第442話 敗北の使い方
地上へ戻ったアリスが最初に覚えた違和感は、オールドユニオンの人間が誰も怒鳴っていないことだった。前回の地下戦で、一機の《MAXIMILIAN》は《LEDGER》三機の縦深戦列へ引きずり込まれ、脚部と腰部を破損して完全に行動不能となった。残る二機とシュヴァロフをアリスが一括管制し、三機を一つの巨大な破城槌のように扱うことで戦列を破り、《LEDGER-01》の片腕まで奪い取ったとはいえ、オールドユニオンが「各国代表を少数精鋭で守れる」と自信を持って増強配備した最新鋭機が、正体不明の無人機群に一機大破させられた事実は消えない。アリスは、地上へ出れば技術者団が騒ぎ、本国から増援要求が飛び、現地司令官が「今度こそ地下全域を捜索する」と言い出すものだと思っていた。だから搬入口の外で待っていた現地司令官が、停止した《MAXIMILIAN》を静かに輸送台へ移し、LEDGER-01の破断腕を証拠保全容器へ入れさせている姿を見て、むしろ気味が悪くなった。
「……追わないの?」
司令官はアリスを見た。
「追いません」
「怒ってない?」
「非常に」
「じゃあ何で」
司令官は壊れた《MAXIMILIAN》へ一度だけ目を向けた。声音は平静だった。
「怒りすぎましたので、冷静になりました」
アリスが黙る。隣にいたアザドが鼻で笑った。
「本国も同じ。頭に来すぎて一周した」
「何それ」
「一機取られて、次は三機出して、そのうち一機壊された。ここで五機出したら馬鹿だろ」
「やっと気づいた?」
「お前に言われると腹立つな」
現地司令官は地下構造の地図を閉じた。
「相手は追跡者の行動を予測し、その予測に基づいて撤退縦深を形成します。地下構造についても我々より熟知している。さらにOCM海外部門と思われる支援まで確認された。ここは敵側が選んだ環境です」
「うん」
「ならば、敵側が選んだ環境で敵側の方法に付き合う必要はありません」
アリスの赤い目が少し細くなった。
「じゃあ?」
「新開市治安機関へ通報します」
「……え?」
アザドがまた笑った。
「その顔すると思った」
「真鍋に?」
「はい」
「OUが?」
「はい」
「普通に?」
「新開市内で発生した、正体不明の武装無人機による外国派遣警護機への攻撃です。管轄上、当然でしょう」
アリスは数秒、何も言えなかった。
「急にまとも」
「本来こちらが正規手続きです」
「最初からやればよかったじゃん」
司令官は何の言い訳もしなかった。
「その通りです」
アリスがさらに変な顔をした。
*
真鍋は、オールドユニオンから正式な事件通報を受けた時、最初に三秒ほど沈黙した。会議室の机には、アリスが持ち帰った《LEDGER-01》の腕、地下でバンダースナッチが拾った通信記録、OUが保存していた交戦ログ、《MAXIMILIAN》の損傷解析、そしてOCM海外部門系統との一致率が高い中継通信の痕跡が並んでいた。これまでならOUは自分たちで未知機を追い、その後から治安機関へ「情報共有」と称して結果だけ寄越していた。そのOUが今回は、自分たちの地下エージェントまで引き揚げると正式に通知している。
「最初からやれ」
真鍋はそう言った。
現地司令官が頷く。
「その通りです」
真鍋が少し眉を上げた。
「今日は素直だな」
「一機失いましたので」
「高い授業料だったな」
「非常に」
真鍋はLEDGER-01の腕を見る。外装には製造元を示す刻印がなく、内部は複数メーカーの部品で構成されている。しかしこれはもう怪談ではない。物理的に存在した機体の一部であり、実際に外国派遣機を大破させた証拠物だった。
「私の方で正式に事件化する。無登録武装改造、公共地下構造の無許可使用、器物損壊、通信関連、それからOCMの痕跡は別で洗う」
アリスが口を挟む。
「逮捕は?」
「誰を」
「……まだ分からない」
「なら捕まえられない」
「知ってる」
「分かってんならいい」
真鍋はOU側を見る。
「地下の捜索班は?」
「本日中に撤収します」
「勝手に戻すなよ」
「必要があれば正式要請を待ちます」
「よし」
アリスが横から小声で言った。
「本当に急にまとも」
「アリス」
「何」
「お前も見習え」
「何で私まで!」
「勝手に地下へ潜る奴が何言ってんだ」
「今回はOUいた!」
「そういう話してない」
アリスは不満そうに口を閉じた。
ただ、真鍋に証拠を渡し、OUが地下から手を引いたことで、事件は初めて「誰かが正体不明のドローンを使っているらしい」という噂から、治安機関が正式に追う案件へ変わった。アリス自身もそれは正しいと思っていた。だからこそ、その日の午後にオールドユニオンが開いた記者会見については、完全に油断していた。
*
会見は、妙なほど率直だった。
オールドユニオン現地司令部は、《MAXIMILIAN》一機が地下構造体で行動不能になった事実を隠さなかった。未知無人機三機による縦深戦列へ引き込まれ、集中制圧を受け、大破した。人的損害はない。機体は回収済み。現在、損傷原因を解析し改修へ入っている。
「各国代表護衛のため新開市へ配備している《MAXIMILIAN》について、未知制圧機との交戦において一機が行動不能となりました。要人警護任務を担う機体として、現行の性能および運用体系に再検討すべき点が存在することを認めます」
そこまではよかった。
アリスは会見席の端で、少し意外そうに司令官を見ていた。負けを誤魔化さず、問題点を認める。技術者団が前回まで見せていた妙な意地とは違う。これなら、少なくともまた「MAXIMILIANを十機増やします」とは言い出さないだろう。
記者の一人が手を上げた。
「アリツェ・ヴァーツラフコヴァー特別調停官に伺います」
アリスが嫌な予感を覚えた。
「……何」
「以前、各国代表の安全確保について、オールドユニオンを含む派遣勢力と協力すると表明されています。今回一機が大破した現状で、《MAXIMILIAN》による要人警護能力をどのように評価しますか」
アリスは黙った。
隣のアザドを横目で見る。
アザド。
無表情。
知らない顔。
している。
アリスは少しだけ睨んだ。
困ったことに、《MAXIMILIAN》の性能が不足しているとは思っていない。一機が壊されたのは事実だが、相手は《LEDGER》三機による高度な予測と自律縦深戦列だった。通常のヴィランや一般的な襲撃に対して、《MAXIMILIAN》は十分以上に強い。それを「性能不足」と公言すれば、各国代表護衛戦力を増やす口実をOUへ与える。そもそも大規模駐留を拒否し、少数精鋭化を求めたのはアリス自身だった。
「……性能は」
一拍。
「足りてる」
シャッター音が増えた。
「現行装備で要人警護任務を継続可能と?」
アリスはさらに嫌そうな顔をした。
「ちゃんと」
一拍。
「使えば」
「十分」
その瞬間、隣の現地司令官がほんの僅かに頷いた。
アリスが見る。
「あ」
遅かった。
*
数時間後。
新開市のウェブが爆発した。
《女王陛下指揮下MAXIMILIAN、未知無人機三機の縦深を突破》
《シュヴァロフ+MAXIMILIAN二機、完全一体運用》
《“性能不足”ではなかった? 地下戦闘映像流出》
《アリス「MAXIMILIANの性能は十分」》
地下構造体の戦闘映像だった。
どこから。
流れた。
か。
アリス。
考える。
必要。
ない。
映像の前半では《MAXIMILIAN》一機が《LEDGER》三機へ引き込まれ、大破する。そこだけならOUにとって最悪の映像だ。だが流出した映像は、そこで終わらなかった。アリスが残る二機の臨時管制権を取り、シュヴァロフと合わせて三機を一つの戦闘単位へ統合するところから、映像編集の密度が急に上がっている。
シュヴァロフ。
中央。
MAXIMILIAN。
左右。
三機。
別々。
ではない。
一つ。
進む。
《LEDGER》の第一縦深が下がる。
構わず。
前。
第二縦深。
アンカー。
張る。
MAXIMILIANが受け、その機体をシュヴァロフの足場に変え、もう一機が背後から押し込む。
第三。
突破。
そして。
LEDGER-01の腕。
飛ぶ。
映像としては、異様なほど格好よかった。
「……」
アリスは端末を見たまま固まっていた。
トミーが横から見る。
「強そう」
「強い」
「MAXIMILIAN」
「強い」
「性能十分」
「……うん」
「女王陛下のお墨付き」
アリスがトミーを見る。
「噛むよ」
「俺の台詞だろ」
コメント欄にはすでに大量の反応が流れている。
《MAXIMILIAN普通に強くね?》
《一機落ちてるけど相手三機+未来予測みたいなやつだぞ》
《アリスが使うと別物》
《シュヴァロフと混成できるのデカい》
《OU機、女王対応アップデートはよ》
アザドが部屋へ入ってきた。
アリス。
端末。
見せる。
「お前ら」
「何」
「これ」
「何」
「待ってたでしょ」
「俺は知らん」
「本国!」
「たぶん」
「絶対!」
アザドは映像を見る。
「でも嘘じゃない」
「だから腹立つ!」
「お前が性能十分って言った」
「言わせた!」
「質問されただけだろ」
「その直後に映像出した!」
「偶然じゃない?」
アリスが赤い目で睨む。
アザドは少し笑った。
「俺も偶然だとは思ってない」
「敵!」
「また?」
「今日は敵!」
*
ただし、オールドユニオンがやっていたのは印象操作だけではなかった。
地下戦闘の全ログは、本国と現地技術団で同時に解析されていた。《LEDGER》は、単に反応速度が速いのではない。予備動作と機体特性から複数の行動候補を計算し、そのすべてに対応しやすい位置を取る。さらに《BLUEPRINT》由来と思われる縦深形成によって、「予測した先へ待つ」だけでなく、「相手が予測通り動きやすい場所を作る」段階へ進んでいる。
「ここ」
技術主任が映像を止めた。
「MAXIMILIAN一号機は突破を選択しています」
「高出力なら抜けられると判断した」
「その判断自体を利用された」
「なら、予測を外す必要がある?」
主任が首を振る。
「必ずしも」
画面を進める。
アリス。
管制。
後。
三機。
一体。
なる。
「女王陛下は逆のことをしています」
「逆?」
「予測される選択肢を増やしていない。むしろ減らした」
全員。
見る。
「正面へ行く」
一拍。
「それだけです」
「それでは読まれる」
「読まれています」
「ならなぜ」
主任は、三機がLEDGERの縦深を正面から潰していく場面を見る。
「読めても」
一拍。
「止められないからです」
会議室が静かになる。
「対予測戦闘に必要なのは、不規則性だけではない」
「高確度行動の強制?」
「それだけでもない。複数機の出力、質量、支点、損傷まで一つの資源として扱う協調制御です」
新しい改修案が画面へ並ぶ。
《ANTI-PREDICTION UPDATE》
《COOPERATIVE IMPACT CONTROL》
《ROLE-FLEXIBLE SUPPORT》
《UNIFIED COMMAND ASSIST》
別の技術者が言う。
「アリス式統合管制を機体側へ支援実装する?」
主任は少し考えた。
「再現はできない」
「では」
「近づける」
彼らは《LEDGER》になりたいわけではなかった。《BLUEPRINT》になりたいわけでもない。予測と縦深という新世代の戦場へ、《MAXIMILIAN》のまま適応する。
主任は静かに言った。
「最高峰は」
一拍。
「譲らない」
オールドユニオンは、まだ少しも諦めていなかった。
*
「もうMAXIMILIAN使わない」
翌日、アリスはそう言った。
病室で義弘が笑った。
「子供か」
「使うと宣伝される」
「強かったからな」
「義弘まで言う」
「映像見た」
「見るな」
「公開されてる」
「消したい」
「無理だろ」
義弘の隣のベッドで、チャールズ・ブラウンも端末を閉じた。
「軍事的敗北を、透明性と改修意欲と象徴的支持へ変換したわけですね」
アリス。
「嫌な言い方」
「褒めています」
「もっと嫌」
今日は病室に妙な人数が集まっていた。義弘とチャールズに加え、アリス、マティアス、そしてOCMのオスカー・ラインハルト。机の上には病院らしくないものが並んでいる。《LEDGER-01》の破断腕の解析資料、地下通信記録、《BLUEPRINT》の盗難アクセスログ、企業各社へ分散して流出した非公開設計の比較表。実物の腕そのものは真鍋の治安機関へ証拠物として移されているため、ここにあるのはアリスが取得した解析データだけだった。
マティアスが企業試作機の映像を出す。
「ここ。前衛が下がって、二列目が斜めに出る。その後、最初の機体が側面へ回る」
次に地下戦の映像。
LEDGER-01。
下がる。
02。
出る。
03。
アンカー。
張る。
「同じ?」
義弘が聞く。
「完全には同じじゃない。でも、この組み方は私の非公開構想にある」
アリスが続ける。
「地下」
「OCM通信」
オスカーの表情が変わった。
「海外部門仕様ですか?」
「うん」
「確度は」
「高い」
アリスは端末を滑らせる。
「バンダースナッチだけじゃない。私も拾った。中継方式と鍵交換の癖、OCM海外部門で使ってる系統に近い」
オスカーは資料を読む。即座にヴェラの名を出さない。
「通信が海外部門系であることと、《BLUEPRINT》盗難の主体が海外部門であることは、まだ別問題です」
アリス。
「分かってる」
「なら」
「でも怪しい」
「それも否定しません」
マティアスが盗難ログを出す。
「一番変なのはここ。一社だけが抜いたように見えないの。下請け、保守端末、技術仲介、複数企業。痕跡が多すぎる」
チャールズが身を乗り出す。
「削除ではなく、汚染?」
「たぶん」
「つまり、盗んだ側が自分だけで保持せず、意図的に複数経路へ情報を散らした可能性があります」
義弘。
「自分が持ってるの分からなくするため?」
「合理的です」
オスカーの視線が少し険しくなる。
「……海外部門なら可能です」
アリスがすぐ見る。
「ヴェラ?」
「決めつけないでください」
「でも」
「調べます」
オスカーは静かに言った。
「ただし、本人には悟らせません」
マティアスが眉を寄せる。
「どうして?」
「もし海外部門が本社承認なしに産業スパイ活動を行い、取得情報を複数企業へ意図的に拡散していた場合、単なる技術流出ではありません。OCM内部の指揮権と統制の問題です」
チャールズ。
「社内抗争になる?」
「公然と動けば」
オスカーは頷く。
「ですから静かに調べます」
アリス。
「逃げられたら?」
オスカー。
「逃げると判断する前に」
一拍。
「証拠を確保します」
言い方は穏やかだった。
だからこそ。
少し。
怖い。
義弘が資料を眺めながら言った。
「でも」
「何」
アリスが見る。
「ヴェラだけじゃないだろ」
オスカーも義弘を見る。
「あいつ、前で戦うのは強い」
「はい」
「でも盤面全部作るのは苦手なんだろ」
オスカーは一拍置いて頷いた。
「本人も自覚しています」
「なら」
義弘はLEDGERの行動ログを指した。
「こういう、人の動き読む機械」
「一人で作るか?」
病室が少し静かになる。
アリスは前々回の戦闘を思い出した。LEDGER-01はMAXIMILIANへ挑んだ。だが前回では違った。最初は明らかに交戦を避けようとしていた。アリス自身にもシュヴァロフにも手を出さず、逃走を優先した。それをOUが追い詰め、そこへ02と03が現れて戦闘が激化した。
「……誰か」
アリス。
小さく。
「後ろ」
「いる」
オスカーは何も言わなかった。
ただ。
その言葉も。
覚えた。
*
そこでマティアスの端末が鳴った。
画面を見た瞬間、マティアスの顔が変わる。
「……来た」
アリス。
「何」
「アライアンス」
表示されていたのは、氷の母個人からの私信ではなかった。アライアンス本部と新開市現地連絡部、新開市行政との共同運用通知だった。
《重要復旧区域・統一保全指揮》
マティアスは読み進める。
対象はすべての工事ではない。中立インフラとして重要度が高く、複数企業の派生《BLUEPRINT》同士が干渉して工事継続性へ影響を及ぼしている区域に限定される。指定区域では企業独自の自律縦深警備を一時停止。企業所有機は本来の施工・物流・救助支援へ戻す。治安機関は犯罪・デモ・公共秩序を担当し、工事区域内部の非致死保全はアライアンスが統一指揮する。
そして。
《Qbs.Bm.増派》
アリスが画面を見る。
「増やすの?」
「必要数」
マティアスの声が重い。
「SOFFestも一部待機」
義弘。
「期限は?」
「ある」
マティアスは下へスクロールする。
「企業間の相互運用規格とBLUEPRINT COMMONSの暫定ガバナンスが成立するまで。延長は新開市行政との共同承認が必要」
アリス。
「ちゃんとしてる」
「うん」
「嫌?」
マティアスは長く画面を見る。
「……正しい」
誰も口を挟まない。
「合理的」
一拍。
「今より安全」
アリス。
「たぶん」
マティアスは端末を机へ置いた。
「でも」
一拍。
「また」
「一つに」
「戻る」
その言葉を聞いて、アリスの表情が少し変わった。
ばらけた警備。
企業ごとの縄張り。
政治団体。
ヒーロー。
ヴィラン。
全部。
縦深。
持つ。
それ。
危ない。
だから。
一つ。
戻す。
王冠。
似てる。
すごく。
似てる。
*
氷の母本人からの通信は、その日の夜に短時間だけ入った。背景には新開市ではない別の都市の管制図が映っている。彼女は新開市へ関心を失ったわけではない。ただ、新開市だけを見ている立場でもなかった。
『現在の分散警備は、重要中立インフラ復旧の継続性を損なっています』
マティアス。
「はい」
『企業間の権利紛争が解決するまで、安全保全指揮を一時的に中立化します』
「Qbs.Bm.で?」
『はい』
アリスが口を挟む。
「増やしすぎないで」
氷の母がアリスを見る。
『必要数のみです』
「どこまで」
『指定工区内部』
「街全部じゃない?」
『違います』
「期限」
『設定済みです』
「勝手に延長」
『新開市側との共同承認なしには行いません』
アリス。
少し。
黙る。
「……ちゃんとしてる」
『当然です』
「そういう時困る」
『何がですか』
「反対しにくい」
氷の母は気にした様子もない。
『反対すべき理由があれば、反対してください』
「今はない」
『では』
「でも」
アリスは少し眉を寄せる。
「便利すぎる」
氷の母。
『以前から伺っている懸念ですね』
「うん」
『記録します』
マティアスが聞く。
「私の《BLUEPRINT》は?」
『禁止しません』
マティアスの顔が少し上がる。
『設計思想そのものに問題があるとは判断していません。問題は、互換性を失った複数実装が重要区域で相互干渉していることです』
「……はい」
『COMMONS案を進めてください』
「いいんですか」
『そのための暫定措置です』
一拍。
『恒久的に私たちが工事現場を警備するためではありません』
それも。
正しい。
だから。
マティアス。
余計。
複雑。
なる。
*
「難しいな」
通信が終わった後、義弘が言った。
チャールズが隣から尋ねる。
「何がです?」
義弘は窓の外を見る。遠くの復旧工区へ、アライアンスの輸送車両が入り始めている。
「一つに集めると」
一拍。
「強すぎる」
別の道路では、企業の自律警備機が戦列を解き、施工機として元の位置へ戻っていく。
「ばらすと」
一拍。
「縄張りになる」
チャールズ。
「では、どうするんです?」
義弘は少し笑った。
「調整する」
アリス。
「それ」
一拍。
「便利な言葉」
義弘。
「職業名だからな」
アリスは少しだけ笑った。
*
その夜、新開市の重要復旧工区へ《Qbs.Bm.》が増派された。顔のない細身の機体が輸送架台から静かに降り、六本の可変肢を折り畳みながら所定位置へ歩いていく。企業のロゴを背負った警備ドローンは一歩引き、施工区域へ戻る。《BLUEPRINT》そのものは消えない。道路配置、住民導線、施工計画、避難経路の設計には引き続き使われる。ただし、警備の最終判断と制圧は、暫定的にアライアンスの統一保全指揮へ切り替わっていく。
それを見ていた市民の一人が言った。
「今度はアライアンスか」
別。
「BLUEPRINT戦争終わり?」
さらに。
「Qbs攻略戦始まる?」
少し離れた場所で現場確認をしていた真鍋が振り向いた。
「始めるな!」
市民。
笑う。
逃げる。
マティアスは工事事務所のモニターに表示された文字を見る。
《統一保全指揮:開始》
横にいるアリスが聞く。
「便利?」
マティアスは少し苦笑した。
「便利」
「最悪」
「そこまで言ってない」
「便利って言った」
「便利は悪口じゃないのよ」
「新開市だと怪しい」
「それはちょっと分かる」
*
同じ夜、オールドユニオンの格納庫では、大破した《MAXIMILIAN》の装甲が外され、新しい制御ユニットが仮組みされていた。失われたものを、そのまま戻すだけではない。予測されても押し切れる出力制御、損傷機を戦列の支点として使う協調制御、複数機の役割を瞬時に入れ替える補助演算、そしてアリスが見せた「複数機を一つの身体として扱う」管制思想を、人間一人の天才に依存せずどこまで支援できるか。
《ANTI-PREDICTION UPDATE》
《COOPERATIVE IMPACT CONTROL》
《UNIFIED COMMAND SUPPORT》
技術主任は、新しい仕様書を閉じた。
「最高峰は」
一拍。
「譲らない」
その声には、もう怒りはなかった。
もっと。
面倒。
もの。
あった。
執念。
*
そしてOCMでは、オスカー・ラインハルトが一人で別の端末を開いていた。
検索対象。
海外部門。
ただし、正面からヴェラのアクセス記録を開かない。海外調達。保守契約。部品輸送。技術仲介会社。新開市復旧関連企業との接触。通信中継設備。まず周囲から埋める。
画面の端。
《VERA KLAUS / OVERSEAS SPECIAL OPERATIONS》
表示。
ある。
オスカーはまだ押さない。
先に。
別。
項目。
開く。
逃げ道。
なくす。
ため。
だった。
その頃、御厨綴は地下の別拠点で、片腕を失った《LEDGER-01》の修理状況を見ていた。
マティアスは《BLUEPRINT COMMONS》を作り直していた。
アリスは治安機関へ預けた幽霊の腕の解析報告を待っていた。
氷の母は、新開市ではない別の中立インフラの地図を見ていた。
そしてオールドユニオンは、自分たちの敗北を。
謝罪に。
証拠に。
宣伝に。
改修に。
変えた。
負けた。
こと。
そのもの。
誰にも。
返しては。
くれない。
なら。
負け方。
使う。
それが。
新開市で。
生き残る。
もう一つ。
方法。
だった。




