表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/40

第16話 青い台車

ループ16回目。今日の目的:16:40に搬入口へ入る『祭資材 B-3』だけを、流れを止めずに抜き取る。新変数:祭実行委の正式受領簿では、正規の祭資材は“A系列”しか存在しない。


7:02

アラームの音で目を開けた瞬間、胸の奥で数字と文字が並んだ。

東貨物ヤード。第二倉庫。16:40。青い台車。B-3。

昨日のループで、私はようやく“供給線”を見た。

駅の中の穴を潰せば、点検班は外へ引く。第二倉庫から青い台車で『祭資材 B-3』の箱を搬入口へ流し、そこで必要なものを駅の中へ回す。粉も、工具も、囮の荷札も。

だから今日は、その箱だけを抜く。


大事なのは、流れを止めないことだ。

止めれば詰まる。詰まれば、それ自体が敵の武器になる。

箱だけを切る。人の波は動かす。

その線引きが、今日の勝ち筋だ。


7:30

警備詰所の前で、飯田さんが鍵束を鳴らしていた。今日も初対面の目。だから入口の言葉は、もう迷わない。


「迷子は、守りたいです。あの時の後悔ごと」

飯田さんの指が止まる。

そこから私は、すぐ本題に入った。


「16:40に『祭資材 B-3』が搬入口に来ます。それだけを抜きたいです」

飯田さんが眉を寄せる。

「また具体的だな」

「昨日……前に見ました。第二倉庫から青い台車で来ます。右前輪だけ、ゴムが削れてる台車です」

飯田さんは小さく息を吐いた。

「箱だけ抜くなら、札じゃなく帳票が要る。搬入口の連中は“祭資材”って言われると、だいたい通しちまう」

「帳票?」

「祭実行委の受領簿。正規の資材なら、今日入る箱の番号が全部載ってる」

受領簿。

胸の奥が硬く鳴った。

番号が偽物なら、箱だけを切れる。


「篠原さんに頼みます」

「頼め。警備が勝手に祭の帳票を止めると揉める」


8:00

危機管理課に電話を入れる。

短い声が返る。


「篠原」

「祭実行委の受領簿が必要です。B-3を抜くには、それが偽物だって示すものが要ります」

向こうが一拍黙った。

「……祭資材の帳票?」

「はい。搬入口を止めずに箱だけ切るためです」

「分かった。市の実行委ルートから持っていく。八時五分の封鎖はいつも通りやる」


8:05

掲示板前。

紙の貼り替え。高瀬の顎の傷。藤崎の手袋。

いつもの始まりが、今日も同じ順番で来る。


高瀬が掲示板脇の細い扉へ向かった瞬間、飯田さんが塞ぐ。

「そこは通さない」

「点検です」

「点検なら、なおさら通さない。今日は人が多い」


篠原が来て、狭い通路を開ける。赤いレバー。『設備点検モード』。

「今日は封鎖。触らせない」

高瀬のスマホが二音鳴る。

その音に、藤崎の肩がわずかに揺れた。計画変更の合図。

私は藤崎の視線だけを追った。

彼女は掲示板から離れる直前、一瞬だけ東側――貨物ヤードの方向を見た。

第二倉庫。

そこが、今日の心臓だ。


9:00

篠原が持ってきた受領簿は、薄い青のクリアファイルに挟まれていた。

祭実行委の押印。今日の日付。搬入予定の一覧。

私は喉が鳴るのを押さえながら、ページをめくる指先を見つめた。


A-1、A-2、A-3……A-12。

全部、A系列。

屋台のテント杭、発電機用延長コード、提灯の予備、紙皿、ビニール袋。

B系列は、ひとつもない。


「……B-3はない」

私が呟くと、篠原が短く頷いた。

「つまり、箱番号の時点で偽物」

「はい」

「なら切れる。人じゃなく、箱を止める理由になる」


飯田さんが受領簿を覗き込み、低く言った。

「搬入口の担当に伝える。“祭資材はA系列だけ”って」

篠原が即座に補足する。

「ただし、全部止めるな。Bが来たら脇へ。流れは生かす」

その“脇へ”が大事だ。

正しさを振り回さない。止めすぎない。

敵は、こちらが固くなるほど、柔らかい場所から抜ける。


11:10

換気室。巡回員のスマホが二音鳴る。

手がスイッチへ伸びる前に、篠原が遮る。

「封鎖。触るな」

巡回員は舌打ちし、電話口で小さく言った。

「神崎さん、無理っす。危機管理が……」

換気は止まらない。

甘い匂いも薄いまま。

駅の“普通”は守れている。


でも、その普通さの裏で、別の箱が動いている。

私は受領簿の“A系列”を頭の中で反復した。

Aだけ。

Bは偽物。


12:30

交差点の軽事故。今日も群衆が膨らみ、スマホが向けられ、苛立った男が「救急車呼ぶほどじゃない」と吐き捨てる。

私は処置の補助をしながら、高瀬を探した。

いた。

いつもの輪の外。スマホ。二音。

そして画面に一瞬だけ出た文面。


『B-3 予定通り』


予定通り。

それだけで十分だった。

向こうは、受領簿のことを知らない。

もしくは、知っていても、まだ間に合うと思っている。


13:20

搬入口の担当たちへ、飯田さんが淡々と伝える。

「祭実行委の正規資材はA系列だけ。Bが来たら、止めるんじゃなく脇へ。確認台に回す」

屋台組合の男が首を傾げた。

「Bなんてあったっけ?」

「ない。だから確認する」

短いやりとり。揉めない。

このくらいの温度でいい。

敵に気づかせず、運用だけ変える。


14:00

放送は途切れない。

言葉が届く。人は止まらない。

私はその“普通”の中で、搬入口の確認台を見た。

小さな折り畳み机。青札の束。受領簿。警察の腕章。

ただの事務作業に見える。

それが一番強い。


篠原が机の上で受領簿を指で叩いた。

「箱を止める理由は、もうある。あとは、向こうが乗ってくるかどうか」

「乗ってきます」

私は言った。

「B-3じゃないと、今日の必要分が入ってこない」


15:10

サカイは今日も階段の手すりにもたれていた。手袋を落とす。私は拾って差し出す。

「落としました」

受け取りながら、サカイが低く言った。

「B-3、今日も来るのか」

「来ます。受領簿では偽物です」

サカイの喉が動いた。

「……中身、今日のは粉と銀の筒だと思う」

「銀の筒」

「短く煙を出す。粉ほどじゃないけど、目を逸らさせるには足りる」

胸の奥が冷たくなる。

粉を押さえても終わりじゃない。

向こうは、別の“見えなくするもの”を持っている。


ヒヤリ。

B-3を抜いても、藤崎が手ぶらとは限らない。

リカバー。私はその言葉を脳に刻んだ。

粉と銀の筒。

全部を押さえる。

箱ごと。


16:25

花火警備へ警察車両が流れる時間。駅前の空気が薄くなる。

搬入口の三列は保たれている。青札の運用も動いている。

私は受領簿を持つ篠原の横で、喉の奥の乾きを飲み込んだ。


「来ます」

私が言うと、篠原は短く返した。

「箱だけ。人は流す」


16:40

東側から、青い台車が来た。

右前輪だけゴムが削れた台車。

高瀬が押している。

段ボール二つ。側面ラベル。

『祭資材 B-3』

もう一つは『祭資材 A-9』。

囮だ。

本物と偽物を混ぜてくる。


ヒヤリ。

B-3だけを抜くつもりだった。でもA-9が隣にある。

間違えれば、本物の流れまで止める。


飯田さんが一歩前へ出る。

「確認台へ」

高瀬が笑う。

「祭資材です。急いでる」

「だから確認する。A系列だけ通す」

高瀬の笑みが一瞬だけ固まった。

受領簿のことを知っていない顔。

篠原がファイルを開く。

「A-9はある。B-3はない。箱を分けて」

その言葉で、高瀬の目に初めて焦りが浮いた。


リカバーの暇は向こうになかった。

警察が静かに台車の横へ立ち、飯田さんがA-9を先に受け取る。

本物の箱だけを列へ流す。

人の流れは止まらない。

偽物のB-3だけが、確認台の上に残る。


高瀬が「それは——」と言いかけた瞬間、篠原が箱の封を切った。

中には、白い粉末消火具が二本。細い銀の筒が三本。錨の刺繍が内側へ折り返された手袋。

そして、小さな白いラベル束。

『祭資材 A-7』『祭資材 A-11』——偽の荷札。


喉の奥が一気に熱くなる。

箱を切れた。

供給線を、初めて“今日のうちに”切れた。


高瀬が踵を返す。逃げる。

私は身体が前へ出そうになるのを、歯を食いしばって止めた。

追えば、ここが乱れる。

追わない。

箱は取れた。今日はそれでいい。


17:10

関係者通路の空気は硬い。

B-3を失った藤崎が、どう動くか分からない。

粉も銀の筒も、箱の中は押さえた。

でも、彼女が身につけている分までは読めない。


17:18

足音。

藤崎が来た。帽子。手袋。顔は静かだ。

確認台の上に開かれたB-3を見て、彼女の目がほんの一瞬だけ細くなる。


「……へえ」

低い声。驚きというより、観察。

負けた時の顔じゃない。次を考える顔だ。


ヒヤリ。

ここで飛びつけば、また流れが乱れる。

私は拳を握ったまま、動かなかった。


篠原が一歩前へ出る。

「藤崎。任意で話を聞く」

藤崎は肩をすくめる。

「今、忙しい」

その言葉と同時に、彼女の右手が袖口の中で動いた。

銀の筒。

箱から押さえたはずのものと同じ細さの、もっと短い一本が、袖の内側から覗いた。


17:20

火災報知器が鳴った。電子音。

真壁の声が放送に乗る。

「火災報知。確認は後だ。誘導を優先する。走らない、押さない。壁沿いに」


人が動く。止まらない。

藤崎が銀の筒を弾くように床へ落とした。

シッ、と短い音。

白い煙が一瞬だけ、足元に広がる。粉ほど濃くない。けれど目線を奪うには十分だ。


ヒヤリ。

喉が一瞬だけ痙攣する。視界の端が白む。

でも粉じゃない。持続は短い。

私は袖で口元を押さえ、壁沿いへ身体をずらした。


リカバー。

「壁沿いに! 足元、見て!」

声だけは止めない。

飯田さんが煙の薄い側へ人を流し、篠原が煙源を靴で蹴って通路の端へ寄せる。

警察が一歩出る。

その隙に、藤崎は人の外縁を使って離れた。

でも、今日は箱がない。

大きな攪乱は作れない。


17:35

煙は上がった。甘い匂いも一瞬だけ強くなる。

それでも換気は生きている。放送も止まらない。

爆発の衝撃は来ない。

B-3を抜いた効果は、明らかだった。


私は喉が焼けるように痛むのを押さえながら、確認台の上の箱を見た。

粉。銀の筒。偽荷札。

“今日必要なもの”が、そこに全部揃っている。

供給線の一日分。

切れた。


18:50

耳の奥で、アラームの気配が鳴り始める。戻る準備の音。

篠原が開いた箱を見下ろしながら言った。

「B-3は取れた。でも、藤崎は袖に一本だけ持ってた」

私は頷いた。

「箱で運ぶ大きい攪乱と、身につける小さい攪乱。手が二段あります」

飯田さんが短く舌打ちした。

「なら次は、箱だけじゃ足りない。人も切る」

その言葉が、胸の奥で硬く鳴った。

追わずに、乱さずに、人ごと止める。

次の課題が形になる。


19:00

空気が薄くなり、視界が暗く落ちた。


7:02

アラーム。

私は飛び起き、胸の奥でA系列とB-3を並べた。

正規の祭資材はAだけ。B-3は偽物。

箱は切れた。

次は、人だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ