↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
444/456

第444話 猟犬

 《LEDGER-01》は見えていた。見えているのに、近づけなかった。第448話までなら、それは単に正体不明機の逃走能力が高いという話で済んだ。だが今、スルツォヴァー・クラーロヴナーと数機のバンダースナッチが追っている相手は、もう一機のドローンだけではなかった。交差点の信号が数秒長く青を保ち、人波が一方向へ流れる。配送ドローンの航路が一本ずれ、その下の道路から歩行者が遠ざかる。工事区域のゲートが安全確認を理由に閉じ、代わりに一つ隣の搬入口が開く。駐車場の誘導灯が満車表示へ切り替わり、そこへ入ろうとしていた車列が別の通りへ迂回する。どれも一つずつ見れば、都市が日常的に行っている安全調整にしか見えない。しかしそれらが同時に積み重なると、アリスが《LEDGER-01》へ近づくために使える道だけが、まるで水路をせき止める堰のように一つ、また一つと遠回りへ変わっていった。


「右、空いた」


 アリスは端末越しにクラーロヴナーへ指示した。薄い電子戦翼が建物の間を傾き、バンダースナッチの一機が先行する。だが、その右側の道路へ入る直前、商業施設の搬入口から荷役車両が出てきた。自動制御された安全柵が閉じる。わずか二十秒。それだけで十分だった。《LEDGER-01》はもう次の区画へ入っている。


「……また」


 トミーの声が通信から返る。


『見えてんだろ?』


「見えてる」


『なら追え』


「追ってる」


『追えてないじゃん』


「うるさい」


 アリスは苛立ちながらも、状況そのものには冷静だった。クラーロヴナーは電子戦機であり、観測と通信保護、敵の予測を乱すことには優れている。バンダースナッチも狭い場所へ入り、複数経路を同時に見る偵察には向いている。だが、どちらも《LEDGER-01》を物理的に叩き伏せるための機体ではない。追いついたとしても、止める身体がない。シュヴァロフはすでに呼んでいた。黒い巨体は最短ルートでこちらへ向かっている。しかし到着予測時刻を見れば、アリスが期待していることは分かっていても、間に合わない可能性の方が高かった。


「シュヴァロフ、あと?」


『四分三十二秒』


「遅い」


『無茶言うな』


「お前に言ってない」


『分かってる』


 クラーロヴナーが《THREADLINE》を強化し、複数の観測点から《LEDGER-01》の位置を再構成する。いた。次の大通りへ出る。人通りが少ない。そこなら少なくとも姿は捉えられる。


 そして、その道の先に、別の影が現れた。


 大きい。


 重い。


 見覚えがある。


 アリスは数秒黙った。


「……何でいるの」


 《MAXIMILIAN》だった。


 一機。オールドユニオンの最新鋭大型支援機が、道路の向こうからゆっくりと姿を現す。以前の個体と同じ外形だが、アリスにはすぐ分かった。関節制御の立ち上がりが違う。センサーの切り替えも速い。姿勢制御の細かな補助が、以前より明らかに滑らかだった。


 通信が開く。


『移動脅威評価部隊です』


「ついてきたの!?」


『クラーロヴナーの継続活動を確認しましたので』


「勝手に!」


『対象が前方にいます』


「知ってる!」


 一瞬、頭を抱えたくなった。だが、今は本当に役に立つ。


 MAXIMILIAN側から、さらに通信が入る。


『アリツェ・ヴァーツラフコヴァー特別調停官』


「長い」


『電子支援を要請します』


 アリスは少し驚いた。オールドユニオン側が千載一遇の捕獲機会と見て先走り、結果として一機を失った。今回は違う。勝手に突っ込まない。先に聞く。


「……学習した?」


『改善しました』


「その言い方、嫌」


 それでもアリスはすぐに決めた。


「クラーロヴナー」


 電子戦翼が広がる。


「THREADLINE、MAXIMILIANに接続。観測だけ共有。制御までは取らない」


『了解』


「あと」


 アリスはMAXIMILIANへ警告する。


「勝手に前出ないで」


『承知しています』


「本当に?」


『前回の損失を分析済みです』


「……本当に賢くなった」


     *


 《LEDGER-01》は、MAXIMILIANの出現を認識していた。


 遠隔作業室で御厨綴が戦況を見る。その横ではヴェラ・クラウスも同じ画面を見ていた。稼働し始めた都市予測縦深は、まだ試験運用に近い。それでも《LEDGER-01》を逃がすには十分な効果を見せている。


《MAXIMILIAN接近》


《外部電子支援:スルツォヴァー・クラーロヴナー》


《追跡継続可能性:高》


 ヴェラが少し笑った。


「またあいつ」


 御厨はMAXIMILIANの挙動を見ていた。


「前と違います」


「アップデートされたから」


「それだけではありません」


 ヴェラが横を見る。


「何?」


 MAXIMILIANは以前のように《LEDGER-01》を見つけた瞬間、直線的に捕獲へ向かわなかった。距離を保ち、クラーロヴナーから渡される外部観測を利用し、都市設備の変化まで含めて相手の退路を確認している。《LEDGER》側が一つの道を開いても、すぐには入らない。むしろ、その道が開けられた理由を読むように立ち止まる。


「負けたことを」


 御厨が言う。


「覚えています」


 ヴェラ。


「機械よ」


「《LEDGER》もです」


「そういう意味じゃない」


「操縦者、技術者、ログ、改修、運用規則」


 御厨は画面を指す。


「全部まとめて一つの機体だと思えば、同じですよ」


 ヴェラは答えず、少しだけ口元を上げた。御厨は以前より変わった。危うくなったという意味でも、鋭くなったという意味でも。


     *


 MAXIMILIANが動いた。


 速い。


 アリスが目を細めるほど速かった。巨体が一歩踏み込んだだけで、道路との距離が消える。《LEDGER-01》は右へ抜ける。MAXIMILIANは追わない。代わりに二歩先の分岐へ向けて腕を振り、そこへ進む選択肢そのものを削る。


「……もう直したの?」


『改善しました』


「早すぎ」


 《LEDGER-01》は街を使った。信号が変わる。横断歩道へ人が流れる。MAXIMILIANは市民を巻き込まないため一瞬だけ足を止める。その間に01は次の道路へ移る。


 だが今度は、クラーロヴナーの観測が先に入る。


 アリス。


「左!」


 MAXIMILIANが左へ出る。


 《LEDGER-01》は予測している。


《左側遮断可能性:高》


 だから先に下がる。


 MAXIMILIANも読まれることを承知している。


 追わない。


 圧をかける。


 別の道へ押す。


 そこへクラーロヴナーが通信状況を整え、バンダースナッチが一つ先の路地を見る。


「追いついてる」


 アリスが小さく言った。


 トミー。


『捕まる?』


「まだ」


 その通りだった。


 MAXIMILIANは追いつける。


 《LEDGER-01》は捕まらない。


 巨体の腕が振られる。01は一歩早く抜ける。次は脚部の拘束機構が展開する。01はそれが開く前に地面を蹴る。前回のようにMAXIMILIANの関節始動そのものを読むだけではない。道路、人流、信号、クラーロヴナーの索敵圧、すべてを重ねて最適な退路を作る。


 それでもMAXIMILIANは離されない。


 アリスが少し笑った。


「強くなった」


『評価をありがとうございます』


「褒めてない」


『承知しています』


「絶対分かってない」


     *


「やれば01が勝つ」


 ヴェラは淡々と言った。


 御厨が見る。


「戦わせません」


「勝てるわよ」


「知っています」


 ヴェラが眉を上げた。


「分かってるなら、何で?」


 御厨は戦況を拡大した。《LEDGER-01》は回避へ全資源を割いている。都市縦深も、攻撃ではなく撤退用に使っている。その間、MAXIMILIANの打撃は一度もまともに入っていない。


「01が回避だけに専念する限り、MAXIMILIANは捕まえられません」


「そう」


「ですが、01が攻撃に移れば違います」


 ヴェラが画面を見る。


「拘束腕を伸ばす。相手へ踏み込む。姿勢を固定する。攻撃対象を見る」


「その瞬間だけ」


「行動候補が減ります」


 御厨はクラーロヴナーの位置も見る。


「MAXIMILIANの反撃を一度受ける可能性が高い」


「一発なら耐える」


「その後、クラーロヴナーの電子支援があります」


 ヴェラは少しだけ黙った。


「二撃目までに立て直せない?」


「確率はあります」


「でも勝てる」


 御厨は首を振った。


「勝つ必要がありません」


「敵よ」


「いいえ」


 一拍。


「アリスさんは犯罪をしていません」


 ヴェラ。


「OUは?」


「今はしていません」


「MAXIMILIAN、あなたのヒーローを殴ってる」


「捕獲しようとしているだけです」


「十分敵じゃない?」


 御厨は少し考える。


「《LEDGER》にとっては」


 一拍。


「倒すべき悪ではありません」


 ヴェラは御厨を見た。


 これだから。


 面白い。


 危険。


 両方。


 ある。


「撤退します」


 御厨が命令を出した。


《LEDGER-01:COMBAT PROHIBITED》


《RETREAT PRIORITY》


《URBAN DEPTH:RECONFIGURE》


     *


 《LEDGER-01》の動きが変わった。


 アリスはすぐに気づいた。


「逃げる」


 MAXIMILIANも止まらない。だが攻撃への圧は少し弱めた。《LEDGER-01》は交差点を一つ抜ける。配送車両が流れる。次の道路で歩行者誘導が変わる。その向こうの駐車場ゲートが開き、細いサービス路へ接続する。


「そこ」


 アリスが指す。


「次、右」


 クラーロヴナーが右側へ回る。


 《LEDGER-01》は行かない。


「……読んだ」


 さらに左。


 工事用の仮設通路。


 開く。


 アリス。


「罠」


 MAXIMILIANは一歩出た。


 止まった。


 アリスが見る。


「……追わないの?」


『追跡非推奨と判断しました』


「何で」


『対象は都市構造そのものを退路として利用しています。現在位置より先では、こちらが追跡者として対象の縦深構築に利用される可能性が高い』


 アリスは一瞬、何も言わなかった。


 前回。


 自分。


 言った。


『追うと噛む』


 今。


 OU側。


 同じ。


 判断。


 してる。


「……本当に」


 一拍。


「賢くなった」


『改善しました』


「そこだけ人間味ない」


『ありがとうございます』


「褒めてない!」


 《LEDGER-01》はそのまま消えた。透明になったわけではない。街の流れが一つずつ元へ戻り、その中へ紛れ込むように姿が遠ざかった。


     *


 ヴェラは撤退する《LEDGER-01》を見ながら、別のことを考えていた。


 OCM海外部門。


 要求。


《完全勝利》。


 一度。


 誰が見ても。


 言い訳。


 できない。


 勝ち。


 今の01。


 強い。


 予測。


 都市。


 縦深。


 ある。


 それでも。


 戦わない。


 御厨。


 勝利。


 欲しくない。


 ヴェラ。


 必要。


 ある。


「……これ」


 御厨。


「何です?」


「海外部門が見たら」


「何を」


 ヴェラは一瞬だけ01の戦闘評価を見る。


「何でもない」


 言わなかった。


 まだ。


 その時。


 ではない。


     *


 アリスはクラーロヴナーを戻し、バンダースナッチを回収した。シュヴァロフが到着したのは、その数分後だった。黒い巨体が路地の先から現れる。


「遅い」


 シュヴァロフ。


 無言。


 トミー。


『四分で来たんだから褒めろ』


「もう逃げた」


『それはお前のせいじゃない』


「分かってる」


『諦める?』


 アリスは端末に残る都市変動ログを見る。信号、人流、ゲート、配送航路。クラーロヴナーを使えば兆候は拾える。でも、拾った頃には相手の縦深の中にいる。


「今」


 一拍。


「無理」


『珍しく認めた』


「うるさい」


『じゃあどうする』


 アリスは少し考えた。


「人」


『何』


「借りる」


『誰』


 答え。


 決まってる。


     *


 義弘の病室へ向かう途中、アリスは病院の玄関近くで神代朔に会った。


 荷物を一つ持っている。長く続いた治療と経過観察を終え、ちょうど退院手続きを済ませたところだった。以前より少し痩せたが、歩き方にはもう大きな不自然さはない。


 アリス。


「退院?」


「今日」


「よかった」


「何、その顔」


「何」


「また面倒なの追ってる顔」


 アリスが少しだけ顔をしかめる。


「追ってる」


「何」


「幽霊」


 朔が一瞬止まる。


「あれまだいるのか」


「いる」


「混ぜろ」


「嫌」


 即答。


「何で!」


「退院したばっか」


「だから動ける」


「休め」


「お前に言われたくない」


 朔は荷物を持ったまま、アリスの隣を歩き始めた。


「どこ行く」


「義弘」


「じゃあ俺も」


「来ないで」


「行く」


「嫌」


「聞かない」


 アリスは少しだけ立ち止まり、朔を見る。


「……新開市の人」


「今更?」


 結局。


 ついてくる。


     *


「何で朔までいる」


 病室へ入った義弘の第一声だった。


 アリス。


「ついてきた」


 朔。


「相談だろ」


「お前の相談じゃない」


 隣のベッドでチャールズ・ブラウンが本を閉じる。


「病室が会議室になる頻度が上がっていますね」


 義弘。


「俺も困ってるよ」


 アリスは椅子を引き、端末をテーブルへ置いた。


「これ」


 新開市の地図。


 出す。


 義弘。


 見る。


「幽霊?」


「うん」


「何が変わった」


「街」


「街?」


 アリスは追跡ログを出した。信号。工事ゲート。歩行者。配送航路。道路案内。駐車場。都市設備が順番に小さく変わる。


「追うと」


 一拍。


「道」


「向こうが」


「作る」


 義弘はすぐには答えず、地図を長く見た。


 チャールズが横から口を挟む。


「追跡者の行動予測と都市側の経路調整が、同一の判断系へ接続されているようですね」


 朔。


「分からん」


 義弘。


「向こうが先に道決めてる」


「分かった」


 チャールズ。


「簡潔ですね」


「義弘さんの方が説明上手い」


「少し傷つきますね」


 アリスは続ける。


「クラーロヴナー」


「見つける」


「バンダースナッチ」


「見る」


「でも」


「追いつくころ」


「道」


「変わる」


「シュヴァロフ」


「間に合わない」


「MAXIMILIAN」


「追いつく」


「でも」


「奥」


「追わない」


 義弘が少し笑った。


「賢くなったな」


「みんな言う」


「いいことだろ」


「面倒」


 義弘はもう一度地図を見る。


 そして。


「俺が行く」


 アリス。


「駄目」


 病室の扉。


 開く。


 担当医。


 入る。


「駄目です」


 義弘が振り向く。


「まだ何も言ってない」


「聞こえました」


「歩ける」


「歩けることと追跡戦は別です」


「スーツ着れる」


「装着試験を通っただけです」


「地下じゃない」


「駄目です」


 アリス。


「駄目」


 義弘。


「二対一かよ」


 チャールズが手を軽く上げる。


「私は棄権します」


「そこは味方しろよ」


「医学的判断に介入するほど回復していませんので」


 担当医が満足そうに頷いた。


     *


 義弘は諦めたようには見えなかった。


「地図見て追うから逃げられるんだよ」


 アリスが見る。


「どういう意味」


「街は道じゃない」


「知ってる」


「なら、人見ろ」


 義弘は地図上の一つの交差点を指す。


「向こうが信号変える」


「うん」


「人を動かす」


「うん」


「工事ゲート閉める」


「うん」


「配送機ずらす」


「うん」


「なら」


 一拍。


「その流れに乗らない奴見る」


 アリスの目が少し変わる。


 義弘は続けた。


「街を動かすなら、全部が綺麗に動くわけじゃない。急いでる奴、道知らない奴、案内見ない奴、腹立てて逆行く奴、配達遅れて近道する奴」


 トミーが通信越しに聞いている。


『新開市民、そういうの多いな』


「多すぎる」


 義弘。


「向こうは最適な道を作る。でも街って、最適に動かない奴だらけだ」


 アリスは地図ではなく、実際の市民映像を開く。


 一人。


 案内板。


 無視。


 する。


 別。


 信号。


 待てず。


 戻る。


 配達員。


 予定外。


 路地。


 入る。


「……ノイズ」


 義弘。


「人間」


「同じ」


「そう」


 義弘は笑った。


「機械にはノイズでも」


 一拍。


「街には普通だ」


 チャールズが少し興味深そうに言う。


「LEDGERが都市を最適化すればするほど、最適化から外れる行動が情報になる」


 義弘。


「そういうこと」


 朔。


「じゃあ」


 全員。


 見る。


「人の変な動き追えばいい?」


 義弘。


「雑だけど、まあ」


「なら俺行く」


 アリス。


「駄目」


「何で!」


「退院したばっか」


「義弘さんより若い」


 義弘。


「それだけ?」


「走れる」


 担当医。


「津田さんよりは」


「おい」


 朔は笑う。


「義弘さんが見るところ」


 一拍。


「教えてくれ」


 アリスが朔を見る。


「何する気」


「義弘さんの代わりに」


 朔。


 自分。


 胸。


 指す。


「俺が走る」


     *


 病室が少し静かになった。


 義弘は朔を見る。


 怪我。


 回復。


 した。


 でも。


 以前。


 TEN-GU。


 着た。


 無茶。


 した。


 若い。


 速い。


 それだけ。


 じゃない。


 新開市。


 知ってる。


 失敗。


 した。


 助けられた。


 自分。


 役割。


 変えた。


 LEDGERが読むには。


 義弘ほど。


 データ。


 ない。


 アリスほど。


 ない。


 MAXIMILIANほど。


 ない。


 しかも。


 義弘の見方。


 学ぶ。


 でも。


 義弘。


 そのもの。


 ではない。


 義弘は少しだけ口元を上げた。


「追いつくなよ」


 朔。


「は?」


「追いつこうとするな」


「追うんだろ?」


「相手」


 義弘。


 アリスを見る。


「追う奴読むんだろ」


「うん」


「なら」


 義弘は朔を見る。


「ケツ追うな」


「じゃあどうする」


「匂い見る」


 朔。


「犬?」


「猟犬」


 チャールズが少し笑う。


「少し格好良くなりましたね」


 朔。


 アリスを見る。


「じゃあ俺」


 一拍。


「アリスの猟犬やる」


 アリス。


「嫌」


「何で!」


「飼ってない」


「そういう意味じゃない!」


「犬ほしいならトミーいる」


 通信。


『俺はウサギだ!』


 チャールズ。


「賑やかですね」


 義弘。


「病室なんだけどな」


     *


 朔は荷物を床へ置いた。


「追う相手いるんだろ」


 アリス。


「うん」


「お前、目ある」


 クラーロヴナー。


 バンダースナッチ。


 電子。


 都市。


 全部。


 見る。


「でも」


 朔。


「脚」


 一拍。


「足りない」


 アリス。


 少し。


 ムッ。


「シュヴァロフいる」


「間に合わなかった」


「MAXIMILIAN」


「追わなかった」


「正しい判断」


「でも捕まってない」


 アリス。


 黙る。


 正しい。


 だから。


 腹立つ。


 義弘は朔へ言う。


「最初に見るのは、幽霊じゃない」


「何」


「人」


「次」


「信号」


「次」


「道」


「順番逆じゃない?」


「街ってそういうもんだよ」


 朔。


 少し。


 考える。


「分かった」


「本当に?」


「たぶん」


「信用できねえな」


「やれば分かる」


 アリスは深く息を吐き、端末を開いた。クラーロヴナーとバンダースナッチの観測データを、人間一人へ安全に共有するための限定インターフェースを作る。全情報は渡さない。位置、流れ、不自然な都市変化、危険警告。それだけ。


「死なないで」


 朔。


「いきなり縁起悪いな」


「怪我も」


「要求増えた」


「勝手に戦わない」


「お前が言う?」


「言う」


「幽霊見つけたら?」


「連絡」


「逃げたら?」


「追う」


「追いついたら?」


「待つ」


「何で」


「私」


 アリス。


 赤い目。


 少し。


 細める。


「行く」


 朔は笑った。


「了解」


 一拍。


「飼い主」


「やめろ!」


 病室にアリスの声が響いた。


 担当医が額を押さえた。


「病院です」


「こいつが!」


「アリスが!」


「両方静かにしてください」


 チャールズは笑いを堪えていた。


 義弘はベッドの上で、新開市の地図ではなく、そこに映る人々の流れを見ていた。LEDGERは街を読む。BLUEPRINTは街を組み替える。アリスは電子空間から街を観測する。そしてこれから走る若者には、そのどれとも違うものを見てもらう。


 信号に従わない人。


 予定通り歩かない人。


 間違える人。


 急に気が変わる人。


 誰かを助けるため、最短経路から外れる人。


 LEDGERが「誤差」と呼ぶもの。


 BLUEPRINTが「不規則」と呼ぶもの。


 義弘が。


 街。


 と。


 呼ぶもの。


 その中へ。


 新しい。


 猟犬。


 放つ。


 こと。


 なった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。