殺気を、だ。
御剣は、“キレ”かかっている。まだギリギリ“キレ”てはいないが、いつ張り詰めた糸が千切れてもおかしくない。
彼は、ゆっくりと両手をついて立ち上がりながら、呟くように男に呼びかけた。それと共に、男も高く上がっていた右足を地面に下ろす。
「おぉいあんた……自己紹介しな。『私はイカレ野郎です』って。『頭のネジが十本ぐらいぶっ飛んだイカレポンチでェ~っす』ってよぉ。だってそうだろうが? マトモなヤツが、面識もないヤツに後ろから蹴り入れたりしねえだろ?」
「ハハッ」
もっともだ。とでも言いたげに、男が笑みを漏らした。はにかむような顔といい、透き通るような声音といい。この状況には不釣り合いなほどの爽やかな笑みだった。
御剣が続ける。
「こんなことやるのは脳みそが腐って思考能力が異次元の領域に踏み込んだマッドでクレイジーでマザーファッカーな野郎だけだもんなぁ~……えぇ? あんたに言ってんだぞ。わかりますぅ? わかるかなぁボクぅ~?」
『素が出てる!』とあやめは言いたくなったが、幸いというかなんというか、彼の友達は皆突然の事態に困惑していて、豹変しかかっている御剣のことはあまり意識していない様子だった。思考回路がショートしかかっているのだろう。比較的落ち着いた性格である立花でさえ、「え? なにこれ」とうわ言のように呟くことしかできていない。
御剣の怒りの矛先である男が、応えた。好青年を絵に描いたような声だ。他人を蹴り倒しておいて好青年も糞もないが。
「君が今言った台詞は使わないけど、自己紹介はさせてもらうよ。僕は、柳沢 興。一年生で、ご覧の通り《Aランク保有者》だ。初めまして御剣 誠一君。いきなりだけど、君に頼みがある」
「だったらこっちも頼みたいことがあるからよォ。先に聞いてもらおうか……まず謝れ、次に軽めでいいから一発殴らせろ。んで最後にもっかい謝れ。それで全部水に流してやる」
「あはは、いいよ。謝るのは嫌だけど、二番目の頼みはね。なんなら一発と言わず好きなだけ殴るといい」
「シッ!!」
いくら爽やかであろうと、自分が蹴倒した相手にこの態度は、はっきり言って舐めているとしか思えない。好きなだけ殴れというのなら遠慮はいらない、間髪入れず御剣が右ストレートを繰り出した。
蹴られたのが余程痛かったのだろうか。あやめは、ここまで怒った御剣を始めて見た。まだ付き合いが長くないとはいえ……
まあ、突然後ろから蹴られて怒らない人間などいないだろう。いたら現代に現れた聖人として崇め奉るべきだ。
頬骨を砕いて三ヶ月は顔を包帯でぐるぐる巻きにするつもりで放たれた渾身のストレートだったが、男――柳沢は、それを軽々と受け止めた。
「できれば、の話だけどね。御剣君、君に……決闘を申し込む」
「……上等だ」
“決闘”。それが柳沢の目的なのだろう。あやめとしては、“決闘”なんて言葉を、現実で耳にするとは思わなかった。
御剣が彼の申し出に二つ返事で応じるのに続いて、柳沢の背後から、ロニーが彼の耳元へ口を寄せて、囁くように言った。
「どーゆう事情があるのか知らないけど、あんまりふざけたマネしてっと……どうなっても知らないよ……」
そこで始めて彼女の存在に気づいた柳沢は、咄嗟に背後へ振り返った。あっけらかんとしていた顔はすぐさま、不敵な笑みへと転じた。何を考えているだろうか……
まさに一色即発という言葉そのものの状況だ。《Aランク》同士が喧嘩を始めようとしている。それがどういうことなのか、分からないわけではない。ただ一人この場で冷静さを保っているあやめは、不安にかられた声で御剣に呼びかける。
「み、御剣くん。マズイよ……」
その声に、御剣がすぐさま応えた。
「分かってるよ心配すんな。あんたらには迷惑かけず、きっっちりとブチのめしてやる」
その返事だけは、いつもの彼の調子が戻っているように聞こえた。まだ完全に“キレ”てはいないようだが……
「いや、そういう問題じゃ……」
あやめの言葉を遮って、御剣が、拳を掴む柳沢の手を振り払いながら言う。
「そういうわけだイカれ野郎。ここじゃなんだから、場所変えようや」
ドスの聞いた声に、柳沢はキョロキョロと周囲を見回してから、御剣の方に向き直した。
「分かった」と頷く。
その瞬間、あやめの視界から二人が消え去った。音速を超え、どこかへ移動したのだ。音も、風圧すらも生じない、移動というよりかは存在ごと別に次元にずれたかのようだ。
が、《保有者》同士の戦闘を数度目の当たりにしているあやめだ。眼が慣れたというわけではないのだが、こうなることは察しが付いていた。それならばせめて、どこへ移動したのだかだけは確かめておきたいと思った。
消えたと思った瞬間、彼女は二人の姿を懸命に眼で追った。
一瞬。まさに瞬きするほどの時間だったが、見えた。斜め上の方へと飛び上がりながら、ジグザグの軌道を描き、一般棟の天井へと向かっていった……ような気がする。動きが早すぎるためまともには見えず、虫が飛んだようにしか視認できなかったが、上へ昇ったことは確かだ。となれば、高台で喧嘩ができそうなところなど、屋上以外に考えられない。
二人が去っていった後には、混乱だけが残った。数秒の沈黙を挟んで、一部始終を目撃していた他の生徒達がざわめきだす。
「なんだったんだ、今の」
「《保有者》だ……」
「片方のヤツ、確か一年の……」
それらの声に混じって、ようやく冷静さを取り戻し始めた立花の声が聞こえてくる。
「……あやめ。何が起こったのか分かる? 御剣君は……」
何が起こったのかは分かる。だが、それを上手く説明できなかった。あの柳沢 興とかいう男が何者なのか、何故御剣に決闘を申し込んだのか。何も理解できないし、判断も推測もできない。唯一確かなのは、あの男と御剣が、喧嘩を始めたということだ。あの時の両者の鬼気迫る雰囲気。
ただの喧嘩ではない。《保有者》同士の本気の喧嘩――それは最早、殺し合いと表現した方がいいのかもしれない。
理解できないことだらけだ。
何故かあやめは、御剣の身を案じ、彼の戦いを見届けたいと思っていた。それも何故なのか分からない。
御剣がどこの誰と何をしようと関係ない。巻き込まれて危険に晒されるかもしれないのに、わざわざ厄介事に首を突っ込もうというのか? そんなこと、彼女自身が望む“普通”とはかけ離れたものだった。
だが、身体の躍動を止めることはできなかった。彼女は自ら、“普通”の発想から遠ざかろうとしたのだ。
奇特な事が起こりすぎて、狂ってしまったのか、とも思った。だが、“普通”であることがいつだって正しいとは限らない。今は、いっそのこと狂ってしまったほうが正しい。そんな気がした。
「御剣くん!」
その名を呼びながら、彼女は駆け出した。職員室から、屋上の鍵をもらうためだ。騒動に気づき集まってくる生徒達の間をかき分けながら、遮二無二走る。
取り残される形となった立花達の視界から、瞬く間に彼女の姿が消えていった。
「ちょっとあやめ!」と、立花が彼女を呼び止めようとするが、聞こえているのかいないのか、脇目もふらずに行ってしまった。
騒動の当事者がいなくなったためか、周囲のざわめきはそれほど大きくはならなかった。おそらく、御剣と柳沢の顔を見た者すら、数人しかいないだろう。何か起こったらしいが、何が起こったのか分からないから騒ぐに騒げないのだ。
それが立花達に、取り残されたような奇妙な虚無感をもたらした。
だが、数秒の間を置いて、その虚無感は打ち払われた。もしかしたら、あやめの狂気的な行動が伝播してしまったのかもしれない。
立花は、心底辟易した様子で頭を掻きながらも、吐き捨てた。
「行くしかないか。あんたの彼氏だもんねぇしょうがないね。面倒見てあげなきゃ!」
そうして、あやめの後を追って駆け出していった。
何故あやめが御剣を追ったのだと分かったのか、何故そうしようと身体が動いたのか、立花にもまた、分からなかった。
あやめは友達だ。御剣は友達の友達だ。だが所詮それまでではないのか? 理由も分からないままにこんなワケの分からない突飛な行動を取った者に、付き合ってやる義理などないはずだ。いっそこのまま二人とは絶交して元々いなかったように扱ってしまうのが、正しい生き方なのではないか?
だが彼女は、あえて付き合ってやることにした。理由など知ったことではない。
彼女だけではない、楠も同じだった。
「御剣くん、無茶なことしちゃダメだよ~! 無理かもしれないけど~」
と言いながら、あやめを追う立花の後をさらに追いかけていく。
二人からやや出遅れた友野と常岡も、互いの顔を見合ってから、小さく頷きあった。
「何が何だかよく分からんけど、御剣のヤツ、なんか厄介事に巻き込まれたらしいな。あいつっていい奴だもんなぁ、そのせいで人知れないとこで敵作ってんのか……行こうぜ!」と友野。
《保有者》である夏目に足をかけられ転倒させられた常岡としては、あの柳沢とかいう男の行為には憤りを隠せなかった。
「どういう事情があるのか知らないが、ああいうのが一番卑劣なことなんだ……こういう時にぶん殴ってやれるって意味では、俺も《保有者》になりたかったよ! 代わりに御剣に派手にやってもらわなけりゃあな」
「ちょっと! みんなどいてくれー!」
二人も揃って、騒ぐのにも早々に飽きたのか、散らばり始めた人混みの間を縫うように、走りだした。
御剣を追って、その後どうするのかは分からない。あやめも立花達も、そんなことは考えていない。だが、とにかくなんでもいいから、御剣の後を追って、その戦いを見守ろうと思った。
それだけの価値が彼にあるとは、正直に思えない。別に人間がよくできているわけでもなし、変に義理立てする必要もない。
だが、そのようなことを度外視して、無条件に行動を起こさせる奇妙な魅力が、あの男にはある……ような気がする。
※
《因子》の力は物理法則を歪め、空間を歪める。具体的にどこまでのことができるというのか、把握している《保有者》は少ない。が、やってみれば案外何でもできるものだ。
戦場を移すべく動き始めた御剣と柳沢は、何もないはずの宙を蹴りながら、階段を一段とばしで駆け上がるように、上空へと飛び上がっていた。見えない足場を展開させているのだ。彼らにとっては、空中などという概念は存在しない。その気になれば、全てが大地の延長だった。
宙を蹴り、上へ上へと昇る中で、すでに二人の戦いは始まっていた。
勢い良く跳び上がった御剣が、柳沢の頭上へと躍り出る。
「オラァァーーッ!!」
同時に、斜め上から振り下ろすように放たれた右回し蹴りが、柳沢の側頭部に迫る。彼は、あえてそれをかわさず、真っ向から受けた。
蹴りがこめかみにクリーンヒットし、空気が弾ける音が鳴り響く。だが、柳沢はビクともしなかった。涼しい顔をして、拍子抜けとでも言いたげに冷ややかな視線を御剣に送っている。
「……!」無意識に息を呑む御剣。
《Aランク》であろうと頭蓋骨にヒビぐらいは入る一撃のはずだが……この男、中々頑丈だ。
とはいえ、これで終わりではない。
間髪入れずに、御剣は右足が側頭部にめり込んだ状態のまま、さらに左足で蹴りを放った。やはり柳沢はかわさない。強かに命中したその蹴りはまたしてもダメージにはなっていないようだったが、それで結構だった。この蹴りは、ヤツの頭を挟み込むつもりで放ったものだ。
両足で柳沢の頭を掴んだ御剣は、そのまま彼の身体ごと逆立ちのような姿勢になり、見えない足場に両手をついた。
「吹っ飛びな!」
続けて両足を勢い良く振り、足の力だけで、柳沢を上に向かって投げ飛ばす。それは、プロレス技のフランケンシュタイナーに似ていた。もっとも、上に投げるフランケンシュタイナーなど聞いたこともないが。
宙に投げ出される柳沢。
御剣は再び地に足をつけると、再度足場を勢い良く蹴り、高々と上昇した。再び、柳沢の上方を取る。
「“ギロチンエルボー”ってヤツだ……その首ちょん切ってやるよクソッタレがァ!!」
無防備な柳沢の首筋目掛けて、エルボー・ドロップを放つ。明らかに自由落下に従う動きではなく、空中で下方に向かって加速していた。音速を超える神速の肘打ちの軌道、その直下には、一般棟の屋上があった。二人の喧嘩の、リングとして選んだ場所だ。
一秒も立たず、打ち下ろされた肘は床面に激突し、タイルを数枚粉砕した。《因子》によって多少加減を加えておかなければ、タイルどころか建物そのものが崩壊してもおかしくはない。そして、柳沢の首に対しては、加減も遠慮もしない。脊椎がへし折れたら、一言謝ってからそのままトドメを刺すつもりだった。
もっとも、その必要はなかった。
手応えをまったく感じなかった。エルボードロップは、柳沢を捉えてはいなかった。ただ宙を空振りしただけで、御剣一人がマヌケにも背中から床面に着地しただけだ。紙一重のところでかわされたらしい。
「チィ……!」
舌打ちしつつすぐさま立ち上がり体勢を立て直し、相手の姿を探すため、辺りを見回そうとする。
その瞬間だった。
握りしめられた柳沢の拳の小指側が、鼻先に直撃した。いつぞや夏目 貴靖のお供にお見舞いした、鉄槌打ちだ。
「ブグ……ッ!?」
ガードもしていない、無防備な状態での完璧なクリーンヒットだった。骨が軋む音が、体内を伝わり鼓膜を震わせるのが分かる。それと共に、あざ笑うような柳沢の声も、また。
「どうしたんだい? この程度じゃないだろ。もっと本気出して来なよ。でないと、次にはもう死ぬことになるけど……」
御剣の怒りのボルテージが、さらに上昇していく。鼻腔から溢れ出す血の生温さを感じながら、彼の脳内で、彼自身の絶叫が響き渡った。
――やってくれるじゃねえか……こォの野郎オオォォーーーッ!!――




