伊集院 兼人講演 その3
講演そのものは、一時間どころか、下手したら三十分も経たない内に終わってしまった。壇上から階段で客席まで降り、そのまま座席の列ごとにせり上がっている段差を一段つつ昇りながら、出入り口へと向かう伊集院。遠くを、あるいはすぐ横を通り過ぎていく彼の姿を、政治家と科学者達は反抗と軽蔑の混ざった眼で眺めていた。
やがて、彼が出入り口のすぐ傍にまで来た時、度胸の据わったというべきか、恥も恐れも知らない蛮勇というべきか、一人の男が彼の背中に向かって叫んだ。
「伊集院博士! 貴方は科学者としてはあまりに間違った方だ。《先導会》の手引きで、テロリストに兵器を横流ししましたな? 自身の研究のプレゼンテーションのためだけに、多くの血が流れるような状況を誘発した。その上今しがた、その片棒を担いだ殺戮マシーンを我々に売りつけようとした。マッチポンプなどというものではない。人類全体の利益のためにその頭脳を行使しながら、不幸にも大罪人のレッテルを貼られることになったアルフレッド・ノーベルを引き合いに出す権利など、貴方にはない! 貴方は自分の研究を自ら兵器に応用し、『どうぞ使ってくれ』とセールスしている。それでいいというのですか? それが科学者のやることだと!」
多くの者が言おうとしていたことを、その男が代弁してくれた。
まだまだ言いたいことはある。伊集院は、研究者としてはあまりに型破りな男だ。その有史以来類を見ない頭脳さえなければ、あらゆる学会から放逐されて、どこかの路傍で野垂れ死ぬはずだった。
しかし、《因子》という、半ば反則技のような恩恵を受け、彼はあらゆる学者を踏み台にして、世界の頂点に昇りつめた。結果はどうあれ、それを認められないという人間の方が世界には多い。なによりその研究の成果は、《因子》という“偶然”の力であって、伊集院自身の能力によるものではないのではないか、という反感もあった。しかし、そこまでいくと、0から1を生み出すことができない者の単なる僻みにしかならない。
そして、その批判がいかに正論であろうとも、伊集院の心が揺らぐことはない。彼は、くるりと振り返ると、眼下に並ぶ数百の聴衆――もはや聴衆でもない者達に向けて、高らかに言った。
「嫌なら買わなければよろしい。ナイフがあったから仕方なく刺した。拳銃があったから仕方なく頭をぶち抜いた。それと同じように、批判はするが、強力な兵器があるから仕方なく使った。そうおっしゃるつもりか? 戦争で物事を解決しようという前提がなければ、兵器など目の前にちらついても、見向きもしないのではないですか? 私をそうやって下衆扱いするということは、貴方がたに、兵器に対する需要があるからだ。物事を解決する手段のひとつとして認識していることの証明に他ならない。百歩譲って私が下衆な人間だとして、それでは貴方がたはなんなのでしょうかね」
その言葉だけで、皆ぐうの音も出なくなる。正直なことを言うと、伊集院の言うとおり、彼が生み出した《FHL》なる兵器は、多くの者達にとってはむしろ魅力的な代物に見えた。
「私があれを生み出したのは、単なる趣味と、自衛のためですよ。先ほどの言葉は、私の所属する組織の、ちょっとした小遣い稼ぎのためです。別にシェアがなくとも、痛くも痒くもない。量産しなければいいだけだ……私はね、ロボットアニメが小さなころから好きだったのですよ。なんなら、《FHL》だって、全長を18mにしたかった。しかし、さすがにそこまでできるほどの技術がなかったから、やむを得ずあれだけのサイズに縮小させた。分かりますか? ロマンだったのですよ。星をも貫くほどの力を秘めた、強力なロボット。そういうものにずっと憧れていたのです……貴方がたにはそういう気持ちは、ありませんでしたかな? それとも、ロボットより戦車や戦闘機、レーザー銃よりも45口径ですか、ハハッ、現実的だ。いささか私は子供すぎるのかもしれませんな。では、失礼」
そのまま伊集院は、出入り口の革張りのドアを開き、ホールの外へと出て行った。聴衆達の眼は見てもいない。先ほども、宙をぼんやりと眺めていただけだ。興味も沸かないものを見ても、どうにもならない。
そのまま彼は、大規模テロ、そして《保有者》の集団によるその鎮圧という未曾有の事態に対応するために右往左往している係員や取材関係者の中をすり抜けながら広い廊下を渡り、ロビーから会場の外へと出た。
その先に待っていたのは、地面に倒れた黒いボディアーマーを着た兵士の群れだった。テロリストの連中だ。皆ピクリとも動かない。死んでいるのだから当然だ。だが、皆一様に目立った外傷は存在していなかった。ただ、青ざめた顔で天を仰いでいたり。うっ血して膨れ上がった顔で地面とキスしていたり、口から血を滴らせ、吐血のために足元に血だまりを作りながら、うずくまった姿勢で事切れている。“外”ではなく、身体の“内”の損傷が酷いのだ。
ロシアの空は寒々とした灰色に淀んでいて、それだけで、体感温度をさらに二度ぐらい下げているような気がした。その下に並ぶ十数個の死体。それらに囲まれるように、《ハルフォード》の巨躯が佇んでいた。
全てはあれがやったことだった。指向性の衝撃波発生装置、《ポイント・インパルス》。実体剣ソニック・エッジの先端部より、指定した箇所の空気を強力に振動させ、衝撃波を生み出す。これにより、兵士の体内から直接臓器を破裂させたのだ。
心臓が破裂し血液の循環が停止したことによるショック死。肺の破裂による窒息死、あるいは胃を始めとする腹部臓器の破裂による大量の内出血による失血死。それが彼らの死因だった。
伊集院がふと周りを見回してみると、呆然とした表情のTV関係者が、カメラも回さず、キャスターなどはマイクも地面に落として突っ立っていた。《ハルフォード》によるテロリスト蹂躙の場面に出くわしたのだろう。とても中継など回していられない。今頃世間のテレビには、あの『しばらくおまちください』的な画面が映っていることだろう。
ほんの数秒だけ彼らの間抜けな顔を観察してから、すぐに興味を失った伊集院は、ゆっくりと歩きはじめた。
もうここには用はない。なんなら、このまま日本に帰国してしまおう。
そう考えながら黙々と歩く彼に、近づく人影が数個があった。一般人など立ち入りできないような場所――今はもうそれどころではなくなったが――に似合わない、ラフな格好をした数人の男女だ。その中には、先ほどホールのホログラムの中継映像に映っていた少女の姿もあった。
彼女が、伊集院に右斜め前方から大きく手を振りながら呼びかける。
「博士ー! もう終わったんですか?」
「ああ」と短く応える伊集院。
それに続いて、ネクタイも締めずスーツの上着のボタンは全て開け、髪をオールバックにしているつもりなのだろうが、元々癖が多いのか妙に波打っていたり前髪がいくらか前に飛び出たりとめちゃくちゃな髪型になっている、だらしなさ全開の男が続いた。
「こっちも大体終わった。これじゃ暇つぶしにもならねえなぁ。俺らを出す必要なんかなかったんじゃないのか? “あれ”ひとつでみんな事足りたじゃねえの」
「確かにそうだが。一応ロシア陸軍との戦闘にもなるからな。彼らにあまり被害を出させたくなかった。我々の勝手で、優秀な兵士達を犬死させることもないだろう」という伊集院の応えに続いて、また別の男が続いた。
ワックスで髪を栗のごとくツンツンに立てて、唇にはピアスが付いているという、いかにも“ワル”そうな男だ。スーツどころか、夏場の学生のようにカッターシャツを一枚着ているだけだ。ロシアの気候で寒くないのだろうか。
「おっ、ホントだ、兵隊さん達ピンピンしてやがる。あのポカーンとした顔、ハッハッ! おぉーいあんたら~、俺の活躍見てたかよォー! あっち! あっちになー、“ヒラキ”にされたテロリスト共が転がってるからよぉ、後で掃除しとかねぇと、次ここ使う人達が気分悪いぜ~。血が地面に染み込まない内にな、よろしくゥ~」
と、遠くの方にいたロシア陸軍部隊に一方的に大声で呼びかけ、右手でどこかを指さしながら、左手を振る。
彼らこそが、《因子》による世界の安定を目的とする組織、《先導会》の構成員達だ。その研究開発部長を任せられている伊集院は、懐から携帯電話を取り出し、画面に眼を向けた。着信履歴が一通残っている。連絡先に登録されている番号の名前は、“大国 八千穂”だ。
彼は、その着信に対しリダイアルをかけ、携帯を耳元に当てた。その間も歩は進む。彼ら《先導会》の《保有者》達は、辺りに散在するテロリスト達の死体にも、破壊されたヘリ、装甲車、戦車にも見向きもしない。
ある者は《FHL》のポイント・インパルスによって内臓だけを破壊され、ある者は頭部か胸のどちらかに、数cmの風穴をあけられている。頭部を原型を留めないほどに潰されているものもいれば、ボディアーマーを含めて、全身至る所に裂傷ができ、大きな血の池の中で倒れている者もいる。これらは全て、彼らの《因子》によるものだった。
大国が電話に出る。
「どうした、大国君」と、要件を聞く伊集院に、彼女は応えた。携帯のスピーカーから聞き取れないほどのくぐもった声が聞こえてくるだけで何を言っているのかははっきりとしない。が、伊集院の顔が綻んだのを見れば、朗報であるのは確かなようだ。
「そうか、君の方も完成したか。もうそろそろだと思っていた。それで、これからどうする。知能も高いんだろう、培養中にも教育を続けていたそうだからな。“PMC”の方に預けるのか? それとも……」
また、スピーカーからくぐもった声が応える。
「なるほど、もうそれぐらいの肉体まで成長させていたのか。確かに、知識の方はともかくとして精神的にまだ未熟なところはあるかもしれん。人工的に作り上げた《保有者》である以前に、彼女はひとりの人間であるべきだ。そのためにも……うん、君の言う通りだ。健やかな心の発育というのは大事だな。うん、そうだ。保育園から通わせるには、さすがに発育が良すぎるものな、それが妥当だろう」
他の《保有者》としては、何の話をしているのか知りたかったが、伊集院の言葉を聞くだけで大体察することはできた。大国 八千穂がある研究を進めているということは、同じ《先導会》の一員として、全員知っている。
伊集院の表情は、先ほどホールで演説をしている時よりも、ずっと和やかなものだった。険のある眼つきは変わらないが、口元には笑みが浮かんでいる。休日に同僚と世間話をするような、リラックスした雰囲気があった。その数m先には、惨殺死体が転がっているという状況だが。
「ははは、可愛くて仕方がないと言ったところかな。今度私にも見せてくれないか? 惚れるって、馬鹿言うなよ。私に注意する前に、他のお盛んな連中に気をつけ給え……うん、それじゃあまたな」
通話を終え、伊集院は携帯を懐に戻した。それと同時に、ツンツン頭のヤンキー君が聞いてくる。
「例の“アレ”かい? “ピリなんちゃら”とミッショ……え~。“マン・オン・ア・ミッション”だったっけ? それの合わせ技の“アレ”」
「“ピリグリム”と“ミッショナリー”だろ。どんな間違え方だよ」と、なんちゃってオールバックが応える。
それに紅一点、中学生ぐらいの少女が元気よく続いた。
「わたしも日本に戻ったら見てみようかなぁ。ちょっと前に培養されてるとこ見てみたんだけど、スゴイ綺麗な顔してたんだよね~っ」
そんなことを話している内に、彼らは検閲用のゲートをくぐり、会場の外へと出た。その先にある広い道路には、示し合わせたかのように一台の大型トレーラーが待っていた。
「お、もうお迎えきてるじゃないか、用意いいねぇ~」と、なんちゃってオールバック。
トレーラー後部の巨大なボックスの一部が開き、その奥から一人の男が顔をのぞかせた。特徴のないショートヘアに、眼鏡をかけた白衣の男だ。見るからに真面目そうである。その真面目さは、伊集院のような剛毅さと言い換えられる類のものではなく、むしろ臆病と部類できそうな真面目さだ。
「ご苦労様です、皆さん。博士、《ハルフォード》の動作はどうでしたか?」と、男が聞く。
「問題はない。いささか動作に無駄が多いとは思ったが、改善すればどうにでもなるだろう。よくやってくれた」
《FHL》は外部からの操縦が可能であるが、その方法というのは、ある種プログラミングに似ている。一度入力して完成するのではなく、リアルタイムに追加で入力し続けるプログラミングだ。予め機体に登録されている行動パターンを、随時入力することで様々な組み合わせに切り替え、戦闘を行うのだ。動作の入力も、ロボットアニメにあるようなレバーではなく、キーボードで行う。確か、ロボットアニメにもキーボードで操作するマシンがあった記憶があるが……まぁ、それはともかくとして、そんな操縦をやっているのが、この白衣の男である。
ヤンキーくんが続く。
「おかげさんで、俺の獲物が減っちまったんだよなァ。アレこそ出さなくてもよかったんじゃねぇのか? 俺ひとりで充分だって」
「あのねぇ、さっきの博士の台詞聞いたかよ。お前ひとりでロシアの兵隊さんの被害を最小限に出来るってんならそれでいいかもしれんがな」と、なんちゃってオールバック。
それを聞いて、男が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ハハッ、お役に立てたようで、光栄です。今回はデータ収集のために、どうしても実戦に投入させたかったんです。これからしばらくの間は調節が続くと思うんで、今後のお仕事の邪魔はしないと思いますよ」
「そういうわけだ。悪く思わんでくれ、私の助手なんだぞ?」と伊集院。
「わーってますよ、わーってますって博士~」
「それならいい……さて、帰るか。ついてきているな? 《ハルフォード》」
彼が呼びかけるように呟いた瞬間。トレーラーの真後ろに、《FHL》の巨体が現れた。音速を超える速度により瞬時に移動した《ハルフォード》は、地面に足をつけ、前かがみになった身体を小さな屈伸運動と共にまっすぐに正す。その後、トレーラーに対し真横を向いていたのを、正面に向き直した。
そうして、己の生みの親とも呼ぶべき伊集院の姿を、悠然と見下ろしていた。
伊集院にとってこのマシンは、自身の研究のひとつの到達点であると言えた。
大国が、己の研究によって生まれた“彼女”のことが可愛くて仕方がないように、彼も、この“ハルフォード”が、この世の何よりも勇壮なものであると思えた。
後日、《先導会》が開発した新機軸の兵器、《FHL》の登場というニュースは、ロシア国内での《FREES》発電所の稼働開始よりも大体的、全世界的に取り上げられることとなる。




