表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/56

第七話 清掃開始

白いライトの映像に、綺麗な字幕が乗った。

音楽は立派で、言葉は整っていて、映像は“正しい”顔をしていた。


高速機動隊公式――というタグが、まず信用を作る。

信用が先に来ると、内容は後から正義になる。


「危険な違法ハッカー、通称 “GHOST” による都市インフラへの不正アクセス、および無人戦闘ロボットの違法運用が確認されました。

市民の安全とインフラ防衛のため、当隊は当該危険人物の排除を含む対応を実施します。

目撃した場合は近づかず、速やかに通報してください。支援行為は犯罪となり得ます」


“排除”。

その単語だけが、字幕で一度だけ太くなった。


続いて表示されたのは、手配ポスターのようなカードだった。

白地に黒文字、角丸の枠。怖さより“公的”を感じるデザイン。


《通称:GHOST》

《危険度:極》

《特徴:小柄/フード着用/口元を覆うスカーフ》

《注意:接触禁止/支援禁止》

《備考:未成年者・女性の可能性(断定せず)》


写真はない。顔はない。名前もない。

あるのは“雰囲気”だけだ。


それだけで、世界は十分に燃える。


コメント欄が開いた瞬間、炎は酸素を得た。


――「やっと来た。射殺でいい」

――「未成年の可能性って……余計危険だろ」

――「いや絶対美少女ハッカーだろ。萌え」

――「フードでスカーフ? それっぽいw」

――「実態はメタボのオタク野郎だから撃て」

――「美少女なら保護、メタボなら排除。簡単」

――「どっちでもいい。排除が正義」

――「次の神回、機動隊vsゴースト頼む」

――「切り抜き職人はよ」

――「GHOST討伐イベント化してて草」


顔がないぶん、誰でも好きな顔を貼れる。

年齢が曖昧なぶん、誰でも好きな倫理を貼れる。


萌え。嫌悪。正義。暴力。

全部が同じ行に並ぶ。


そして一番伸びるのは、結局それだ。


「ゴースト美少女説」

「ゴースト実態メタボ説」

「討伐は正義」

「保護しろ」

「いや排除しろ」


議論は真実のためではない。

視聴のためだ。気持ち良さのためだ。

その気持ち良さが、次の“白いライト”を呼ぶ。


アリスは、その地獄を見てしまった。


避難所ではない。飯屋でもない。

ただの休憩所。壁際のモニタ。無音。

通りすがりの人間が、指でスクロールしていた。


音がないのに、声が聞こえる気がした。

文字が耳に刺さる。


アリスのフードの奥で、目が細くなる。

怒りより先に吐き気が来る。


「……気持ち悪い」


小さな声だった。

胸の奥に、冷たい沼みたいなものが広がる。


知らないのに断定する。

断定して笑う。

笑って殺せと言う。

殺せと言って正義だと言う。


アリスは歯を噛んだ。


「美少女だろうがメタボだろうが……あたしは、あたしだろ」


虚しい。

世界は“あたし”を必要としていない。

必要としているのは、ゴーストという記号と、燃える話題と、次の神回。


黒い影が、音もなく一歩前に出た。


シュヴァロフ。

光学迷彩の闇が、アリスの視界の半分を塞ぐ。

見なくていいものを、見なくていい距離へ押しやる動き。


アリスは反射で悪態をつく。


「……別に守ってって頼んでない」


シュヴァロフは答えない。答えられない。

代わりにアリスの足元の段差を避ける位置に身体を置く。

転ばせない。転ばせないことが、守ること。


双子が近くで、黙ってARを“消した”。

映像の上に透明な白が被さる。

スイッチを切るみたいな優しさ。


それでも、消えない。

消えないから、アリスはさらに不快になる。


「……消しても無駄。あいつらの頭の中にもう貼られてる」


翼のUIが小刻みに震えた。

主人格の怒りが、静かに揺れる。


「だから――潰す」


誰を、ではない。

何を、だ。


“運用”を。

“正義の形”を。

“視聴率”を。


その瞬間、アリスの視界に、別の文字が割り込んだ。


――《封鎖線更新》

――《検問強化》

――《対象捜索:GHOST》


都市が、彼女を“検索”し始めた。


高速機動隊は、走らない。

追う時ほど、落ち着いている。


白いライトの列が、外縁の道路をゆっくりと塗り替える。

人間の怒号はない。機械の恐怖だけがある。


隊はまず、都市システムに“お願い”をする。

お願いの形は命令に似ている。


「封鎖線、更新」

「検問、増設」

「カメラ、同期」

「通信、遮断」


そして最後に短い。


「対象:GHOST。捕捉優先。抵抗時、排除」


排除。

公式発表と同じ言葉。

第六話の会議と同じ言葉。


“清掃”が始まった。


アリスは都市を掌握できない。

掌握しようとすれば、こちらの署名が濃く残る。

濃く残れば、排除の理由が強くなる。


局所で、薄く、短く。

それが今の戦い方。


双子が先に動いていた。

トウィードルダムが、狭い路地の段差を埋める。

トウィードルディーが、崩れかけの通路に補強材を噛ませる。

救助でも工作でもない。逃走のための“地面づくり”。


シュヴァロフはアリスを中心に立ち、見えない角度から飛んでくる探知ドローンを叩き落とす。

母親が、子どもの手を引くように。

しかし手は引かない。引けば“子ども”になるからだ。


アリスは足を止めない。

止まった瞬間に、タグが刺さる。


高速機動隊の追跡は、銃弾ではない。

“位置”だ。

“タグ”だ。

“通れる場所”を消すことだ。


逃げ場が狭くなるほど、市民が押し込まれるほど、

「危険人物を排除する正義」は綺麗に見える。


そして綺麗な正義は、伸びる。


同じ頃――義弘は別の場所にいた。


外縁の結節点から少し離れた、バイオ・オイル輸送線の副ヤード。

小さな火災。小さな暴走ドローン。小さな混乱。


小さすぎる。

小さすぎる混乱は、だいたい“誘導”だ。


義弘のバイザーが、空中の目を拾う。

壁際の影に、細身の機体。顔の代わりにカメラリグ。


LC-05――アイドロン。


トミーが義弘の肩の上で鼻を鳴らした。


「ほら来た。撮影班」


義弘は歩みを止めず、視界の端で“撮られている角度”だけを測った。

刃が光れば、燃える。

刃が光らなければ、燃えにくい。


なら、光らせない。

それだけでは足りない。


撮らせない。


義弘は都市戦用ブレードを抜いた。

刃はスーツと同期し、材質解析と通信検知が重なっていく。

“切るべき線”が、視界の中で薄く光る。


同時に、盾が動いた。


LC-01――バスティオン。

盾列は一体だけ。だがそれで十分だ。

一体で“門”を作る。門ができれば、人が押される。押されれば悲鳴が出る。

悲鳴が出れば配信が伸びる。


背後で細い射出器が展開する。


LC-02――マギスト。

床に薄く網を撒く。転倒を誘う。転倒は最も簡単なドラマだ。


そして路地の奥で、レンズの塊が点灯する。


LC-03――グレア。

白。煙。音。

“ここで戦え”という照明。


義弘は、最初から敵を倒しに行かない。

倒すのは最後だ。

まずは“撮影”を折る。


彼はアンカーを走らせた。

人工蜘蛛の糸が空を裂き、アイドロンが放った小型カメラドローンに絡む。

絡んだ瞬間、刃が一閃。


切るのは機体ではない。

中継ユニット。

電源ライン。

同期信号の基板。


小型ドローンの目が、次々と暗くなる。

暗くなると同時に、コメント欄の“神回”が遠のく。


アイドロン本体が後退し、別角度に回り込もうとする。

義弘は追わない。追えば刃が光る。追えば“戦ってる絵”になる。


代わりに、アイドロンの逃げ道に糸を張った。

引っかかる。転ぶ。機体が無様に滑る。

無様は伸びる。だが“正義の無様”ではない。

伸びても困らない無様。


トミーが笑った。


「うわ、性格悪。最高」


義弘は答えず、次にマギストの網射出リールを断った。

転倒の連鎖を切る。

バスティオンの盾の関節ケーブルを落とす。

門をたわませる。

避難路を開ける。


市民が走る。

走っていいと理解できたから走れる。


グレアの閃光が空しく白を撒く。

白の中で“救助が起きている絵”は、撮れない。


義弘は静かに言った。


「……撮影は、戦場だ」


戦場を作っているのは、敵の刃ではない。

敵のカメラだ。


彼は倒れたアイドロンの本体に近づき、胴体の側面を切り開いた。

中から出てきたのは、コアでも武器でもない。

中継装置。記録媒体。通信端末。


“回収されるべき物”だ。


義弘はその一部を抜き取り、懐に収めた。

トミーが耳を立てる。


「それ、何だ」


義弘は答える代わりに、視神経に直接浮くログを眺めた。

端末はまだ熱い。

だが熱いほどに、新しい。


転送先。同期先。

編集テンプレ。

広告タグ。

そして――回線の中継点。


義弘の口元が、ほんの僅かに動いた。


「回収線は、物だけじゃない」


「……映像も回収される」


トミーが低く笑った。


「やっと盤面が見えたかよ、おじいちゃん」


義弘はもう一度、ログをなぞる。


中継点の位置。

外縁の“メンテナンス管制”にぶら下がるように見える。

正規の回線を経由している。

だから速い。だから綺麗に消える。


綺麗すぎるのが、汚れだ。


その頃、アリスは“綺麗な正義”に追い詰められていた。


封鎖線が更新されるたびに、通れる道が消える。

検問が増えるたびに、視線が増える。

視線はカメラだけじゃない。市民の視線だ。

「ゴーストだ」と言える口だ。


ネットの勝手プロファイルが、現実の指差しになる。


――「あいつじゃない?」

――「フードだ」

――「スカーフだ」

――「通報しろ」

――「神回だ」


アリスは歯を噛み、局所の通信を薄く歪ませる。

だが歪ませれば、こちらの痕跡が残る。

痕跡が残れば、“排除”の理由が強くなる。


双子が作った細い通路を、アリスは走った。

シュヴァロフが最後尾を守る。

母親の盾。

戦闘担当なのに、今日は戦わない。

戦えば、正義の餌になるからだ。


その時、白いライトが角を曲がった。


整列する機影。

短い命令。

無機質な声。


「対象、可能性一致。接触禁止。距離確保。封鎖線、更新」


アリスの翼UIに警告が走る。


――《追跡タグ:可能性》

――《投射準備》


“タグ”が来る。

刺さったら終わりだ。逃げ道が全部塞がれる。


シュヴァロフが一歩前に出た。

影がアリスを覆う。


アリスが苛立ちを吐く。


「……だから守ってって頼んでない!」


シュヴァロフは答えない。

答えの代わりに、身体を少しだけ傾ける。

タグが飛んできた方向を、視界の端に示すように。


次の瞬間、細い金属片が空を切った。

追跡タグ。

刺されば、都市が“ここ”を永久に覚える。


シュヴァロフの爪が、それを叩き落とした。

叩き落としただけではない。

地面に落ちる前に、爪先で粉砕した。

タグは残らない。残らなければ、追撃は一段遅れる。


双子が黙って、逃走路の角を“丸めた”。

鋭角は転倒を生む。転倒は捕捉を生む。

転倒させない。

大好きが手順になる。


アリスは息を吐き、視界の端に表示される空域監視を睨んだ。

空が、空じゃない。


――《空域監視:強》

――《飛行物:検知対象》


彼女は小さく舌打ちする。


「……空を使えない。まだ」


“まだ”だ。


義弘は、中継点へ向かった。

走り方は派手ではない。派手は撮られる。

彼は壁面を滑り、段差を越え、監視の死角を辿る。


古い紙の地図と、最新のログが重なる。

アナログとデジタルの嫌がらせ。

この街に対する、義弘の唯一の趣味だ。


途中、レギオンがもう一度、邪魔をしてきた。

バスティオン。マギスト。アイドロン。

同じコンボ。

同じ絵作り。


義弘は、さらに冷たく対処した。


アイドロンの中継だけを切る。

マギストの射出だけを切る。

バスティオンの関節だけを落とす。

“戦う絵”を作らない。

“逃げ道が開く絵”だけを作る。


市民が逃げる。

逃げる絵は伸びない。

伸びないほどに、敵の利益が減る。


義弘は思う。

勝利条件が違う。

なら、勝利条件を折る。


そして、辿り着いた。


外縁のメンテナンス管制に隣接する、半壊した施設。

正規の回線が通っている。

正規だからこそ、裏を通せる。


その入口で、義弘は“違和感”を拾った。


足跡。

小さい。軽い。

そして――同じ場所を何度も整備した痕跡。


双子の手順だ。


義弘が視界を上げた瞬間、灰色のフードが角を曲がった。

アリスだった。


追われて、流れ込んできた。

偶然ではない。盤面が誘導している。

“清掃”が、ここに追い込むように作られている。


アリスが義弘を見て、舌打ちした。


「……最悪。こんなとこで会うとか」


義弘は頷くだけだった。再会の感情を挟まない。

挟む余裕がない。


「追撃だ」


「知ってる」


アリスは吐き捨てる。

その背後で、シュヴァロフが一歩前に出て、アリスの半身を隠す。

双子が無言で床の粉塵を払う。

“ここが走れる”という印を作る。


義弘が短く言う。


「中継点がここだ。映像が回収される」


アリスの目が細くなる。

怒りではなく、理解で細くなる。


「……だから綺麗に燃える。だから綺麗に正義が作れる」


「だから切る」


義弘が言った。


その時、白いライトが、施設の壁面を舐めた。

高速機動隊の列が近い。

整列。短い命令。

無機質な声が、施設の外で反響する。


「対象、位置確度上昇。封鎖線、更新。排除準備」


排除準備。

準備が言葉になった瞬間、もう半分実行だ。


トミーが義弘の肩に飛び乗り、囁く。


「来るぞ。正義の顔で」


アリスが唇を歪める。


「……吐き気がする」


シュヴァロフが、母親の盾のまま、さらに前へ出る。

危険の方へ身体を差し出す。

だが戦わない。今日は勝てない戦い方だ。


双子が施設の壁を補強し、仮の通路を“作った”。

逃げ道ではない。逃げ道の形をした“次の盤面”だ。


義弘がアンカーを走らせる。

糸が壁と梁に突き刺さり、足場が固定される。

電磁反発で床を滑り、狭い通路を抜ける。


撤退。

撤退で勝つ回だ。


高速機動隊は深追いしない。

追う代わりに、封鎖とタグで“未来”を奪う。

そのやり方が、運用だ。


施設の陰を抜けた瞬間、アリスの翼UIの端で、短い通信が踊った。


――「前線固定、準備状況」

――「投入、保留」


言葉だけが先に来る。

影だけが先に来る。


アリスが小さく舌打ちした。


「……また匂わせ。次回予告かよ」


義弘は答えず、懐からアイドロンの端末を取り出した。

まだ熱い。

まだ新しい。


彼は歩きながら、端末のログを開く。

転送先。同期先。広告タグ。編集テンプレ。

“数字の流れ”が見える。


トミーが覗き込み、鼻で笑う。


「おいおい。おまえ、ようやく気づいた顔してるぞ」


義弘は静かに言った。


「……次は刃じゃない」


アリスが横目で見て、嫌味を混ぜる。


「じゃあ何。数字?」


義弘は頷く。


「数字を切る」


その言葉は、宣言というより、手順だった。

市場の勝利条件に、こちらの刃を合わせる。

調整の本質はそこにある。


アリスは空域監視のARをもう一度睨んだ。

空が、空じゃない。

けれど、空は唯一の逃げ場でもある。


彼女は小さく呟く。


「……次は、空をこじ開ける」


シュヴァロフが、何も言わずにアリスの背中に影を落とす。

双子が無言で、次のための道具を整え始める。

大好きが手順になる音が、かすかに聞こえた気がした。


白いライトは遠い。

遠いほどに、近づいている。


そして視聴数は、今日も上がる。

正義の顔をした“清掃”が、次の神回を呼ぶからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ