表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/78

伊集院 兼人講演 その2



 白亜の鎧を纏った巨人――《FHL》に対し、残る一機のアパッチが機銃を発射した。秒間約十発射出される30mm口径弾。標的は、戦車と比べればともかくとして、人間の二倍近い大きさである。その上、無誘導の携行式ロケットランチャーでも命中するであろうという距離だ。

 数百発一斉射された砲撃の、八割近くが直撃した。高速の弾丸が鉄に激突する巨大な金切り音が、幾度と無く響く。あの巨人が金属でできているならば、人を模したその華奢な形状だ。ひとたまりもあるまい。ホールの聴衆が息を呑む。

 だが、《FHL》は、撃破されていなかった。四肢をバラバラに爆散させるどころか、ほんの僅かに後ろにたじろぐような素振りを見せるだけで、装甲は数cm、否、数mmたりとも陥没していない。伊集院の耳朶を、またざわめきが撃つ。無事で済むのはともかく、装甲がまったくダメージを受けないなどと……あの巨人が兵器であることは間違いないとして、どういう材質で、どういう原理で動いているのか、理解できない。というのが聴衆の感想だろう。

 そういえば、機銃が直撃する金属音も、どこかおかしかった。鉄板の表面に薄いゴムの膜が張られていて、それを撃っているような音だった。

 機銃掃射の小気味よい音は、数十秒ほどで止んだ。通用しない攻撃を続けるのをやめたアパッチは、次いで、両翼部に取り付けてあるロケット弾を発射した。左右合計4発のHEAT(対戦車成型炸薬)弾が飛来する。その内の半数が直撃、残り半数が足元に着弾し爆炎を吐き出す。だが、舞い上がった土煙が風で払われ消え失せてもなお、《FHL》は無傷の機体を佇立させたままだった。やはり、装甲には傷ひとつついていない。

 ここまで来たら、最早出し惜しみする場合ではなかった。続いて、同じく両翼の対戦車ミサイルを、合計8発発射する。今度は誘導弾だ。この近距離ならば全弾残らず命中する。数秒間隔を開け連射されたミサイルが、次々に巨人へと迫る。しかし……

 最初の一発が着弾しようという瞬間、巨人が、画面から消えた。

 もとい、視認できないほどの速さで、15mほど離れた位置へと移動したのだ。いくら誘導機能がついているとはいえ、地上にいる標的が瞬時にこれだけ離れたとあっては、ミサイルは全弾地面に着弾し、土塊を巻き上げるだけだった。誰が持っているのかも分からないカメラが、すぐさま画面内に《FHL》を捉え直す。それによりアパッチが画面外にフェードアウトしたが、聴衆の意識はそこには一切集まっていなかった。

 時間差で発射された二発目のミサイルが、大きく軌道を変えつつ《FHL》に追いすがる。しかし、着弾の瞬間、やはり巨人は瞬時に移動し、それを回避した。今度は距離が短い。3mほど横に逸れることで、ミサイルはその脇を通り過ぎ、後方に着弾し、見当違いのところで爆発を起こした。次々に飛来するミサイルも、同じく最小限の動きで回避する。

 自分へと向けられながらことごとく外れた爆撃により起こる煙を眺めるように、直立した姿勢で静止する《FHL》。その姿を呆然と眺める聴衆に対し、伊集院が説明を始めた。心なしか、《FREES》について解説している時よりも、その顔は活き活きとしているようだった。

「《FHL実働型一号機》。コードネーム《ハルフォード》……この機体は、胸部中央にある小型の《FREES》炉心から供給される熱量を、直接電気、磁気、その他のエネルギーへと変換コンバートし、動力源としている。アパッチからの攻撃が通用しなかったのは、装甲表面に薄いバリアを展開しているからです。どのような原理で熱をコンバートしているのか、バリアとは何なのか。その説明はしません。誰が破壊衝動を持った隣人に、拳銃の構造と火薬ガンパウダーの作り方を教えましょうか? さて、続けてご覧ください」

 その言葉を合図にしたかのように、巨人――《ハルフォード》の首の付根にあたると思われる部分にある、足の親指ほどの大きさの砲門から、一条の青白い閃光がまっすぐに伸びた。ピーッと、波形が平坦になった心電図の音を一段と高くしたような高周波の音と共に、なぎ払うように縦に傾いたその一本の線。一瞬だけ煌めいたそれが、鮮やかな光の残滓を網膜に刻んだ時には、スピーカーから爆発音が響いた。画面外のアパッチが火を吹いたのだ。空気が炎に転じる音がしばらく聞こえたと思うと、さらに巨大な轟音がホールの空気を震わせた。地面に墜落し、爆散したようだ。

 実際に見えなくも分かる。あの青白い閃光が、戦闘ヘリを真っ二つにしてみせたのだ。おそらく、最初の一機を撃墜したのもあの光だろう。

「あれは、《ライトニング・ディスチャージャー》。高電圧による放電で誘導放出されたレーザーを、集束させて撃ちだしています。出力は約750TW(テラワット)。金属などは瞬時に溶断できます。ちなみに、先ほどオートマトンだと説明しましたが、《FHL》は外部からの遠隔操作も可能です。実を言うと、現在私の助手にあたる者が操縦している最中でしてね。実に凛々しいですよ。さながら“鉄人28号”だ。ジャパニメーションの元祖ですよ、ご存じないですかな?」

 彼の言葉など半ば聞こえていない。

 聴衆が言葉を失う。というか、先ほどからずっと、何も言えない状態が続いている。石膏像のように固まり、馬鹿みたいに口を半開きにしている連中の視線を、ホログラム映像越しに一身に受ける《ハルフォード》が、次なる行動に移った。

 腰の両側部から地面に向かって斜めに伸びていた左右非対称の細長い構造物。カメラからは映らないが、それが、アームによって背部へと移動しつつ横向きになり、互いの両端部が接合する。別々だった構造物は、ひとつの長大なユニットへと変貌した。

 それは、剣だ。足ほどの長さの一本の剣。それが今度は、柄に当たる部分を上に向けつつ、右肩後部へと移動する。《ハルフォード》の右腕が上がり、広げられた掌が柄を掴んだ。それと同時に、勢い良く振り下ろし、人がするそのままに身構える。

「近接戦闘用ブレード、《ソニック・エッジ》。高周波電流のジュール熱によって高温を纏った“炎の刃”です。これもまた、多少の厚さの鉄の板ぐらいなら難なく溶断できる。これから、歩兵を始めとした地上の敵を一掃するようですな。あれの戦闘力は、《Aランク騎士型保有者ナイトタイプ・ホルダー》に相当する。百人の兵士でも太刀打ちできないでしょう」

 その言葉に続いて、今まさに地面を蹴ろうと前かがみになっていた巨人の姿が、再び画面から消えた。テロリストを排除すべく、高速で移動したのだろう。会場周辺へと散開した歩兵を虱潰しに叩くつもりで、こればかりはカメラでも追うことができないようだった。

 中継を続けることを諦めたらしいカメラマンが、ちょっとしたおふざけなのか、近くにいた別の人間にカメラを渡しつつ、自分の顔に向かってレンズを向けさせる。戦場の中にありながらまったく動じない様子で画面をぴくりとも揺らさず撮影を続けていたという、地味に人間離れしたカメラマンの顔が、ホログラムに大写しになる。

 年端もいかない少女の顔だった。見るからに成人していない。どうやら本職のカメラマンではなさそうだ。金髪のいわゆるブロンドヘアーに、大きな暗褐色の眼。濃いピンク色のパーカーを着ている。眼に関しては、東洋人の特徴がある。髪は染めているのだろうか。陽気にヘラヘラと笑っている。画面の中の彼女の口が動き、顔に似合った陽気な高い声が、ホールにこだました。

「そんじゃ、中継はこんぐらいで終わりにさせていただきまぁ~す。後はお任せしますよ博士ー!」

 それを最後に、ホログラムはふっ、と消えた。ホールの中が薄暗くなる。銃声が響く慌ただしい音響がなくなり、不気味なまでの静寂がやってきた。ざわめきもいつの間にか消えていた。

 が、嵐のように過ぎ去っていった事態を吟味する時間が与えられると、聴衆の中で再び、混乱のムーブメントが起こる。だが、今度のざわめきはそれほどうるさくはなかった。近くの者と議論しようにも、そもそも何が起こったのかが分からないのだ。

 今は、待つより他になかった。

 何を待つのか。他ならず、伊集院による説明を、だ。


 己の言葉を誰もが待っているという空気を察し、小さな咳払いを二度ほどしてから、彼は落ち着き払った態度で言葉を連ねた。

「先ほどのカメラマンは、皆さんが想像する通り、この式典を取材にきたテレビ局の職員ではありません。私の職場の同僚、とでもいいましょうかね……先述した《ハルフォード》の操縦者を含め、《先導会》所属の《保有者ホルダー》が、極秘裏に会場の警備にあたっていたのです。《ハルフォード》だけではない。数名の《保有者》が、テロを鎮圧するために動いていることでしょう。どうです。慌てる必要などなかったのですよ」

 その言葉が、今この場においていかに安全を保証するものであるか、分からない者はひとりとしていなかった。《Aランク保有者》が一人いるだけでも、一国の軍隊が総動員されても勝機はないのだ。それが複数人いるとあっては、このロシアの国土を全て海に変えるほどの攻撃でなければ、どうにもならない。混乱の極地の中で揺れ動いていた聴衆も、ようやく安堵と共に落ち着きを取り戻し始めてきた。今度こそ、静寂と呼んで違いない状況が再来したことを確認し、伊集院は言葉を続ける。

「私がここへ参りました第一の理由というのが、あの《FHL》の紹介のためなのです。未だ実用段階に至っているのは《ハルフォード》一機だけですが、今後後続機が開発されることになるでしょう。生産ラインが安定すれば、量産も可能になる。その暁には、このロシアは勿論のこと……今この場にいる皆さんとも、“今以上”に有益なビジネスというものができるようになると踏んでおります。もっとも、そういう商談は私の仕事ではないので、ここで細かくお話することはできませんが……さて、折角ご足労頂いたというのに恐縮ではありますが、これで私の目的というものは叶いました。ですので、早々にお暇させて頂こうと思います。いくら早期に鎮圧されたとはいえ、テロが起こったのに暢気にお話しているわけにもいかないでしょう。皆様はどうか、すぐにでも自国の国民達にご自分の身の安全を示してください。それでは……」

 深々と頭を下げる伊集院。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ