第15話 第二倉庫
ループ15回目。今日の目的:駅外にある“第二の置き場所”を特定し、搬入口へ入る供給線の形を掴む。新変数:サカイが「正午前なら見つからずに案内できる」と言う。
7:02
アラームの音で目を開けた瞬間、私は胸の奥で二つの言葉を並べていた。
M。外。
駅内の“余白”を開ける雑用マスター鍵Mを押さえても、点検班は次の置き場所へ逃げる。ロッカー18番を封じたら別のロッカー。駅内の箱を絞ったら、供給線は駅の外へ引いた。
線は細くなっている。
でも、まだ切れていない。
私はベッドの端で深呼吸を繰り返した。
今日やることは止めることじゃない。
場所を見つけること。
箱がどこから来るのか、誰がいつ押すのか、その流れを掴むこと。
7:30
警備詰所の前で、飯田さんが鍵束を鳴らしていた。今日も初対面の目。だから入口の言葉は、もう決めてある。
「迷子は、守りたいです。あの時の後悔ごと」
飯田さんの指が止まる。
それから私は、すぐ本題に入った。
「駅の外に置き場所があります。第二の倉庫みたいなもの。そこを見つけたいです」
飯田さんが眉を寄せた。
「搬入口の先か」
「はい。駅内の穴を潰すと、外から回してきます」
飯田さんは少し考え、それから低い声で言った。
「東貨物ヤードの方に、仮設プレハブが並んでる。祭りの時期は、屋台の予備資材も置く。駅の正式倉庫じゃないが、搬入口と繋がる裏導線がある」
東貨物ヤード。
胸の奥がひやりとした。
線が一本、地図の外へ伸びる。
「誰が詳しいか分かりますか」
私が訊くと、飯田さんは苦い顔をした。
「現場を知ってるのはサカイだろうな。あいつ、工事と搬入の両方を見てた」
サカイ。
やっぱりそこへ戻る。
8:00
危機管理課に電話を入れる。
すぐ繋がる短い声に、背筋が伸びる。
「篠原」
「駅外の供給線を見たいです。東貨物ヤードの仮設プレハブ。搬入口の先です」
向こうが一拍黙る。
「……第二の置き場所ってこと?」
「はい。駅内のMルートを絞ったら、外へ引きました」
「分かった。八時五分の封鎖はいつも通りやる。その後、サカイから位置を割る」
8:05
掲示板前。
紙の貼り替え。高瀬の顎の傷。藤崎の手袋。
いつもの始まりが、今日も同じ順番で来る。
高瀬が掲示板脇の細い扉へ向かう。飯田さんが塞ぐ。篠原が来て、狭い通路を開け、赤いレバーと『設備点検モード』を確認する。
「今日は封鎖。触らせない」
高瀬のスマホが二音鳴る。
その音に、藤崎の肩がわずかに揺れた。計画変更の合図。
私は藤崎を見た。
手袋で指輪は隠れている。刺繍も今日は見えない。
でも視線だけは隠せない。彼女は掲示板から離れる直前、一瞬だけ東側――貨物ヤードの方を見た。
ヒヤリとした。
当たりだ。
でも、ここで追えば八時五分が崩れる。
私は踏みとどまり、視線だけを残した。
9:30
階段の手すりにもたれていたサカイは、今日も汗だくで俯いていた。
手袋を落とす。私は拾って差し出す。
「落としました」
サカイは受け取り、周囲を見てから低く言った。
「……東の方だろ」
私は息を止める。
「知ってるんですか」
「知ってる。第二倉庫って呼ばれてる」
サカイの喉が上下する。
「本当の駅倉庫じゃない。東貨物ヤードの端にある仮設プレハブ。祭りの資材の名前で借りてる。粉も、工具も、囮の荷札も、あそこから出る」
胸の奥が冷えた。
やっぱり、ただの置き場じゃない。供給線の心臓だ。
「案内してもらえますか」
サカイはすぐには頷かなかった。
代わりに、目だけが怯えたように揺れる。
神崎。藤崎。点検班。
その名前たちに、まだ喉を掴まれている顔。
ヒヤリ。ここで押したら、また逃げる。
私は“助ける言葉”だけを置いた。
「あなたを使い捨てにさせない。逃げ道はある」
サカイの喉が動く。
「……正午前なら、見つかりにくい。屋台の補充が始まる前だ。行くならその時間だ」
11:10
換気室。巡回員のスマホが二音鳴る。
手がスイッチへ伸びる前に、篠原が遮る。
「封鎖。触るな」
巡回員は舌打ちして電話口で小さく言った。
「神崎さん、無理っす。危機管理が……」
換気は止まらない。
甘い匂いも薄いまま。
駅の“普通”は守れている。
それでも私の胸は落ち着かなかった。
普通の中で、外から何かが運ばれてくる。
まだ見えていないだけで。
11:40
東貨物ヤードへ向かう通路は、駅の賑やかさと別の空気をしていた。
潮の匂い。古い鉄の匂い。フォークリフトの低い動作音。
屋台の呼び声も、放送の残響も、ここまでは少し遠い。
サカイが先を歩く。振り返らない。
「こっちだ。目立つな」
私は救急の上着を脱いで腕に掛け、できるだけ“通りがかった人”みたいに歩いた。篠原は少し距離を置き、腕章を隠して後ろからついてくる。
プレハブの列が見えた。
白い壁。薄い青の屋根。錆びた南京錠。
その中の一つだけ、扉脇に小さな紙札が貼ってある。
『祭資材 東-2』
祭資材。
言葉の偽装。
点検と同じだ。正しい顔をした嘘。
「……あれが第二倉庫」
サカイの声がかすれる。
「高瀬が鍵を持ってる。藤崎さんは中身だけ見て、必要な分を出す」
私は息を潜めて扉の隙間を見た。
中は暗い。でも、棚の影だけは分かる。細長い箱、段ボール、銀色の缶、小さな黒いポーチ。
粉だけじゃない。
工具も、荷札も、何か“別の手”もある。
ヒヤリ。
ここで踏み込めば、全部押さえられるかもしれない。
でも、その瞬間に相手へ気づかれる。次のループで倉庫は消える。
私は唇の内側を噛んだ。
リカバー。
いま欲しいのは押収じゃない。流れだ。
何時に、何が、どう運ばれるか。それが分かれば、次で切れる。
12:05
サカイが顎で示した。
「見ろ」
プレハブの陰から、高瀬が出てきた。顎の傷。スマホ。右ポケットの膨らみ。
扉を開ける。中から青い台車を引き出す。平台車。古びているが、タイヤだけ新しい。
高瀬は段ボールを二つ、台車に載せた。箱の側面に貼られた白いラベルがちらりと見える。
『祭資材 B-3』
B-3。
私はその文字を心の中で噛むように反復した。
高瀬のあとから、藤崎が現れた。帽子。手袋。
今日は手袋の甲に、布の継ぎ目が小さく盛り上がっている。刺繍を内側へ返しているのかもしれない。
彼女は箱の重さを手で確かめ、低く言った。
「十八番が死んだなら、こっちで回す」
高瀬が頷く。
「搬入口、三列です。青札確認が入ってます」
藤崎は肩をすくめた。
「だったら“祭資材”で通る。札を付ける前の荷に混ぜればいい」
胸の奥が冷たくなる。
搬入口の三列運用は効いている。
でも、向こうはそれを前提に“青札前に混ぜる”手を選んでいる。
対策は、もう読まれている。
ヒヤリ。
このまま見ているだけでいいのか。
いま箱を押さえれば、少なくとも一日分は止まる。
でも、ここで押さえた瞬間、第二倉庫は次のループで別の場所になるかもしれない。
私は握った拳を緩めた。
リカバー。
今日は、位置と時間を持ち帰る。
切るのは次だ。
12:30
交差点の軽事故。
今日も群衆が膨らみ、苛立った男が「救急車呼ぶほどじゃない」と吐き捨てる。
私は処置の補助をしながら、高瀬の二音を探した。
いた。
いつもの輪の外。スマホ。
そして短い文面が、画面に一瞬だけ見えた。
『B-3 16:40搬入』
16:40。
時間まで落ちた。
私はその数字を、息を止めて頭に叩き込んだ。
14:00
放送は途切れない。
人は止まらない。
それでも、私の頭の中では16:40だけが太く光っていた。
東貨物ヤード。第二倉庫。青い台車。祭資材B-3。
篠原が低く言う。
「次で取れる。時間と物と流れが揃った」
私は頷いた。
「でも、搬入口の流れを止めたら詰まります」
「止めない。箱だけ抜く」
篠原の声は短い。迷いがない。
その言葉で、胸の奥の震えが少しだけ整った。
15:10
サカイは手すりにもたれたまま、今日も汗だくで俯いている。
手袋を落とす。私は拾って差し出す。
「落としました」
受け取りながら、サカイが小さく言った。
「B-3は当たりだ。粉、工具、囮札……その日の“必要分”を詰める箱だ」
「毎日違いますか」
「少しずつ違う。だから、高瀬が前日に決める。藤崎さんは現場で変える」
サカイの声は細い。
「今日のB-3は、多分、粉と銀の筒が入ってる」
銀の筒。
前に倉庫の棚で見えたものだ。
粉の代わりか、別の手か。
次のループで確かめるべきものが増える。
16:25
花火警備へ警察車両が流れる時間。
駅前の空気が薄くなる。搬入口の列はまだ動いている。青札の運用も保たれている。
私は東側を気にしながら、声を出した。
「壁沿いにお願いします」
まだ火災報知は鳴っていない。でも、動線はもう作っておく。
16:40
東貨物ヤードから、青い台車が出た。
高瀬が押している。
段ボール二つ。白ラベル。『祭資材 B-3』。
私は遠くからそれを見て、足が勝手に前に出そうになるのを堪えた。
いまはまだ、何も用意していない。
抜くなら、もっと静かな形で。もっと確実に。
高瀬は搬入口の左列――屋台資材の流れへ混ざった。
祭資材。
言葉が、道になる。
私は歯を食いしばりながら、台車のタイヤの傷まで目に焼き付けた。右前輪だけ、ゴムが削れている。
17:18
関係者通路の空気が硬くなる。
今日の藤崎は、もう溶剤保管庫の前には来ない。
必要なものは16:40に中へ入った。
“17:18に侵入する”手から、“もっと前に仕込む”手へ、向こうは変わっている。
ヒヤリ。
対策が間に合わない。
でも、変化の形は見えた。
それだけでも、次は切れる。
17:20
火災報知器が鳴る。電子音。
真壁の声が放送に乗る。
「火災報知。確認は後だ。誘導を優先する。走らない、押さない。壁沿いに」
人は動く。止まらない。
放送も換気も生きている。
それでも、関係者通路の奥で、小さな金属音が二度鳴った。
カン。カン。
銀の筒かもしれない。箱の中身。
私はその音を胸の奥に沈めながら、喉が枯れるまで誘導を続けた。
17:35
煙は上がった。甘い匂いも一瞬だけ強くなる。
でも爆発の衝撃は来ない。
駅の中は、昨日までよりずっと守れている。
それでも私は、16:40の青い台車のことしか考えられなかった。
18:50
耳の奥で、アラームの気配が鳴り始める。戻る準備の音。
篠原が低く言う。
「場所、時間、荷札、台車。全部揃った」
私は頷いた。
「次は、B-3だけ抜きます」
飯田さんが短く返す。
「流れは止めない。箱だけ切る」
その言葉に、胸の奥で何かが少しだけ噛み合った。
やっと、切れる形が見えた。
19:00
空気が薄くなり、視界が暗く落ちた。
7:02
アラーム。
私は飛び起き、胸の奥で数字と文字を並べた。
東貨物ヤード。第二倉庫。祭資材 B-3。16:40。青い台車。
供給線は、もう見えている。




